井出草平の研究ノート

中垣内正和「ひきこもり外来からの報告2007」

中垣内正和「ひきこもり外来からの報告2007」
http://www.geocities.jp/dr_nakagaito/


中垣内正和先生にコメントをいただいた*1。「ひきこもり外来からの報告2007」を示していただいいたが、その資料はいわゆる「ひきこもり」の治療のエビデンスとして使うには3つの点で難しいように感じられた。各診断名ごとのデータを公開があれば、再集計と検定が可能なので、データの公開があればと思う。


統合失調症が「ひきこもり」としてカウントされている


対象は85人。以下のような診断名が付けられている。

社会不安障害……26%
うつ……20%
社会不安障害+うつ……6%
アスペルガー障害……2%
知的障害……2%
統合失調症……5%
人格障害……13%
摂食障害……9%
アパシー……7%
強迫性障害……9%


アパシーが診断名かどうかはさておき、発達障害であるアスペルガー障害、統合失調症摂食障害、知的障害(精神遅滞)が「ひきこもり」としてカウントされている。


発達障害統合失調症は「ひきこもり」とは状態も原因も臨床での対応も異なったものなので、状態も原因も臨床対応も違うものを「ひきこもり」とひとまとめにしてしまう理由が気になる。


ちなみに、厚労省ガイドライン発達障害統合失調症を含む対応として出されている。斎藤環定義の「社会的ひきこもり」は「精神障害を原因としない」ので、発達障害統合失調症は含まれない。


摂食障害に関しては加えて、男女比の問題になる。摂食障害の95%以上は女性なので、摂食障害と報告されているケースおそらく女性なのだろうと推測される。中垣内報告では、男女比が7対3*2で女性が多いという報告になっているが、摂食障害がはこのうち9%(8人)なので、これをすべて女性だとみなして計算し直すと男女比は8対2になる。8対2という数字は従来よりよく言われている比率である。女性が言われているよりも多いと報告しているものには、摂食障害を足し併せてある*3


●SSRI,SNRI投与群はよく、抗精神病薬投与群は悪い。
「よい」というのは就学・就職などの予後についてである。
以下のようなものが治療に使われている薬剤である。

パロキセチン(SSRI)・・・28%
フルボキサミン(SSRI)・・・26%
セルトラリン(SSRI)・・・3%
トレドミン(SNRI)・・・9%
炭酸リチウム・・・8%
リスペリドン・・・4%
その他・・・3%
使用しない・・・19%


「SSRI,SNRI投与群はよく、抗精神病薬投与群は悪い」ということが報告されている(26頁)。だが、もともとどちらかと言えば病態の軽い患者へSSRI・SNRIは投与されている確率が高いので、当然と言えば当然なのではないかと思える。この一覧で抗精神病薬なのはリスペリドンで4%(3人)。あと、診断名の中に統合失調症が5%(4人)含まれているというのも重要である。詳細は分からないものの、抗精神病薬はそもそも社会復帰が難しい人たちに投与されているのではなかろうか。要するに、統合失調症の者よりも、それ社会不安障害や大うつ病の者の方が社会復帰はできると言っているといるように感じられる。これは患者の病態に原因があるもので、薬の効果ではないのではなかろうか。


●男性群より女性群がよい。
「よい」というのは就学・就職などの予後についてである。
摂食障害が9%(8人)含まれていてSSRIが投与されているはずである。症状として社会的ひきこもりを呈しているので、おそらくこの8例は過食症(もしくは過食嘔吐のある拒食症)だろう。要するに薬剤が有効なタイプである。ひきこもりに効く薬があるかどうかというコンセンサスはないが、過食(嘔吐)に対して投薬が有効であり、特にSSRIの有効性が確かめられている。中垣内報告では、薬剤が有効な摂食障害をひきこもりとしてカウントしており、その摂食障害群へ薬剤投与がされているはずなので、SSRIが有効に見えている可能性が考えられる。このため「男性群より女性群がよい」という結果*4という結果が出ているのではないだろうか。つまり、精神障害を原因としないいわゆる「ひきこもり」にではなく、摂食障害に効いているように見える。


情報としては、摂食障害を抜いたひきこもり群*5の予後と、SSRIによって状態改善がなされているのかということが欲しい。


余談ではあるが、過食症への第一選択役はSSRIフルオキセチンである*6過食嘔吐を伴った拒食症患者の63%に有効だという報告もある*7。また、日本ではフルボキサミンの投与を第一選択とする論文もあり、SSRIの有効性がかかれている*8。また、SSRI以外の薬剤の有効性も確認されている*9

*1:http://d.hatena.ne.jp/iDES/20060307/1141719938

*2:男性69%・女性31%

*3:例えば、岩谷泰志「いわゆる「社会的ひきこもり」に関するMMPIを用いた臨床的研究 」2003,『東京慈恵会医科大学雑誌』 118(5) : 345-358

*4:症状の寛解があれば社会参加も容易になるため

*5:発達障害統合失調症はもちろん抜いて

*6:Goldstein DJ, et al., Long-term fluoxetine treatment of bulimia nervosa. Fluoxetine Bulimia Nervosa Research Group, The British journal of psychiatry, 1995 May;166(5):660-6.

*7:Kaye WH etal., Double-blind placebo-controlled administration of fluoxetine in restricting- and restricting-purging-type anorexia nervosa. Biol Psychiatry. 2001 Apr 1;49(7):644-52.

*8:id:iDES:20060326:1143393796

*9:アメリカ精神医学会『米国精神医学会治療ガイドライン 摂食障害』では次のように書かれている。
「イミプラミン,デシプラミン,トラゾドン,フルオキセチンは,神経性大食症の症状を軽減するのに有効である。イミプラミンは,大多数の患者で過食回数をほぼ半減させ, 3分の1の患者を過食とパージから解放した。デシプラミンは,有効血中濃度となった患者の3分の2で過食症状を寛解させた。」