井出草平の研究ノート

広汎性発達障害や自閉症スペクトラムは増えてはいない

広汎性発達障害自閉症スペクトラムについて、世界各地で行われている疫学調査を年次を追う形でグラフ化*1。年を追うごとに、広汎性発達障害が増えている(支援制度が整ったのでどんどん発見されるようになった)ということが言われることがあるので、年次推移とみなしてプロットしてみた。しかし、特に年次を追うごとに増えたり減ったりしていないのではないかと思われる。



対象にした調査

調査 場所 調査サンプル(人) 広汎性発達障害の有病率(1万人あたり)
Kadesjo et al. 1999 スウェーデン・カルルスタード 826 121
Baird et al. 2000 イギリス・サウスイーストテムズ 16,235 57.9
Chakrabarti et al. 2001 イギリス・スタフォード 15,500 62.6
Fombonne et al. 2001 イングランドウェールズ 10,438 26.1
Bertrand et al. 2001 アメリカ・ニュージャージー 8,896 67
Chakrabarti et al. 2005 イギリス・スタフォード 10,903 58.7
Baird et al. 2006 イギリス・サウステムズ 56946 116.1



以下は一応、近似曲線(対数近似)をとったもの。



やはり、特に何かが特徴があるわけではなさそうである。


年次推移としては特に何もでなかったが、このグラフは診断基準によって値が異なってくるということを示唆している。つまり、「自閉症スペクトラム」の調査は値が大きくなり、広汎性発達障害の調査(DSMを使用したもの)は値が小さいということである。*2


平均値(1万人あたり) ケース数
自閉症スペクトラム 118.55 2
広汎性発達障害(DSM) 53.6 4


自閉症スペクトラム」と「広汎性発達障害」の調査の平均値を示したのが上の表である。「自閉症スペクトラム」の調査はDSMを使った「広汎性発達障害」の調査の2倍程度の数値がでている。これはt検定で有意確率0.01になり5%有意水準統計学的に有意な差といえる。


とりあえず、言えることはここ10年の疫学調査では広汎性発達障害者数が増加したとしいうことは確認できないことである。年次を追うごとに広汎性発達障害疫学調査が増加傾向にあるというのは誤りである。これから制度が整っていくと、今まで発見されていなかった人たちが発見されて、疫学の値が増えていくという予想は、ここ10年ほどの挙動を見る限りは妥当ではない。


そして、数値の差異は診断基準の違いによってもたらされていて、DSMで診断するよりも、自閉症スペクトラムという考え方で疫学調査をすると、多くカウントすることになりそうだということである。ここでの分析では、保健所などのデータや教育関係のデータのみで調査されている補足率の悪い調査は除外したので、おそらく診断基準の違いが疫学調査の値の違いだと考えて良いのではないかと思う。


ちなみに、ここ10年ほどの調査しか対象にしていないのは、広汎性発達障害自閉症スペクトラム全体の調査がこれ以前にはないからである。自閉症については60年代から疫学調査があるが、広汎性発達障害自閉症スペクトラムは概念が比較的新しいこともあって、古い疫学調査は存在しない。

*1:この中から特定地域を調べた疫学調査をピックアップしてグラフ化してある。Fombonne et al.[2001]を除外したのはイングランドウェールズ全体を対象とした調査であるからである。この中で唯一サンプリングがされている調査である。他の調査は主に引っ越しによる歪みがある(調査できる地域はサービスが整っているので近隣から引っ越しが行われて値が大きく出る)があるので比較をするのが難しいところがある。

*2:Kadesjo et al.[1999], Baird et al.[2006]をスペクトラム、Chakrabarti et al.[2001], Fombonne et al.[2001], Bertrand et al.[2001], Chakrabarti et al.[2005]をDSMを使ったものとして見なしてある。各論文で自閉症スペクトラムなのか広汎性発達障害を数えたものなのかということが明記されているので、それに従った。Baird et al.[2000]に関しては診断基準ではなくChecklist for Autism in Toddlersという尺度を使い、診断基準には寄っていないようなので除外。また、仮に入れたとしても分析の大勢に影響はない。