ロイターの報道をきっかけに、マレーシア国内でのSNS規制の動向を少し調べてみた。10代前半におけるSNS使用の弊害が前面に大きく語られているわけでもなく、イスラム教勢力から大きな運動が起きているわけでもないが、道徳的観点から規制を支持する動きは一定程度あるようだ。学校での暴力事件などの「根っこにスマホ/SNSがある」とするアンワル首相の発言もあり、科学的エビデンスに基づいた議論が行われているとは言いがたい。 一方で、「子ども保護」を旗印にした強い規制が導入されることへの危惧はマレーシア国内でも散見される。 表現の自由に対する規制の突破口として若者のSNS利用が標的にされているという見解もみられる。推進側の掲げる科学的根拠が極めて薄弱であること、イスラム教団体からの目立った働きかけも見られないことから、この見方もあながち的外れではないのではないか、という印象を持った。
1. 誰が主導しているか
政府内の主なプレーヤー
主担当:ファーミ・ファズル通信相(Menteri Komunikasi) 各紙とも、この構想を説明しているのは一貫して通信相である。
- 16歳未満のアカウント開設禁止は「内閣の決定」であり、通信省が実行を担う
- 実施は「オンライン安全法」および通信・マルチメディア法(CMA)の枠組みで行う、と述べている。 https://berita.mediacorp.sg/dunia/malaysia-sasar-larang-akaun-media-sosial-bagi-remaja-bawah-16-tahun-mulai-2026-987831
マレーシア通信マルチメディア委員会(MCMC) eKYC(オンライン本人確認)で年齢確認をどう実装するかを、プラットフォーム各社と協議しているのはMCMCで、ファーミ相も「MCMCがプラットフォームとeKYCの仕組みを詰めている」と説明している。 https://www.astroawani.com/topic/had-umur-16-tahun
内閣と首相府 10月に内閣が13歳→16歳への年齢引き上げを原則決定しており、その流れで今回の全面禁止(=16歳未満アカウント不可)が正式に打ち出された形。 https://www.bernama.com/en/news.php?id=2398835 さらにアンワル首相自身が、学校での暴力事件などの「根っこにスマホ/SNSがある」と繰り返し訴えてきた文脈の中で、年齢制限強化が位置づけられている。 https://www.malaysiakini.com/news/761516
2. もともとの規制枠組み
13歳未満から16歳への引き上げとなっているが、SNSが法律で禁止だったわけではない。ファーミ通信相自身が、2025年3月のベルナマ通信のインタビューでこう説明している。
現在のソーシャルメディアの最低年齢は、各プラットフォームの規約・コミュニティガイドラインに基づくものであり、ほとんどのプラットフォームが13歳以上を最低年齢にしている。これは米国のCOPPA(Children’s Online Privacy Protection Act)の基準を踏まえたものだ。 https://www.bernama.com/en/news.php?id=2398835
さらに2023–24年ごろから、「13歳未満の子どもはSNSアカウントを持つべきではない。親は止めるように」と保護者に呼びかけているものの、“プラットフォームもそもそも13歳未満を認めていない” という前提での行政的な注意喚起であって、罰則付きの法律でなかった。https://www.astroawani.com/berita-malaysia/ibu-bapa-perlu-pastikan-anak-bawah-13-tahun-tidak-miliki-akaun-media-sosial-fahmi-467310
もともとSNSの規制枠組みがあったわけではないため、今回の提案が初めての規制案ということになる。
3. 根拠
① 法的枠組み
先に成立した「オンライン安全法(Akta Keselamatan Dalam Talian 2025 / Online Safety Act, Rang Undang-Undang Keselamatan Dalam Talian 2024 / Online Safety Bill 2024)」が土台。 この法律は、
- 「有害コンテンツ」「優先有害コンテンツ」の定義
- プラットフォームに対する削除義務・安全計画の策定
- MCMCによる命令・罰金権限 などを規定しており、とくに子ども保護(CSAM・詐欺・有害コンテンツからの保護)が重要な目的として挙げられている。 https://www.rahmatlim.com/perspectives/articles/29689/mykh-online-safety-bill-2024-enhancing-online-safety-in-malaysia
ファーミ相は地元メディアで、「16歳未満アカウント禁止はこのオンライン安全法の枠内で実施する」と明言しており、1月1日に同法が施行されるタイミングでeKYC付き年齢確認を義務化する、と説明している。https://www.malaysiakini.com/news/761516
併せて、通信・マルチメディア法(CMA)の改正や、サイバーセキュリティ法など、ここ数年で整備されてきた「サイバー空間規制パッケージ」の一部として位置づけられている。https://www.rahmatlim.com/perspectives/articles/29689/mykh-online-safety-bill-2024-enhancing-online-safety-in-malaysia
② 実証的・政策的根拠
メディアや専門家コメントでは、主に以下の点が根拠として挙げられている。
オンラインでの児童性虐待・金融詐欺・いじめなどの増加
- オンライン安全法の「有害コンテンツ」の定義に、CSAM・金融詐欺・いじめ・自傷誘発などが明記されており、これらから子どもを守る必要が強く強調されている。 https://www.rahmatlim.com/perspectives/articles/29689/mykh-online-safety-bill-2024-enhancing-online-safety-in-malaysia
- ファーミ相は、「サイバー犯罪と性的捕食者から子どもを守ること」が年齢制限強化の理由だと説明している。https://berita.mediacorp.sg/dunia/malaysia-sasar-larang-akaun-media-sosial-bagi-remaja-bawah-16-tahun-mulai-2026-987831
メンタルヘルス・発達への影響
- 国営通信などでは、専門家が「12〜16歳は発達上の過渡期で、早すぎるSNS利用は不安・うつ・社会性に悪影響を与える」という研究を引用しつつ、16歳までを“緩衝期間”とする考え方を紹介している。https://www.dagangnews.com/article/terkini/had-umur-16-tahun-akaun-media-sosial-langkah-wajar-tapi-perlu-didik-kematangan-digital-pakar-59580
- Astro Awani などの番組でも、「16歳まではデジタル世界に本格参入する前の準備期間にすべきだ」とする若者・専門家の意見が取り上げられている。https://www.astroawani.com/berita-malaysia/had-umur-16-tahun-akses-media-sosial-jeda-waktu-persiapkan-remaja-berdepan-dunia-digital-547618
国際的な動向(特にオーストラリア)の参照
- ファーミ相および各紙は、「オーストラリアが16歳未満のアカウント無効化を実施」しようとしている点を繰り返し引用し、「マレーシアも同様の仕組みを検討する」と述べている。https://www.astroawani.com/berita-dunia/australia-larang-media-sosial-untuk-bawah-16-tahun-akaun-akan-dinyahaktifkan-538745
4. 立法府(国会)での議論
Online Safety Bill 自体の審議
オンライン安全法(当初は Online Safety Bill)については、2024年末にかけて下院・上院で可決されており、審議の過程では、
- 表現の自由やプライバシーへの影響
- 「有害コンテンツ」の定義の曖昧さ が市民団体・野党などから強く批判されている。 https://www.article19.org/resources/malaysia-online-safety-bill/
ARTICLE 19 や Amnesty Malaysia を含む複数の団体は、「過度な検閲と監視のリスクがある」「特別委員会での再検討が必要」と国会に対し勧告を出している。
「16歳未満SNS禁止」そのものへの国会内反応
2025年10月時点で、複数の与野党議員が16歳案を支持していると国営通信 Bernama や Astro Awani が報じている。
- 「10代前半のメンタルや社会的発達への悪影響を抑えるために必要」
- 「実施方法は慎重に検討すべきだが、方向性としては妥当」 といったコメントが出ている。 https://www.bernama.com/en/news.php?id=2398835
一方で、国会の正式な「年齢16歳条文」をめぐる修正案や、特別委員会での詳細な審議記録はまだ公開されていない。現時点では、
- 法文そのものは Online Safety Act+下位規則で設定され、国会での“年齢そのもの”の大激論という段階には至っていない
- ただしオンライン安全法の審議過程で、「子ども保護」を旗印にした強い規制全般への懸念が、多くの議員や市民団体から表明されている という状況。
5. 宗教的な関連はあるか
制度としての宗教色
法律上は、オンライン安全法もCMA改正も、世俗的な国法として制定されており、シャリーア法やイスラム法学を直接の根拠にした条文は見当たらない https://www.rahmatlim.com/perspectives/articles/29689/mykh-online-safety-bill-2024-enhancing-online-safety-in-malaysia
宗教的言説・イスラム系団体からの支持
ただし、メディア上ではイスラム系のウェブメディアや団体が、この方針を「子どもを守るイスラム的価値観」と整合的なものとして支持する論調を展開している。
- イスラム系サイト Indahnya Islam は、「メディア・ソーシャルの悪影響が深刻化しており、16歳未満のアカウント禁止は子どもを守るために必要だ」とする記事を掲載。https://www.indahnyaislam.my/kesan-buruk-media-sosial-semakin-meruncing-akaun-untuk-remaja-di-bawah-16-tahun-akan-dilarang-mulai-2026
- イスラム系NGO IKRAM も、16歳未満へのアクセス制限とeKYC導入を支持し、学校や宗教機関を巻き込んだ啓発を提案している。https://ikram.org.my/pelaksanaan-identiti-digital-ekyc-minimum-16-tahun-disokong/
今回の規制案は通信省と内閣主導プロセスで、イスラム系団体・メディアが「子どもの道徳的・精神的保護」の観点から後押しをしている、もののイスラム教が大きな動きを作り出しているわけではないようだ。
6. 世論調査・世論の動向
世論調査
現時点(2025年11月末)までに、大手調査会社や政府機関による全国規模の量的世論調査は確認されていない。従ってマレーシア国内の世論の全体的傾向は把握できない。
メディア上の反応の傾向
支持的な声
- 子どものメンタルヘルスや学業への悪影響、詐欺・性犯罪リスクを懸念する保護者・教育関係者・一部の若者が、「16歳までの制限は妥当」という立場をとっている。https://www.astroawani.com/berita-malaysia/had-umur-16-tahun-akses-media-sosial-jeda-waktu-persiapkan-remaja-berdepan-dunia-digital-547618
- 保護者向けメディアや育児サイトでも、「これを機に親がデバイス管理にもっと関与すべきだ」といった論調でおおむね好意的に扱われている。 https://ecentral.my/media-sosial-16-tahun/
批判的・懸念の声
一方で、プライバシー・表現の自由・実効性への懸念を示す声もかなり目立つ。
- South China Morning Post は、eKYCによるID確認が「監視強化・プライバシー侵害になりかねない」と専門家や活動家の懸念を報じ、「公的な反発(public backlash)が生まれている」と伝えている。 https://www.scmp.com/week-asia/lifestyle-culture/article/3333904/malaysias-bid-bar-under-16s-social-media-using-id-checks-stokes-privacy-fears
- Online Safety Bill 全体に対しては、Article 19 やAmnestyなどが「過剰検閲・監視の危険性」を強く批判しており、年齢制限もその文脈で見られている側面がある。
若者向け討論番組(Astro Awaniの “Dialog Anak Muda: Akses media sosial 16+ | Lindung atau sekat?”)では、
- 「保護策として理解はできるが、若者の声が十分に反映されていない」
- 「家のWi-FiやVPNで実効性は疑問」 といった批判も出ており、「若者世代の中では賛否分かれている」ことがうかがえる。 https://www.astroawani.com/topic/had-umur-16-tahun?title=had+umur+16+tahun
「まず親が決めるべき」という意見
- SCMPの記事などでは、「子どものネット利用は国家ではなく親権者が決めるべき」という保護者・専門家の声も紹介されており、国家による一律規制への違和感が一定程度存在する。(先述 South China Morning Post)
7. イスラム教とLGBTの関係
ファーミ相の提案にLGBTについては直接言及がなく、メディア報道でもLGBT関連の議論は見当たらないものの、イスラム系団体からはSNS上のLGBTコンテンツが「子どもに悪影響を与える」という見解の懸念が根強い。
PAS系医師の寄稿(MalaysiaGazette)
2025年10月の記事「Bahan LGBT semakin mudah diakses di media sosial, ibu bapa bimbang – Dr. Mohd Mazri」では、PAS中央委員で医師のMohd Mazriが、下記のように述べている。
- Telegram上の「Rainbow KL」「Boyz MY」「Girls4Girls JB」などのLGBT系グループに、多くの生徒がこっそり参加している
- そこでは「safe space」と称しながら、未成年が感情面・道徳面・性的にリスクの高い行動に巻き込まれている
- これは個人の問題ではなく「国家的な社会問題」だ
そのうえで、対策として下記のものを挙げている。
そのうえで、Online Safety Act 2025(Akta Keselamatan Dalam Talian 2025)を強力に執行し、学生を有害コンテンツから守るべきだと主張している。
イスラム庁JAKIMによるアプリ
イスラム庁JAKIMが、「LGBTQ当事者を“本来の性へ戻す」ことを目的にしたアプリ「Hijrah Diri」を開発したことがあり、公式に「レズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・トランスジェンダーなど、性自認に悩む人々を“本来の姿(fitrah)に戻す」と説明している。