この学習シートには問題が多々見られるが、脳に関する部分に限定して検証していこう。
小学校のシートには次のように書かれてある。
中学校のシートには次のように書かれてある。
書かれていることのまとめ
- ゲームによって「青」で示される部分が変化(縮小)した
長時間ゲームをし続けたことで変化してしまった(小学校)
感情や思考を司る部分が変化してしまっている(中学校)
感情や思考に関わる大切な部分なんだ(小学校)
「感情や思考に関わる大切な部分」という言い回しは脳である限り、ほとんどが当てはまるので、特に間違いではない。やはり、「長時間ゲームをし続けたことで変化した」という所に問題があるといって良いだろう。
元論文で書かれていること
以前にも香川県の学習シートと、引用されている論文についてはブログで取り上げている。
論文は下記のものである。
- Yao, Yuan-Wei, Lu Liu, Shan-Shan Ma, Xin-Hui Shi, Nan Zhou, Jin-Tao Zhang, and Marc N. Potenza. 2017. “Functional and Structural Neural Alterations in Internet Gaming Disorder: A Systematic Review and Meta-Analysis.” Neuroscience and Biobehavioral Reviews 83 (December): 313–24.
Yaoら論文には、ゲームによって脳が萎縮した(灰白質の体積が減少した)とは書かれていない。
英語さえわかれば、もしくは文章をDeepLに突っ込んでもよいが、論文を読めば誰でも分かることである。
論文に書いていないことをでっちあげるのは、良くないことだ、というのは今更言うべきことではない。特に「教育」に携わる「教育委員会」がするべきことではない。
灰白質でみられた現象
健常対照群と比較したときに、ゲーム行動症とみられる群では、下記の部分の灰白質の体積が少なかったと報告されている。
- 両側前帯状皮質(ACC: Anterior Cingulate Cortex)
- 眼窩前頭皮質(OFC: orbitofrontal cortex)
- 補足運動野(SMA: Supplementary Motor Cortex)
- 右被殻(Right Putamen)
- 左背外側前頭前野(DLPFC: Dorsolateral Prefrontal Cortex)
手書きなので少しズレているかもしれないが、場所を書き込むと下記のようになる。
可能性は以下の4つである。
最も検討が必要なのは、3の併存する精神疾患である。
両側前帯状皮質はADHDとの関連が指摘されている。ゲーム行動症とADHDが併存するのは周知の通りである。ADHDは生まれつきのものであるため、両側前帯状皮質の体積が少いのはADHDの人が混じっているためではないか、という可能性は非常に高い。
他の分野でも、同じ事が言える。
眼窩前頭皮質では気分障害、補足運動野では強迫性障害、被殻ではうつ病、強迫性障害、自閉スペクトラム症、左背外側前頭前野ではうつ病と、いずれもゲーム行動症との併存が指摘されている精神疾患との関連が指摘されている。
ゲーム行動症という視点の問題は臨床場面で非常に大きくなる。
ゲーム行動と、ADHD・うつ病のどちらが臨床的に問題なのかと言えば、ADHD・うつ病であろう。不登校でも同様だ。例えば、いじめに遭って不登校になり、家にいて暇を持て余しているのでゲームをしている、といったケースでは、ゲームはどうでもよく、いじめや不登校の方のケアが重要となろう。
ゲームの害悪をでっちあげることは、重要なことから目を逸らせる事になるのではなかろうか。ゲーム行動に目を奪われ、ゲームをやめさせればすべて解決するという誤った解決法の提示に陥る。結果としは、ADHDやうつ病の治療をしなかったり、いじめや不登校の対応をしない、といったことが起きることに非常に憂慮している。
両側前帯状皮質(ACC: Anterior Cingulate Cortex)
役割
前帯状皮質は前頭前皮質と頭頂葉の他、運動系や前頭眼野とも接続して、刺激のトップダウンとボトムアップの処理や他の脳領域への適切な制御の割り当ての中心的役割を担っている。前帯状皮質は学習の初期や問題解決のような、実行に特別な努力を必要とする課題に特に関係していると考えられている 。エラー検出 (error detection)、課題の予測、動機付け、情動反応の調節といった機能を前帯状皮質によるものとする多くの研究がある。
ACCと言えば、ADHDとの関連が強く指摘されている。また、小児期に医学的治療(中枢神経刺激薬の投薬)を行っても、ACCの体積は平均に比べて少ないままであることが分かっている。
ゲーム行動症とADHDとの関連があることは最近よく言われるようになり、ICD-11にも記述されている。
ゲーム行動症の人にADHDの人が多く含まれるのであれば、ACCの体積の小さいということは、ゲーム行動症とは関係なく、ADHDの特徴である可能性が高い。少なくとも。「ゲームプレイによって変わった」と考える根拠はどこにもない。
眼窩前頭皮質(OFC: orbitofrontal cortex)
役割
眼窩前頭皮質はヒトの脳の中でも最も理解が進んでいない領域である。しかし、この領域は、感覚情報や記憶情報の統合、強化子 (reinforcer) の感情価 (affective value) の表現、意思決定や期待に関連しているという考えが提唱されている。
OFCと精神疾患の関係では「統合失調症、気分障害、PTSD、パニック障害、クラスターBパーソナリティ障害、薬物嗜癖」との関係が挙げられている。
ICD-11ではゲーム行動症の併存症として、薬物使用、気分障害、不安または恐怖関連の障害が挙げられてい。ゲーム行動症ではうつ病、不安症との関連が強いことが指摘されており、この分野に関してもゲーム行動症か他の精神疾患との関連で灰白質の体積が少ないか、ということが同定できない。
補足運動野(SMA: Supplementary Motor Area)
役割
SMAの機能については、立位時や歩行時の姿勢安定の制御、動作の時間的シーケンスの調整、両手協調、刺激駆動運動とは対照的な内部発生運動の開始、という4つの主要な仮説が提唱されている。
SMAが関係している精神疾患は強迫性障害とトゥレット症候群である。また、自閉スペクトラム症の関連を示す論文もある。
ゲーム行動症との関係はよくわからないし、他の精神疾患との関連に関しても仮説が立たない。
右被殻(Right Putamen)
役割
パーキンソン病、ハンチントン病、アルツハイマー病、うつ病、強迫性障害、ウィルソン病、自閉スペクトラム症など広範囲な疾患との関連が指摘されている。
英語版には、「被殻核と尾状核からの投射は黒質の樹状突起を調節するため、ドーパミンは黒質に影響を与え、運動計画に影響を与える。これと同じメカニズムが薬物嗜癖にも関与している[要出典]」との記述がある。習慣系に関しては、黒質緻密部からドーパミンが入力されるため、嗜癖との関連はあるのかもしれない。
左背外側前頭前野(DLPFC: Dorsolateral Prefrontal Cortex)
役割
DLPFCは、ワーキングメモリ、認知的柔軟性、計画性などの認知プロセスの管理を総称する実行機能に関与している。