井出草平の研究ノート

不登校の薬物療法


小田晋氏の1985年の論文。不登校という用語が一般化する前に書かれた論文であるが、特に古さは感じない。発達障害についての言及がないくらいである。不登校のところを引用。「歯に衣を着せずに」書かれてあるので興味深い。

小田晋,1985,
「不登校現象と薬剤」
『ファルマシア』 21(1),36-41

 3.薬物療法
(1)穏和安定剤(抗不安薬
 学校恐怖症では,児童の神経症とみなして穏和安定剤(抗不安薬)を投与する.不安や緊張,身体症状などに対してこれは有効である.場合によっては,穏和安定剤と抗うつ剤の併用で不安が消えてしまい,その他の処置を必要とせず,登校することがある.言うまでもなく,穏和安定剤は依存性を生じることがあるので,そういうおそれのある場合はさっさと投与を切り上げることである.無効の症例にダラダラ投与を放けていても効果はない.やむをえず長親に投与を続けなければならない時には,薬物を換えることである.なお,一般科の開業医及び薬局主諸氏にお敵いしたいことであるが初期の身体症状に対して<自律神経失調症>という病名や<軽度の肝臓障害><アレルギー体質>その他何でも適当な病名を貼りつけ,穏和安定剤や自律神経安定剤などを投与したり,「家伝の秘法」である漢方薬や強肝剤あるいは「アレルギーを脱感作」したり,「自律神経を強化」する毒物を売りつけることだけは止めて貰いたい.他の心身症や身体化障害(転移ヒステリアや心身症)の場合には,こういうもので多少とも偽薬効果のあることもあるのであるが,不登校の場合は,こういう病名を粘りつけることによって当人にも親にも,「疾病への逃避」を行う口実を与えてしまい,「愁訴が取れたら学校に行く」という遁辞の吸熱になるからである.<学校恐怖症>とか<登校拒否>とかいう判定は,歯に衣を着せずに当人に告げるべきである.投薬する際には,それによって何を期待しているか,当人に告げた方がよいのであり,小学生でも言い方によってはかなりわかってくれるものである.
 穏和安定剤としては,ベンゾヂアゼピンbenzodiazpine系の薬物を用いるのが一般であり,ヂアゼパムDiazepam(商品名セルシンホリゾン,コンデイション等)ならば6〜12歳で2〜12mg/日,12歳以上では4−18mg/日を用いる.フラツキや目まいが出そうな場合は,オキサゾラムOxazoiam(商品名セレナール)を6〜12歳で5〜15mg/日,12歳以上で15−30mg/日用いるか,又はエフォチールのような昇圧剤を併用する.緊張がつよく,多少多幸的になるならその方がいいと思えばブロマゼパム(Bromazepam,商品名レキソタソ等)やメダゼパム(Medazepam,商品名ノブリウム,レスミット等)に切り替えてもよい.


生活に不都合を来しているなら、ここに書かれている薬剤ぐらいは問題ないと思うが、指摘されているとおり「疾病への逃避」がやはり問題になる。本人にも親にもこれは当てはまることである。症状を治めるには、投薬が近道のような気がするが、結局、遠回りになっているということもあるのだろう。例えば、セルシンでも出しておこうという判断は「とりあえず」という感じだと思うが、その「とりあえず」が長期的にみて、問題への取り組み方を間違わせることにもつながりうる。「病気」なので「薬」を飲んでいたらあとは何もしなくて良いと考えてしまう(というか多くの場合はそう考えたい)。そういう考えよりも「不登校」とか「ひきこもり」とか、別に枠組みは何でも良いのだが、病気ではない「人生」の問題として引き受けていった方が、結局後々のことを考えると良いのではないかと思う。