井出草平の研究ノート

過去のいじめ体験が青年期に及ぼす影響

いじめの学校時期別の体験と心理尺度の関連を調べた論文。

野中公子・永田俊明、2010
「過去のいじめ体験が青年期に及ぼす影響‐体験の時期と発達の関連」
『九州看護福祉大学紀要』Vol,12,№1,115-124


サンプルの特性から。対象は4年制大学生及び専門学校生399名(男子168名、女子231名)である。

18歳〜27歳を対象とし、回答者は、男41.9%(166人)女58.1%(230人)で合計396人であった。
 “体験ある群”は78.5%(311人)、“体験ない群”は21.5%(85人)であった。
 男子は“体験ある群” 74.7%(124人)“体験ない群” 25.3%(42人)、女子では“体験ある群” 81.3%(187人)“体験ない群” 18.7%(43人)となった。

自尊感情”と“友人関係”に関わる“いじめの影響尺度”の下位尺度6項目とのPearson相関分析を行なった結果、“自尊感情”と精神的強さ(r=.297)に正の相関が、情緒的不適応(r=-.529)、同調傾向(r=-.357)、他者評価への過敏(r=-.336)に負の相関が認められた。“友人関係”においては、情緒的不適応(r=.153)に正の相関が認められた。

(1)小学校以前・小学校:
自尊感情”と“同調傾向”0.006で(p≦0.05)5%の水準で有意差が認められた。小学校以前・小学校時期のいじめ体験の影響“同調傾向”は、その後の“自尊感情”に影響を及ぼすことが言える。“友人関係”は、有意差を認めなかった。小学校以前・小学校時期のいじめ体験は、その後の“友人関係”に影響を及ぼすとは言えない。
(2)中学校:
自尊感情”は、有意差を認めなかった。中学校時期のいじめ体験は、“自尊感情”に影響を及ぼすと言えない。“友人関係”は、“他者評価への過敏”0.0022で(p≦0.05)5%の水準で有意差が認められた。中学校時期のいじめ体験の影響“他者評価への過敏”は、その後の“友人関係”に、影響を及ぼすことが言える。
(3)高校:
自尊感情”と“友人関係”は、有意差を認めなかった。高校時期のいじめ体験は、“自尊感情”と“友人関係”に影響を及ぼすと言えない。
(4)複数時期の体験
自尊感情”は有意差を認めなかった。複数時期のいじめ体験は、“自尊感情”に影響を及ぼすと言えない。“友人関係”は、他者評価への過敏が
0.007で(p≦0.01)1%の水準で有意差が認められた。複数時期のいじめ体験の影響“他者評価への過敏”は、“友人関係”に影響を及ぼすことが
言える。

小学校や小学校以前といった早期にいじめを体験すると、自尊感情は低下し同調傾向が増すが、高校時点だと影響がない。

坂西(2004)は、「いじめ被害経験者は、自己への肯定的な評価が低いという結果が得られた(Callaghan&Joseph,1995)。オーストラリアでも、いじめられる傾向のある生徒は、自尊感情が低いことがわかった(Rigby&Slee,1993)。自尊感情との関係は研究によってわかれ、坂西(2004)18)は、「たとえば、アイルランドのオ・ムーア(O’Moore,2001)の研究が示すように、いじめ被害者同様、いじめ加害者も低い自尊感情をもつという結果を報告するものもあれば、オーストラリアのリグビー(Rigby&Slee,1993)らの調査が示すように自尊感情と関係をもたないとするものもある。」とも言っている。

・坂西友秀,いじめられる青少年の心―発達臨床心理学的考察―,岡本祐子,北大路書房,P41,(2004)

いじめと自尊感情の関連には諸説あるようだ。

(1)友人関係尺度(岡田,1999,2005)42項目:本研究では、青年期の大学生に対人関係のうち最も重要な意味を持つと考えられる友人関係に焦点を当てる。 
(1)いじめの影響尺度42項目:香取(1999)の作成した「いじめの影響尺度」を用いた。いじめ体験の影響を下位尺度(Ⅰ〜Ⅵ)“情緒的不適応”
“同調傾向” “他者評価への過敏”“他者尊重”“精神的強さ” “進路選択への影響”の6つに分類してある。

・岡田努,現代青年に特有な友人関係の取り方と自己愛賚の関連について, 立教大学教職研究,21-31,(1999)
・岡田努,現代青年の友人関係・ライフイベントと自己の発達に関する研究,金沢大学文学部論集行動科学・哲学篇,第25号,P15-32,(2005)
・香取早苗,過去のいじめ体験による心的影響と心の傷の回復方法に関する研究,カウンセリング研究, vol.32,No.1,(1999)

いじめの定義

ダン・オルウェーズは、「ある生徒が、繰り返し、長期にわたって、一人または複数の生徒による拒否的行動にさらされている場合、その生徒はいじめられている」とし、文部科学省は、「当該児童生徒が、一定の人間関係のある者から、心理的・物理的な攻撃を受けたことにより、精神的な苦痛を感じているもの。なお起こった場所は学校の内外を問わない」と定義した(2006)。

ダン・オルウェーズ、松井賚夫・都築幸恵・ 角山剛訳,いじめーこうすれば防げる,川島書店, P65,(1995)
http://www.amazon.co.jp/dp/4761005688/
平成18年度「児童生徒の問題行動に関する調査」の見直しについて,文部科学省,(平成19年)
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/040/shiryo/07052301/002.pdf

Rでオッズを計算する

オッズ比は電卓でもエクセルでも簡単に計算できるので、普段は簡単に済ませるのだけども、大量にオッズ比の計算をすることがあったので、Rスクリプトを覚えがきとして残しておく。
vcd()というパッケージを使う。

d1 <- read.csv("data.csv")
library(vcd)


or01 <- table(d1$"varname01",d1$"varname02")
summary(oddsratio(or01,log=F))

対数オッズ比を計算する場合はlog=Fのオプションをとる。

大阪府公立中学校のいじめ被害実態調査

いじめ被害の実態 : 大阪府公立中学校生徒を対象にした意識・実態調査から
大阪樟蔭女子大学人間科学研究紀要 9, 155-184, 2010-01-31 
http://ci.nii.ac.jp/naid/110007592770

まずは対象。

今回,大阪府下の公立中学校2 校の生徒さんたちの協力を得て,いやがらせ=いじめについての実態調査を実施した。調査票法(自計式調査票法)による集合調査法で行い,490 名中446 名から回答を得た。有効回答率は91.0%であった。


少し長い報告なので、まとめを掲載。

(1)いやがらせ被害の経験率
1.いやがらせの種類別被害率:「冷やかしやからかい,悪口を言われた」が最も多く,以下「たたかれたり,けられたりした」,「仲間はずれや集団で無視をされた」,とつづく。
2. いやがらせ被害の種類別内訳:「冷やかしやからかい,悪口を言われた」が最も多く,以下「たたかれたり,けられたりした」,「仲間はずれや集団で無視をされた」,とつづく。
3.いやがらせ被害経験の有無:「いやがらせ被害経験あり」が52.5%,「いやがらせ被害経験なし」が47.5%で,「いやがらせ被害経験あり」が過半に達している。


(2)最も傷ついたいやがらせ被害経験
1. 最も傷ついたいやがらせの選択数・内訳比・選択比:選択数・内訳比が最も多かった(高かった)のは「冷やかしやからかい,悪口を言われた」,選択比は「仲間はずれや集団で無視をされた」が最も高かった。選択比の2 番目は「冷やかしやからかい,悪口を言われた」であった。
2. 動揺の程度:「とても動揺した」が最も多かった。
3. いやがらせの相手(加害者):「クラスメイト」が最も多かった。
4. 相手(加害者)の人数:「一人」が最も多かった。
5. 場所:「教室」が最も多かった。
6. 継続期間:「1 回だけ」が最も多かった。
7. 対処法:「親に相談」が最も多く,次いで「誰にも相談しなかった」であった。
8. 対処の結果:「いやがらせがなくなった」が8 割強を占めた。
9. いやがらせがなくなった理由:「自然になくなった」が最も多く,次いで「先生が注意してくれた」であった。


(3)いやがらせ被害の男女間比較
1.「冷やかしやからかい,悪口を言われた」:「女子」のほうが被害経験率が高かった。
2.「たたかれたり,けられたりした」:「男子」のほうが被害経験率が高かった。
3.「仲間はずれや集団で無視をされた」:「女子」のほうが被害経験率が高かった。
4.「お金をとられたり,持って来いと言われた」:「男子」のほうが被害経験率が高かった。
5.「持ち物をかくされたり,こわされたり,ぬすまれたりした」:「男子」のほうが被害経験率が高かった(n.s.)。
6.「パソコンや携帯電話で悪口を書き込まれたり,いやなことをされた」:「女子」のほうが被害経験率が高かった。
7.「上の項目以外でいやがらせを受けた」:「女子」のほうが被害経験率が高かった。
8.「いやがらせ被害経験の有無」:「女子」のほうが被害経験率が高かった。
9.「最も傷ついたいやがらせ被害経験」:「たたかれたり,けられたりした」で「男子」,「仲間はずれや集団で無視をされた」で「女子」,「持ち物をかくされたり,こわされた
り,ぬすまれたりした」で「男子」のほうが被害経験率が高かった。
10.「動揺の程度」:「動揺した」の比率は「女子」のほうが高かった。11.「いやがらせの継続期間」:概して,「男子」は「1 回だけ」が多く,いやがらせを「繰り返し受けている」のは「女子」に多い
12. 「何もしないでいやがらせをされるまま」(対処法):「女子」のほうが多かった。
13.「一人でやり返した」(対処法):「男子」のほうが多かった。
14.「親に相談」(対処法):「女子」のほうが多かった。
15.「きょうだいに相談」(対処法):「きょうだいに相談」したのは「女子」のみであった。
16.「友だちに相談」(対処法):「女子」のほうが多かった。
17.「担任の先生に相談」(対処法):「女子」のほうが多かった(n.s.)。
18.「誰にも相談しなかった」(対処法):「女子」のほうが多かった(n.s.)。
19.「いやがらせがなくなった理由」(いやがらせがなくなった場合):「みんなで話し合いをした」では「女子」,「自然になくなった」では「男子」,「いやがらせをする子に抗議
をした」「自分の代わりに他の子がいやがらせを受けた」「友だちがとめてくれた」の3項目では「女子」の比率が高かった。


(4)いやがらせ被害の背景要因
1.「保護者は回答者の話を真剣に聞いてくれる」と「いやがらせ被害経験の有無」との関係:「保護者は回答者の話を真剣に聞いてくれる」場合,「いやがらせ被害経験なし」が多い。
2.「1 番悩んだり心配していること」と「いやがらせ被害経験の有無」との関係:「友人関係」「その他」「母親との関係」に悩んだり心配している場合は「いやがらせ被害経験あり」が多く,「悩みや心配はない」場合と「塾や習い事」「きょうだいとの関係」に悩んだり心配している場合とでは「いやがらせ被害経験なし」が多い。
3.「悩み・心配の有無」と「いやがらせ被害経験の有無」との関係:「悩み・心配がある」場合は「いやがらせ被害経験あり」が多く,「悩み・心配はない」場合は「いやがらせ被害経験なし」が多い。
4.「休み時間や放課後などに多くの友だちより,決まった友だちと一緒にいる」と「いやがらせ被害経験の有無」との関係:「決まった友だちと一緒にいる」と答えた生徒の場合は「いやがらせ被害経験あり」が多く,「いない」と答えた生徒の場合は「いやがらせ被害経験なし」のほうが多かった。


(5)「現在の心理的状況」といやがらせ被害経験の有無
1. 生徒の「現在の心理的状況」:肯定的な心理的状況において比率が最も高いのは「どんな人でも無理なく仲良くできる」で,次いで「将来に希望が持てないときがない」であった。逆に,否定的な心理的状況において比率が最も高いのは「自分に自信が持てないときがある」で,次いで「今の自分に満足していない」であった。
2.「現在の心理的状況」の分布:「心理的損傷やや少ない」(38.6%),「多い」(25.6%),「少ない」(20.6%),「やや多い」(15.2%),の順であった。
3.「現在の心理的状況」のいやがらせ被害経験の「有無」間での比較:「いやがらせ被害経験なし」のグループでは現在の心理的状況が「良好」であり,「いやがらせ被害経験あり」のグループでは「不良」であることが,統計的に立証された。


(6)いやがらせの原因といやがらせへの対応策
1. いやがらせの原因:多いほうから順に,「いやがらせをする人に問題がある」,「いやがらせをされる人に問題がある」,「いやがらせをする子の親のしつけに問題がある」,「学級の生徒全体に問題がある」,「社会全体に問題がある」,「先生や学校の指導に問題がある」,「その他」,となっている。
2. いやがらせへの対応策:多いほうから順に,「先生がいやがらせをする子に注意する」,「学校で話し合いをする」,「家庭でのしつけの見直しをする」及び「社会で許さないというきまりをつくる」,「学校に相談窓口をつくる」及び「学校で道徳などの授業をする」及び「地域で子どもを育てる環境をつくる」,「その他」,となっている。

興味深い事実がいくつか発見されているが着目したいのは2点。
「母親との関係」について最も悩んだり心配している生徒はすべて「いやがらせ被害経験あり」である点だ。片方のセルがゼロなので統計的手法は使えないが、家庭の問題がどういう経路かを通して影響していると示唆される点だ。一方で「父親との関係」に関しては関連が特に見られない。


もう一つはいじめの収束方法である。別の生徒がいじめられたという経過をたどったものと男女をクロス集計表にしたものが下記である。

性別 別の生徒へ 他の経緯 合計
男性 1 85 86
女性 4 99 103
合計 5 184 189
フィッシャーの正確確率有意検定の結果、p-value = 0.3786(95%C: 0.0058-3.0328)という結果。5パーセント水準で有意ではないのだが、信頼区間を見る限りn不足が原因である。サンプルサイズが倍ほどあれば確実に検定は通るだろう。つまり、何が言いたいかというと、いじめが生徒間が回っていくという形態は「女子」に見られるものであることである。そして頻度は3.2%。ないわけではないが、「よくあることではない」。


「いじめに参加しないと私がいじめられる」といったことはよく聞くのだが、それはこのデータの上では稀な現象であるように思われる。別のデータでは別の傾向が出るかもしれないが、それほど頻繁に起こっているわけではないかもしれない。被害者になることを避けるために加害者になるというストーリーは「物語」として非常に面白い。そのことから、一部の社会学者やマスコミがそういったいじめを強調しすぎている可能性は少なからずあるのではないだろうか。

いじめの諸定義

小林英二・三輪壽二,2013,
「いじめ研究の動向 : 定義といじめ対策の視点をめぐって」
茨城大学教育実践研究』(32): 163-174.

文科省は,2006 年に,いじめを,「当該生徒が,一定の人間関係のある者から,心理的・物理的な攻撃を受けたことにより,精神的な苦痛を感じているもの」(文部科学省通知)として,それまでの定義を変更した.

文部科学省. 2013年1月28日現在.「学校におけるいじめ問題に関する基本的認識と取組のポイント」
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/06102402/002.htm

柳田(2011)は,この文科省の新しい定義を肯定的に評価して次のように述べている。「この定義の特徴は,生徒の未熟さによるトラブルや軋轢と深刻な攻撃を区別しないこと,そして,攻撃の特質にかかわりなく当該生徒が苦痛を感じているものすべてをいじめと定義することにある。

以前の定義(1995 年)は,『自分より弱いものに対して一方的に,身体的・心理的な攻撃を継続的に加え,相手が深刻な苦痛を感じているもの』であるが,ここにおける『一方的』『継続的』『深刻』という特質の区別が,『一方的ではない』『継続的ではない』『深刻ではない』,さらに3 つすべてに該当しないのでいじめではないなどの理由によって,いじめ把握を困難にしてきたからである」と述べ,以前の定義のような第三者によるいじめの判断では,それを発見するのは難しいと指摘する。

柳田泰典.2011.「いじめと嗜虐的攻撃に関する研究―内藤朝雄『いじめの社会理論』を中心に―」『長
崎大学教育学部紀要』教育科学75,11-24.

新保(2008)は「この定義ではあまりにも『いじめの境界』が広がり,単に本人が『精神的苦痛を感じている』か否かだけで判断していいのかなど,逆にあいまいさが際だつ」と述べ,いじめの定義が逆にいじめをあいまいなものとしていると指摘している。

新保真紀子.2008.「現代のいじめ―大阪子ども調査を中心に―」『神戸親和大学児童教育学研究』27,24-39.

スウェーデンにおいていじめの研究と対策実践に取り組んでいるダン・オルウェーズ(Olweus,D)(1995)は,いじめを「ある生徒が,繰り返し,長期にわたって,一人または複数の生徒による拒否的行動にさらされている場合,その生徒はいじめられている」と定義している。

ダン・オルウェーズ(Olweus,D).1995.『いじめこうすれば防げる―ノルウェーにおける成功例―』14 頁(川島書店)

森田・清永(1994)は,「いじめとは,同一集団内の相互作用過程において優位にたつ一方が,意識的に,あるいは集合的に,他方にたいして精神的・身体的苦痛をあたえることである」としている。

ミッシェル・エリオット(Elliot,M)(1999)は『いじめと闘う99 の方法』において,「いじめとは,ほかの人間を傷つける目的で攻撃すること」と定義している。その中で「ふつういじめはひとりの児童に対して,一定期間集中的に行われますが,たった一度だけの場合もあります」と述べている。

ミッシェル・エリオット(Elliott,M). 1999.『いじめと闘う99 の方法』9 頁(講談社

神谷(1993)は,「学校の中でほぼ同年齢層の児童・生徒の間で優位にたつ一方が,標的となる他方に対して,心理的または身体的・物理的に,意図的に傷つけたり,害を加えたりする行為」と定義している。

神谷かつ江.1993.「いじめに関する一考察」『東海女子短期大学紀要』19,197-206.

遠藤ら(1997)は,幼児期のいじめを研究する過程で,いじめを「同一集団内で単独又は複数の成員が,人間関係の中で弱い立場に立たされた成員に対して,身体的暴力や危害を加えたり,心理的な苦痛や圧力を感じさせたりすること」と定義した上で,「このような意図的な行為は幼児の場合,一般的には成立しにくいと考えられる。

遠藤良江・和田信行・井上千枝美・河邉貴子.1997.「幼児期の「いじめ問題」をどう考えるかその(1)―幼児はどのようなときに,「いじめられた」と感じるか」『日本保育学会研究論文集』50,594-595.

畠山・山崎(2003)は,過去の諸研究を概観し,いじめの定義には3つの要素が共通していることを指摘している。すなわち,①加害者は複数である,②加害者が被害者に対して長期的かつ繰り返し攻撃的行動や拒否的行動を行う,③被害者が精神的な苦痛を抱く,の3つである。そして,いじめを「ある子どもが,継続的に複数の子どもに攻撃・拒否的行動を受け,精神的苦痛が生じた場合,その子どもはいじめられている」と定義している。

畠山美穂・山崎晃.2003.「幼児の攻撃・拒否的行動と保育者の対応に関する研究:参与観察を通して得られたいじめの実態」『発達心理学研究』14 巻3 号,284-293.

このように,いじめの定義についての諸議論を概観してみると,いじめを定義する際には,6 つの視点があることがわかる。すなわち,(1)加害者の人数,(2)立場の優位性の有無,(3)継続性の有無,(4)加害者側の意図性,(5)攻撃の種類,(6)被害者側の苦痛,である。これらの視点から,

(1)加害者の人数:人数については,いじめを行う側が,単数か複数かということである。文科省の定義(新・旧いずれも)をはじめ,多くの研究者は,人数については明確にしていないが,“加害者は複数”という考え方に立っているように推測される。
(2)立場の優位性の有無:文科省の旧定義や森田・清永の定義では,優位性の有無(人数や権威など)を考えることで,けんか等と区別できるようにしている。ほとんどの研究者が「優位な立場の者がいじめを行う」という特徴を認めている。しかし,文科省の新定義では,これを除外しており,けんかや優位な立場にある者が被害を訴えてもいじめとして認定されることになる。
(3)継続性の有無:以前の文科省やオルウェーズの定義は,繰り返し性,長期性をいじめの要件とし,一過性のものはいじめには含まないとしているのに対し,エリオットは,たった一回の出来事でもいじめに含めるべきであると主張している。この継続性の論点は,多くの研究者の中でも意見が分かれるところである。ただ,文科省の新定義は,継続性の有無を定義から除外し,「いじめは回数ではない」という立場に立っている。
(4)加害者側の意図性:加害者の意図性を重視する定義もあるが,ほとんどは行動レベルで捉えており,たとえ意図的でなくても行動した時点でいじめとしている。
(5)攻撃の種類:ほとんどの研究者が心理的,物理的な攻撃としており、これについては共通認識があると言ってよいだろう。しかし,どのような行為を攻撃とするか,については文科省や研究者がどれだけ列挙しても,現実場面では意見が分かれてしまいがちである。
(6)被害者側の苦痛:被害者が苦痛を感じていることは,全ての研究者や論者がいじめの条件としている。

重篤気分調節症

重篤気分調節症(Disruptive Mood Dysregulation Disorder:DMDD)
診断基準 296.99(F34.8)

A.言語的(例:激しい暴言)および/または行動的に(例:人物や器物に対する物理的攻撃)表出される,激しい繰り返しのかんしゃく発作があり,状況やきっかけに比べて,強さまたは持続時間が著しく逸脱している.
B.かんしゃく発作は発達の水準にそぐわない.
C.かんしゃく発作は,平均して,週に3回以上起こる.
D.かんしゃく発作の間欠期の気分は,ほとんど1日中,ほとんど毎日にわたる,持続的な易怒性,または怒りであり,それは他者から観察可能である(例:両親,教師,友人).
E.基準A〜Dは12カ月以上持続している。その期間中,基準A〜Dのすべての症状が存在しない期間が連続3カ月以上続くことはない.
F.基準AとDは,少なくとも3つの場面(すなわち,家庭学校,友人関係)のうち2つ以上で存在し,少なくとも1つの場面で顕著である.
G.この診断は,6歳以下または18歳以上で,初めて診断すべきではない.
H.病歴または観察によれば,基準A〜Eの出現は10歳以前である.
I.躁病または軽躁病エピソードの基準を持続期間を除いて完全に満たす,はっきりとした期間が1日以上続いたことがない.
注:非常に好ましい出来事またはその期待に際して生じるような,発達面からみてふさわしい気分の高揚は,躁病または軽躁病の症状とみなすべきではない.
J.これらの行動は,うつ病のエピソード中にのみ起こるものではなく,また,他の精神疾患〔例:自閉スペクトラム症心的外傷後ストレス障害,分離不安症,持続性抑うつ障害(気分変調症)〕ではうまく説明されない.
注:この診断は反抗挑発症,間欠爆発症,双極性障害とは併存しないが,うつ病,注意欠如・多動症,素行症,物質使用障害を含む他のものとは併存可能である.症状が重篤気分調節症と反抗挑発症の両方の診断基準を満たす場合は,重篤気分調節症の診断のみを下すべきである.躁病または軽躁病エピソードの既往がある場合は,重篤気分調節症と診断されるべきではない。
K.症状は,物質の生理学的作用や,他の医学的疾患または神経学的疾患によるものではない.

向精神薬の処方制限についての解説

読売新聞で向精神薬の大量処方を制限するという報道があったが、正確ではないので整理しておきたい。

向精神薬の大量処方を制限へ、診療報酬を認めず   社会   YOMIURI ONLINE(読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20140307-OYT1T00823.htm
(2014年3月7日17時35分  読売新聞)

読売新聞では「抗不安薬睡眠薬などの向精神薬を数多く処方した場合、診療報酬を原則認めない仕組み」と書いてあるが、これは間違いである。


今回の改定で変わるのは、所定の種類以上の向精神薬を処方した場合に、病院・クリニック・薬局の収入が減額されるようにペナルティが課されるというというのが正しい。


患者側が抗不安薬睡眠薬などを何種類も求めても、病院・クリニック・薬局側は収入が減るため、医師は患者の要求することを断るためのインセンティブが設けられたのである。ただ、治療に必要がありこの規定以上の種類の薬を処方した場合には、病院・クリニック・薬局側が減算分をかぶるということも起こりうる。


今回の改定で大きく変わるのは「精神科継続外来支援・指導料」の部分だ。健康保険では行う治療の種類ごとに保険点数といわれる病院側の収入が定められている。精神科の通院治療では、初診・再診料(270点/69点)、通院・在宅精神療法(330点)、処方料(42点)/処方せん料(68点)などで構成されていている。この保険点数の一つである「精神科継続外来支援・指導料」の請求が改定の主な対象となる。


今回の改定の骨子は下記の資料113〜115ページに記載されている。

正確な厚生労働省の診療報酬
http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000032996.html
第2 改定の概要 1.個別改定項目について

「精神科継続外来支援・指導料」とは「入院をしていない精神科外来で、患者・家族等に対して、病状、服薬状況及び副作用の有無等の確認を主とした業務」*1のことを指している。「精神科継続外来支援・指導料」は1日あたり55点であり、外来1回あたりに請求できるのは1日分55点、病院・クリニックの収入は550円に相当する。


「精神科継続外来支援・指導料」をとっているクリニックもあれば、とっていないクリニックもある。これは、領収書で「精神科専門療法」や「精神療法」などと表記されているところをみると確認できる。精神療法が合算されて請求されることもあるので、通院・在宅精神療法330点(5分以上30分以内)、400点(30分以上の場合)を引くと、「精神科継続外来支援・指導料」の有無が判明する。*2


厚生労働省の資料から改定される項目を下記に抜き出した。


現行 改定案
【精神科継続外来支援・指導料】
当該患者に対して、1回の処方において、3剤以上の抗不安薬又は3剤以上の睡眠薬を投与した場合には、所定点数の100分の80に相当する点数により算定する。 当該患者に対して、1回の処方において、3種類以上の抗不安薬、3種類以上の睡眠薬、4種類

以上の抗うつ薬又は4種類以上の抗精神病薬を投与した場合は算定しない。

55点 0点
【処方料】
(新規)



3種類以上の抗不安薬、3種類以上の睡眠薬、4種類以上の抗うつ薬又は4種類以上の抗精神病薬

の投薬を行った場合 20 点(新)
0点 20 点
 

7種類以上の内服薬の投薬(臨時の投薬であって、投薬期間が2週間以内のものを除く。)を行った場合
 

1以外の場合で、7種類以上の内服薬の投薬(臨時の投薬であって、投薬期間が2週間以内のものを除く。)を行った場合
29 点 29点


1以外の場合


1または2以外の場合
42点 42点
【処方せん料】
(新規)

3種類以上の抗不安薬、3種類以上の睡眠薬、4種類以上の抗うつ薬又は4種類以上の抗精神病薬の投薬を行った場合
(新)

0点 30 点


7種類以上の内服薬の投薬(臨時の投薬であって、投薬期間が2週間以内のものを除く。)を行った場合


1以外の場合で、7種類以上の内服薬の投薬(臨時の投薬であって、投薬期間が2週間以内のものを除く。)を行った場合
40 点 40 点


1以外の場合
 

1または2以外の場合
68点 68 点
【薬剤料】
(新規) 注1

3種類以上の抗不安薬、3種類以上の睡眠薬、4種類以上の抗うつ薬又は4種類以上の抗精神病薬の投薬を行った場合には、所定点数の 100 分の 80 に相当する点数により算定する
注 1

種類以上の内服薬の投薬(臨時の投薬であって、投薬期間が2週間以内のものを除く。)を行った場合には、所定点数の100分の90に相当する点数により算定する
注2 

1以外の場合で、7種類以上の内服薬の投薬(臨時の投薬であって、投薬期間が2週間以内のものを除く。)を行った場合には、所定点数の100分の90に相当する点数により算定する


「精神科継続外来支援・指導料」は先に示した通りだが、「処方料」「処方せん料」「薬剤料」の3つに関しても改定されている。


「処方料」とは病院内で薬剤を出してもらう場合に請求できる*3。42点の処方料が20点に減算されるので、病院側は220円分の減収となる。7種類以上の規定は精神科に限ったことではないので、精神科で関係するのは、抗不安薬睡眠薬抗うつ薬抗精神病薬の種類である。


「処方せん料」とは院外の薬局で薬を出す場合に請求できる。68点が30点に減算されるので、病院・クリニック側は380円分の減収となる。


「薬剤料」は病院や薬局が出す薬剤の代金に相当するもので今回の改定で100分の80に減算される。薬剤料は処方されている薬の種類、量によって異なる。例えば薬材料が1000円だった場合、今回の改定で病院・薬局が受け取る額は800円に減額される。


精神科のクリニックでは、処方せんを出し、院外の薬局で薬を調剤するところが少なくないため、薬剤料の減算は薬局の収入減となる。この改定の規定にかかる処方がされた場合に、減収額が最も多いのは薬局かもしれない。


経過措置として半年間猶予があり、実際に導入されるのは平成26年10月1日からである。また、他院で多剤処方された患者が受診した場合の一定期間、薬剤を切り替える際の一定期間等は除外とされている。例えば、抗うつ薬を切り替える際には元の薬の量を減らして、新しい薬の量を徐々に上げる方法(クロステーパー)が推奨されているものもある*4。このような場合は除外規定に該当し、薬種が増えても減算が適用されることはない。


厚生労働省のいう抗不安薬ベンゾジアゼピン系の薬剤がほとんどである。ただし、クロナゼパム(リボトリールランドセン)は抗不安薬には入っていない*5。また、ベンゾジアゼピン系ではないタンドスピロン(セディール)は抗不安薬に入っている*6

*1:http://shirobon.net/24/ika_2_8_1/i002-2.html

*2:http://shirobon.net/24/ika_2_8_1/i002.html

*3:http://shirobon.net/24/ika_2_5_2/f100.html

*4:『モーズレイ処方ガイドライン 第10版』234-237ページ
http://www.amazon.co.jp/dp/4901694456/

*5:保険適応がてんかんであるため

*6:使用薬剤の薬価(薬価基準)に収載されている医薬品について(平成23年9月12日現在)(抗不安薬)・・・別紙1
 http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000001tjq1-att/2r9852000001tjwy.pdf

暴力について

暴力性の定義をする仕事があったので、参考に読んだ論文。

宮地尚子,2005「支配としてのDV--個的領域のありか」『現代思想』, 33(10): 121-133.
http://ci.nii.ac.jp/naid/40006926025

DVは「親密領域において個人領域を奪うこと」と定義されている。

以下はその立論の重要な箇所。

DVとは、たんにカツとなって親密な相手を殴る蹴るというものではない。DVとは、恐怖によって親密な相手を支配することであり、親密な関係における恐怖政治である。身体的暴力は見えやすくわかりやすいため、DVの重篤さの指標にはなるが、悪質さは、加害者がどれだけ被害者の心理や行動を支配しているかで見た方がよい。恐怖によって国民を操作する全体主義国家が、あからさまな暴力をいつも必要とするわけではないのと同じである。

暴力的行為という単発的なものではなく、支配をすること、暴力的行為を続けられるシステムがDVだと指摘している。

支配についての記述。

妊娠・出産の時期にDVの危険が高まることも少なくない。DVは身体的暴力、精神的暴力、性的暴力に大きく分けられるが、支配に用いられる主な手法はマインド・コントロールである。監視し、友人や家族との連絡を徐々に絶たせ、孤立化させる。他からの情報や意味づけができないように誘導する。継続的に貶め、無視するとそれらの行為を通して、被害者に自分は価値がない、相手に依存して生きていくしかないと思わせていくのである。カルトや強制収容所、いじめ、拷問被害、独裁国家、人身売買組織などと共通する手法がそこでは用いられている。

DVは親密な相手を支配することである、と既に述べた。支配することは、相手の個的領域を奪い、すべてを親密的領域にするということである。例えば、被害者の携帯電話の通話やメールの送受信履歴、インターネットの履歴をチェックする。日記や反省文を書くことを強要したり、家計を一円まで、レシートを一枚一枚チェックする人もいる。被害者が選んだ服や髪型にはけちをつける。外出の際も、どこに行くか誰といるかを繰り返し確認する。やがて被害者は友人や家族との連絡も控えるようになり、孤立し、ますます加害者の言動に敏感になり、加害者の機嫌に一喜一憂するようになる。

では個的領域をもう少し概念化すると、どういう領域だといえるだろうか。先ほど「自分だけの」という表現を用いたが、厳密には「個的」とは「自分だけの」という意味ではない。それはまず「存在証明から解放された場所」「他者からの評価から逃れられる場所」「否定的視線から自由な場所」「あるがままでいていい場所」であり、「くつろげる場所」「安息・休養の場所」「サンクチュアリ」であり、車で例えるとギアがニュートラルな状態である。「自分が自分らしくいられる場所」といってもいいが、「自分らしさって何?」という疑問をもつ人もいるだろうから「自分らしさって何?」ということも考えなくていい場所」と言い換えておこう。


現在のDVに関する法律の限界について。基本的には、身体的暴力について保護命令の対象になるが、心理的暴力については保護命令の対象にならないという。

日本で2000年にようやく制定された「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に閲する法律」において、DVは主に身体的暴力として定義された。しかし、それは見えないもの、客観的に証明できないものをうまく扱えない(扱おうとしない)法の限界によるにすぎない。
実際、DV防止法が施行されるようになってから、夫が身体的暴力だけはふるうのをやめ、脅しにとどめたり、むしろ言葉の暴力がひどくなったと報告する被害者もいる。2004年の法改正で、身体的暴力のほか、「これに準ずる心身に有害な影響を及ぼす言動」、つまり精神的暴力や性的暴力もDVの定義に含まれることになったが、残念ながらこれらは保護命令の対象とされていない。DVの内容は、刑法で言えば暴行罪だけでなく、脅迫罪、名誉段損罪、強姦罪、強制わいせつ罪、詐欺罪など様々な犯罪行為にあたる。しかもそれらが繰り返されているから「重犯」になると思うのだが、それが親密な相手に向けられると、犯罪視されず、平然と見過ごされてしまう。