アスペルガー症候群の予後は明るいと考えていたアスペルガー

アスペルガー症候群を発見したアスペルガー自身は当初、この症候群の予後は明るいと考えていた。いろいろな論文で指摘されていることだが、メモとしてその部分を1944年の論文から抜き出し。


自閉症とアスペルガー症候群

自閉症とアスペルガー症候群

 大半の夥しい数のケースでは、抜群の職業上の成果が期待でき、これにより社会参加が実現します。能力ある自閉症の人々は高い地位に昇り、その人々でなければ成しえぬことがあるとさえ思えるような飛び抜けた成功を収められます。それはまるで、彼らは自分たちの欠陥を穴埋めする補償能力を備えているかのようです。その揺るがぬ決意とシャープな知的才能は、彼らの創意あふれる精神活動には欠くことのできない要素であり、特異な関心事に現れた頑固一徹さには限りない価値があり、好みの分野での抜群の成果にやがては結実していきます。私たちは、自閉症の人には、ごく幼いときからある特定の職業的天命が、どんな普通児よりも遥かに際立っているのを見ることができます。その特殊能力から、独自の職業への通がおのずと開けることもよくあります。(pp173)

具体的にどうすれば良いかというのは、やはり療育だそうだ。

 この自閉症の例は、異常なパーソナリティの持ち主といえども、発達と適応の可能性をいかに有しているかをとてもよく示しています。発達が進むにつれて、夢にもみなかった社会参加の可能性が生まれてくるかもしれないのです。この認識が、このタイプを含む、様々な難しいタイプの子供たちへの私たちの態度を決めます。それがまた、私たちが全人格的力量をもってして、こうした子供たちのために声を上げる権利と、そして義務とを私たちに課するのです。私たちは、徹底して献身的で愛情溢れる教師にしか、こうした難しい子供たちの教育に成功は望めないと信じているのです。(pp176)


これは願望と希望も含まれた文章なのだろう。かなり楽観的である。しかし、この記述は楽観視しすぎというのは、現在の一般的な見方(結果)である。同じ本から、ウタ・フリスの記述を引用する。

 成人期には、アスペルガー症候群の人は、少なくとも表面的には、うまく適応をとげ、なかには大変な成功を収めている人もいます。しかし全体としては、著しく自己中心的で孤立的な状態に止まります。決まったやりとりなら十分こなせる一方、親密な相互関係に入り、それを続ける才能はないようです。(pp22)


第一次産業から第三次産業に産業移動が起こった現在(日本および先進国)では、過去よりもコミュニケーションが要求される場面が多い。コミュニケーションの障害を抱えるアスペルガー症候群の人たちには生きにくい、不利な世の中でもある。そういう事情も大きいのかもしれない。


アスペルガーの論文が大変温かいという感想を言っていた人がいるのだが、個人的には冷静にネガティブな面も積極的に記述し、療育に貢献しようという研究者的な深い洞察が評価に値すると思っている。カナーにはない視点である。この点についてはまた後日書こうと思う。