井出草平の研究ノート

エリアス『文明化の過程』 Part.2 その2

「civilite」の概念

「civilite」の概念は、騎士社会とカトリック教会の統一が崩壊する時期に西洋社会に浸透した。これは新しい社会形成段階を象徴するものであり、当初はイタリア語、次第にフランス語がその共通言語となった。この概念はエラスムスロッテルダムの短い論文『De civilitate morum puerilium』(少年の礼儀について)によって具体的な意味を持つようになった。1530年に発表されたこの論文は、多くの版が出版され、多言語に翻訳され、教育の一環として広く使用された。エラスムスの論文により、「civilite」は具体的な行動規範として定着し、社会全体に影響を与えた。

語の派生の流れ

  • ラテン語 civilitas: 市民的な礼儀、社会的秩序を意味する。
  • 古フランス語 civilité: 14世紀に使われ始め、礼儀や礼儀作法を意味する。
  • 近代フランス語 civilisation: 18世紀に使われ始め、社会の進歩や文化の発展を意味する。
  • 英語 civilization: 18世紀後半にフランス語から英語に取り入れられ、社会の発展や文化の高度化を意味する。

中世の作法

中世の礼儀作法は現代とは異なる基準に基づいており、例えば食事中の行動や身体の扱いについても非常に異なる規範が存在した。中世では食事は個人よりも集団で行われることが一般的であり、特に上流階級や宮廷では大勢で長いテーブルを囲んで食事をするのが普通だった。個人用の皿や器はあまり使われず、共用の大皿から直接食べ物を取り分けるスタイルだった。このため、食事中のマナーや取り分け方には細かな規則があった。多くの食べ物は手で食べられており、食事前には手を洗う習慣があり、食事中も指を拭くための布(サーヴィエット)が用意されていた。ナイフは主に肉を切るために使われ、スプーンも使われたが、フォークはほとんど使われなかった。

エラスムス

エラスムスの短い論文『De civilitate morum puerilium』は、社会における人々の行動、特に「外面的な身体の礼儀」について論じている。貴族の少年に捧げられたこの論文は、少年たちの教育のために書かれたものであり、鼻をかむ方法、食事中の行動、身体の動作やジェスチャーについて詳細に述べている。エラスムスは、身体の保持、ジェスチャー、衣服、表情など、あらゆる行動について詳細に述べており、これらの指示は当時の社会における行動様式の変化を反映している。エラスムスの礼儀書はドイツ、イギリス、フランス、イタリアに影響を与え、彼の態度は後のドイツ知識人層と共通しており、貴族階級との同一化を避ける傾向があった。エラスムスの礼儀書は、礼儀を特定の社会階級に限定せず、一般的な人間のルールとして提示することで、普遍的な礼儀の概念を形成した。

近世にかけての礼儀

エラスムス以降、礼儀作法の概念は社会全体に広がり、特定の行動様式が普及していった。エラスムスの礼儀書は特定の行動様式を普及させる役割を果たし、社会階級間の相互作用を促進した。行動様式の変化は上流階級から中産階級、さらに下層階級へと浸透していき、特に食事のマナーにおいてはフォークやスプーン、ナプキンなどの使用が徐々に一般化し、食事の際の行動様式が厳格化した。これにより、食事のマナーが社会全体に広まり、共通の行動規範が形成された。

フランスとドイツの違い

  • フランス: フランスでは貴族社会が宮廷文化を中心に発展し、礼儀作法は宮廷での礼儀や形式に基づいていた。貴族階級は華やかな宮廷生活を送り、文化や芸術を奨励し、エラスムスの影響も宮廷文化に反映された。ブルジョワ階級も次第にこれに追随し、フランス全体に洗練された礼儀作法が広がった。
  • ドイツ: ドイツでは、三十年戦争後の経済的荒廃と人口減少により、貴族社会と中産階級の違いがより顕著であった。ドイツの中産階級知識人層は貴族社会と対立しながらも、政治的活動には参加できず、主に文学や学問を通じて自己表現を行った。彼らの自己正当化は経済や政治から離れた純粋に精神的な領域にあり、教育(Bildung)や文化(Kultur)が重要視された。

フォーク・ナイフ・食べ方などの礼儀

ナイフはもともと攻撃的な道具であり、その使用には多くの禁止事項やタブーが存在した。中世ではナイフを口に運ぶことや他人に向けることは避けられるべきとされ、これによりナイフの使用が徐々に制限されていった。18世紀には魚をナイフで食べることさえ避けられるようになり、特定の魚用ナイフが導入された。フォークは食事中に食べ物を口に運ぶための道具として「文明的」と見なされ、指で食べることは「野蛮」とされた。フォークの使用が広まるにつれて、指を使って食べることは次第に禁止されるようになった。これにより、特定の感情や嫌悪感が社会的に受け入れられた結果、礼儀作法がさらに洗練された。

個人は内面的な衝動を抑え、社会的に適切な行動を取ること

エラスムスの礼儀書は、個人の内面的な衝動を抑え、社会的に適切な行動を取ることの重要性を説いている。社会的地位や品位が重視される社会において、個人の内面を統制するための社会的圧力が働き、特に上流階級や中産階級では適切な行動や態度が期待された。これに従わない場合には、社会的に不利な立場に置かれることが多かった。法律や規制も個人の行動を統制するための重要な機構であり、公共の秩序を保つために特定の行動や表現が制限され、違反者には罰則が課された。これにより、個人は内面的な衝動を抑え、社会的に適切な行動を取ることが求められた。特にプロテスタント労働倫理は、個人の自己統制を強く求めるものであり、これが社会全体に影響を与えた。

これらの要素は相互に関連し合いながら、個人の内面の統制と抑制を促進し、社会全体の秩序と調和を維持するための重要な役割を果たした。エラスムス

礼儀書もその一環として広まり、社会的な行動規範の形成に寄与した。エラスムスの礼儀書を実践することで、他の人と差別化し、社会的地位を向上させる手段として利用されたのである。