井出草平の研究ノート

エリアス『文明化の過程』 第4部

The Social Constraint towards Self-Constraint

社会の組織が「国家」という形で成立し、税金や物理的な力の独占と中央集権化が進む過程が「文明化」とどのように関連するか。文明化の過程は、個々の人々の行動や感情の変化を伴い、これが計画的に意図されたものではなく、無意識的に進行したものである。この変化は理性的な計画によるものではなく、歴史的な出来事や社会の構造的な力学によって引き起こされたものである。

具体的には、他者からの圧力や制約が自己制約に変わる過程が描かれており、人間の本能的な行動が次第に公の場から排除され、恥の感情と結びつけられるようになったことが説明されている。これにより、人々は自己制御を通じて社会的な規範に従うようになり、これが安定した社会秩序の基盤となっている。

また、社会の分業が進むにつれて、個々人が他者に依存する度合いが増し、行動の調整がより厳密に要求されるようになったことが指摘されている。この過程で、個人の行動や感情の制御が幼少期から自動的に身につくようになり、社会の期待に応じた自己制約が内面化されている。これにより、社会の複雑化と安定化が進み、個人の心理的な習慣や行動パターンもより一貫性のあるものとなっている。

要するに、文明化の過程は、社会の構造的変化と個人の心理的変化が相互に影響し合いながら進行するものであり、これは計画されたものではなく、歴史的な力学によって自然発生的に進んだものである。人間の本能的な行動が次第に公の場から排除され、恥の感情と結びつけられるようになった過程について、エリアスの文明化理論に基づいて詳しく説明する。

文明化の過程において、人々の本能的な行動、特に性的な欲求や暴力的な衝動が次第に社会的に受け入れられないものとして排除されていく。この変化は、以下のような要素によって進行した。

1. 社会的な規範の発展

中世から近代にかけて、ヨーロッパでは社会的な規範が発展し、公共の場での行動が厳しく規制されるようになった。例えば、食事のマナーやトイレの使い方、性的な振る舞いなどが具体的に規定され、これらの規範に従わない行動は次第に不適切とされるようになった。

2. 恥の感情の内面化

これらの社会的な規範が広まる中で、人々は自己の行動を他者の視点から評価するようになり、規範に反する行動を恥ずかしいと感じるようになった。エリアスは、この恥の感情が内面化されることで、人々は自発的に自己の行動を制御し、社会の期待に応えるようになると指摘している。

3. 中央集権化と社会の安定化

国家の中央集権化が進むことで、法と秩序が確立され、物理的な暴力が制限されるようになった。これにより、人々は暴力的な衝動を抑制し、より穏やかな方法で問題を解決することが求められるようになった。これもまた、自己制御の必要性を高め、恥の感情を強化する要因となった。

4. 社会的な相互依存の増加

分業の進展により、人々は他者との協力や調整が不可欠となった。これにより、社会的な規範に従うことが個々の成功や生存に直結するようになり、規範に従わない行動が恥ずかしいだけでなく、実際的な不利益をもたらすようになった。

これらの要素が相互に作用し合うことで、人間の本能的な行動は次第に公の場から排除され、恥の感情と結びつけられるようになった。この過程は、文明化の一環として人々の行動や感情が規範化され、自己制御が強化されることを示している。

Spread of the Pressure for Foresight and Self-Constraint

文明化の過程において、将来を見通す力と自己制約の圧力がどのように広がっていくかについて述べられている。

主要なポイント

  1. 機能の分化と相互依存の拡大: 西洋社会において、機能の分化が進み、物理的な力や課税の独占が強固になるとともに、競争と相互依存が広範囲に広がった。これにより、人々は広い地域にわたって行動を調整し、長期的な視点を持つことが求められるようになった。

  2. 時間意識と自己制御の発展: 高度に発達した相互依存のネットワークでは、個々の行動が他者に与える影響が大きくなるため、自己制御の必要性が増す。時間を正確に管理し、短期的な欲求を抑えることが社会的に求められるようになり、これが個人の内面化された自己制約、つまり強固な「スーパーエゴ」の形成に繋がった。

  3. 社会階層間の影響の伝播: この自己制約と長期的視点の必要性は、まずは上層階級から広がり、次第に中層、下層階級にも浸透していった。特に西洋社会では、上層階級が最初にこの変化を受け入れ、その後、競争と相互依存の圧力により、下層階級も同様の行動規範を受け入れるようになった。

  4. 全体としての文明化の進展: 西洋社会全体が高度に分化し、複雑化するにつれ、個人の行動もますます規範に沿ったものとなり、即時的な満足よりも長期的な結果を重視するようになった。この過程で、上層階級と下層階級の行動の違いは次第に縮まり、全体としての社会的統合が進んだ。

  5. 外部への影響: 西洋の文明化過程は、他の地域にも波及し、植民地化などを通じて、同様の自己制約と長期的視点の必要性が広がった。これにより、他の地域でも西洋の影響を受けた文明化のプロセスが進行した。

これらの点を通じて、エリアスは文明化の過程が単なる文化の変遷ではなく、社会構造と個人の行動が相互に影響し合いながら進行する複雑なプロセスであることを示している。

スーパーエゴ

スーパーエゴ(超自我)は、精神分析創始者ジークムント・フロイトによって提唱された概念であり、人間の精神構造を理解する上で重要な要素である。フロイトは、精神をイド(本能的欲求)、エゴ(現実的調整)、スーパーエゴ(道徳的規範)の三つに分けた。このうち、スーパーエゴは道徳や倫理、社会的規範を内面化したものであり、個人の行動を監視し、制御する役割を果たす。

スーパーエゴの構成と役割

  1. 内面化された規範と価値観: スーパーエゴは、幼少期からの社会的な教育や親のしつけ、文化的な影響を通じて形成される。これにより、個人は社会的に受け入れられる行動や価値観を学び、これを内面化する。スーパーエゴはこれらの内面化された規範や価値観に基づいて行動を評価し、逸脱しないように個人を監視する。

  2. 良心と理想自我: スーパーエゴは二つの側面から構成される。良心(コンシエンス)は、間違った行動に対して罪悪感を引き起こす役割を果たす。一方、理想自我(アイディアル・セルフ)は、個人が達成しようとする理想や目標を示し、それに向かって努力するように促す。この二つの側面が、個人の行動を道徳的に正しいものに導く。

  3. エゴとの関係: スーパーエゴはエゴと密接に関連している。エゴは現実的な調整を行う役割を持ち、本能的欲求(イド)とスーパーエゴの道徳的要求の間でバランスを取る。スーパーエゴが過度に強いと、個人は自己批判的になり、過剰な罪悪感や不安を感じることがある。一方、スーパーエゴが弱いと、個人は道徳的な制約を欠いた行動を取りやすくなる。

文明化とスーパーエゴ

ノルベルト・エリアスの文明化理論においても、スーパーエゴの概念は重要である。文明化の過程では、社会的な規範が強化され、個人が自己制御を学ぶ。この過程で、スーパーエゴが発達し、社会的に受け入れられる行動を内面化することが求められる。

エリアスは、中央集権化や社会の分化が進む中で、個人が社会的な規範をより厳格に守るようになり、これがスーパーエゴの発達に寄与すると指摘している。人々は幼少期から社会的な規範を学び、これを内面化することで、自発的に自己制御を行うようになる。この結果、社会全体が安定し、個々人が互いに協力し合いながら生活することが可能になる。

スーパーエゴは、社会的な規範や価値観を内面化し、個人が道徳的に行動するための基盤となるものであり、文明化の過程において重要な役割を果たす。

Diminishing Contrasts, Increasing Varieties

文明化の過程において、社会的な行動パターンのコントラストが減少し、多様性が増大する。具体的には、次のような点が挙げられる。

  1. 社会階層間の違いの減少: 文明化が進むにつれて、上層階級と下層階級の行動パターンの違いが次第に小さくなっていく。かつては上層階級のみが持っていた特定の行動規範や自己制御の方法が、次第に下層階級にも広まっていった。この過程により、社会全体で均質化が進み、行動のコントラストが減少した。

  2. 多様性の増加: 同時に、文明化の過程では、多様な行動パターンや文化的表現が生まれ、多様性が増加している。これは、異なる社会階層や地域、文化が相互に影響を与え合い、新たな融合が生まれることによるものである。

  3. 外部との接触と影響: 西洋の文明化は、他の地域や文化にも影響を与えた。植民地化や貿易を通じて、西洋の行動規範や文化が他地域に広まり、これが各地で独自の文化と融合し、新たな多様性が生まれた。これにより、グローバルな視点で見た場合、行動パターンや文化的表現のバリエーションが増加している。

  4. 支配と競争の連鎖: 文明化の過程において、支配的な階層や国は常に新たな挑戦者や下層階級からの圧力にさらされている。これにより、支配階層も変化を余儀なくされ、新たな行動パターンを採用することとなる。この連鎖的な変化が、社会全体の多様性を増す一因となっている。

  5. 文化的融合と新しい規範の形成: 文明化の波が広がる過程で、異なる文化や行動規範が融合し、新たな文化的表現や社会的規範が形成される。この過程は、社会全体の行動パターンを豊かにし、多様性を増大させる。

エリアスは、これらの要素が相互に作用し合いながら、文明化の過程が進行していると論じている。社会の均質化と多様性の増加は、文明化の動的なプロセスの一環であり、これにより社会全体がより複雑で多様なものとなっている。

The Courtization of the Warriors

戦士階級が宮廷社会に組み込まれ、その行動や態度がどのように変化したかについて。エリアスは、文明化の過程において、戦士が宮廷人に変わることで、社会全体の行動規範が変容する様子を描いている。

  1. 戦士から宮廷人への変遷: 西洋文明化の過程では、戦士階級が次第に宮廷社会に取り込まれ、宮廷人としての行動規範を身につけるようになった。この変化は、11世紀から12世紀にかけて始まり、17世紀から18世紀にかけて完成した。

  2. 社会的な相互依存の拡大: 戦士が宮廷に集まり、日常的な依存関係が拡大することで、個々の行動がより慎重で予測可能なものとなった。これにより、社会全体の秩序が安定し、戦士たちの暴力的な衝動が抑制されるようになった。

  3. 宮廷での行動規範の確立: 宮廷社会では、厳格なエチケットや礼儀が求められ、戦士たちはこれに従うことで、より洗練された態度を身につけるようになった。宮廷での生活は、絶えず他者との関わりを伴うため、自己制御や感情の抑制が重要となった。

  4. 文化的な影響と統合: 宮廷社会での行動規範や価値観は、都市部のブルジョワ階級にも広がり、全社会的な文化的統合が進んだ。これにより、異なる社会階層間の文化的な隔たりが縮まり、全体としての社会の洗練度が向上した。

  5. 宮廷社会の中心性: 宮廷は、税と武力の独占を行う中央権力の象徴であり、その機能が社会全体の行動規範に大きな影響を与えた。宮廷での生活様式や価値観が広がることで、社会全体がより安定し、秩序立ったものとなった。

エリアスは、戦士が宮廷人に変わる過程を通じて、文明化が進展し、社会全体がより規律正しく洗練されたものになったと論じている。この過程は、個々の行動や態度が社会全体に広がり、最終的に社会全体の文化的なレベルが向上することを示している。

The Muring of Drives: Psychologization and Rationalization

人間の衝動の成熟化過程において、心理的および合理的な変化がどのように進行したかについて。エリアスは、文明化の過程で衝動がどのように内面化され、理性的に制御されるようになったかを分析している。

  1. 衝動の心理化: 文明化の過程で、個人の衝動は次第に内面化され、心理的に制御されるようになった。これは、社会的な規範や価値観が内面化され、個々の行動が社会の期待に応えるようになった結果である。人々は幼少期から社会的な規範を学び、これを基に自己制御を行うようになる。

  2. 衝動の合理化: 衝動の合理化とは、衝動が理性的に制御され、計画的かつ合理的な行動に変わる過程を指す。人々は衝動に基づく即時的な欲求を抑え、長期的な目標や社会的な期待に応じて行動するようになる。これにより、社会全体の秩序と安定が保たれる。

  3. 自己制御の発展: 文明化が進むにつれて、個人の自己制御能力は強化され、衝動や感情の爆発が減少する。これにより、社会的な相互依存が強化され、個々の行動が他者に与える影響を考慮するようになる。エリアスは、この過程が社会の分化と相互依存の増加に密接に関連していると指摘している。

  4. 社会的な影響: 衝動の心理化と合理化は、社会的な相互作用の質を向上させ、個人間の関係をより秩序立ったものにする。人々は他者との関係において、より慎重で予測可能な行動を取るようになり、これが社会全体の安定に寄与する。

  5. 長期的な影響: 衝動の成熟化過程は、個々の行動パターンや社会的な規範の進化を促進する。人々は自分の行動が将来的にどのような影響を及ぼすかを考慮し、より持続可能で協力的な社会を構築することができるようになる。

エリアスは、文明化の過程における衝動の心理化と合理化が、社会の安定と秩序にどれだけ重要であるかを強調している。これにより、個人と社会全体がより成熟し、調和のとれた関係を築くことができるのである。

Shame and Repugnance

恥と嫌悪感が文明化の過程においてどのように形成され、社会的な行動に影響を与えるかについて。エリアスは、これらの感情が個人の行動を制御し、社会的な秩序を維持するために重要な役割を果たすと述べている。

  1. 恥の内面化: 文明化の過程で、人々は他者の視線を意識し、自分の行動を評価するようになる。この評価が内面化されることで、社会的な規範から逸脱した行動に対して恥を感じるようになる。恥は、個人が社会の期待に沿った行動を取るための重要な内的制約である。

  2. 嫌悪感の形成: 嫌悪感は、社会的に受け入れられない行動や状況に対する反応として生じる。これは、個人が自己制御を行い、望ましくない行動を避けるための感情的なバリアとなる。嫌悪感は、特定の行動や状況に対する強い否定的な感情であり、これにより社会的な規範が強化される。

  3. 社会的な規範の強化: 恥と嫌悪感は、社会的な規範を強化するための重要な手段である。これらの感情が強く働くことで、個々の行動が社会全体の期待に沿ったものとなり、社会的な秩序が維持される。エリアスは、この過程が文明化の一環として重要であると強調している。

  4. 行動の内面的制御: 恥と嫌悪感は、個人の行動を内面的に制御するメカニズムとして機能する。これにより、人々は外部からの強制なしに自発的に社会的な規範に従うようになる。これは、社会の安定と秩序に寄与する重要な要素である。

  5. 文明化の進展: 文明化が進むにつれて、恥と嫌悪感の感情はますます強化され、個人の行動をより厳密に制御するようになる。これにより、社会全体がより洗練され、秩序立ったものとなる。エリアスは、この過程が個々の内面的な変化と社会的な構造の変化と密接に関連していると指摘している。

エリアスは、恥と嫌悪感が文明化の過程において果たす重要な役割を強調しており、これらの感情が社会的な規範と秩序を維持するための基本的なメカニズムであると論じている。

Increasing Constraints on the Upper Class: Increasing Pressure from Below

上流階級が下層階級からの圧力にどのように対処し、その結果として社会的制約がどのように増加したか。エリアスは、これらの変化が文明化の過程において重要な役割を果たしたと論じている。

主要なポイント

  1. 上流階級への圧力の増大: 文明化の過程で、下層階級からの社会的および経済的な圧力が増加し、上流階級はその立場を維持するためにさらなる努力を強いられるようになった。この圧力により、上流階級は自己の行動や態度をより慎重に管理する必要が生じた。

  2. 行動規範の厳格化: 上流階級は、社会的な地位を守るためにより厳格な行動規範を採用し、これを遵守するようになった。これにより、上流階級内部での相互監視と規律が強化され、行動や態度の一貫性が求められるようになった。

  3. 下層階級との相互依存: 下層階級の台頭に伴い、上流階級は彼らとの相互依存を深めざるを得なくなった。これにより、上流階級は下層階級の要求や期待に応える形で、行動を調整し、社会的な調和を保つ必要があった。

  4. 自己制御の強化: 上流階級は、外部からの圧力に対応するために自己制御を強化した。これは、感情の抑制や合理的な判断を伴い、個々の行動が社会全体の期待に沿ったものとなるようにするものであった。

  5. 社会的秩序の維持: これらの変化により、上流階級は社会的な秩序を維持する役割を果たすことができた。下層階級からの圧力に適応しながらも、社会全体の安定と調和を保つために必要な行動規範を守ることが求められた。

エリアスは、上流階級が下層階級からの圧力にどのように対処し、その結果として社会的制約が増加したかを詳述している。これにより、文明化の過程において、上流階級の行動や態度がどのように進化し、社会全体の秩序と安定に寄与したかを明らかにしている。

Conclusion

エリアスがこれまでの議論を総括し、文明化の過程における社会的変化と個人の行動変容の関係性を強調している。文明化のプロセスは、社会構造の変化と個人の心理的適応が相互に作用し合う複雑な現象であると論じている。

  1. 文明化の全体像: 文明化は、一貫して進行する単一のプロセスではなく、断続的な変化と調整の連続である。これには、社会的な相互依存の拡大と、個々の行動や感情の制御が含まれる。

  2. 社会的な相互依存の強化: 文明化が進むにつれて、社会の分業と相互依存が増し、個々の行動が他者に与える影響が大きくなった。このため、人々は自己制御を強化し、社会的な期待に応える形で行動を調整するようになった。

  3. 感情と行動の内面化: 社会的な規範や価値観が個人に内面化されることで、行動や感情の制御がより自発的かつ一貫したものとなった。これにより、個々の行動が社会全体の秩序と調和に寄与するようになった。

  4. 社会的階層の相互作用: 上層階級と下層階級の相互作用が進む中で、行動規範や価値観の統合が進み、社会全体の均質化が促進された。これにより、異なる階層間の摩擦が減少し、社会全体の安定性が向上した。

  5. 心理的適応の進化: 文明化の過程で、人々は心理的に適応し、感情の抑制や合理的な判断を行う能力を高めた。これにより、個々の行動がより計画的かつ社会的に適応的なものとなり、社会全体の進歩と安定に貢献した。

エリアスは、これらの要素が相互に作用し合うことで、文明化が進行し、社会全体の秩序と調和が保たれると結論付けている。文明化は、単なる社会的変化ではなく、個々の心理的適応と行動変容を伴う複雑なプロセスであり、これが社会の安定と発展に不可欠であると述べている。