中村健二「引きこもりに関する行政施策の課題について」

中村健二,2006,
「引きこもりに関する行政施策の課題について」
『 平成14年度総括・分担研究報告書 心の健康問題と対策基盤の実態に 関する研究』
http://mental.m.u-tokyo.ac.jp/h14tokubetsu/分担研究報告書3-6.pdf (PDF)


「ひきこもり」支援ではわりと常識的なことが書かれている。常識的なことが書かれている文献があるというのは非常に重要である。

 引きこもることは、自発的な意味で行われており、これまで精神保健分野で歴史的に問題とされてきた、閉じこめることなどの他者による行動制限の問題とは異なり、人権擁護の視点も異なる。基本的には、引きこもることで、本人の主観的な判断において、安全がより確保されている状況に存在しようとするものと見なされるものであり、本人の主観的な判断の上での安全性を、他者が犯すこと、奪うことは人権擁護的には議論がある。
 あえて行政の問題、社会が関わるべき問題として、引きこもることを考えるべきテーマとするとき、行政としての関わりにおいて重要な点は、メンタルヘルスの視点から安全に引きこもれる場所を社会に確保すること、一方、同じくメンタルヘルスの視点から引きこもることを止めるという自己決定を促す道筋を用意すること、と考える。


「ひきこもり」は自身の選択(これは消極的な選択であっても)選択には違いないため、行政のするべきことは(1)安心してひきこもれる環境を作ること(2)ひきこもりから抜け出す通路を作ること、の2点になるという。


対応する「窓口」としては以下のものが想定出来る。

 地域での相談窓口として位置づけられる機関は次のとおりである。

精神保健福祉センター精神科医保健師精神保健福祉士、心理士
・保健所:保健師ケースワーカー
・児童総合相談センター:ケースワーカー、心理士
・また、機関ではないが児童委員や民生委員が専門的対応への媒介者となる。診断、治療および心理的支援
・精神保障福祉センター・児童総合相談センター

それぞれ病態および障害の程度に応じて、より専門的な治療機関に紹介をすることとなる。付随して生じる、様々な不適応からくる問題については、この病因的または精神力動的理解を核として、関係する教育現場や職場の当事者達の理解、協力のもとに対応を考える。

 引きこもることは、個人の自発的な行為であり、人権擁護の観点から、その自発性を無視して引きこもりを妨害したり、引き出すことは関わり方としては適切ではない。一方で、引きこもることが自発的なものであるから、すべて本人や保護者の責任に帰してしまい社会として等閑視することも、問題である。メンタルヘルスの視点から安全に引きこもれる場所を社会に確保すること、一方、同じくメンタルヘルスの視点から引きこもることを止めるという自己決定を促す道筋を用意すること、を本人や保護者の力に求めるには限界があり、社会としての支援が必要と考える。


ひきこもることは「権利」であるとともに、自発的なものであるからと言って等閑視することも問題であるという。
「ひきこもり」を担保することと、「ひきこもり」から出たくなったときに出る道筋を用意すること。そして、社会的な「制度」としてそのことを用意することが求められている。

 引きこもる要因は、所属する場の問題から個人の感受性の問題まで幅が広く、所属する場においてさへ、一般化することは発しい事例性があることと思われる。いずれにしろ、引きこもる要因が外因的なものであれば暴露しないように、内因的なものであれば葛藤が深刻化せず、さらには柔らかくなるような環境を確保することが課題となる。このときに、所属する場が、その権威をもって引きこもる場の確保について外形的な保障を与えることが、組織的な関わりとして求められるところである。

ひきこもる場を「権威的に」保証することが述べられている。

引きこもるという現象にとらわれ、形として引き出すという結果に目を奪われることなく、基礎にあるこれらの要因の解決に地道に取り組んでいくことが大切である。


ひきこもり状態を解決したとしても、解決にはなっていないという指摘。ひきこもりになるには、生きづらさを抱え何らかの理由があって行われている。その表面だけをみて、ひきこもり状態はよくないだとか、ひきこもり状態から連れ出したら何もかも解決だと思うのは、またったく的はずれである。


この指摘は、「ひきこもり」のみならず「摂食障害」にも通じると考えられる。拒食や食べ吐きという症状がなくなったとしても、問題は解決ではない。根本にある生きづらさが「摂食障害」という「表現」で現れていただけで、根本にある生きづらさが薄められない限りは、また何かの形で表現されることになる。それはもう一度食べ吐きが再発するという形かもしれないし、アルコール依存やドラッグ依存、関係性への依存である共依存かもしれない。「ひきこもり」問題であれ、「摂食障害」問題であれ、私たちが見なくてはいけないのは、問題の表面に現れる症状ではなく、症状の向こう側にある生きづらさであると思う。

要旨:引きこもりに関する様々な課題について、行政の視点から整理を試みた。引きこもりは、あくまでも自発的な判断であり、他者が引きこもることを妨害したり、その機会を奪うことは人権擁護上は適切でないことを指摘した。その上で、行政としての関わりの必要性として、安全に引きこもれる場所の確保と、引きこもることを止めるという自己決定の促進について支援していくことの重要性を整理し、このための行政施策として、学校教育や職場における引きこもりの初期からの保健所や市町村との連携が重要であると指摘した。さらに、行政機関における相談体制の充実や、サービス提供の際の共通認識の構築、家族会や自助グループへの情報提供などにおける課題などを整理した。