井出草平の研究ノート

アスペルガー症候群の暴力性


この論文は、以前に発表された論文の中でアスペルガー症候群の暴力性を取り扱ったものである。

M. Ghaziuddin, Luke Tsai, N. Ghaziudd,1991,
Brief report: Violence in asperger syndrome, a critique 
Journal of Autism and Developmental Disorders, Volume 21, Number 3, 349-354.
http://www.springerlink.com/content/f6gj671556271851/


登場するのは80年代の論文なので少し古め。以下の論文に暴力性を持ったアスペルガー症候群のケースが出てくるようだ。

  • Baron-Cohen, S. (1988). An assessment of violence in a young man with Asperger*s syndrome. Journal of Child Psychology and Psychiatry, 29, 351-360.
  • Mawson, D., Grounds, A., & Tantam, D. (1985). Violence and Asperger's syndrome. British Journal of Psvchiatrv. 147. 566-569.
  • Wing, L. (1981). Asperger's syndrome: a clinical account. Psychological Medicine, 11, 115-129.
  • Wolff, S., & Chick, J. (1980). Schizoid personality in childhood: A controlled follow-up study. Psychological Medicine, 10, 85-100.


この論文はアスペルガー症候群と暴力性についての結びつきはないという主張をしている。

These results do not support the speculation that violence is common in Asperger syndrome.

Otherwise, any further speculation on the alleged link between these two conditions will only serve to increase the stigma and distress of the patients and their families.

追記(2009.09.05)

この論文では1944-1991年に出版された論文で扱われた197名のアスペルガー症候群の暴力性発現はを5.58%としている。比較されている米国男性平均が7%なので高くないという結論である。米国男性平均というのは、1987年のアメリカの暴力事件(レイプ、強盗、暴行)の割合で、12-15歳が6%、16-19歳が6.5%、20-24歳が7%(U.S.Bureau of Justice Statistics, 1987)*1だそうである。この2つを比べるとアスペルガー症候群のグループは決して高いわけではないということである。


ただ、アメリカと日本の犯罪率(暴力行為発生率)は相当違うはずなので、日本で比較すればアスペルガー症候群の暴力性頻度のが高いという結論になる可能性がある。ちなみに日本での数字としては、厚労科研で山崎(2005)で報告されてた暴力性の発現率がありその数は11%である。


あと、気になるのは、論文の除外の方法に納得のいかないところがある。例えば、Tantam(1988)では46名中6人に暴力性(13%)があったという報告があるが、アスペルガー症候群の診断基準が明確ではないという理由で除外されている。Gillbergはカウントされているので、Gillbergを入れてTantamを外していることになる。2人とも国際的に自閉症の権威であるし、ともに独自のアスペルガー症候群の診断基準も作っている。そして、その2つの診断基準はもちろん国際基準であるDSM-IVICD-10とはずれたものであるので、Gillbergの正当性は国際基準を根拠にはできない。そうすると、GillbergがOKでTantamがNGな理由がわからない。


Tantam(1988)を入れて再計算をしてみると、暴力性の発現は6.9%になる。平均が米国平均が6-7%なので、ほぼ同じということになるため論文の主張は弱くなる。結論ありきでTantam(1988)を除外したように思えて仕方ない。

Baron-Cohen(1988)は「アスペルガー症候群の暴力は他者の心の状態を性格に認識する事が不可能であるという社会的認知の障害と関係しているかもしれない。」と述べている。

Mawson et al.(1985)では通常の頻度よりもアスペルガー症候群のグループの方が暴力性の頻度が高いことが述べられている。


Mawson et al.(1985)は除かれてはいないが、検討された各文献が暴力性に注視したものではないことは注意すべきである。各論文の焦点は他にあり、暴力性について実際には発現していても論旨から外れるために書かれていない可能性がある。そのような論文で扱われたケースを合算することにどれだけ意味があるのかは疑問である。


個人的には、Tantam(1988)や山崎(2005)からのインプリケーションが重要で、文化の違いを無視しても、アスペルガー症候群の1割程度は暴力性を発現させるということなのだろうと思う。つまり、障害の特性として暴力性の発現があるということである。もちろんこれが即、犯罪に結びつくというわけでは決してないが。