山岡修,2007, 「ケアと社会的対応 行政による支援」 『日本臨床』Vol.65, No.3 (2007/3) (通号 910) pp. 545〜550
最近,アスペルガー症候群を含む発達障害に対する国の支援施策が続々と打ち出されている.2006年度でみると,厚生労働省関係では,発達障害者支援センター運営事業,発達障害者支援体制整備事業などに加え,就労支援者育成事業や職業訓練のあり方に関する調査研究などがある.文部科学省関係でも,特別支援教育体制推進事業に加え,早期支援のモデル事業などがある.国の財政状況を反映し全体として緊縮予算が組まれているなか,発達障害対策については,既存事業の拡充に加え新規事業が毎年出てきており,金額的にはそう大きくないものの,障害施策全体の中で目につく存在になってきている.
アスペルガー症候群をはじめ、発達障害関係の施策が表にまとめられていたので、引用する。
年月 | 主体 | 対象 | 事項 |
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1968 | 親の会等 | 自 | 自閉症児・者親の会全国協議会の発足 |
1968 | 厚生省 | 自 | 厚生省特別研究助成‘自閉症の診断と成因に関する研究班’ |
1969.03 | 文部省 | 障害全般 | ‘特殊教育の基本的な施策のあり方についで 特殊教育籍合研究調査協力者会議(議長,辻村泰男)報告 |
1969 | 文部省 | 自 | 我が国初の情緒障害学級(堀之内学級・杉並区)開設 |
1990.02 | 親の会等 | LD等 | 全国LD親の会,発足(当時二全国学習障害児・者親の全速絡会) |
1991 | 親の会等 | AS | 高横能広汎性発達障害の自助会‘アスペの会’,発足 |
1993.11 | 国会 | 自 | 障害者基本法 附帯決議一てんかん及び自閉症を有する者一中略一は,この法律の障害者の範常に含まれる |
1994.03 | 厚生省 | LD等 | 親子のこころの諸問題に関する研究/高機能広汎性発達障害と学習障害の関連に関する研究,栗田広,厚生省心身障害研究,厚生省 |
1997.1 | 親の会等 | AS | 日本自閉症協会愛知県支部に,高機能自閉部会発足 |
1999.07 | 文部省 | LD等 | 文部省協力者会議,最終報告‘学習障害児に対する指導についで発表.[LDの定義公表] |
2001.01 | 文部科学省 | DD | 文部科学省・協力者会議,‘21世紀の特殊教育の在り方についで,最終報告発表 |
2001.11 | 厚生労働省 | AS | 障害者雇用問題研究会報告−LD,高機能自閉症等を含め障害者雇用の範囲の見直しを提言 |
2002.04 | 厚生労働省 | AS/自 | 厚生労働省,自閉症・発達障害支援センター運営事業,開始 |
2002.1 | 文部科学省 | LD等 | 文部科学省,LD,ADHD,高機能自閉症等の全国実態調査の結果公表.学習面や行動面で著しい困難を示す生徒=6.3% |
2002.12 | 内閣府 | LD等 | 障害者基本計画,LD,ADHD,高磯能自閉症等に対する教育的支援に言及 |
2003.03 | 文部科学省 | DD | 文部科学省・協力者会議,‘今後の特別支援教育の在り方について(最終報告)’, 公表 |
2003.04 | 文部科学省 | LD等 | 文部科学省,特別支援教育推進体制モデル事業を47都道府県で実施. |
2004.01 | 文部科学省 | LD等 | 文部科学省‘小・中学校におけるLD,ADHD,高機能自閉症の児童生徒への教菅支援体制の整備のためのガイドライン(試案)’,公表 |
2004.02 | 厚生労働省 | 発 | 厚生労働省,発達障害支援の勉強会,発足 |
2004.03 | 中教審 | 発 | 中教審に特別支援教育・特別委員会設置 |
2004.05 | 国会 | 発 | ‘発達障害者の支援を考える議員連盟(会長:橋本龍太郎氏)’設立稔会 |
2004.05 | 国会 | AS/自 | 障害者基本法 附帯決議−てんかん及び自閉症その他の発達障害等は,この法律の障害者の範囲に含まれる |
2004.07 | 文部科学省 | LD等 | 国立特殊教育繚合研究所,‘LD,ADHD,高検能自閉症指導者養成研修’開催 |
2004.1 | 厚生労働省 | LD等 | 障害者雇用ガイドブック(厚生労働省職業安定局監修卜軽度発達障害の項目新設 |
2004.12 | 国会 | DD | ‘発達障害者支援法’,参議院本会議で可決・成立 |
2005.03 | 文部科学省 | DD | ‘発達障害のある学生支援ガイドブック’国立特殊教育絵合研究所 |
2005.04 | 国会 | DD | ‘発達障害者支援法’施行 |
2005.04 | 厚生労働省・文部科学省 | DD | ‘発達障害者支援法’施行通知 各都道府県知事など宛,文部科学事務次官と厚生労働事務次官の連名 |
2005.12 | 親の会等 | DD | 日本発達障害ネットワークひDDネット),発足 |
2005.12 | 文部科学省 | DD | 中教審,‘特別支援教育を推進するための制度の在り方について(答申)’ |
2006.03 | 厚生労働省 | LD等 | ‘発達障害のある人の雇用管理マニュアル’雇用問題研究会 (http://www.koyoerc.orjp/dd.bbnl) |
2006.04 | 文部科学省 | LD等 | LD・ADHDが通級の対象に加わる.(学校数育法施行規則の改正) |
2006.06 | 国会 | DD | ‘学校数育法’衆議院本会議で成立.2007年度から特別支援教育へ |
2006.06 | 厚生労働省 | DD | 発達障害対策戦略推進本部,設置.事務次官を本部長とした部局横断的な組織 |
2007.04 | 文部科学省 | DD | ‘学校数育法’改正施行 |
対象の略語:AS=高検能自閉症,自=知的障害を伴う自閉症,LD等=軽度発達障害,DD=発達障害全体. |
世界保健機関(WHO)がアスペルガー症候群(F84.5)を診断名として採用したのは1990年の国際疾病分類(ICD−10)の改定からであり,我が国での通用は1995年からであった.また,アメリカの精神障害診断統計マニュアルがアスペルガー症候群という診断名を採用したのは,DSM一Ⅳ(1994)であり,日本語版の発行は1995年であった.
最近になって発現した例である.アスペルガー症候群は恐らく‘花粉症’型である.すなわち,昔から同じような症状はあったが,最近になって中枢神経系の機能障害による症候群であることがわかって,障害として新たに認識されたものと考えられる。
最近,LD(学習障害),ADHD(注意欠陥多動性障害),アスペルガー症候群などを総称する用語として,軽度発達障害が使われるようになってきた.この軽度発達障害は,1986年の日本小児科学会などで取り上げられ,一時盛んに使われたMBD(微細脳機能障害)とほぼ重なっている症状と考えられる.MBDは‘診断名のゴミ箱’,‘脳に損傷がある以上微細ということはない’などの批判もあったが,1980年代までは診断名として盛んに使われていた.1980年代に入って,知的障害を伴わない自閉症に類似するアスペルガー症候群などのグループが存在することが次第に明らかとなってきたが,当時は行故による取り組みはほとんどない状況であった.
このように1990年代は,文部省,厚生省でアスペルガー症候群などが初めて認識され,行政による基礎研究が始まった段階であった.
2001年1月に公表された‘21世紀の特殊教育の在り方についででは,LD,ADHD,高機能自閉症などを‘特別な教育的ニーズを持つ児童生徒’として取り上げ,これらの児童生徒も含め支援していくことが必要と提言された.
更に,2003年3月の‘今後の特別支援教育の在り方’では,LD・ADHD・高機能自閉症なども含めた特別支援教育への転換が提言され,全国的実態調査により,LD・ADHD・高機能自閉症などの学習面や行動面で著しい困難を示す生徒が,全体の6.3%程度在籍するという推計値も示された.2005年12月には中教審から‘特別支援教育を推進するための制度の在り方についでが答申され,2006年の通常国会で学校教育法などの改正案が可決・成立し,2007年度からは,アスペルガー症候群も含めた軽度発達障害の子ども達に対する教育的支援が,特別支援教育の名のもとで実施段階へ進もうとしているところである.
一方,厚生労働省ではこれらの動きとは全く異なる問題をきっかけに,アスペルガー症候群への取り組みが始まった.1997年7月の全日空のジャンボ機がハイジャックされ機長が刺殺された事件,2000年5月に豊川市で主婦が高校生に刺殺された事件,2000年5月の少年による西鉄バスジャック事件,この犯人が相次いでアスペルガー症候群と診断されたのである.犯行の動機の異様性が注目され,マスコミに興味本位で取り上げられることもあった.
こうした社会問題を受け,厚生労働省は2002年から,自閉症およびその周辺領域にある発達障害に対する支援を行う‘自閉症・発達障害センター’の設置を開始したのである.
2004年2月から厚生労働省で専門家を招いた勉強会がもたれ,2004年5月には‘発達障害者の支援を考える議員連盟(会長:橋本龍太郎氏)’が発足し,2004年12月3日議員立法による‘発達障害者支援法’が成立した.
2005年12月には,全国1血親の会,日本自閉症協会など当事者団体5団体が発起団体となり,学会や職能団体も加わった日本発達障害ネットワークJDDネット,http://jddnet.jp/)が発足し,全国団体12,地方団体37が参加するネットワークとなった(2006年9月現在).発達障害の関係団体の大同団結として注目され,中央省庁の各種委員会への委員輩出,調査研究や加盟団体の要望書を取りまとめて中央省庁に提出するなど,活発に活動を展開している.
また,‘発達障害者の支援を考える議員連盟’の会長には,前厚生労働大臣の尾辻秀久氏が就任,発達障害に対して関心をもつ142人の議員が参加し,各種施策の拡充に取り組んでいる.
また2006年4月には,学校教育法施行規則を改正し,LD・ADHDを通級の対象に加えるとともに,従来は情緒障害に含められていたアスペルガー症候群などの自閉症を一つの障害種として独立させた.
更に,学校教育法の改正により2007年度から特別支援教育が制度として実施に移されることから,発達障害早期稔合支援モデル事業,高等学校における発達障害支援モデル事業,職業自立を推進するための実践研究事業などの諸施策を2007年度予算の概算要求に織り込んでいる.
一方,学校数育法の改正で,従来特殊学級を規定していた75条の第1項に,通常の小中学校において,教育上特別の支援を必要とする児童,生徒に対し,障害による学習上または生活上の困難を克服するための教育を行うことがうたわれたことから,その体制整備に向けた施策も2007年度から本格化することが期待されている.
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