鈴木裕美(香川大学医学部助教)
鈴木裕美さんは「過剰なドーパミン放出が報酬系を壊し、神経を死滅させる」と述べている。
一応、注釈を入れておくと、報酬系が壊れる?のはダウンレギュレーション仮説であり、神経を死滅させるは神経変異仮説である。鈴木裕美さんは別のものをごちゃごちゃに理解しているようだ。鈴木裕美さんはつっこみどころが満載なので、また後日エントリーを入れたい。
香川県教育委員会「ネット・ゲーム依存予防対策学習シート」
また、香川県教育委員会「ネット・ゲーム依存予防対策学習シート」(参照)では下記の写真が使われている。
この画像は久里浜医療センターの樋口進さんもよく引用している画像である(参照)。 この脳萎縮が起こるとして画像が引用されているYaoらによる論文はどういった内容なのだろうか。
Yaoらによる論文
- Yao, Yuan-Wei, Lu Liu, Shan-Shan Ma, Xin-Hui Shi, Nan Zhou, Jin-Tao Zhang, and Marc N. Potenza. 2017. “Functional and Structural Neural Alterations in Internet Gaming Disorder: A Systematic Review and Meta-Analysis.” Neuroscience and Biobehavioral Reviews 83 (December): 313–24.
インターネットゲーム障害の脳画像研究である。インターネットゲーム障害のグループは健常対照群に比較して灰白質(特に両側前帯状皮質)の減少がみられた。
灰白質とは
灰白質とは中枢神経系の神経細胞の細胞体が存在している部位であって、体積の減少ということは、神経細胞の減少を意味している。
論文の解釈
灰白質の減少は、インターネットゲーム障害や他の依存症だけに起こることではない。
うつ病や不安症など一般的な精神障害でも生じるため、精神障害全体で生じるものという認識が正しい。下記の論文などに詳しい。
灰白質の減少が起こる可能性としては以下の3つのものが考えられる。
- ゲーム障害によって生じる。
- ゲーム障害のリスクとしてADHDやうつ病、不安症などが挙げられており、それらの精神障害によって先んじて生じている。灰白質の減少によって衝動性や意思決定などが正しく行えないため、ゲーム障害になりやすい可能性の示唆。
- 同時に併存する精神障害によって灰白質が減少している。
Yaoらゲームによって脳が萎縮した(灰白質の体積の減少)などと書かれていない。
ゲームばかりしているという行動面ではなく、脳における神経変異を指摘するというのが第一の主張である。第二の主張は両側前帯状皮質がバイオマーカーになるのではないかというものだ。
英語で書かれた脳画像の論文は読むのが難しい。鈴木裕美さんや樋口進さんも、元論文を読んでいないように思えるし、読んで理解できるのかも怪しい節がある。引用をするなら原著の主張から外れない程度に自説に近づけて紹介するものだが、そういう配慮がまったくみられないのだ。
真相はよくわからないが、内容は理解できていなくても「ゲームをすると脳細胞が死滅・萎縮する」という自説の補強のために切り貼りしているのは明らかだ。
以下、少々専門的になるが、論文を要約しておく。
ゲーム障害における機能的・構造的神経変化
fMRI研究
インターネットゲーム障害と健常対照群の比較をして高い活性化がみられたのは以下のもの。
- 両側前帯状皮質(ACC: Anterior Cingulate Cortex)
- 後帯状皮質(PCC: Posterior Cingulate Cortex)
- 楔前部(Precuneus)
- 尾状部(Caudate)
- 後下前頭回(Posterior Inferior Frontal Gyrus)
- 背外側前頭前野(DLPFC: Dorsolateral Prefrontal Cortex)
- 右中後頭皮質(Right Middle Occipital Cortex)
活性化が低かったのは以下のもの。
- 下前頭回(Left Anterior Inferior Frontal Gyrus)
- 右中心前回(Right Precentral Gyrus)
- 後中心前回(Post-Central Gyrus)
- 右後島皮質(Right Posterior Insula)を含む大きなクラスター
VBM(Voxel Based Morphometry)研究
Voxel-based morphometryは、頭部Magnetic resonance imaging (MRI)を半自動的に処理し、脳全体を細かなボクセル単位(1-8mm立方程度)で統計解析し、様々な精神神経疾患の患者における脳体積の減少や増加、あるいは健常ヒトにおける様々な精神機能や行動パターンなどと関連した脳形態特徴などを同定する https://bsd.neuroinf.jp/wiki/Voxel_Based_Morphometry
VBM(Voxel-based morphometry)研究では、インターネットゲーム障害と健常対照群と比較して減少していた灰白質体積が減少は下記のもの。
- 両側前帯状皮質(ACC: Anterior Cingulate Cortex)
- 眼窩前頭皮質(OFC: orbitofrontal cortex)
- 補足運動野(SMA: Supplementary Motor Cortex)
- 右被殻(Right Putamen)
- 左背外側前頭前野(DLPFC: Dorsolateral Prefrontal Cortex)
これらの領域ではインターネットゲーム障害群の活性化が高く、灰白質の体積が低下していた。
上段AがfMRIによる活性化の図
中断BがVBM研究による灰白質の減少を示した図
他の要因との関連
fMRI研究では年齢と有意に関連する脳領域はなかった。VBM研究では両側補足運動野の灰白質体積変化は年齢と負の関係があり、両側前帯状皮質、補足運動野、右眼窩前頭皮質の灰白質体積変化は男性被験者の割合と負の関係があった。
両側前帯状皮質は男性の方が少ないという結果であったようだ。
議論
両側前帯状皮質がバイオマーカーになりうる
2つの主要なメタアナリシスの結果は両側前帯状皮質(anterior cingulate cortex)との関連を示唆しており、健常対照群にくらべてインターネットゲーム障害では機能的亢進と灰白質減少の両方が示されている。両側前帯状皮質は渇望(Ko et al.,2013b; Liu et al.,2017)、感情調節(Etkin et al.,2011)、意思決定(Kennerley et al.,2006)を含む複数のプロセスに決定的に関与している。
ACCは精神障害全体のバイオマーカー
また、この領域が精神疾患全体に共通のバイオマーカーとして機能する可能性があるという最近の診断的メタアナリシス(Goodkind et al., 2015;McTeague et al., 2017)が存在している。
統合失調症、双極性障害、うつ病、嗜癖、強迫性障害、不安症の6つのVBM研究がされている。診断ごとに違いはほとんどなく、灰白質の減少がみられた。
精神障害では灰白質の減少はよく起こることであって、依存症やゲーム障害に限ったことではないということである。
まだよくわからないこと。
ホット/コールド実行機能 Hot and cool executive functionについて。
「コールド」と「ホット」の実行機能は概念的に区別される。コールド実行機能は、機械的な高次認知操作(例:ワーキングメモリ)を指し、ホット実行機能は感情的な認識と社会的知覚(例:社会的認知)による認知能力である。 https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4742532/
ACCの活動亢進が依存や嗜癖的行動に関係しているのかが検討されている。
サブメタ解析ではさらに、ACCの活動亢進は主にIGDにおける報酬およびコールド実行機能を検討した研究に関連していることが示唆された。報酬機能のサブメタ解析では、報酬を期待したり受け取ったりする際の視交叉前頭前野および帯状前頭の活動亢進は、嗜癖性行動が報酬に関連する神経回路の過剰活動と関連していることを示唆する衝動性理論をある程度支持するものである(Bjork et al., 2012; Luijtenet al., 2017)。 しかし、依存症に関連した報酬と非依存症に関連した報酬は、神経の変化の特徴的なパターンと関連している可能性があることに留意すべきである(Luijten et al., 2017)。研究数が限られているため、IGDではまだこの問題を扱うことはできない。
整合的な結果は得られているが、まだよくわからないという研究進度のようだ。