保坂亨「不登校の実態調査:類型分類の観点から」

保坂亨,1999,
「不登校の実態調査 : 類型分類の観点から」
『千葉大学教育学部研究紀要』I, 教育科学編 47,7-18.


不登校のミクロの調査。質的にデータを調べている。非常にレベルが高い。この本(ISBN:4130513036)にもこの論文の研究は含まれていたように思う。

表3に1992−1994年度における各学年ごとの長期欠席者と不登校の人数と全児童.生徒数に占める比率(出現率)を示した。このうち1994年度分について各学年ごとの出現率を図2に示した。

 一方,保坂(1995)*1は,長期欠席と不登校の関係について,不登校以外の長期欠席が「学年を通じてほぼ差がない」という興味深い事実に着目しているが,本調査においても同様の事実が見いだせる。したがって,長期欠席全体の数からある一定数を引くことによって,ある程度不登校の実態を類推することが可能ともいえよう。



 以下においては、「①神経症的登校拒否」と「②精神障害によるもの」を合わせて神経症型(以下Nタイプ),「③怠学傾向」を脱落型(同Dタイプ)とする。そして,本謁査の不登校の大多数を占める両タイプの学年別推移,性差の検討,相談機関との連携調査(94年変データ)を分析していく。
(3)学年別推移

 図3に94年度における両タイプの各学年ごとの出現率を示した。
 どちらもほぼ学年が遊行するにつれて増加し,特に中学からの増加が目立つ。しかし,Nタイプの出現率は小学校の高学年から増大し,小6から中1,中1から中2にかけての増加が日立つ一方で,中2から中3にかけては一転して減少している。これに対してDタイプは,小学校における微増の後,中学校において一本調子に激増している。



神経症型であるNタイプは中2に現れる。これは、質的調査を行っている研究者の実感としても納得のいくところである。なぜか、中2に不登校が始まる人が多い。


不登校の性差の問題。

(4)性差の検討
 上記のような小学校と中学校の大きなちがいから,’94年度データに基づいて学校別に分析した。まず小学校の長期欠席者を不登校不登校以外にわけて,その実人数と出現率を性別に算出した(表6)。ここでは出現率において性差はみられない。このうち不登校のものを性別タイプ別に示したものが図4(男子),図5(女子)である。男子においてDタイプ(50.5%)が多く,女子においてNタイプ(59.0%)が多いことがわかる。そこで不登校の性別とタイプをクロスさせて出現率を算出した(表7)。NタイプとDタイプの出現率が男女においてまったく逆になっていることがよくわかる。

小学校同様に不登校以外の出現率にはそれほど性差がみられないのに対して,不登校の出現率は女子よりも男子の方が際立って高いことがわかる。

 つまり不登校の出現率にはかなりの性差があり,それは不登校のタイプにおいてよりはっきりとあらわれる。Nタイプは小学校において女子の方がやや高く,中学校においてはほぼ同じ傾向を示す。一方,Dタイプは小学校から男子の方が高く,中学校においてはさらにその差が大きくなる。


不登校は男性に多い。しかし、その内実を見てみると、単純にそうとも言えないようである。一般に不登校とイメージされる神経症型の不登校には男女差はあまりない。一方で、脱落型の不登校は男性に多い。「不登校には男性が多い」という「多い部分」を支えているのは「脱落型」のようだ。


「学校恐怖症」に始まる「不登校」の歴史の要約。

 そもそも不登校(登校拒否)はアメリカのBroadwin (1932)*2,続いてイギリスのPartridge(1939)*3が,怠学研究の中で,従来の怠学児とはちがった神経症的症状を持っものがいると指摘したことを受けて, Johnsonら(1941)*4が新たな情緒障害として「学校恐怖症」と名づけたことに始まる。すなわも,怠学から分離・独立した一類型として認められることによってそのスタートを切っているのである。ただし, Johnson(1957)*5白身は,後に学校に対する恐怖より母親からの分離に対する不安が問題であるとの考えから分離不安症と呼ぶべきであると主張している。
 その後イギリスのKlein (1945)*6,続いてWarren (1948)*7が,精神分析的立場からJohnsonらを基本的に支持しながら恐怖症とみなすことには留保をつけて,それぞれ学校ぎらい(reluctance to go to school),登校拒否(refusal to go to school)という名称を用いた。さらに, Kahn(1958)*8ち,登校拒否(school refusal)を論文題目として用い,「病理がそれほど特殊なものではない」という理由で「登校拒否という名称を使うようになってきている」と述べている。
 こうした流れについて横田(1994)*9は, 「『登校拒否』という言葉は精神分析の色彩が強すぎる『学校恐怖』に対する反発もあって出てきた」と指摘している。さらにその後,疾患単位や症侯群ではなく症状(Davidson,1960)*10とする立場からは,不登校(nonattendance at school:Hersov, 1960)*11という名称が提案された。
 我が国においては,初めて佐藤(1959)*12神経症的登校拒否の報告を行い,続いて鷺見ら(1960)*13が学校恐怖症の名称を用いて報告している。また, 1967年より文部省の学校基本調査の中の長期欠席児童生徒の欠席理由の分類項目として学校ぎらい(dislike school)が登場する。
 欧米においては学校恐怖症という名称が多くの研究者に使われていたのに対して,我が国では登校拒否という名称の万が一般に広まっていった。この間の経緯について清水(1996)*14は、1960年代終わりからの「若い世代の造反」の先陣をきった青年医師たちの影響をあげているが、鑪(1989)*15は次のように述べているo 「1970年以降『登校拒否 という用語が一般化した。これは『恐怖症』という精神病理学的イメージを避け,もっと一般的な不適応行動としてとらえ,関わっていこうという風潮の表われだったかも知れない」。

*1:保坂亨 1995:学校を欠席する子どもたち.教育心理学研究43,52−57.

*2:Broadwin, LT. 1932 : A contribution to the study of truancy. American Journal of Orthopsychiatry 2,253-259.

*3: Partridge, J.M. 1939 : Truancy. Journal of M ental Science85, 45-81.

*4:Johnson, A.M. ;Falstein, E.L. ;Szurek, S.A.& Sven dsen, M. 1941 -. School Phobia. American Journal of Orthopsychiatryl 1, 702- 708.

*5:Johnson.A.M. 1957 : School Phobia, Workshop 1955. American Journal of Orthopsychiatry 27, 296-306.

*6:Klien, E. 1945 : The reluctance to go to school. Psychoanalytic Study of the Childl, 26 3-279.

*7:Warren, W. 1948 : Acute neurotic breakdownin children with refusal to go to school. Archives of Disease in Childrenls, 266-272.

*8:Kahn, J.H. 1958 : Scool Refusal. The Medical Officer.

*9:横田正雄 1994:登校拒否の批判的検討くその6>.臨床心理学研究31(3),30−39.

*10:Davidson, S. 1960 : School phobia as a manifestation of a family disturbance:Its struc ture and management. Jounal of Child Psycology and Psychiatry1, 270-287.

*11:Hersov. L.A.1960 : Persistent non-attendance at school. Jounal of Child Psvcoloev and Psvchiatrvl, 130-136.

*12:佐藤修策 1959:神経症的登校拒否行動の研究.岡山県中央児童相談所紀要』第4集,1-15.

*13:驚見たえ子・玉井収介・小林育子 1960:学校恐怖症の研究.精神衛生研究8,27−56.

*14:清水将之 1996:思春期のこころ.日本放送協会

*15:鑪幹八郎 1989:登校拒否と不登校.児童青年精神医学とその近接領域30,260−264.