井出草平の研究ノート

インターネット依存症における灰白質と白質の異常

journals.plos.org

インターネット・アディクション障害(internet addiction disorder: IAD)が対象。灰白質神経細胞の細胞体が存在している部位のこと。ボクセルベースの形態計測法(VBM)を用いてIADの青年期の脳の形態を調べ、拡散テンソルイメージング(DTI)法を用いて白質分画異方性(FA)の変化を調べてた研究。2011年の中国での研究。この種の研究ではかなり早い時期に発表されたものである。現在の研究の常識からいうと、少し前のスタンダードな考え方が展開されているように思う。

VBMの結果

VBMで判明するのは灰白質の観察ができる。ここから神経細胞の減少・欠損について調べることができる。
両側背側前頭前野bilateral dorsolateral prefrontal cortex(DLPFC)、補助運動野supplementary motor area(SMA)、眼窩前頭皮質 orbitofrontal cortex(OFC)、小脳cerebellum 、左吻側ACC left rostral ACC(rACC)の灰白質体積が減少していた。

右DLPFC、左rACC、右SMAの灰白質体積は、インターネット依存のの月数と負の相関を示した。健常対照者よりも高い灰白質体積を示した脳領域はなかった。

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DTIの結果

DRIは白質の神経線維の観察ができる。
左内包後肢left posterior limb of the internal capsule(PLIC)のFA値が高く、右海馬傍回right parahippocampal gyrus(PHG)FA値が低かった。左PLICのFA値はインターネット中毒の持続時間と正の相関を示す傾向があった(r = 0.5869, p < 0.05)が、右PHGのFA値とインターネット中毒の持続時間との間には有意な相関は認められなかった。

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IAD群の灰白質体積と白質FA値の相互作用解析を行ったところ、これら2つの測定値の間に有意な相関は認められなかった。形態的変化では灰白質と白質の関連して変化していないことがわかった。白質の異常と灰白質の異常が連動していなことは比較的重要である。インターネット依存によって灰白質と白質の異常が生じていると仮定した場合、両者の異常が関連していることが、その仮説を支持するからである。相関がないことでインターネット依存によって白質と灰白質で異常が起こっているという仮説を棄却できるわけではないが、関連がないことには着目すべきである。

議論

数多くの脳機能イメージング研究により、DLPFCとrACCが認知制御に中枢的に関与していることが明らかになっている [48], [49]。さまざまな神経認知研究により、認知制御はrACCとDLPFCを含む特定の皮質下皮質回路に関係していることが明らかになっている [50], [51]。著名な葛藤モニタリング仮説[47], [52]によると、応答の葛藤の発生はrACCによって信号化され、その後のパフォーマンスのためのより多くの認知制御のためにDLPFCのリクルートにつながる。DLPFCのこの重要な役割は、認知制御のトップダウン制御プロセスを伴う神経科学研究で確認されている[53]。最近の神経イメージング研究では、ヘロイン依存者[54]、[55]およびコカイン使用者[45]におけるGO/NOGOタスクでのrACCの不活性化も開示されており、認知制御におけるrACCの重要な役割を示唆している[46]。 また、OFCは、刺激の動機付け的意義の評価や、所望の結果を得るための行動の選択を通じて、目標指向行動の認知制御にも寄与すると考えられている[56]。OFC は線条体大脳辺縁系扁桃体など)との広範なつながりを持っている。その結果、OFCは、動機づけ行動や報酬処理に関連するいくつかの大脳辺縁系および皮質下層領域の活動を統合するためによく位置しています[57]。いくつかの動物実験では、OFCとラット大脳辺縁前皮質(ヒトのDLPFCの機能的相同体)の両方に損傷があると、反応と結果の間の偶発性に導かれる行動の獲得と修正が損なわれることが示されており、これらの領域が目標に向けられた行動の認知制御に重要であることが示されている [56], [58]。 SMAは、適切な反応の実行を選択するか、不適切な反応の抑制を選択するかに関わらず、適切な行動を選択するために重要である [59]。いくつかの研究者は、単純なGO/NOGO課題と複雑なGO/NOGO課題の両方がSMAに関与していることを発見し、認知制御を媒介するSMAの重要な役割を明らかにした [46], [60]。 DLPFC、rACC、OFC、SMA、小脳における灰白質体積の減少という我々の結果(図1)は、少なくとも部分的には、インターネット中毒における認知制御および目標指向行動機能障害と関連している可能性があり、インターネット中毒の基本的な症状を説明する可能性がある[15], [19], [20], [28]。 PHGは海馬を取り囲む脳領域であり、記憶の符号化と検索に重要な役割を果たしている [65], [66]。PHGは、海馬への主要な多感覚入力を内耳接続を介して提供し、様々な感覚情報の組み合わせのレシピエントであり[67], [68]、認知や感情の調節に関与している[69]。最近、いくつかの研究者は、右 PHG がワーキングメモリにおける結合情報の形成と維持に寄与していることを示唆した [70]。ワーキングメモリは情報の一時記憶とオンライン操作に専念しており、認知制御に重要である[71]。ワーキングメモリは情報の一時的な記憶とオンライン操作のためのものであり、認知制御に重要な役割を果たしている[71]。最近、Liuら[72]は、IAD患者の大学生の両側PHGにおいて、対照群と比較してReHoが増加したことを報告しており、この結果は脳の機能的変化を反映しており、おそらく報酬経路に関連していると考えられる。明らかに、IADにおけるPHGの正確な役割を理解するためには、より多くの研究が必要である。 内包は上昇軸索と下降軸索の両方を含むレンズ核から馬尾核と視床を分離する脳の白質の領域である。内被膜には皮質脊髄線維と皮質橋線維 に加えて、視床皮質線維と皮質投射線維が含まれている [73], [74]。内被膜の後肢には、体からの皮質脊髄線維、感覚線維(内側半月板と前側系を含む)、およびいくつかの皮質球筋線維が含まれる [73]-[76]。一次運動野は内包後肢を介して軸索を送り、指の運動や運動イメージに重要な役割を果たしている[77], [78]。内被膜の強化におけるFA値が変化した理由として考えられるのは、IADの被験者がコンピュータゲームに費やす時間が長く、マウスのクリックやキーボードのタイピングなどの反復的な運動動作が内被膜の構造を変化させたためであると考えられる。他の研究[79]-[81]でトレーニングが脳の構造を変化させたという知見があるように、これらの長期トレーニングがPLICの白質構造を変化させたのではないかと考えられる。前頭脳領域と皮質下脳領域間の情報伝達は、内部カプセルを通過する白質線維路に依存して、より高い認知機能と人間の行動を変調させた[82], [83] [84]。内部カプセルの構造的異常は、結果的に認知機能を阻害し、執行機能や記憶機能を損なう可能性がある[85]。左PLICのFA値の異常は、感覚情報の伝達と処理に影響を与え、最終的に認知制御の障害につながる可能性がある[86], [87]。

先行研究

先行研究として早期の脳への影響がその後の精神障害の発生に関わっているという説が引用されている。樋口進さんが主張していることの根拠になるような文献であるが、いずれも2000年代前半のもので、当時の考え方としては妥当だと思うが、現在の考え方とは異なっている。児童分野では、自閉症ADHDなどの研究を経たことで、思考が大きく異なってきた印象がある。

比較的未熟な認知制御[3]-[7]の存在は、この時期を脆弱性と適応[8]の時期とし、青年期の情動障害と依存症の高い発生率につながる可能性がある[8]-[10]。

  • 3.Casey B, Tottenham N, Liston C, Durston S (2005) Imaging the developing brain: what have we learned about cognitive development? Trends in Cognitive Sciences 9: 104–110.
  • 4.Casey B, Galvan A, Hare T (2005) Changes in cerebral functional organization during cognitive development. Current opinion in neurobiology 15: 239–244.
  • 5.Ernst M, Nelson E, Jazbec S, McClure E, Monk C, et al. (2005) Amygdala and nucleus accumbens in responses to receipt and omission of gains in adults and adolescents. Neuroimage 25: 1279–1291.
  • 6.May J, Delgado M, Dahl R, Stenger V, Ryan N, et al. (2004) Event-related functional magnetic resonance imaging of reward-related brain circuitry in children and adolescents. Biological Psychiatry 55: 359–366.
  • 7.Galvan A, Hare T, Parra C, Penn J, Voss H, et al. (2006) Earlier development of the accumbens relative to orbitofrontal cortex might underlie risk-taking behavior in adolescents. Journal of Neuroscience 26: 6885–6892.
  • 8.Steinberg L (2005) Cognitive and affective development in adolescence. Trends in Cognitive Sciences 9: 69–74.
  • 9.Pine D, Cohen P, Brook J (2001) Emotional reactivity and risk for psychopathology among adolescents. CNS spectrums 6: 27–35.
  • 10.Silveri M, Tzilos G, Pimentel P, Yurgelun-Todd D (2004) Trajectories of adolescent emotional and cognitive development: effects of sex and risk for drug use. Annals of the New York Academy of Sciences 1021: 363–370.

まだ正式に精神病理学的枠組みの中で成文化されているわけではないが、IADの普及率は高まっており、精神科医、教育者、一般の人々の注目を集めている。思春期の若者の認知制御は比較的未熟であるため、IADに罹患するリスクが高い。

残念ながら、現在のところIADの標準化された治療法はない。中国の診療所では、規則正しい時間割、厳格な規律、電気ショック療法(electric shock treatment)を実施しており、これらの治療アプローチで評判を呼んでいる[13]

  • 13.Flisher C (2010) Getting plugged in: An overview of Internet addiction. Journal of Paediatrics and Child Health 46: 557–559.

中国では電気針など電気系の治療法が使うグループがいる。ECTではなく、電気ショック療法と表記されているのはかなり怖い。

Beard and Wolf [16], [29]の修正されたYoung Diagnostic Questionnaire for Internet addiction (YDQ)基準が使用されている。YDQの修正によって何が変わるかがよくわからなかったので、原著にあたるのがよさそうだ。

  • 29.Beard K, Wolf E (2001) Modification in the proposed diagnostic criteria for Internet addiction. CyberPsychology & Behavior 4: 377–383.