井上洋一ほか「青年期後期の発達課題と引きこもりの関連についての研究(その1)」


『思春期・青年期の「ひきこもり」に関する精神医学的研究』の初任研究者である井上洋一の論文。
大学での「ひきこもり」を対象にした調査研究である。


この論文の分析は報告書のなかでも最もレベルが高いと。報告書という「読みにくい」ものに収録するのではなく、誰の目にも触れやすい媒体に掲載することはできないだろうか。

井上洋一・小笠原将之・福永知子・小川朝雄・補永栄子,2006,
「青年期後期の発達課題と引きこもりの関連についての研究(その1)」
『厚生労働科学研究費補助金(こころの健康科学研究事業)総括研究報告書
 思春期・青年期の「ひきこもり」に関する精神医学的研究』


「ひきこもり」は精神医障害を原因としないひきこもり状態という定義であるため、その内実は多様であるという指摘。

ひきこもりは社会的な行動面から見た状態像を指し示している。ひきこもり概念は一定の状態像を取り出しているものの、心理的、精神医学的には多様性をもった集団であると考えられる。


また、年代によっても抱えている心理的問題が異なるという指摘。

事例の年代差から生じる違いを無視して、ひきこもりとして一括して心理を検討し対応を論じることは適切ではない。ひきこもりの形成に関与する心理的要因は年代ごとに異なっていると考えられ ひきこもりの形成に関与する心理的問題を年代別に検討することはひきこもりの支援・対応を検討する際に重要であると考えらえる。


調査対象となった大学生(大学院生)のひきこもり度合い・性別などは以下。

 各群の初回来談時平均年齢は、ひきこもり群22.6歳、中度20.0歳、軽度23.3歳、学校を休んだ平均期間はひきこもり群6.8ヶ月、中度群9.2ヶ月、軽度群8.3ヶ月であった。性別は引きこもり群は男子12名、女子1名、中度群男子8名、女手4名、軽度群男子10名、女子4名であった。
 ひきこもり群は大学院生2名、学部生11名、中度群大学院生2名、学部生10名、軽度大学院生5名、学部生9名であった。


「ひきこもり群」でも問題は以下のようなものである。

「友人が乏しい」7名(54%)(大学で人付き合いはない、友人はいない)、「対人関係の問題」5名(38%)、(自分から他人に関わるのは嫌、人間関係は嫌、人としゃべらない、人見知りする)、「将来設計不確定」5名(38%)(大学でこれをしたいというのはない、何がやりたいか分からない)、「融け込めない」5(38%)(周囲の人と合わない)、「大学適応困難」4名(31%)(大学の生活が肌に合わない、入学時にやる気がなくなった)、「課題遂行不確実感」4名(31%)(実験の結果が出ない、レポートが締めきりまでに出せない)、「娯楽へシフト」4名(31%)(ゲーム、ネットに没頭)、「社会参加の圧力」3名(23%)(就職が決まったが自信がない、就職が決まらない)、「自信喪失」3名(23%)、「意欲低下」3名(23%)、「授業興味喪失」3名(23%)、「勉強理解困難」3名(23%)、「立ち遅れ感」3名(23%)(勉強、就職などで同級生に遅れを取っている)、「自己愛傷害体験」2名(15%)(学会発表での躓き)、「大学の自由不得手」2名(15%)(自由時間が苦手)、「生活リズム障害」2名(15%)(昼夜逆転、朝起きられない)、「勉強意欲喪失」2名(15%)、「専攻の悩み」2名(15%)、「研究室不適応」1名(8%)、「教官との関係不良」1名(8%)、「目標喪失」1名、「成績低下衝撃」1名(8%)、「成績拘泥」1名(8%)であった。

 以下の6項目群に分類することができた。『人間関係の問題』、『意欲低下』、『不規則な生活』、『将来設計の問題』、『勉強の負担・圧力』、『高い目標』の6群である。
 それぞれの項目群に属する項目と項目の人数は表の通りである。項目群の人数を集計するに当たっては、同じ事例が二つ以上の項目に該当している場合は重複してカウントせず1名として集計した。

『人間関係の問題』:融け込めない 5名 対人関係の悩み 5名 友人が乏しい7名
『意欲低下』:勉強意欲喪失 2名 授業興味喪失 3名 意欲低下 3名
『不規則な生活』:朝起きられない 1名 生活リズム障害 2名 娯楽へシフト 4名 社会活動モードへの切替困難1名 社会所属意識寡少 0名
『将来設計の問題』:将来設計不確実 5名 専攻の問題 2名 目標喪失1名
『勉強の負担・圧力』:勉強理解困難 3名 課題遂行不確実感 4名.自信喪失 3名 社会参加の圧力 3名
『高い目標』:万能感 自己愛傷害体験 2名 成績拘泥 0名

 各項目群の人数と%は以下の通りであった。(図3)
1)『人間関係の問題』11名(85%)、2)『勉強の負担』7名(54%)、3)『不規則な生活』7名(54%)、4)『意欲低下』6名(46%)、5)『将来設計の問題』5名(38%)、6)『高い目標』4名(31%)であった。


コミュニケーションと課題の面で「大学生のひきこもり」は問題を抱えていることがここから分かる。


「ひきこもり群」の学生の学生生活と「ひきこもり」の関連性の分析。
非常に納得のいく分析である。

1.対象群の特徴について

 結果について考察する前に、大学生を対象にした調査を行う場合の対象群の特性について検討する。個々の大学生は所属する大学の違い、学生の所属する学部の違い、性別の違い等、さらには性格、生育暦、価値観など様々な異質性を持っている。一方彼らは大学生という立場がもたらす共通性を備えている。大学生という社会的な立場はかれらの心理状態に高い均質性を与えていると考えられる。
 大学生活がもつ共通の内容として以下の点を指摘できる。第1に単位を取って卒業しなければならないという課題を学生が背負っている点である。この達成課題が学生にもたらす困難の程度は、大学や学部によって異なっていて一律に論じることは新しい。しかし大学生が試験を受け、レポートを提出して単位を取らなければならないという枠組みの中に置かれていることは共通している。第2に卒業後は大多数の学生が職業に就くという課題を抱えている点である。大学生は思春期・青年期の最終段階にあたり、勉強の終了と社会参入という人生において重要な目標が目前に迫っている。青年が達成すべき課題が具体的で明確な目標として意識される時期であり、しかもそれが進級・卒業という明確なタイムスケジュールに従って進行する場が大学である。大学生は同じ目標や課題を共有する心理的に均質性の高い集団を形成し思春期・青年期の中でも際立って明確な特徴を共有する集団である。大学生は心理的には主要な関連要因が統制された均一性の高い集団と言えるのではないだろうか。
 大学生の生活は個人を評価するための様々な物差しを持っている。大学生には勉学、クラブ活動、サークル活動、アルバイト、友人との交際、趣味、下宿生活などの多種の活動領域がある。高校までの受身の生活とは異なり、自分から関与する領域を選択し活動することが求められる。個人の特性が露になる環境である。これらの環境の特徴は、心理的問題を検討する場合の背景として重要な意義をもつものである。本人の直面している状況とその達成度を聞くことによって、本人の現状を評価・判断することが可能となる。青年としての活動が目に見える形で把握できる場が大学である。
 本研究の対象には偏りがあるものの、青年期後期の発達段階にいる大学生であるという共通性を持っている。その基盤にあるのは青年期から成人期に移行する時期の困難であり、それは大学生に限らず同世代の若者が直面する課題でもある。


2.問題項目から見た「ひきこもり群」が抱える
心理的問題について


 項目別に見ると最も多い訴えが「友人が乏しい」7名(54%)であった。本人の口から明確に語られた事例のみがカウントされているので、実際にはさらに多い可能性がある。大学のキャンパスでは多くの学生が友人グループを作らて共に行動している。授業のレポートやテスト勉強では互いに助け合い、食事の時間や授業の合間を共に過ごし、同じクラブやサークルに所属して活動するなど、友人の果たしている役割は大きい。大学生活の中で生じる様々な問題について相談相手になり、不安を分かち合い、楽しさを共有しあう友人の存在は大学生括の充実度に大きく影響している。友人が乏しいと訴えるひきこもり群の学生の中には、キャンパス内で話し相手が一人もいなくて孤立している事例もある。
 クラスが常に集団として行動する高校では、同じ教室にいるだけで、クラスへの所属感を感じることができる。ところが授業は選択制で一人一人が独自のカリキュラムを持っている大学では高校とは全く事情が異なっている。授業を受けてもクラスの一体感を味わうことはない。サークル活動にも参加しない、アルバイトもしない学生には仲間を得る機会が乏い。個人の自由が尊重されて
いる大学では自ら友人を作ることができなければ、孤立せざるを得ない。一日大学にいても誰とも話さないと語る学生もいる。「友人が乏しい」という訴えは、ひきこもり学生の大学生活が彼らに人間関係の充実感や満足感を与えていないことを示唆する項目であり、精神的に孤立する状況が有るとすれば、登校意欲を低下させる大きな要因となっていることを示唆している。人間関係がない大学生活は決して楽しいものではない。人間関係を作るにはどうすればよいかという問題に日々直面し悩まされ、あるいはそのために低い自己評価を持って悩むことになる。
 ひきこもりは家族以外の人間関係から遠ざかることである。ひきこもりの学生はひきこもることで、自分が抱えている人間関係の問題を解決する道を閉ざされてしまう。人間関係の問題を解決する機会を奪われ、社会参加の過程を進むことがさらに困難になっていると考えられる。ひきこもりの学生に対する支援の中で人間関係をいかに築いていくかというテーマが重要な問題であることを示す結束である。現在行われているひきこもりの支援活動において、グループ活動など人間関係を体験し、構築していく場が用意されている。人間関係の構築への道を設けることはひきこもり支援において中核的な問題であることをこの結果は示している。
 ひきこもり群における人間関係の悩みの出現率をA大学の一般学生全体に串ける人間関係の悩みやの出現率と比較したい。比較するデータは入学時に新入生全員に行ったアンケート調査である。自記式の調査であり、対象の年代が本件研究の対象群に比べると低く、厳密な意味では比較できないが、参考にはなると考えられる。平成13年度入学者名に行ったアンケート調査7(回答者2575
名、回収率96.6%)によると、悩みの有無についての設問に対して、「友人関係の悩み」があると答えたもの9.4%であった。最も多い悩みが「進路」11.4%、2番目が「専攻」9.5%、「友人関係の悩み」が第3位9.45であった。青年期は精神的に大きな変化を体験する時期であり、人間関係も青年の主要な悩みの一つであると考えられるが、「ひきこもり」学生における「友人が乏しい」とう問題の出現率54%に比較すると、入学時の学生における人間関係の悩みを持つ学生の割合9.4%で、はるかに低いことが分かる。「ひきこもり」群における友人に関係の悩みは「ひきこもり」状態の形成に関
与する重要な要因であると考えられる。人間関係の問題が重要であることは、「ひきこもり」群の項目の上位に人間関係の問題が集中していることからも明らかである。


以下は大学生一般との比較で得られたインプリケーション。
大学生一般とひきこもり群の大学生が持つ問題は共通している。しかし、状態像はまったくことなる。彼らを分け隔てた道はなんだったのだろうか。

 いずれの問題も学生個人にとっては切実な悩みとなり得る問題であるが、大学生であれば誰もが大学生活において体験する可能性のある問題であり、稀な体験や特別な出来事は認められなかった。「ひきこもり」が特別の要因から生じる現象ではなく、ひきこもり学生がもつ悩みは一般の学生にも見られる問題と共通のものであることを示す結果であった。
 最も出現頻度が高い項目群は『人間関係の問題』であり11例85%であった。ひきこもり群の大多数に人間関係の問題が認められた意味は大きい。人間関係の絆の有無は大学生活を大きく左右する。仲間の存在は問題に遭遇したときそれを乗り越えるための力をかりることができる。一方で対人関係の欠如は、仲間からの支援が得られないために問題の解決が困難になる場合があるだけでなく、孤立していることがそれ自体大きなストレスになっている。対人関係は自己評価を支える重要な要素であり、対人関係の欠如は高い自己評価を持ちにくくする。キャンパスでの孤立状態は大学生活から楽しみや充実感を得ることを難しくし、大学生活の魅力を減じることになる。「ひきこもり」状態とは自分を支える人間関係の緋を経っていない状態であるとも言える。今回の調査は「ひきこもり」のもつ意味に再度注意を促すものであった。ひきこもり群において『人間関係の問題』の項目群が高い値を示す結果から推測されるのは、間関係の乏しさが「ひきこもり」状態に先行する重要な問題であることということであった。
 次に多く見られた問題は『勉強の負担』と『不規則な生活』であった。どちらも54%の事例に認められた。『勉強の負担』は、「勉強理解困難」、「課題遂行不確実感」、「自信喪失」、「社会参加の圧力」などの項目を含んでいる。勉強内容が理解できない、レポートや宿題が不十分にしかできない、勉強の自信がなくなった、就職活動の負担など大学生として達成すべき課題が十分にできていないことが負担になっている状態である。ひきこもり群の54%が現実的な困難に直面していることが示されている。ひきこもり状態を形成する要因の一つは現実的な課題達成の困難にあることが示されている。決して心理的な悩みや葛藤だけが重要なのではなく、課せられた勉強課題を習得できるかどうかという問題で躓いている学生がおよそ半数に達していた。このことは、「ひきこもり」の予防ないし、早期対応に一つの示唆を与えるものであろう。勉強が分からない学生への指導体制、キャリアカウンセリングによる社会参加への指導などを必要としている学生がいることを示す結果であった。
 『不規則な生活』は「朝起きられない」、「生活リズム障害」、「娯楽へシフト」などの問題が含まれ、授業を受けるために必要な生活の規則性が失われている。54%に出現しており、約半数の事例において『不規則な生活』が生じている。この状態はひきこもり状態に先行して生じて、ひきこもりのきっかけになった場合もあれば、ひきこもりに付随して二次的に発生したと考えられるものもあった。不規則な生活の改善が大学に復帰するための具体的な目標として重要であると考えられた。
 『意欲低下』も約半数の46%に認められている。『意欲低下』は「勉強意欲喪失」、「授業興味喪失」、「全般的な意欲低下」等の項目を含んでいる。勉強への意欲低下は事例ごとに様々な内容を持っている。勉強が分からない、勉強への興味を失った、あるいは勉強に限らず何事にも意欲がない等内容は多岐にわたり、原因については医学的な診断も含めて事例ごとの要因を十分に考慮して対応することが求められている。約半数に出現している「意欲低下」の問題は看過することができない、ひきこもりへの対応の重要なポイントであると考えられる。
 『将来設計』の問題は38%に認められた。「将来設計不確実」、「専攻の問題」、「目標喪失」等の訴えが含まれている。学生は自分の『将来設計』を卒業までに明確にすることを求められているが、必ずしも決められた年限内に決定できるとは限らず、さらに時間がかかる場合がある。自己同一性の探索が長期にわたり青年期が延長している学生がいる。、
 また『高い目標』が約3分の1の学生(31%)に認められた。要求水準が高く、失敗を恐れて自己像が傷つく恐れのある場面を回避する。学会発表や卒論の発表会などでプライドを傷つけられたことがきっかけで大学を休む事例がある。対応としては、高すぎる目標を訂正し、現実的な自己像を受け入れることによって、より現実適応的な行動をとれるようになることが期待される。しかし、そのような自己変革を自分で達成することは容易ではなく、自己愛の傷つきが「ひきこもり」のきっかけになっている。自己像の訂正はカウンセリングや仲間体験を通して達成されるものと考えられる。
 引きこもり群に高い頻度で見られた項目群はいずれも、大学生の生活の中で生じうることが了解される問題であった。

研究要旨:
 目的「ひきこもりへ」の支援活動において必要なことは、まず初めに精神医学的な治療が優先する事例を鑑別することである。医学的診断とともに「ひきこもり」に対する支援において基本的に必要なことは、ひきこもりの若者個人が直面している問題や抱えている心理的要因について理解することである。ひきこもり事例の心理学的、精神医学的多様性に対応していくためには、事例の心理的な要因についての研究および精神医学的な研究を積み重ねることが必要である。本研究は青年期後期の若者に焦点を当て、心理的要因について発達課題との関連から検討し、理解を深めて、ひきこもりへの対応の指針を得ることを目的としている。対象・方法平成14年度から平成16年度までの3年間にA大学学生相談室に来談した学生の中で、大学を休んでいることが主要な相談内容の一つとなっている者39名を対象とした。対象を「ひきこもり群」と「中度群」、「軽度群」に分け、それぞれが抱える心理的要因について比較検討した。結果問題として面談の中で取り上げられた心理的要因としては、友人が乏しい16名(41%)、将来の目標不確定12名(31%)、勉強の課題不達成12名(31%)、勉強意欲低下12名(31%)、対人関係の悩み10名(26%)、勉強への興味喪失
10名(26%)、専攻に関する悩み9名(23%)、意欲低下8名(21%)、目標喪失7名(18%)等であった。
 複数の類似の項目を項目群としてまとめて集計し、問題を6つの項目群に分けることができた。「ひきこもり」群では、『人間関係の問題』11名(85%)、『勉強の負担』7名(54%)、『不規則な生活』7名(54%)、『意欲低下』6名(46%)、『将来設計の問題』5名(38%)、『高い目標』4名(31%)であった。他の2群の結果と比較した結果、引きこもり群と他の2群には共通するところが多く、いずれにも青年期後期の発達課題の達成困難が認められた。