商業地への労働力を供給していた寺子屋

梅村 佳代「寛政期寺子屋の一事例的研究  伊勢国「寿硯堂」を中心として」
日本教育学会大會研究発表要項 44, 6, 1985-09-05 

松坂周辺農村飯高群本村「寺硯堂」の研究。この寺子屋は寛政4年(1792年)と文政5年(1822年)まで存在し、643名の寺子を輩出している。

寺子は修了後、全総数の四分の一が伊勢国内や江戸・大坂・京都へ奉公にでている。とりわけ、三井家を中心に伊勢商人供給ルートを通じて新しい労働力として輩出されている。女子は伊勢国内への奉公が圧倒的に多い。このような商業活動を土台とした民衆の自己形成条件は幕末になってかなり成熟を示し、寺子屋への受容を強めていったと考えられる。