井出草平の研究ノート

豊田市での広汎性発達障害の疫学調査

豊田市で行われた広汎性発達障害の発生率の調査。広汎性発達障害の発生率は1.81%。


この数字はイギリス・サウステムズで行われたBaird et al.(2006)の有病率1.161%よりも大きな値である。しかも後述するように、広汎性発達障害全体ではなく、ほぼ自閉性障害(自閉症)だけでこの値を出していることである。この論文は以前にエントリした河村雄一ほか「豊田市における自閉性障害の発生率」という学会発表を論文にまとめたものである。

Yuichi Kawamura, Osamu Takahashi, Takashi Ishii,2008
Reevaluating the incidence of pervasive developmental disorders: Impact of elevated rates of detection through implementation of an integrated system of screening in
Toyota, Japan
Psychiatry and Clinical Neurosciences 62: 152- 159
http://www3.interscience.wiley.com/cgi-bin/fulltext/119415102/PDFSTART (Fulltext)


IQの分布は以下のようになっている。


豊田市における広汎性発達障害精神遅滞の分布
正常知能(IQ>85)52.9%精神遅滞66.4%
境界知能(85>70)13.5%
軽度精神遅滞17.5%精神遅滞33.6%
中度精神遅滞10.3%
重度精神遅滞5.8%


性別ごとのIQは以下のようになっている。



DSM-IV-TRでの診断名は以下のようになっている。


合計 発生率
自閉性障害 217 161 56 1.7237%
アスペルガ一障害 7 4 3 0.0556%
特定不能の広汎性発達障害 4 3 1 0.0318%
レット障害 0 0 0 0%
小児期崩壊性障害 0 0 0 0%
合計 228 168 60 1.8111%

広汎性発達障害の95%あまりが自閉性障害にカテゴライズされている分布が独特である。DSMを使った調査では、だいたいの調査では半分くらいが自閉性障害にカテゴライズされるものである。


その代わりに「特定不能の広汎性発達障害」がほとんど診断されていない。理由としてはChawarska(2007)とStone(1999)の論文が上げられていて、「特定不能の広汎性発達障害」は診断の安定性に欠けるという説明である。Wolff(2000=2008)とは立場が違うように思うが類似したところもある説明である。Wolffは特定不能カテゴリは「仮り置きする場所」として使うべき*1と主張している。


広汎性発達障害の疫学と言ってもアスペルガー障害と特定不能が微々たるものなので、事実上、自閉性障害(狭義の自閉症)とカテゴライズされた者たちの調査である。他の疫学調査では、特定不能カテゴリーに入れられているものが自閉性障害に入れられているのだと思われる。非定型自閉などが自閉性障害に含まれているはずである。でないとこの分布は説明できないように思う。ちなみに、DSM-IV-TRでは非定型自閉は特定不能カテゴリーに入れる約束になっている(診断基準)。他の調査との比較をする必要がありそうなので、それは後のエントリでしようと思う。


基本的な情報を最後に。男女比2.80(男性/女性)=男性73.7%:女性:26.3%。対象になったのは、1994年1月〜1996年12月に産まれた1万2589人の子供である。レット障害と小児期崩壊性障害は見られなかったということである。



*1:ウォルフは以下のように述べている。「PDD-NOSはややあいまいな概念であり、特性が十分に記述されておらず,自閉症から正常までのスペクトラムにおける位置づけがすぐには決められないような障害を, 「仮り置きする場所」 として使うべきものである。要するにPDD-NOSは、本章で取り上げているかなり明確な症状像を捉えるには、広義に過ぎるカテゴリーのように私には見える。」[2000=2008:390]