井出草平の研究ノート

ブルデュー『ディスタンクシオン』輪読会第25夜 覚書

旧版242ページから。

隠れたエンクロージャ

数字の上で層の厚みが下降線をたどっている商業経営者と農業従事者という二つのカテゴリーが、どうしても学校への依存度を高めざるをえなかったということ。そしてもうひとつは、これらのカテゴリーの内部構造がわずかに分散する方向で変化した結果、あるいはもっと正確に言えば、それらの下層部が特に危機にみまわれ、消滅や転換の必要にせまられた結果、その全体的な統計上の数値が高くなったことである(それはたとえば、学歴資格などに関してはっきり現われている)。グラフに描かれた就学率は、おそらく実際よりも高めになっている。というのは、この統計では一人住まいの者や寄宿舎・学生寮などに住んでいる者は除いて、家族と一緒に住んでいる青少年だけを調査対象としているからである。そしてその程度はたぶん社会階層の下になればなるほど大きくなっていると思われる。

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出身階層ごとの就学率の図である。ディスタンクシオン執筆時点でフランスの義務教育は16歳までであったので、義務教育以後に学校に在籍している割合のグラフである。現在の日本だと中卒後ということになるが、9割以上が高校進学をするため、高卒後に教育を受けているか否かというグラフに近いだろう。

1882年3月28日の法律で13歳と定められていた義務教育の最高年齢は、1936年8月9日の法律で第一段階として14歳まで延長された12。1959年1月6日、シャルル・ド・ゴール共和国大統領が署名した条例により、義務教育を14歳から16歳に延長することが決定された。この条例では、違反した場合、家族手当を取り消すという罰則が設けられていた。1947年6月のLangevin-Wallon計画と1958年のFEN会議に触発されたものである。
https://fr.wikipedia.org/wiki/Instruction_obligatoire

フランスの義務教育は16歳までであるが、1959年に14歳から16歳に延長されたので、グラフの真ん中くらいで制度が変わっている。

この時期には第一次産業から第二次第三次産業へ、第二次産業から第三次産業への移動があった。ホワイトカラーになるためには、学歴が必要であるというのはどの国の近代にも生じることなので、高い学歴を望むというのは垂直移動であるとともに、水平移動であったことも意味する。従って、背景にエンクロージャーがあったと考えることもできよう。

www.kisoken.org

「囲い込み運動」は世界史の教科書にも登場するのでわりと有名な言葉だと思う。羊毛産業が盛んになったため、農地を取り上げて羊を飼い始めたという現象である。どのような時代でも産業転換があった場合に何かしらのエンクロージャーは生じる。『資本論』では、土地を奪われた農民は賃労働をせざるを得ず、資本無き者へと転落させられる話として描かれているが、ブルデューが描いた第二次世界大戦後のエンクロージャーは被害的な面はありつつ、むしろ当人が意志を持って(ある意味喜んで)水平移動をしていた側面もあるのではないだろうか。階層の垂直移動を目指し、その手段として、大学に行ったものの、、、という皮肉めいた話が少し後に出てくる。

レイモンド・ブードン「フランスの大学危機」

旧版247ページ。

ブルデューがブードンを批判している箇所がある。

en.wikipedia.org

たとえば一九五〇年から一九六〇年までの大学における「平均募集人員の増加」(これにはほとんどなんの意味もなしについて語り、そこからブルジョワ大学は「中間階級の支配する大学」へと変貌したという結論をひきだすたぐいの単純さは、イデオロギー的頑固さといったものだけでは充分に説明しきれるものではない(R・ブードン「フランスの大学危機--社会学的診断の試み」、〈アナール〉三号、一九六九年五月--六月)。
R. Boudon, « La crise universitaire française : essai de diagnostic sociologique », Annales, 3, mai-juin 1969, p. 747-748

該当論文はこちら。

www.persee.fr

今回調べていて思ったのだが、フランスは昔の論文に関してオンラインで無料で読めるようにしているのではないかと思った。このあたり、日本ももう少し頑張ってほしいところ。

フランス病

旧版247ページ。

  1. Peyrefitte, Le Mal français, Paris, Plon, 1978, passim et spécial. p. 408-409 et p. 509-511

フランス病というと梅毒のことだが、ここではペイルフィットによって書かれた本のこと。フランスでは100万部の大ベストセラーになったようなので、日本語版も翻訳されているのだろう。中身は未確認だがフランス語版のWikipediaに項目があるので、ざっくりと概要は把握できる。

fr.wikipedia.org

フランスでは理学部と文学部が「追放の場」

旧版247ページ。

大学の文学部と理学部とは、明らかにグランド・ゼコールをその頂点とする場の最下位に位置し、またそれらが与えてくれる肩書のもたらす経済的・社会的利益の面から判断すると、近年増えている商業学校のうち最も新しく最も権威のないものにくらべても、今日ではさらに低い位置にあるほどで、追放の場としてのあらゆる特性をそなえている。その第一に挙げられるのが異常に高い「大衆化」率(および女子の入学率)であって、それには節度をもった測定者でも驚いてしまう。

訳者も「一般大学のこれらの学部は、日本と違って一般に評価が低い。」と注釈を書いているように、日本とやや違った評価体系のようだ。日本でも、文学部より法学部や経済学部、理学部より工学部の方が就職に強いという話はあるので、なんとなくわかるのだが、どうやら日本と比べても想像以上に評価が低いらしい。

ちなみに「追放の場」というのはdes lieux de relégationであり、英語ではplaces of relegationとなる。

www.cnrtl.fr

降格、スポーツでの降格、追放、刑罰の一種、島流しといった意味合いであり、ブルデューの表現はひどく厳しい。

どのような文脈かというと、大卒者が増える時代になってくると、親の世代は大卒でなかった者も大学入学を目指してくる。そういった子弟に与えられる大学の席が、文学部と理学部であり、実際はそのような大学に入ったとしても、大卒という権威や名誉は与えられず、おそらく就職でもあまり有利にはならない、といった位置づけである。教育における差異化、つまり、かつて大卒であった層は文学部と理学部は捨て、別の学部に移動し、新参者の大卒者が属する所として位置しているという分析であろう。

なんだか酷い話である。

なお、これがエンクロージャーの結末の話でもある。

イギリスではナイトの称号に価値がなくなる

旧版248ページ。

地位に価値がなくなる時のメカニズムの例としてイギリスの爵位の話がでてくる。

まず最初に打撃を受けたのはエスクァイァやアームズ〔いずれもナイトより下位の称号〕であり、次いでナイトの称号が急速に価値を失っていったため、この称号を最も古くからもっている人々は新しい爵位の創設を求めて運動せざるをえなくなった。その結果設けられたのがバロネット(準子爵)である。しかしナイトと王国貴族との間を埋めるものとして創られたこの新しい爵位は、ある種の距離によってその価値が保たれていた上級爵位の保持者たちにとってはひとつの脅威であった。かくして、爵位志願者たちは爵位保持者たちの稀少価値を支えていた称号をわがものとすることによって、彼らの衰亡に一役買ったわけである。

ナイトの称号を受けると偉いのではないか、と思っていたので、意外だった。男性だと「サー」が付く人である。余談だが、初めて「ナイト」を認識したのはアーサー・コナン・ドイルであつた。ちなみにカルロス・ゴーンも叙勲(ナイト・コマンダー)を受けているらしい。

肩書保持者の地位の保持の方法

旧版249ページ。

最も稀少価値の高い肩書の保有者たちはまた、人数制限を設けることによっていわばレースの外、せりあいの外、競争の外に身を置くこともできる。 定員超過分の者たちにたいして自らを守るために、稀少価値のある肩書およびその肩書によって得られる稀少価値のあるポストの保持者たちは、そのポストを規定するひとつの定義を守らなければならないのだが、その定義とはすなわち、肩書とポストが稀少価値をもつ一定の状態においてそのポストを現に占めている人々自身の定義にほかならない。たとえば医師や建築家、教授などが、これからこれらの職につきたいと思う者は現にいま自分たちがあるような姿、つまり自分たち自身の姿のようでなくてはならないと公言するとき、彼らはその職の定義のなかに、職を占めている者が少数であることによってこのポストに与えられるあらゆる特性(たとえば出身階層の高さのような、厳しい選別に結びついた二次的特性)、すなわち競争にたいして、またそれが必ずひきおこすであろうポストの変化にたいして、一定の制限が設けられていることによって与えられるあらゆる特性を、永久に続くものとして含ませているのである。

医師、建築家、教授の中で現代日本で該当するのは、医師であろう。
医学部の新設は難しく、医師数を増やさないことで職業的価値を保っている部分がある。医師会が主導しているだろうが、監督官庁文科省なので医師数のコントロール文科省にとっても大事である。

医学部ではないが、耳目を集めた例として、加計学園獣医学部を新設する際に安倍元首相が口利きをしたのではないかという疑惑があった。真相はわからないが、安倍批判の先陣を切ったのが文科省の官僚やOBであった(貧困女性調査と称して恋活BARラブオンザビーチに通っていた方など)ことから、官邸と文科省のあいだに権益の対立があるのはおそらく間違いないのだろう。

豆知識:恋活BARラブオンザビーチには貧困調査には向いていない

diamond.jp

学者は偉いのか

教授は今の日本では全く偉くないのではないか、という話から、かつては学者・教授から政治家へというライフコースがあったという余談。今では珍しくなっている。

ja.wikipedia.org

鳩山一郎がそういうライフコースを歩んだ近代日本での好例だと思ったのだが、事情は単純ではないらしい。鳩山一郎二世議員なのだと今回調べて初めて知った。一郎の祖父の博房は勝山藩の江戸虎ノ門の勝山藩邸で藩の外交を取り仕切る江戸詰留守居役であり、その息子の和男(一郎の父)は開成学校(のち東京大学)を卒業、第1回留学生に選ばれ、米国へ留学。コロンビア大学で法学士を取得、イェール大学で法学博士号を取得する。帰国後、代言人(弁護士)・東京帝国大学講師等を歴任し、東京府会議員に当選、外務省入省。外務省書記官、取締局長、東京帝国大学教授に就任、東京府第9区より当選というライフコースである。

明治初期には、鳩山和男レベルに優秀だと、学者・キャリア官僚・政治家の間でジョブチェンジが可能であったことがわかる。ただ、このジョブチェンジは現在では難しい。キャリア官僚から政治家という道はあるものの、片道切符になるのが現在の通例である。

これは、1887年(明治20年)に官吏の任用試験制度が整備され、帝国大学を頂点とした学校序列の成立が1886年(明治19年)に整備されたので、東大に入ってキャリア官僚になるというライフコースが明治後期から生まれ始めたためである。

存在と非在の境界

旧版250ページ。

プラトンが存在と非在の境界について言っていたのと同様の「混合」領域、それは社会的分類システム(青年か老人か、都会人か地方人か、金持か貧乏人か、ブルジョワプチブルか、等々)のもつ差別力にたいする挑戦であ るが、そうした領域を諸集団の周りに描きだす統計的境界の代わりに、差別的措置というその最も極端な形における人数制限は、これだけは別という形でのはっきりした境界線を置き換える。

プラトンイデア論の話。ここにプラトンの引用は不要ではないだろうか。余計にややこしいように思うのだが。このあたりの話が分かりやすいのは『パイドロス』。

上流クラブに属するには

旧版250ページ。

上流クラブはその同質性を守るために、入会志願者にたいして非常に厳しい手続きを課している。つまり申込書、推薦状、時には本来の意味での紹介状--すなわちすでに一定期間そのクラブの会員である紹介者の手になるもの--などの提出、メンバー全員による、あるいは入会選考委員会による選挙、入会金の払い込み--それも場合によっては非常に高額

ここで挙げられているのは、ブーローニュの森クラブ(クレー射撃を中心とするスポーツクラブ。一八六七年設立)などである。

あまり、こういう世界で生きていないので、身近な例が出せないのが残念である。挙がった例は、ゴルフ場(会員権)、スクールカーストアカデミーヒルズ、浜作のサロン、そしてClubhouseである。

アカデミーヒルズ

www.academyhills.com

現在ではシェアオフィスやサロンが果たしていた機能を担っていたのかもしれない。現在はお金を払えば入会できるので、かつてのような姿ではないのだろう。「ブーローニュの森クラブ」はお金があっても、入れるわけではなく、推薦人が必要で、いわゆる成金は入れないのである。

ゴルフ会員権

ゴルフ会員権はかつて、もしくは一部の特殊な所では、ブーローニュの森クラブ的なところもあるのだろうが、皆があこがれ、我も我もと金で買ったゴルフ会員権は、上流クラブとは程遠いものであったのだろう。フランスの理学部と文学部のようなものである。バブルの時代にゴルフ会員権と未公開株とメルトダウンと刷り込みがあるのは、人生ゲーム平成版のせいだ。

www.takaratomy.co.jp

このような状況はゴルフの生まれ故郷であるイギリスでも存在するものの、今世紀に入ってからは伝統あるウェントワースクラブのような所が中国企業に買われるという例も出ている。

ja.wikipedia.org

おそらく、中国に買われたゴルフクラブの価値は下落したであろう。一方で中国では私有財に制限があるため、良い買い物だったはずだ。

スクールカースト

「どなたを入会させるかは、お客様の御一存ですよ」とあるクラブの主宰者は言い、また別の一人は「二人の紹介者があれば誰でも入会できるクラブもありますし、二人の紹介者でだいたい誰でも入れるクラブもありますが、紹介者が二人あってもなかなか入会するのがむずかしいクラブもあります」と言う。しかも、すべてはその紹介者のもっている重みしだいなのだ。「普通は入会までに二年から三年待たなくてはなりませんが、重要なメンバーの紹介があれば待たなくて済みます」(会社部長、ブーローニュの森クラブ会員)

イケてるグループに属するには?的な話だと考えるとなんだか非常に身近で分かりやすい。

浜作のサロン

NHK BSプレミアムで放送されたこちらの番組の話。参加できるのは京都で有名な老舗の旦那衆たち。

www.youtube.com

活字で確認できるのはこちら。

www.zakzak.co.jp

著者は大野裕之で、とても意外なのだが、検索してみると、どうやら招かれたらしいのだ。

ameblo.jp

ameblo.jp

もう少し調べると、浜作が一般人向けのサロンをしていることがわかった。オンライン会員制サロン【クラブ・オン・浜作】 というらしい。

www.youtube.com

この動画でもチャップリンが訪れたことを推しているので、大野裕之を取り込んだのも「ああ、なるほど」といった感じはする。きっと、大野裕之が講師で来てチャップリンの話をするのだろう。
ちなみに、旦那衆が集まるサロンと、京都外の人を集めるサロンと、オンライン・サロンは別のであろう。私たちは頂点にある旦那衆のサロンには逆立ちしても行けそうにない。

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「本物の京都通」とは非常に興味深い言葉である。序列化と差異化を見事に表した言葉である。

余談だが、須賀洋介もそういうものを作っていた気がする。動いているのかは知らないが。

www.youtube.com

SUGALABOは紹介制なので選ばれた人しか行けないレストランという位置づけであった気がするが、状況が少し変わってきたのだろう。特にSUGALABO Vの方はキャバクラの同伴先になっているので、自分と関係がなくても、なんだかなぁという気がする。店側が選んだ客を集めたいという考えは分からないではない。

Clubhouse

紹介制であるところから連想したClubhouse。紹介という制度によって価値が生まれる例である。ちなみに、価値下落はandroid版が出てから決定的になったらしい。僕は参入していないので、知らないけれども。

余談だがgmailもかつては招待制であった。こちらは価値下落どころか社会インフラになっているので、紹介制はサービスが始まる時に価値を上げるものの、その価値を維持し続けられるかは、サービスの内容次第ということなのだろうか。

www.itmedia.co.jp

次回

旧版252ページの後ろから3行目から。

ブルデュー『ディスタンクシオン』輪読会第24夜覚書 その1

旧版233ページから。

美的資本

旧版233ページ

公的な、またとくに私的な官僚体制は、伝統的に男性に、それも多くは社会関係資本およびこの資本を維持するのに不可欠な社交技術がもっとも豊かな、支配階級内の諸階層(貴族、旧家のブルジョワジーなど)出身の男性にゆだねられてきた職業(外交官、内閣官房の役人など)とは、幅の広さにおいても様式の面でも大きく異なった接客・応待の機能を満たさなければならないが、こうした必要性から、女性特有のいろいろな職業と、身体的特性にとっての正統的市場が現われた。女性たちのある者がその魅力から職業上の利点を得ているということ、そして美しさというものがこうして労働市場においてひとつの価値をもつようになったということにより、服装や化粧に関する規準に多くの変化がおこったのみならず、倫理面でのさまざまな変化がもたらされ、女性らしさというものの正統的イメージもまた新たに規定しなおされたのである。

Beauty Capital/ Aesthetic Capitalみたいな話が出てくる。

身体的ヘクシス

性問題に関する相談の専門家たちは、奉仕協会や博愛協会、政治結社などが徐々にプロ化しつつあるのにともなって、社会的に認知されたひとつの職業集団を形成しつつあるが、これは行為者たちが、正統的文化から排除された諸階級にたいして自分の階級文化の必要性と稀少価値を作りだすために教育制度によって与えられた僅かばかりの文化的正統性を振りかざしつつ、自分は無私無欲なのだというあらゆる宣伝熱につきものの確信を秘かに抱きながら、自分のカテゴリーの利益を満足させようとするプロセスの典型的な形を示している。結婚生活相談員からダイエット食品の販売者にいたるまで、今日身体のイメージ・用法に関するありとあらゆることがらについて、いまある姿とあるべき姿とのギャップを埋める手段を提供するような職業にたずさわっている人々は、次のような人々の無意識の共犯行為なしには、おそらくなにもできないことだろう。すなわち身体の新しい用法や新しい身体的へクシス--たとえばサウナや体操クラブ、スキーなどに行く新興ブルジョワジーが自分自身のために見出だしたそれ--を押しつけ、同時に多くの欲求や期待、不満などを生みだすことによって、彼らが提供する製品にとって尽きることのない市場を作りだすことに貢献している人々である。科学の権威をもって、「正常人における体重と身長の対応表」とか、栄養バランスのとれた食事内容、あるいは性生活の理想的平均回数などといった、正常さの定義を押しつけてくる医者や食餌療法栄養士。人間離れしたマネキンのスタイルを、それでも良い趣味を示すためなら許されるとして正当化する婦人服デザイナー。

Des conseillers conjugaux aux vendeurs de produits diététiques, ceux qui font aujourd’hui profession d’offrir les moyens de combler l’écart entre l’être et le devoir-être pour tout ce qui touche à l’image ou l’usage du corps, ne pourraient rien sans la collusion inconsciente de ceux qui contribuent à produire un marché inépuisable pour les produits qu’ils offrent en imposant de nouveaux usages du corps et une nouvelle hexis corporelle, celle que la nouvelle bourgeoisie du sauna, de la salle de gymnastique et du ski a découverte pour elle-même, et en produisant du même coup autant de besoins, d’attentes et d’insatisfactions : médecins et diététiciens qui imposent avec l’autorité de la science leur définition de la normalité, « tables des rapports du poids et de la taille chez l’homme normal », régimes alimentaires équilibrés ou modèles de l’accomplissement sexuel, couturiers qui confèrent la sanction du bon goût aux mensurations impossibles des mannequins,

hexisはディスタンクシオンの中で何度か出てくる用語である。

実践理論におけるヘクシス

フランス語でhexisを検索するとブルデューが最も引っかかる。 日本語にはページはないが、英語版のwikipediaのPractice theoryに比較的分かりやすい解説が載っている。

en.wikipedia.org

ヘクシス:社会的主体が世界で「自分自身を運ぶ」方法、つまり足取り、ジェスチャー、姿勢、アクセントなど。
Hexis: The way in which social agents 'carry themselves' in the world; their gait, gesture, postures, accent etc.

ちなみにハビトゥスは、

ハビトゥス。個人や集団が持っている気質の集合的なシステム。ブルデューハビトゥスを、人間の実践の中に具現化された構造を分析する際の中心的な考え方として用いている。「社会秩序の人間の身体への永続的な内在化」を捉えた概念。
Habitus: Collective system of dispositions that individuals or groups have. Bourdieu uses habitus as a central idea in analyzing structure embodied within human practice.The notion captures 'the permanent internalization of the social order in the human body'.

アリストテレスにおけるヘクシス

ヘクシスを調べると出てくるのはアリストテレストマス・アクィナスである。

こちらの文章から引用をする。

https://opac.ll.chiba-u.jp/da/curator/900066938/13482084_57_261.pdf

もともと〈ヘクシス〉は,ギリシャ語〈echein〉という動詞を名詞化したものである。ところでこの動詞は,他動詞用法と自動詞用法とでそれぞれ独自の意味を持ち,双方あいまって,ギリシャ語固有の世界把握を可能にし ている根源語である。まず他動詞は,〈持つ〉を意味核にして〈状態の保持〉とか,場合によっては不定詞とともに〈…できる〉という状態,能力の所有状態のことをも意味する。英語でいえば,〈have〉が〈keep〉へと拡張していくような形で意味の幅が決められている。その自動詞の用法は,持つ・所有する(have)から状態の保持(keep)へ力点が傾斜して,状態をしめす独特な表現群を可能にしている。したがって,その名詞〈へクシス〉は,「所有→持続→状態→持ち前→習性→能力」などの意味関連を形成することになる。こうして一見無関係に思える,〈所有〉と〈性質〉がいわば〈have〉が〈keep〉にずれ込むような仕方で連続するのである。中でも,〈echein〉の自動詞用法は独自な振舞いをする。

アリストテレスは,この語のもつ〈できる・能力〉という意味にも,特に狙いをつけていることも指摘しておかなくてはならない。ヘクシスとしての〈性向(性質:poiote‾s)〉とは習熟によって獲得されたものであるから〈所有(kte‾sis)〉である,いや所有でしかない。これが話の前半である。しかしこの〈所有されたヘクシス〉は,その〈性質〉にしたがった〈活動(energeia)〉への獲得された〈能力(dynamis)〉である。獲得した〈ヘクシス(性質)〉=所有は,その性質にしたがった本来の使用(chre‾sis)にさし向けられており,その使用へと発動する能力状態にある。ヘクシスとは,そのような潜在能力(dynamis)として,その活動という故郷に帰還することを本分としている。

トマス・アクィナスにおけるヘクシス

hexisという用語を使ったことで有名なのは、トマス・アクィナスである。

http://greek-philosophy.org/ja/files/2007/03/2007_4.pdf

トマスは自らの倫理学の中にアリストテレスの「性向」概念を導入するにあたり、『カテゴリー論』(11)および『自然学』(12)の記述を典拠としているが、トマスが最も主要的に依拠しているのは、アリストテレス自身による「哲学事典」といわれる『形而上学』第5 巻第20 章における「性向hexis」の定義(13)であるように思われる。ここで「性向」と訳す「hexis」というギリシア語および「habitus」というラテン語は、共に「持つechein, habere」という意味の動詞からの派生語である。ここでアリストテレスは我々にとって問題となる意味での「hexis」を次のように定義する。 「hexis とは、それによって、或る状態づけられたものが、それ自体においてにせよあるいは他のものに対してにせよ、善くもしくは悪しく状態づけられるところの、その状態diathesis をいう。たとえば、健康は或るhexis であると言われるが、それは、健康がこのような意味での状態だからである。さらに、hexis と言われるのは、そのものにこのような状態をもった部分がある場合である。この意味を有するがゆえに、それの部分の徳[たとえ ば魂の部分的能力の徳]さえもそのもの全体のhexis と言われる。」(14) この意味での「性向 hexis」は、「性質 poion=qualitas」のカテゴリーの一種として位置づけられる(15)。さらに『カテゴリー論』においては、この意味での「性向 hexis」は、「状態 diathesis=dispositio」という概念と共に、四つある「性質」のサブカテゴリーの内の「第一の種に属する」ものとされている。「性向」が「性質の第一の種に属する」とされる位置づけの意味について、トマスは、シンプリキオスの解釈を語の表面的な用法のみを見るものとして批判した上で、「事物の本性natura rei への関連における基体の様相ならびに確定」と解している(16)。トマスは、上述の『形而上学』のテキストにおける定義において、「それによって、或る状態づけられたものが、『それ自体において』善くもしくは悪しく状態づけられる」と規定されているのは、この「自らの本性に関して」の秩序づけということを意味している、と解している。

岩波書店『哲学・思想辞典』の「習慣」の項目

【へクシス-ハビトゥスアリストテレスは習慣(ヘクシス)を性質のカテゴリーに属するものとして捉え、その代表的な例として知報(エピステーメー)と徳(アレテー)を挙げている。このような例が示しているように、習慣はもともと理性や意志など、心あるいは現の能力に付加された状態・性質として理解されており、その点はアリストテレスのヘクシス概念を受けついで理論的に整理し、発展させたトマス・アクィナスを中心とする中世・スコラ哲学における習慣(ハビトゥス)論においても変りはない。
すなわち、こんにち<習慣>という言葉が、反復の結果として生じる身体的行為の無意識化ないし自動機制化を指すことが多いのにたいして、トマスが<ハビトゥス>という言葉で第1に考えていたのは知恵、様々の学問的知識や技術、さらには、正義勇気などの倫理的な<徳>であった。習慣はわれわれの行為を意識なき自然の領域へと転落させ、閉じ「こめるものとしてよりは、むしろわれわれが何事かを意志のままに、欲するときに為すことを可能にしてくれるもの、その意味で理性の支配ないし、自由の領域を拡大するものとして捉えられていた。
このように、習慣を自由に対立させるのではなく、むしろ自由(の拡大)の軌跡として捉えるスコラ学ハビトゥス取念の根底には、人間の自然本性はきわめて可塑的、あるいは根元的に未完成であるとの洞察が見出される。すなわち、人間の現実とそれが達すべき、完全性としての究極目的との間には大きな落差があり、この落差の大きさは人間が自らの努力と勤勉を通じて獲得する完全性としての習慣ないし徳によっては十分に埋めることができず、神の無償の恩寵によって「注入される」徳(信仰、希望・愛)を必要とするほどのものであるとされた。

ブルデューの使用法は「反復の結果として生じる身体的行為の無意識化ないし自動機制化」である。

ヘクシスに関する整理

ディスタンクシオン』といえば「ハビトゥス」であるため、このあたりは押さえておく必要がありそうだ。
ただ、「身体の新しい用法や新しい身体的へクシス」と書いてあるので、トマス・アクィナス的な「信仰」の話でも「アレテー」の話でもないようだ。 並列で「身体の用法usages du corps」と書かれてあるので、身体の使い方の問題のようだ。また「新しい」とも書いてあるため、人間が本来的に保持している潜在能力ということでもなく、社会的に規定されるものとして使われている。

新興ブルジョワジーが他の人々と差異化させるために行っている、サウナ、体操クラブ、スキーが挙げられている。また、他に「正常人における体重と身長の対応表」栄養バランスのとれた食事内容、人間離れしたマネキンのスタイルを推奨するファッション・デザイナーといったものも例として挙げられている。

身体の規範的なものが掲げられたり、差異化の方法になっているとし、一方で、ギリシア語の原義に近い解釈で、ヘクシスとはそもそも所有されるものであり、その〈性質〉にしたがった〈活動〉への獲得された〈能力〉だとすると、「新しい身体的へクシス」というのは、現代において、私たちが共有するようになった身体的な使用の性向であり、活動するために持つようになったものと解釈してよいのだろう。

ともあれ、ヘクシスという言葉をアリストテレストマス・アクィナスから直接引用したのではない可能性もあるので、気になるところである。身体について議論されているので、フーコーかな?と思うのだが、どうもそうではないようだ。

検索していたら拾ったもの。

ヘクシスとは、アリストテレスの概念で、アクィナスやボエティウスラテン語ハビトゥスと訳したものである。これらの著者において、ハビトゥスは、一方では行為と効力の間の中間的な用語として重要な役割を果たしている。すなわち、ハビトゥスを通じて、存在に一般的に刻まれている潜在能力は、行為を実行する具体的な能力に変換されるのである。この言葉はその後、多くの思想家によって使われ、発展してきたが、ブルデューにおいて、ハビトゥスは体系的かつ社会学的な定式化を受けることになった。
*Hexis es el concepto aristotélico que Aquino y Boecio tradujeron al Latín como hábitus. En estos autores, el habitus juega un papel clave como término intermedio, por un lado, entre el acto y la potencia -mediante el habitus se transforma la potencialidad inscrita genéricamente en los seres en una capacidad concreta de realizar actos-, y por otro, entre lo exterior y lo interior -explicaría la interiorización de lo externo, ligando así la historia pasada a las actualizaciones presentes-. Después este término fue usado y desarrollado por muchos pensadores, pero es en Bourdieu donde el habitus va a recibir al mismo tiempo una formulación sistemática y sociológica.
https://cisolog.com/sociologia/jose-luis-moreno-pestana-hexis-filosofia-y-sociologia/

志望水準

旧版239ページ。

以前は非常に明確な境界をもったシステムが、社会的分割にはっきり対応する学校制度上の分割をその内部にとりこんでいたのにたいし、分類が不明確で混乱している今日のシステムは、競争試験の無慈悲な厳しさに象徴される旧システムほど厳格でも強引でもないしかたで、「志望水準」を難易度や学校レベルに無理やり合わせるように強いることにより、それ自体がもともと不明確で混乱している志望を(少なくとも学校空間の中間的水準においては)助長しあるいは許容している。
Alors que le système à frontières fortement marquées faisait intérioriser des divisions scolaires correspondant clairement à des divisions sociales, le système à classements flous et brouillés favorise ou autorise (au moins aux niveaux intermédiaires de l’espace scolaire) des aspirations elles-mêmes floues et brouillées en imposant, de manière moins stricte et aussi moins brutale que l’ancien système, symbolisé par la rigueur impitoyable du concours, l’ajustement des « niveaux d’aspiration » à des barrières et des niveaux scolaires.

フランスでは、職業コースに入ると、バカロレアを取って大学に進学というのは難しくなるため、複線的なカリキュラムが予備的に階級を形成しているという文脈で出てくる言葉。日本はアメリカ型の教育制度であり、ほぼ直線的な教育カリキュラムであるため、フランスとは状況は異なる。やや極端な例であるが、どんなに勉強ができなかった(過去形)であっても、勉強さえして高卒資格や高認検に合格すればどんな大学でも受験できる。フランスの場合は、これがやや難しいので、予備選抜として複線型の教育システムが利用されているという考察である。

ドイツ型の場合は小4から進路を考え、小6で決定するので、本人の能力とは無関係で、親の階級によって子どもの将来の階級が決定されてしまうという点ではフランス以上にひどいのだろう。

ちなみに、原文をみるとaspirationと書いてあるように、教育アスピレーションのことであるが、現在の日本やアメリカの社会学でいう教育アスピレーションとは文脈も意味するところもやや違うので注意が必要だろう。

ANOVA その2[R]

こちらの続き。

ides.hatenablog.com

bookdown.org

完全要因被験者間分散分析(Full-factorial between-subjects ANOVA)

分散分析(ANOVA)には、分析しているデータの種類に応じて多くの種類がある。ANOVAには非常に多くの種類があり、1つのタイプと別のタイプの違いを説明した本があるほどである。ここでは、ANOVAの1つのタイプである「完全要因型被験者間分散分析」を取り上げる。これらのANOVAは、標準的な実験計画を分析するために使用される最も単純なタイプのANOVAである。完全要因型被験者間分散分析では、参加者は、要因の唯一の組み合わせに無作為に割り当てられる。要因の組み合わせは、特定の実験条件を意味する。例えば、認知能力に対するカフェインの効果を比較する心理学の研究を考えてみよう。この研究には、飲み物の種類(ソーダ、コーヒー、エナジードリンク)と飲み物の量(0.25L、0.5L、1L)という2つの独立変数がある。完全要因計画では、各参加者は1つの飲料タイプと1つの飲料量の条件に無作為に割り当てられる。このデザインでは、3×3=9つの条件がある。

この章の残りの部分では、完全要因被験者間分散分析を標準的なANOVAと呼ぶことにする。

ANOVAは何のためにあるのか?

ANOVAは "Analysis of Variance "の略である。一見すると、分散の違いではなく、平均の違いを見つけるために使うテストに与える名前としては奇妙に聞こえる。しかし、ANOVAは実際に分散を使用して、グループの平均に「本当の」違いがあるかどうかを判断する。具体的には、データがグループ内でどのように変動するかを見て、それをグループ間のデータの変動と比較する。グループ間の分散がグループ内の分散に比べて大きければ、ANOVAは、グループの平均値に差があると結論づける。グループ間の分散がグループ内の分散に比べて小さい場合、ANOVAは、グループはすべて同じであると結論づける。ANOVAの視覚的な描写については、図を参照。

f:id:iDES:20210913144504p:plain

図: ANOVAの仕組み

ANOVAは、グループ間の変動性(すなわち、グループ平均の差)とグループ内の変動性(すなわち、どのくらい個人が一般的にお互いに異なるか)を比較する。グループ間の変動がグループ間の変動に比べて小さい場合、ANOVAは有意でない結果を返す。グループが実際には異なっていないことを示唆する。グループ間の変動がグループ内の変動に比べて大きい場合、ANOVAは有意な結果を返す。これは、グループが異なっていることを示唆する。

マスターベーション依存症

マスターベーション依存症(Masturbation Addiction)についての記事。行動嗜癖の一つとされている。

psychcentral.com

以下Addictionは嗜癖と翻訳する。

知っておきたい「マスターベーション嗜癖」について

オナニーは健康的で楽しい行為と考えられていますが、嗜癖になることもあるのでしょうか?

自己刺激は、人間のセクシュアリティに不可欠な要素であり、快感を感じたり、性的テクニックを探求したり、性的衝動を満たすための自然な方法を提供します。。

マスターベーションの頻度は、人によって大きく異なります。自分が他の人よりも頻繁にマスターベーションをしているからといって、それを気にする必要はないでしょう。

しかし、自分がマスターベーションをしすぎていると感じている人は、嗜癖になる可能性があるのではないかと考えているのではないでしょうか。もしそうだとしたら、どうすればいいのでしょうか?

マスターベーション嗜癖になることはありますか?

嗜癖」という言葉は、テレビ番組からチョコレートなどの食品まで、さまざまなものを表現するときによく使われます。例えば、新しいキャンディーバーやNetflixの最新シリーズを "嗜癖 "と呼ぶ人がいるかもしれません。

しかし、嗜癖とは、単に楽しいことをしたいという強い感情や衝動ではありません。ある物質を使用したり、ある行動をとったりすると、それがもたらす悪影響にもかかわらず、それをやめることができないという、複雑な脳の状態を特徴としています。

マスターベーションは、他の依存性のある物質や行動と同様に、脳内の「気持ちいい」化学物質を放出するため、強迫的なマスターベーションは依存症とみなされる可能性があると考えられています。

例えば、約40の研究では、性欲亢進症の人は、臨床的な嗜癖の人に見られるのと同じ脳の変化を共有している可能性があるとされています。

しかし、マスターベーション嗜癖は、「精神疾患の診断・統計マニュアル」(DSM-5)では精神疾患として認められていません。これは、セックス依存症やポルノ依存症など、他の性関連行動のカテゴリーについても同様です。

代わりに、これらは一般的に強迫的性行動と呼ばれ、性欲亢進症(hypersexuality disorder )や制御不能性行動(OCSB: out of control sexual behavior)と一緒にまとめられることもあります。

マスターベーション嗜癖は、DSM-5では認められていませんが、苦痛、恥の感情、社会的または人間関係の問題を引き起こす可能性があります。マスターベーション嗜癖は、DSM-5では認められていませんが、苦痛、羞恥心、社会的・人間関係上の問題を引き起こす可能性があり、その人の人生に大きな影響を与えます。

どんな兆候がありますか?

マスターベーションは自然で健康的な行為であり、いくつかの健康上のメリットがあります。ストレスを解消したり、睡眠を助けたり、気分を前向きにしたり、自分の性的反応やニーズを知るのに役立ちます。

しかし、マスターベーションの頻度が健康的なものから問題のあるものに変わるのはいつでしょうか?

国際性医学学会の調査によると、マスターベーションはパートナーとの性行為よりも一般的であり、誰でもしていることです。

18歳から59歳までの男性では、マスターベーションの頻度は週に1回から月に数回でした。男性の約20%が週に2~3回、20%未満が週に4回以上マスターベーションをすると回答しました。女性は週に1回以下と回答しました。

この回数以上マスターベーションをしても、必ずしも問題があるとは限りません。マスターベーションの回数には個人差があります。

しかし、その回数が気になるようであれば、強迫的なマスターベーションをしている可能性があるので、その兆候がないかどうか確認してみてはいかがでしょうか。

一般的に報告されているマスターベーション嗜癖の兆候は以下の通りです。

一般的に、マスターベーションが過度になったり、強迫観念的になったりした場合は、セクシャルヘルスの専門家に相談した方が良いかもしれません。

どのような原因が考えられますか?

過剰なマスターベーションは、パーキンソン病アルツハイマー病、双極性障害強迫性障害(OCD)などの特定の健康状態にある人に起こることがあります。

また、覚醒剤やコカインなどの薬物や、パーキンソン病のための特定の処方薬も、自己刺激を増加させる原因となります。

健康状態、薬物、処方薬以外に、強迫的なマスターベーションにつながる可能性のある要因には以下のようなものがあります。

  • 性的・身体的な虐待を受けたことがある
  • 家族に行動嗜癖の人がいる
  • 文化的、宗教的な期待を背負っている
  • ポルノの入手しやすさ

ある研究(https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/15592294.2019.1656157)では、オキシトシンというホルモンと、脳内のDNA経路の変化が、強迫的な性行動を特徴とする性欲亢進症に関与している可能性があるとしています。さらなる研究が必要ですが、科学者たちは、この発見が新しい治療法につながる可能性を示唆しています。

頻繁なマスターベーションは有害ですか?

圧倒的な証拠によると、ほとんどの人にとってマスターベーションは実際には悪い副作用がないことがわかっています。しかし、過度になると、以下のような原因になることがあります。

  • 感情的、心理的な苦痛
  • 性器やその周辺の皮膚が炎症を起こす
  • パートナーとのセックスにおけるパフォーマンスの問題
  • 親密なパートナーとの関係悪化

道徳的または宗教的にマスターベーションに反対している人にとって、自己刺激をすることは、恥ずかしさや自尊心の低下を引き起こす可能性があります。また、これらの感情は、マスターベーションがいくらでもやりすぎであるかのように思わせ、マスターベーションがたまにしか行われない場合でも、強い罪悪感を抱かせることがあります。

マスターベーションを減らしたい場合の対処法

マスターベーションの強迫観念や嗜癖に陥っていると感じたら、まずはセラピストなどのメンタルヘルスの専門家に相談してみましょう。

すべての医療専門家は完全な守秘義務を負っており、あなたが話したことはあなたとあなたのセラピストの間を超えないことを覚えておいてください。

マスターベーションの強迫観念や依存症の治療法には、行動の根本原因を特定するための精神療法(トークセラピーとも呼ばれます)があります。その後、あなたとセラピストが一緒になって、マスターベーションの強要を減らしたり、なくしたりするための対処法や方法を考えます。

マスターベーションの時間を減らすために、自分でできることは以下の通りです。

  • ポルノなどの誘因となるものを避ける
  • 運動や新しい趣味など、他の活動をする。
  • 社会的な場面で他人と過ごす時間を増やす
  • ストレスや感情的な不快感への対処法を検討し、新しい対処法を取り入れる。
  • 衝動を1つずつ処理することで、管理可能な目標に分解する。

また、サポートグループに参加して、安全な場所で悩みを相談したり、性行動を管理する新しい方法を学んだりすることもできます。

次のステップ

マスターベーション嗜癖が臨床的に診断可能な疾患ではないからといって、それを経験している人にとって現実味がないわけではありません。マスターベーションの頻度や衝動が問題になっていると感じている方は、一人で悩んでいるのではなく、それを克服するための選択肢があることを知っておいてください。

セックス・セラピーを専門とするカウンセラーやセラピストは、米国性教育者・セラピスト協会(AASECT)のディレクトリから探すことができます。また、The American College of Sexologists Internationalでも、セクシャルヘルスの専門家のリストを見つけることができます。

メンタルヘルスの専門家を訪ねるのは気が引けるという人には、自分に合ったオンライン・セラピーのオプションがあります。

"Sex and Love Addicts Anonymous"や"Sex Addicts Anonymous"でもオンラインサポートを受けることができます。

マスターベーションを減らしたい、あるいはやめたいと思っている男性にとって、NoFapは強迫的な性行動をサポートするコミュニティベースのセクシャルヘルスプラットフォームです。しかし、その利点については議論があります。

マスターベーションは気持ちがいいし、体にいいこともあります。最終的には、どの程度行うかは、あなたのニーズに基づいて個人的に決定します。私生活や仕事に支障がなく、苦痛を感じていないのであれば、自分の判断で楽しむのは至極当然のことです。

しかし、それが生活に支障をきたしていると感じている場合には、それをよりよく管理するために必要なサポートを提供することができます。

アンドリュー・シュービルスキーCNNに出演し中国のゲーム規制は無意味だと説明をするもバイデン大統領に邪魔をされる

Twitterに動画が投稿されていたので、日本語に翻訳をした。

キャスター
中国当局は、子供たちがオンラインゲームに夢中になるのを防ぐために、新学期が始まった今、次のような動きをしているという。心配しているのは彼らだけではありません。世界保健機関(WHO)は、2018年にゲーム障害を正式に疾患として認めました。 WHO によるとビデオゲームの優先順位をコントロールできない、他の興味よりもゲビデオゲームを優先し、ネガティブな結果になっても、続けてしまうという時にゲーム障害になるという。アンドリュー・シュビルスキー教授は実験心理学者であり、オックスフォード・インターネット研究所の研究・所長でもあります。ご協力ありがとうございます。この話をプロデューサーから聞いたとき、私はビデオゲーム時間を制限することは、家で子供たちと一緒にすでにやっていることだと思いました。教授はビデオゲームがどれほどのダメージを与えるかということです。全くダメージを受けないのでしょうか?

シュービルスキー
そうですね、これは規制や政策、医療政策のケースだと思います。これは、規制や政策が科学の進歩をはるかに先に行ってしまったケースだと思います。このテーマに関する長年の研究から、若者や高齢者がビデオゲームをプレイする時間と精神的な健康との間に強い関係があるとは言えないことがわかっています。 証拠はありません。だからと言って、私やあなたが子供たちに合わせてビデオゲームのルールや限界を決めたり、このことに触れることに意味がないというわけではありませんが、科学的なことを考えると、中国はまったくもって間違っています。

キャスター
18歳かそれ以上の人ではなく、それよりも若い人向けの政策です。ビデオゲームには嗜癖性があり、批判があったために作られた政策なのではないでしょうか?

シュービルスキー
嗜癖という言葉を使うときには、非常に注意しなければなりません。心理学の研究で使うような専門的な精神医学的な意味があります。そして、日常的に使われる言葉で、「楽しい」とか「愉快だ」という意味もあります。私たちは、若い人たちからのエビデンスも持っています。私たちは、若い人たちに彼らがどうしているかを尋ねています。その結果、ビデオゲームのプレイ時間とメンタルヘルスや幸福度の間には、ほとんど関係がないことがわかりました。しかし、ビデオゲームをしなければならない理由は重要です。若者がやりたいと思ってやっているのであれば問題ありませんが、強迫的にプレイをしているのであれば危険です。必ずしも精神科医を部屋に呼ぶ必要はありませんが、子供と心の底から話し合うことが大切です。

キャスター
子どもがビデオゲームに費やす時間を制限しているという親御さんの話を聞いたとき、どうされますでしょうか? 社会性や運動も必要なように思います。ビデオゲームをしている間、子供の脳にはどんな影響があるのかお聞かせ願えないでしょうか?

シュービルスキー
ええ、ビデオゲームをしている時に子どもたちに何が起きているのかかということですね。ここで私たちがすべき重要なことは、ビデオゲームブラックボックスから外すことです。
自転車に乗ったり、スポーツをしたり、運動をしたりするのと同じように、これも私たちが担うべきことです。若い人たちの学習を助けるということの一つです。勉強であれ、遊びであれ、楽しみであれ、さまざまな活動をいかにバランスよく行うか。
それが私たちの仕事です。18歳になったからといっていきなり魔法のようなことは起こりません。人生の浮き沈みのバランスをとるための準備をしないのであれば、若者には不利益を与えることになるでしょう。親がスクリーン・タイムやビデオゲーム使用時間を制限していると言っても私は良くないことだとは思いまん。それは少なくとも、親が子供たちに関心を持っているということだからです。そして、子供たちにビデオゲームの使い方を教えようとするときに、親と子どもが会話をしてくれることを願っています。

キャスター
私も家でよくこの議論をしていましたよ、アンドリュー。ビデオゲームをすると何かメリットがあるのでしょうか?

シュービルスキー
ビデオゲームを実際よりも多くプレイしている人は、そうでない人よりも若干幸せであるという傾向が見られます。これは、趣味を持っている人に似ていますね。幸せな人は、そうでない人よりもビデオゲームを利用しているのかもしれませんね。ちょっとした鶏と卵の問題ですよね。
しかし、これは多くの場合、科学的にはメリットの方向性を強く支持するものではない、ということです。
ビデオゲームが人々を結びつけ、人々がビデオゲームをプレイすることでリラックスできることは明らかです。WHOがビデオゲームにまつわる精神疾患を作ることを決めたのが少々馬鹿げているのと同じように、ビデオゲームが必ず精神的な健康を向上させるものだと考えることも愚かなことだと思います。

キャスター
アンドリュー、でも、ここで言っているビデオゲームの種類にもよりますよね。非常に暴力的なビデオゲームもありますよね?

シュービルスキー
これは本当に長い間続いてきた古典的な議論です。「ダンジョンズ&ドラゴンズ」やラップミュージックについても議論してきまし、コミックが若者に犯罪を行わせる可能性を高めているかという議論もありましたが、強いエビデンスはありません。

キャスター
邪魔して申し訳ありませんが、バイデン大統領の談話が入りましたので、 、、

(話が途中で終わる)

f:id:iDES:20210905140109p:plain

今週の英語

you know just as it's a bit silly that the World Health Organisation decided to create a psychiatric disorder around video games.

"a bit silly"という子馬鹿にする表現はさすがイギリス人生まれはニューヨークだそうです(追記:2021/09/07)

ROC曲線と正診率[R]

ROC(Receiver Operating Characteristic)曲線は、X軸に偽陽性率、Y軸に真陽性率をとって描かれる。 ROCは、すべての陽性を識別するために、どれだけの間違いを犯しているかがわかる。

今回は正診率について。

ROC曲線下の面積およびブートストラップによる95%信頼区間についてはこちら。 https://ides.hatenablog.com/entry/2019/10/08/152927

ROC曲線のサンプルサイズの推定についてはこちら。 https://ides.hatenablog.com/entry/2019/10/09/102040

データ作成

cls = c('P', 'P', 'N', 'P', 'P', 'P', 'N', 'N', 'P', 'N', 'P',
        'N', 'P', 'N', 'N', 'N', 'P', 'N', 'P', 'N')
score = c(0.9, 0.8, 0.7, 0.6, 0.55, 0.51, 0.49, 0.43, 0.42, 0.39, 0.33, 
          0.31, 0.23, 0.22, 0.19, 0.15, 0.12, 0.11, 0.04, 0.01)
dat <- cbind(cls, score)
colnames(dat)<- c("cls","score")

データこちら。

  cls score
1   P  0.90
2   P  0.80
3   N  0.70
4   P  0.60
5   P  0.55
6   P  0.51

パッケージの読み込み

library(ROCR)

predictionの設定

pred <- prediction(df1$score, df1$cls)

performanceの設定

tpr: 真陽性率 (TP/(TP+FN) fpr: 偽陽性率(FP/(FP+TN)

perf <- performance(pred, measure ="tpr", x.measure = "fpr") ## rocのデータ,Y軸、X軸の名前

プロット

plot(perf)

f:id:iDES:20210903152836p:plain

AUCの計算

res01 <- performance(pred, measure = "auc")
res01@y.values

正診率の計算

  • 正診率=(TP+TN)/総数
  • 感度=TP/(TP+FN)
  • 特異度=TN/(FP+TN)
Cutoff <- unlist(pred@cutoffs) # カットオフポイント
TP <- unlist(pred@tp) # TP
FP <- unlist(pred@fp) # FP
FN <- unlist(pred@fn) # FN
TN <- unlist(pred@tn) # TN
Sensitivity <- unlist(pred@tp)/(unlist(pred@tp)+unlist(pred@fn)) # Sensitivity
Specificity <- unlist(pred@tn)/(unlist(pred@fp)+unlist(pred@tn)) # Specificity
Accuracy <- ((unlist(pred@tp)+unlist(pred@tn))/nrow(dat)) # Accuracy

テーブルにまとめる。

table <- data.frame(Cutoff, TP, FP, FN, TN,Sensitivity, Specificity, Accuracy)
table

結果。

   Cutoff TP FP FN TN Sensitivity Specificity Accuracy
1     Inf  0  0 10 10         0.0         1.0     0.50
2    0.90  1  0  9 10         0.1         1.0     0.55
3    0.80  2  0  8 10         0.2         1.0     0.60
4    0.70  2  1  8  9         0.2         0.9     0.55
5    0.60  3  1  7  9         0.3         0.9     0.60
6    0.55  4  1  6  9         0.4         0.9     0.65
7    0.51  5  1  5  9         0.5         0.9     0.70
8    0.49  5  2  5  8         0.5         0.8     0.65
9    0.43  5  3  5  7         0.5         0.7     0.60
10   0.42  6  3  4  7         0.6         0.7     0.65
11   0.39  6  4  4  6         0.6         0.6     0.60
12   0.33  7  4  3  6         0.7         0.6     0.65
13   0.31  7  5  3  5         0.7         0.5     0.60
14   0.23  8  5  2  5         0.8         0.5     0.65
15   0.22  8  6  2  4         0.8         0.4     0.60
16   0.19  8  7  2  3         0.8         0.3     0.55
17   0.15  8  8  2  2         0.8         0.2     0.50
18   0.12  9  8  1  2         0.9         0.2     0.55
19   0.11  9  9  1  1         0.9         0.1     0.50
20   0.04 10  9  0  1         1.0         0.1     0.55
21   0.01 10 10  0  0         1.0         0.0     0.50

正確性が最も高いのは?

max(table$Accuracy)

Answer: 0.7

感度・特異度の計算[R]

2×2の分割表における感度・特異度その他、もろもろの計算方法について。

epiRパッケージを利用する。 www.rdocumentation.org

例1

Scott et al. (2008)表1より。新しい診断テストが1586人の患者に試行された。疾患陽性の744人の患者のうち、670人が検査陽性であった。病気が陰性だった842人の患者のうち、640人が検査陰性だった。検査が陽性となる確率は? 診断に必要な数は?

テーブルの作成

dat1 <- as.table(matrix(c(670,202,74,640), nrow = 2, byrow = TRUE))
colnames(dat1) <- c("Dis+","Dis-")
rownames(dat1) <- c("Test+","Test-")
dat1

library(epiR)
rval1 <- epi.tests(dat1, conf.level = 0.95)
print(rval1)

結果

Point estimates and 95 % CIs:
---------------------------------------------------------
Apparent prevalence                    0.55 (0.52, 0.57)
True prevalence                        0.47 (0.44, 0.49)
Sensitivity                            0.90 (0.88, 0.92)
Specificity                            0.76 (0.73, 0.79)
Positive predictive value              0.77 (0.74, 0.80)
Negative predictive value              0.90 (0.87, 0.92)
Positive likelihood ratio              3.75 (3.32, 4.24)
Negative likelihood ratio              0.13 (0.11, 0.16)
---------------------------------------------------------
  • Apparent prevalence 見かけの有病率
  • True prevalence 真の有病率
  • Sensitivity 感度
  • Specificity 特異度
  • Positive predictive value 陽性適中率(陽性予測値)
  • Negative predictive value 陰性適中率(陽性予測値)
  • Positive likelihood ratio 陽性尤度比
  • Negative likelihood ratio 陰性尤度比

見かけの有病率

見かけの有病率とは、診断テストで陽性となった動物の数を、テストしたサンプルの魚の総数で割ったもの。 真の有病率とは、実際に罹患した動物の数を集団の中の個体数で割ったもの。

陽性尤度比

陽性尤度比とは、検査において、有病者が無病者よりも何倍陽性になりやすいか、を示す値。真陽性率/偽陽性率で与えられる。

summary

summary(rval1)

consoleに入れる。

                 est      lower      upper
aprev     0.54981084  0.5249373  0.5744996
tprev     0.46910467  0.4443055  0.4940184
se        0.90053763  0.8767462  0.9210923
sp        0.76009501  0.7297765  0.7885803
diag.acc  0.82597730  0.8064049  0.8443346
diag.or  28.68611185 21.5181917 38.2417364
nnd       1.51370055  1.4091004  1.6487431
youden    0.66063265  0.6065226  0.7096726
ppv       0.76834862  0.7388926  0.7959784
npv       0.89635854  0.8716393  0.9177402
plr       3.75372618  3.3206884  4.2432346
nlr       0.13085517  0.1050643  0.1629771
pro       0.45018916  0.4255004  0.4750627
pri       0.54981084  0.5249373  0.5744996
pfp       0.23990499  0.2114197  0.2702235
pfn       0.09946237  0.0789077  0.1232538

検査の感度は0.90(95%CI 0.88~0.92)。検査の特異性は0.76(95%CI 0.73~0.79)。検査陽性の尤度比は3.75(95%CI 3.32~4.24)。
診断に必要な人数はnndをみる。1.51人(95%CI 1.41~1.65)。10人の陽性者を出すためには、約15人を検査する必要がある。

例2

心筋梗塞のリスクが高い患者を特定するためのバイオマーカーアッセイが開発された。この検査法は、0から1までの連続したスケールで変化する。研究者は、バイオマーカー検査の結果が0.60以上であれば、患者は検査陽性、つまり今後12カ月間に心筋梗塞を発症する危険性が高いと考えている。

上記の情報と一致するデータを作成する。母集団における高リスク被験者の有病率が0.35であると仮定する。

set.seed(1234)
dat2 <- data.frame(out = rbinom(n = 200, size = 1, prob = 0.35), 
   bm = runif(n = 200, min = 0, max = 1))

バイオマーカー検査の結果に応じて、被験者を検査陽性または検査陰性に分類する。

dat2$test <- ifelse(dat2$bm >= 0.6, 1, 0)

2×2の表を生成。

tab2 <- table(dat2$test, dat2$out)[2:1,2:1]
rval2 <- epi.tests(tab2, conf.level = 0.95)

その他指標の計算の仕方と解釈

aprev:apparent prevalence.
aprev:見かけ上の有病率。

tprev: true prevalence.
tprev:真の有病率。

se: test sensitivity.
se:テスト感度。

sp: test specificity.
sp:テストの特異性。

diag.acc: diagnostic accuracy.
diag.acc:診断精度。

diag.or: diagnostic odds ratio.
diag.or:診断オッズ比。

nnd: number needed to diagnose.
nnd:診断に必要な数。

youden: Youden's index.

ppv: positive predictive value.
ppv:陽性適中率(陽性予測値)。

npv: negative predictive value.
npv:陰性適中率(陰性予測値)。

plr: likelihood ratio of a positive test.
plr:陽性反応の尤度比。

nlr: likelihood ratio of a negative test.
nlr:陽性反応の尤度比

pro: the proportion of subjects with the outcome ruled out.
pro:結果が除外された被験者の割合。

pri: the proportion of subjects with the outcome ruled in.
pri: 結果が含有された被験者の割合。

pfp: of all the subjects that are truly outcome negative, the proportion that are incorrectly classified as positive (the proportion of false positives).
pfp:真にアウトカムネガティブである全被験者のうち,誤ってポジティブに分類された割合(偽陽性の割合)。

pfn: of all the subjects that are truly outcome positive, the proportion that are incorrectly classified as negative (the proportion of false negative).
pfn:真にアウトカム・ポジティブである全被験者のうち,誤ってネガティブと判定された割合(偽ネガティブの割合)。

心筋梗塞のリスクが高くないと判断された被験者の割合は?

rval2$elements$pro

Consoleに入れる。

Answer:0.61 (95% CI 0.54 to 0.68).

心筋梗塞のリスクが高いと判断された被験者の割合は?

rval2$elements$pri

Consoleに入れる。 Answer: 0.38 (95% CI 0.32 to 0.45).

偽陽性の割合はどのくらい?

rval2$elements$pfp

Answer: 0.37 (95% CI 0.29 to 0.45).

偽陰性の割合はどのくらい?

rval2$elements$pfn

Answer: 0.58 (95% CI 0.44 to 0.70).