井出草平の研究ノート

フィリップ・アリエス『<子供>の誕生』#24 メモ

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この章では小児の性愛の話が多いため、chatGPTのガードレールにひっかかるため、今回はDeepSeekを利用した。

ジェルソンによる子どもの性行動の認識——何が「新しい」のか

そこでは、14世紀から15世紀にかけてパリ大学総長を務めた神学者ジャン・ジェルソン(Jean Gerson, 1363-1429)が、子どもの性行動をどのように捉え、告解師に対してどのような指導を行ったかが論じられている。書き出しは「Gerson a donc étudié le comportement sexuel des enfants(ジェルソンは子どもの性行動を研究した)」である。ジェルソンは子ども専門の告解——幼児告解——を体系化した先駆者として知られており、彼の規則や説教は、その後のカトリック圏の性道徳と教育思想に長く影響を与えることになる。

ジェルソンはまず、子どもの性行動について驚くべき認識を示している。彼は自慰(masturbation)および射精を伴わない勃起が、10歳から12歳の少年の間で一般的な現象であることを明確に認識していた。そして告解師に対してこう指示する。

「もしこの件について男に問いただして否定するなら、それは確実に嘘である」

つまり、ほぼすべての少年が行っているのだから、否定する者が出ればそれは確実に嘘であり、告解師は問い詰めて認めさせるべきだというのである。

ここで注目すべきなのは、ジェルソンが子どもの性行動を「なかったこと」にしたり「見て見ぬふり」をしたりせず、現象として正面から直視したという点である。中世ヨーロッパにおける一般的な態度は、子どもの性的な問題はできるだけ表面化させないというものだった。そうした空気の中で、ジェルソンはあえてこの問題に切り込み、それを告解の実務に組み込もうとした。この点で彼は同時代から見れば明らかに異例であり、引用元の著者も「子どもの行動の客観的認識にきわめて近づいている」と評価している。ただし当然ながら、その目的は子どもの性を理解することではなく、「罪の管理と救済」であった。


「溺性ノ誤チ」をめぐって——謎の訳語と原語の確認

この文献には「溺性ノ誤チ」という古い日本語訳が登場する。これはかなり古風で、現代語ではほぼ通じない。ChatGPTで議論しているときに「これは何のことだろう?」という疑問がまず生まれた。そこで、原文のラテン語と日本語訳の古い漢語表現の両方を確認しながら整理することになった。

結論から言うと、「溺性ノ誤チ」は peccatum mollicei の訳語である。正しくは peccatum molliciei(あるいは mollitiei)と言うべきで、キリスト教道徳神学における mollities(軟弱・柔弱) から派生した、自慰・手淫を指す罪のカテゴリーである。英訳でもこの箇所は masturbation と結びつけて説明される。

「溺性ノ誤チ」を字面から分析すると:

  • 「溺性」=「性(欲望)に溺れる」
  • 「ノ」=格助詞「の」の古体
  • 「誤チ」=「過ち」、すなわち罪や過失

つまり「性的欲望におぼれる過ち」という意味を込めた古い訳語ということになる。しかし問題は、原語の中心が「性欲一般」のような広い概念ではなく、かなり具体的に自慰・手淫という特定の行為を指している点である。この訳語ではその具体性が伝わらない。

したがって、この日本語訳を読むときは「溺性ノ誤チ」をそのまま受け取るのではなく、

「溺性ノ誤チ」= 自慰の罪/手淫の罪

と置き換えて読む必要がある。もし注釈をつけるなら、「中世キリスト教道徳神学において自慰・手淫を指す罪のカテゴリー」と説明するのが適切だろう。現代語訳としてこの古語をそのまま使うのは避けたほうがよい。


自慰の罪の重大性と異性間性交との比較——「処女喪失」という論理

ジェルソンは自慰を極めて重大な罪と位置づけた。その論理の核心は、次の一文に凝縮されている。

「たとえ年齢ゆえに射精(pollution)を伴わなかったとしても……自慰は、その子どもが同じ年齢で女性と交わった場合よりも、子どもの処女(virginité)を失わせる」

ここで注意すべきは「年齢ゆえに射精を伴わなかったとしても」という但し書きである。当時の医学的理解では、思春期前の子どもにはまだ射精能力がない場合があるとされていた。しかしジェルソンは、射精という生理的結果がなくとも、自慰という意図的な性的快楽の追求という行為そのものが問題だとした。それどころか、射精があればなおのこと重いのだが、射精がなくても——つまり生理的には「完了」していなくても——その罪の重さは、実際に異性と性交した場合を上回ると断言するのである。

これを図式的に表せば次のようになる。

軽い ←————————————————————————————→ 重い

異性との性交(同年代)  自慰(射精なし)  自慰(射精あり)→ソドミー

異性との性交は、少なくとも「自然な性行為の形式」をとっている。しかし自慰は、生殖から完全に切り離された性的快楽の追求であり、同じ理由で「自然に反する罪」の極北とされたソドミーに「隣接する」と見なされたのである。

ここで重要なのは、この「ソドミーに近い」という評価がどのような基準によるものかという点である。ChatGPTとの議論でも確認したが、これは現代的な意味で「自慰は同性愛と同じだ」と言っているのではない。あくまで中世キリスト教道徳神学上の分類である。

中世カトリックの性倫理において、性行為は本来:

  1. 婚姻内で
  2. 男女の結合として
  3. 生殖に開かれているべきもの

とされた。この三条件のいずれかを欠く性行為は、程度の差こそあれ「自然に反する罪」と見なされる。射精や性的快楽が生殖から切り離される行為——つまり自慰——は、この基準からすれば女性との性交よりもむしろ重い罪であり、最重の性的罪とされるソドミー(自然に反する性行為全般を指す広い概念)に連続するものとされたのである。

ただし、これはあくまで中世キリスト教的罪論の内部での論理であり、現代医学・心理学・発達理解とはまったく別の枠組みであることを改めて強調しておく必要がある。


ジェルソンの処方箋——ノートルダム附属学校規則にみる隔離と監視のシステム

では、ジェルソンは具体的にどのような対策を提案したのか。その詳細は、彼が執筆したパリのノートルダム大聖堂附属学校の規則に示されている。この規則の精神は、「隔離」「監視」「密告」の三つの原則に要約される。

常夜灯の設置

規則は、寮室に常夜灯(veilleuse)を置いて夜間も照らすよう命じている。その理由は次のように説明される。

「聖母マリア像への信心のため、また自然な生理的用務のため、そして彼らが見える光のもとでのみ、できるべきであり、見られるべきである行為のみを行うために」

最後の部分が決定的である。「光のもとでのみ行うべき行為」と「暗闇で行われるべきでない行為」の区別——性的な秘密行為は光によって排除されるべきだという発想だ。同時にこの文言は「できるべき行為」と「見られるべき行為」を同一視している点でも注目に値する。つまり「できること」と「見られること」が一致していなければならず、「見られては困る行為」はそもそも「してはならない行為」だという論理である。

夜間のベッド移動の禁止

どの子どもも夜間にベッドを変えてはならない。割り当てられた相手と寝るものとされる。これにより、夜間の秘密的かつ自由な身体接触を物理的に防止しようとしたわけである。

秘密の集まり(conventicula)の禁止

「秘密の集まりや、他の者を排除した仲間づきあい(conventicula, vel societates ad partem extra alias)は、昼夜を問わず許可されない」

「特別な友情(amitiés particulières)」——つまり特定の子ども同士の親密な関係——を徹底的に忌避しているところが特徴的である。集団内での閉じた二人組や小さなグループの形成が、性的な逸脱行為の温床になると見なされたのだろう。

歌唱内容の統制

歌唱教師は「好色で恥知らずな歌(cantilenas dissolutas impudicasque)」を教えてはならない。性的な想像力を刺激するような歌詞の入った音楽は、それ自体が危険なものとして禁止された。

密告制度

生徒たちには、級友が誠実さや慎み深さに欠ける行為をした場合に教師に伝える義務が課された。密告の対象とされた非行をリストアップすると、かなり広範囲にわたることがわかる。

非行の種類 内容
言語に関するもの フランス語を話すこと(ラテン語ではなく)、罵ること、嘘をつくこと、侮辱を言うこと
生活習慣に関するもの 寝床でぐずぐずすること、時間を守らないこと
教会での態度 おしゃべりをすること

性的な非行が明示的に含まれていないように見えるが、ここで注目すべきは「フランス語を話すこと」がラテン語で話すことの対比として密告対象になっている点である。ラテン語は教会と学問の言語であり、教師の理解下にある。フランス語は民衆の言語であり、教師の理解を超えたところでの秘密の会話を可能にする。つまり「フランス語を話す」という日常的な行為すらも、性的な秘密の温床になる可能性があるとして監視の対象とされたのである。

使用人からの隔離——最も徹底された不信

規則の最も徹底した部分は、使用人(domestiques) との接触の禁止である。

「召使いたちには、聖職者、礼拝堂付き司祭、教会関係者も含め、子どもたちとのすべての親密な振る舞いが禁じられる(信頼は存在しなかった)。彼らは教師の立ち会いなしに子どもに話しかけてはならない。」

ここで衝撃的なのは、「聖職者、礼拝堂付き司祭、教会関係者も含め」と、神聖な職にある者たちすら例外としていない点である。括弧書きで注釈されている「信頼は存在しなかった(la confiance ne régnait pas)」という言葉は、ジェルソンの基本的な人間観を露わにしている。彼は子どもと接するすべての大人——聖職者であろうと——を潜在的な「危険」と見なしていたのだ。


待降節第4日曜日の説教——なぜクリスマス直前か

ここで、もう一つの重要な資料に移る。ジェルソンは子どもの情欲の問題について、待降節第4日曜日に説教を行っている。これが単なる偶然でないことは明らかである。

待降節(Avent)とは、ラテン語の adventus(到来)に由来し、クリスマスを準備する約4週間の期間を指す。英語では Advent、フランス語では Avent と呼ばれる。カトリック教会の典礼暦において、この期間は次のように構造化されている。

日曜日 テーマ 聖書の主題
第1日曜日 終末的な目覚め 「主の日の到来に備えよ」
第2日曜日 悔い改め 洗礼者ヨハネ:「悔い改めよ」
第3日曜日(Gaudete) 喜び 「主は近い。喜べ」——バラ色の飾りを用いる
第4日曜日 受肉の告知 マリアへの受胎告知、待望の完成

ジェルソンが説教を行った第4日曜日は、降誕祭(クリスマス)の直前にあたる。このタイミングを選んだ理由は複合的である。

第一に、告解習慣との関係がある。1215年のラテラノ第4公会議によって、キリスト教徒には年に1回以上の告解が義務づけられていた。多くの信徒——特に教会にあまり熱心でない者——は、クリスマス前にこの年1回の告解を済ませるのが習慣だった。したがって、待降節第4日曜日は、信徒が教会に最も多く集まる日曜日の一つであり、説教の効果が最大化されるタイミングだったのである。

第二に、神学的な対比の修辞がある。クリスマスは「神が肉(=身体)をとってこの世に生まれた日」、すなわち受肉(Incarnation)の祝いである(ラテン語で「Et Verbum caro factum est=言葉は肉となった」)。ジェルソンはこの「聖なる肉の到来」という最も神聖な神秘を前に、逆説的に「汚れた肉の罪」——自慰や性的接触——を対比させることで、罪の重大性を最大限に印象づけようとした。これは高度な修辞技法である。

第三に、この説教の間接的ターゲットは、告解師であった。ジェルソンは説教の中で、告解師に対して子どもの性的行為の聞き出し方を具体的に指示している。つまりこの説教は、

一般信徒(親) → 告解師(司祭) → 子ども

という三段構えの情報伝達構造を持っていたのである。

「わざわざクリスマス直前に?」という問いに対しては、「この日を選ばなければ効果が半減するテーマだったから」と答えるのが正確だろう。教育者としての戦略的な判断で、最大の祭日の直前に、最も扱いにくいテーマを配置したのだと理解すべきである。


ジェルソンの「無垢」理解——「生まれつき」ではなく「獲得されるべきもの」

ここで、ジェルソンの子ども観の核心に触れておく必要がある。彼は子どもが生まれつき無垢であるとは考えていなかった。むしろ逆である。

「子どもはもともと自分の罪を自覚しているわけではない」

一見すると「子どもは無垢だから罪を自覚しない」とも読めるが、ジェルソンの文脈ではそうではない。子どもが罪を自覚しないのは無垢だからではなく、原罪(corruption originelle) によって本性が腐敗しているからであり、その腐敗の現れとして性的衝動が内在しているからである。「かゆみ(pruritus)を感じ、勃起が起き、そこを擦ったり触ったりしてもよいのだと思う」——この「思う」というのが問題なのである。子どもは自然に湧き上がる衝動に従って自慰を行うが、それは「原罪の腐敗の結果(ex corruptione naturae)」にほかならない。

したがって、ジェルソンにとって「無垢性」とは、子どもに最初から備わっているものではなく、外部からの教育と告解によって獲得されるべき規範であった。無垢は「保たれる」のではなく、「作られる」ものなのである。この発想は、告解師に「問い詰めて罪の意識を植え付けよ」と命じるジェルソンの姿勢と完全に一致している。


ソレルという対立軸——子ども観のもう一つの可能性

さて、ここでまったく異なる立場の人物を導入しよう。それがシャルル・ソレル(Charles Sorel, 1602-1674)である。

ソレルは17世紀フランスの小説家・風刺作家である。主著は1623年に発表された『フランシオンの滑稽な物語』(Histoire comique de Francion)であり、当時流行していた理想化された牧歌的ロマンスを風刺する、写実的かつ滑稽な作品である。彼は後年、歴史書や文献学の著作も執筆しているが、文学史における彼の位置は、何よりもこの『フランシオン』によって決まっている。

さて、ソレルがなぜこの文脈で引き合いに出されるのか。引用元の著者は次のように述べている。

ソレルは、自慰を寄宿学校の閉鎖的な教育環境(claustration scolaire de l'internat)の結果だと見なして嘲笑する。

ソレルにとって、自慰は「罪」ではない。それは閉鎖的環境——異性との接触を断たれ、同じ性の者だけで密集して生活する寄宿舎——が作り出す病理的な産物にすぎない。だから笑い飛ばせばよい。神学的な大仰さで「罪」と断じる教会の態度こそが滑稽なのである。

ここで重要なのは、ChatGPTとの議論でも確認したように、ソレル自身に寄宿学校の強烈な体験があったわけではないという点である。彼はパリの裕福な官僚家庭に生まれ、家庭教師について学び、その後パリ大学に通ったが、寄宿ではなく通学だった可能性が高い。ではなぜ彼はこれほど寄宿舎を批判するのか。

その理由は複合的である。

第一に、同時代の教育現場の実態として、寄宿舎における年齢混合、監督不足、先輩から後輩への性的虐待は広く知られたスキャンダルだった。ソレルは自分の経験ではなく、周知の社会問題を素材にしたのである。

第二に、反教権文学としての風刺戦略がある。「自慰は罪だ」と断じる教会に対して、「その原因はお前たち聖職者が運営する閉鎖的な教育環境にあるのではないか」と逆襲する——これがソレルの論法である。

第三に、人文主義的教育批判の伝統を彼は継承している。ラブレーやモンテーニュら16世紀の人文主義者は、すでに閉鎖的スコラ教育や体罰を批判していた。ソレルはその流れに立つ。

ジェルソンとソレル——無垢性のポジションマップ

両者の対立は「子どもの無垢性」をめぐって鮮明になる。

無垢 ←——————————————————————————————→ 原罪・腐敗

ソレル(暗黙)                             ジェルソン(明示)
  │                                            │
  │ 子どもは自然には無垢                       │ 子どもは原罪に汚染されている
  │ 環境(寄宿舎)が歪める                     │ 無垢は教育と告解で獲得すべき規範
  │ 自慰は制度の産物=罪ではない               │ 自慰は原罪の現れ=重罪
  │ 嘲笑(神学への反発)                       │ 監視(罪の管理)
  │                                            │
近世人文主義                            中世スコラ学
次元 ジェルソン ソレル
子どもの本性 原罪に汚染 → 無垢ではない 暗黙の無垢(自然状態では健全)
無垢性の所在 外部から与えるべき規範 外部環境が壊すもの
自慰の原因 内在的(原罪の自然な現れ) 外在的(閉鎖的環境の産物)
自慰の意味 罪(peccatum mollicei) 笑い話(風刺の対象)
対処法 告解・教育・監視 環境の改善/笑い飛ばす
子ども観 守るべきだが危険な存在 自然な存在、歪められる存在
時代思潮 中世スコラ学・教会権威 近世人文主義・風刺精神

ただし、この図式で忘れてならないのは、引用元の著者の立場である。著者は次のように評価している。

「ジェルソンの判断は、ロマン作家ソレルの嘲笑よりも、現代の自慰に関する教義(inévitable stade d'une sexualité prématurée——避けられない未成熟な性の発達段階)に近い」

つまり、ソレルは神学的枠組みから解放されているが、自慰を「特殊な環境の産物」に還元しすぎている。他方ジェルソンは、枠組みこそ宗教的だが、子どもの性行動をいかなる環境でも普遍的に現れる現象として認識していた。その点で現代の発達観により近い、というのが著者の主張である。この評価は逆説的でありながら、一考に値する。


ジェルソンの歴史的評価——「進歩的」であったのか

最後に、ジェルソンの歴史的位置づけを整理しておきたい。ChatGPTとの議論の過程で複数回浮上した問い——「ジェルソンは当時としては進歩的だったのか?」——に対して、答えは「何を基準にするかによる」としか言いようがない。複数の評価基準で検討してみよう。

「進歩的」と言える点

第一に、子どもの性行動を普遍的な現象として直視したことである。当時の一般的態度は「見て見ぬふり」「なかったことにする」だった。ジェルソンは隠蔽ではなく直視を選んだ。

第二に、子どもを大人の縮小版ではなく固有の存在として扱ったことである。中世ヨーロッパでは、子どもは大人と同じ服を着て、同じ労働をし、同じベッドで寝るのが普通だった。しかしジェルソンは子ども特有の発達段階を認識し、年齢に応じた指導が必要だと考えた。

第三に、具体的な教育制度改革案を提示したことである。常夜灯・隔離・監視システムは、後世の厳格教育のプロトタイプとなった。

引用元の著者は明確に評価している。

「ジェルソンは彼の時代の制度よりもはるかに先んじていた」 「彼の規則が示す道徳的理想は、やがてイエズス会、ポール・ロワイヤル、キリスト教 doctrine 修道会、そして17世紀のすべての厳格な道德家・教育者たちの理想となる」

つまり、ジェルソンの教育思想は後世——17〜18世紀——の厳格教育の青写真となったという点で、明らかに「時代を先取りしていた」と言える。

「進歩的」と言えない点

しかし、別の基準から見れば評価は異なる。

第一に、ジェルソンの最大の関心は「子どもの保護」ではなく「罪の管理と救済」である。「自慰で処女を失うことは異性との交わりより罪が重い」というロジックは、現代の感覚からすれば極端に抑圧的である。

第二に、監視と密告による統制は、プライバシーの完全否定であり、児童間の信頼関係の破壊を前提としている。「見られること」と「できること」の同一視は、子どもに常時監視下にあるという感覚を植え付ける。

第三に、現実にはほとんど普及しなかった。引用元の著者も「だからといって、現実の学校で実際にそのように行われていたと推測すべきではない」と断っている。ジェルソンの規則は制度として「時代の先を行きすぎていた」のである。

複眼的評価

評価基準 評価 理由
当時の常識と比較して 進歩的 子どもの性行動を直視し、教育制度を具体案として提示
現代の子どもの権利から見て 抑圧的 監視・密告・罪悪感の植え付けが中心
教育史の流れの中で 先駆的 後のイエズス会・ポール・ロワイヤル教育のプロトタイプ
性教育の方法論として 両義的 隠蔽ではなく直視した点では進歩的だが、目的は罪の管理
子どもの主体性の尊重 極めて保守的 子どもを「管理される客体」としか見ていない

ヴィヴェスとの比較——16世紀の「寛容さ」

なお、引用文献では16世紀の教育者としてフアン・ルイス・ヴィヴェス(Juan Luis Vives, 1493-1540)が挙げられている。ヴィヴェスはスペインの人文主義者で、エラスムスと並ぶキリスト教人文主義の代表的人物である。

彼の学校向け対話篇には、ジェルソンなら気に入らなかったであろう次のようなやりとりがある。

「最も恥ずべき部分は、前の部分(その婉曲表現への配慮に注目)か、それとも尻の穴か?」 「どちらも非常に不道徳です。後ろは汚物のゆえに、前は淫らさと不名誉のゆえに」

ここで注目すべきは「前の部分(partie de devant)」という婉曲表現への配慮であり、また対話篇という形式そのものも重要である。暗黙の内に秘めるのではなく、教育的な対話として身体と恥ずべき部分について言語化する——これはジェルソンの「沈黙と監視」戦略とは明らかに異なるアプローチである。16世紀になると、教育の現場はジェルソンの極端な厳格さからいくぶん解放され、より対話的で現実的な方向へと動いていたことがうかがえる。


子ども観の歴史的系譜——ジェルソンから18世紀へ

最後に、引用元の著者の歴史認識を時間軸で整理しておこう。

14-15世紀                    16世紀                  17世紀                   18世紀
   │                           │                       │                       │
  ジェルソン                  ヴィヴェス              イエズス会              厳格な規律の
(先駆的過ぎた規則)          (相対的寛容)          ポール・ロワイヤル       確立
   │                           │                       │                       │
   └──── 約2世紀のギャップ ────→  └─── ジェルソンの理想の継承・実現 ────→

引用元の著者は、ジェルソンの規則が実際の学校現場に浸透するまでに17〜18世紀まで待たねばならなかったと指摘している。ジェルソンが規則を書いたのは15世紀初頭だが、同床習慣や年齢混合の環境はその後も長く続いた。著者はその証拠として、16世紀末のフランス宮廷におけるアンリ4世の例を挙げている。アンリ4世は息子と娘を自分のベッドに連れてこさせて遊んでいたという。約2世紀を経てなお、ジェルソンが警告した習慣が宮廷にすら残っていたのである。

制度としての厳格な規律が現実のものとなるのは、イエズス会やポール・ロワイヤルによる教育の整備を待たねばならなかった。ジェルソンの死後約300年——18世紀——に至って、ようやく彼の理想は実現されたのである。このタイムラグの大きさが、ジェルソンの先駆性と同時に、彼の時代における孤立の深さをも物語っている。


主要参考文献

本ノートで扱った文献は以下である。

  • ジャン・ジェルソン(Jean Gerson, 1363-1429)の説教・学校規則・告解手引書
  • シャルル・ソレル(Charles Sorel, 1602-1674)『フランシオンの滑稽な物語』(Histoire comique de Francion, 1623)
  • フアン・ルイス・ヴィヴェス(Juan Luis Vives, 1493-1540)の学校向け対話篇
  • フィリップ・アリエス(Philippe Ariès)『子供の誕生』(L'Enfant et la vie familiale sous l'Ancien Régime)——中世から近世にかけての子ども観の変遷に関する古典的研究

なお、これらを引用している二次文献の著者については特定できていないが、フランスの「性の歴史」または「子どもの歴史」研究——ジャン=ルイ・フランドランやジョルジュ・ヴィガレロなど——の系列に属するものと推測される。