井出草平の研究ノート

不登校に対する精神医学的診断

不登校の入院例に対してDSM-III-R&IVの多軸診断を行った研究。

古口高志ほか、
心療内科入院治療を施行した不登校症例の病態特徴について :
DSM(III-R&IV)多軸評定に準じた形式での評定結果より
心身医学 42(7), 467-474, 2002
http://ci.nii.ac.jp/naid/110001116922


この病院では摂食障害の入院治療を行っているため、I軸では摂食障害が多いが、不安障害・気分障害が多いことは他の研究と同じである。精神病性障害がある程度含まれることには注意が必要である。もちろん入院例であるため、疾患性の高い患者が集まる施設での統計だが、精神病性障害によって起こる不登校が存在する。学校に来ないという行為だけを見て不登校だと思うのではなく、背景に統合失調症や他の精神病性障害を想定しておくべきということだ。


また、素行障害も6%、反社会性パーソナリティも3%含まれている。自身が(暴力的)問題を起こすことによって、不登校が誘発されることもあるようだ。


人間関係の問題及び失恋での不登校も13.4%ある。摂食障害が22.4%、境界性パーソナリティ傾向が9%に見られる一般人口の構成比とはかなりかけ離れた特殊な集団であるが、失恋による不登校もありうることが示唆されている。


ちなみに、V軸はこの研究では計測されていない。


表 不登校の入院例に対する多軸診断の結果
精神疾患(1軸)
摂食障害 15 22.4%
不安障害 14 20.9%
気分障害 10 14.9%
身体表現性障害 5 7.5%
統合失調症および精神病性障害 5 7.5%
素行障害(Acting out) 4 6.0%
物質関連障害 2 3.0%
同一性障害 2 3.0%
診断なし 22 32.8%
合計 67
パーソナリティ特徴・障害(2軸)
未熟さ 14 20.9%
境界性パーソナリティ 6 9.0%
統合失調質・統合失調型パーソナリティ 3 4.5%
反社会的パーソナリティ 2 3.0%
回避性パーソナリティ 1 1.5%
依存性パーソナリティ 1 1.5%
強迫性パーソナリティ 1 1.5%
診断なし 40 59.7%
合計 67
全般的医療状態(3軸)
診断あり 26 38.8%
  肥満 6 9.0%
  過換気症候群 5 7.5%
  過敏性大腸炎 3 4.5%
診断なし 41 61.2%
合計 67
心理・環境的問題(4軸)
家族関係の問題 41 61.2%
いじめ(学校での) 14 20.9%
学校生活における問題 12 17.9%
人間関係の問題及び失恋 9 13.4%
試験のストレス 6 9.0%
社会環境的な問題 2 3.0%
他の問題 4 6.0%
問題なし 5 7.5%
合計 67

PTSDの諸症状への薬物療法

フラッシュバックなどのPTSDの症状にトピナ(トピラマート)が有効なのかという問い合わせをいただいたので、これを機にPTSDへの薬理学的介入について少しまとめてみることにした。


まずはファースト・ラインの薬物から。イギリスNHSが出しているNICEガイドライン(evidence update, 19ページ)に掲載されているのは下記の5つだ。
http://www.nice.org.uk/guidance/cg26/evidence/cg26-posttraumatic-stress-disorder-ptsd-evidence-update2

フルオキセチン(プロザック) 未承認
・パロキセチン(パキシル)
・セルトラリン(ジェイゾロフト)
・トピラマート(トピナ)
・ベンラファキシン(エフェクサー) 未承認

またエビデンスレベルは下がるもののリスペリドン(リスパダール)の効果にも言及がある。PTSDの諸症状への介入は、基本的にこの5つの薬剤で行うのが定石となる。日本で発売されている薬剤だけで介入をする場合、パロキセチンセルトラリン、トピラマートの3つの薬を最初に使うというのがガイドラインで示されている結果である。


もう少し詳しくみるためにPTSDの包括的レビューであるJonas et al.(2013)の内容を引用したい。精神・心理的な治療に関する記述が760ページにわたって書かれており、近年のエビデンスはこのレビューに漏れなく掲載されている。英語ではあるが閲覧は無料である。

Psychological and Pharmacological Treatments
for Adults With Posttraumatic Stress Disorder (PTSD)
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK137702/
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK137702/pdf/Bookshelf_NBK137702.pdf (PDF版)

メタアナリシスの結果、トピラマートはフルオキセチンセルトラリン、ベンラファキシンよりもは優れていることが判明している。また、パロキセチンとトピラマートの比較結果は、トピラマートの方がやや有効性が高いものの、有意差はなく同等の効果をもっていることが確認できる。


有効性の観点だけからいえば、薬物療法パロキセチンかトピラマートが第一選択薬となり、無効であれば他の薬剤にスイッチすることが推奨されることがわかる。日本で販売されているSSRIに限って言えばパキシルジェイゾロフトのみが推奨されているため、パキシルジェイゾロフトの順番となる。


同じ不安障害スペクトラムである社交不安障害(SAD)に対してエスシタロプラム(レクサプロ)の有効性が高いため、不安障害にはレクサプロを使いがちだが、疾患ごとに有効性のある介入方法は異なるので注意が必要である。PTSDの諸症状に対してエスシタロプラムのRCTは行われていないが、シタロプラム(シタロプラムを光学分割のがエスシタロプラム)のトライアルでは、プラセボ群に優位差が見られなかった(結果自体はプラセボ群の結果の方がむしろ良かった)。EBMの結果から考えるとエスシタロプラム(レクサプロ)によってPTSDの諸症状が改善することは期待すべきではない。他の有効性の確認される薬剤を投与し無効であった場合に、挑戦的な介入として位置づけられるべきである。


トピラマートの効果は他の薬剤より高いが、Lindley et al.(2007)では、治療中に副作用で40%の対象者がドロップアウトしている。これはトピラマートの副作用によるものである。トピラマートには傾眠、めまい、しびれ感、頭痛などがあり、場合によっては数日間寝込んでひどく苦しい体験をするといった服薬できない副作用が無視できない割合で現れることが知られている。トピラマートの投薬には有効性以前に、副作用が現れないことがハードルとなっているため、PTSDの諸症状に対してファースト・チョイスとして使うのは現実的ではない。


ファースト・ラインではないもののいくつかの薬剤はPTSDの諸症状に有効であることが判明している。NICEガイドラインでも指摘のあったリスペリドン(リスパダール)、オランザピン(ジプレキサ)、プラゾジン(ミニプレス)、ブプロピオン(ウェルブトリン:未承認)、ジバルプロエクス[バルプロ酸](デパケン・セレニカ)があげられる。また、それよりも有効性は低いがチアガビン(ガビトリル:未承認)も有効なケースがあるかもしれない。


各薬剤ごとの比較形式での効果の差は以下の図で確かめられる。



下記はSSRISNRI、トピラマートのRCTの論文である。

パロキセチン
Marshall RD, Beebe KL, Oldham M, et al. Efficacy and safety of paroxetine treatment for chronic PTSD: a fixed-dose, placebo-controlled study. Am J Psychiatry. 2001 Dec;158(12):1982-8.
Simon NM, Connor KM, Lang AJ, et al. Paroxetine CR augmentation for posttraumatic stress disorder refractory to prolonged exposure therapy. J Clin Psychiatry. 2008 Mar;69(3):400-5.
Tucker P, Zaninelli R, Yehuda R, et al. Paroxetine in the treatment of chronic posttraumatic stress disorder: results of a placebo-controlled, flexible-dosage trial. J Clin Psychiatry. 2001 Nov;62(11):860-8.


フルオキセチン
Connor KM, Sutherland SM, Tupler LA, et al. Fluoxetine in post-traumatic stress disorder. Randomised, double-blind study. Br J Psychiatry. 1999 Jul;175:17-22.Meltzer-Brody S, Connor KM, Churchill E, et al. Symptom-specific effects of fluoxetine in post-traumatic stress disorder. Int Clin Psychopharmacol. 2000 Jul;15(4):227-31.
Martenyi F, Brown EB, Zhang H, et al. Fluoxetine versus placebo in posttraumatic stress disorder. J Clin Psychiatry. 2002 Mar;63(3):199-206. Martenyi F, Soldatenkova V. Fluoxetine in the acute treatment and relapse prevention of combat-related post-traumatic stress disorder: Analysis of the veteran group of a placebo-controlled, randomized clinical trial. Eur Neuropsychopharmacol. 2006 Jul;16(5):340-9.
Martenyi F, Brown EB, Caldwell CD. Failed efficacy of fluoxetine in the treatment of posttraumatic stress disorder: results of a fixed-dose, placebo-controlled study. J Clin Psychopharmacol. 2007 Apr;27(2):166-70.van der Kolk BA, Dreyfuss D, Michaels M, et al. Fluoxetine in posttraumatic stress disorder. J Clin Psychiatry.1994 Dec;55(12):517-22.


フロオキセチン・EMDR
van der Kolk BA, Spinazzola J, Blaustein ME, et al. A randomized clinical trial of eye movement desensitization and reprocessing (EMDR), fluoxetine, and pill placebo in the treatment of posttraumatic stress disorder: treatment effects and long-term maintenance. J Clin Psychiatry. 2007 Jan;68(1):37-46.


セルトラリン
Brady K, Pearlstein T, Asnis GM, et al. Efficacy and safety of sertraline treatment of posttraumatic stress disorder: a randomized controlled trial. JAMA. 2000 Apr 12;283(14):1837-44.
Brady KT, Sonne S, Anton RF, et al. Sertraline in the treatment of co-occurring alcohol dependence and posttraumatic stress disorder. Alcohol Clin Exp Res. 2005 Mar;29(3):395-401.
Davidson JR, Rothbaum BO, van der Kolk BA, et al. Multicenter, double-blind comparison of sertraline and placebo in the treatment of posttraumatic stress disorder. Arch Gen Psychiatry. 2001 May;58(5):485-92.
Friedman MJ, Marmar CR, Baker DG, et al. Randomized, double-blind comparison of sertraline and placebo for posttraumatic stress disorder in a Department of Veterans Affairs setting. J Clin Psychiatry. 2007 May;68(5):711-20.
Panahi Y, Moghaddam BR, Sahebkar A, et al. A randomized, double-blind, placebo-controlled trial on the efficacy and tolerability of sertraline in Iranian veterans with post-traumatic stress disorder. Psychol Med. 2011 Oct;41(10):2159-66.
Zohar J, Amital D, Miodownik C, et al. Double-blind placebo-controlled pilot study of sertraline in military veterans with posttraumatic stress disorder. J Clin Psychopharmacol. 2002 Apr;22(2):190-5.


セルトラリンシタロプラム
Tucker P, Potter-Kimball R, Wyatt DB, et al. Can physiologic assessment and side effects tease out differences in PTSD trials? A double-blind comparison of citalopram, sertraline, and placebo. Psychopharmacol Bull. 2003 Summer;37(3):135-49.
Tucker P, Ruwe WD, Masters B, et al. Neuroimmune and cortisol changes in selective serotonin reuptake inhibitor and placebo treatment of chronic posttraumatic stress disorder. Biol Psychiatry. 2004 Jul 15;56(2):121-8.


セルトラリン・ベンラファキシン
Davidson J, Rothbaum BO, Tucker P, et al. Venlafaxine extended release in posttraumatic stress disorder: a sertraline- and placebo-controlled study. J Clin Psychopharmacol. 2006 Jun;26(3):259-67.


ベンラファキシン
Davidson J, Baldwin D, Stein DJ, et al. Treatment of posttraumatic stress disorder with venlafaxine extended release: a 6-month randomized controlled triale. Arch Gen Psychiatry. 2006 Oct;63(10):1158-65.


トピラマート
Akuchekian S, Amanat S. The comparison of topiramate and placebo in the treatment of posttraumatic stress disorder: a randomized, double-blind study. J Res Med Sci. 2004;9(5):240
Tucker P, Trautman RP, Wyatt DB, et al. Efficacy and safety of topiramate monotherapy in civilian posttraumatic stress disorder: a randomized, double-blind, placebo-controlled study. J Clin Psychiatry.2007 Feb;68(2):201-6.
Lindley SE, Carlson EB, Hill K. A randomized, double-blind, placebo-controlled trial of augmentation topiramate for chronic combat-related posttraumatic stress disorder. J Clin Psychopharmacol. 2007 Dec;27(6):677-81.
Yeh MS, Mari JJ, Costa MC, et al. A double-blind randomized controlled trial to study the efficacy of topiramate in a civilian sample of PTSD. CNS Neurosci Ther. 2011 Oct;17(5):305-10.


下記の図はエビデンスの強度を図示したものである。セルトラリンのトライアルが最も多い人数に対して行われており、信頼性が高い。

イリノイいじめ尺度

英語でのいじめ尺度の一つ、イリノイいじめ尺度を(適当に)翻訳してみた。いじめ行為の頻度を聞く形で、いじめ加害/被害の重症度を計測する設計になっている。
アメリカでは何が「いじめ」bullyingだとされているのかが確認できる。日本と大差はないように思われる。

イリノイいじめ尺度
http://www.secondstep.org/Portals/0/G3/BPU/Evaluation_Tools/IllinoisBullyScaleStudent.pdf

生徒調査 Student Survey
過去30日間にあなたが学校でこれらのことを何回しましたか? How many times did you do these things at school in the last 30 days?


全くない
Never
1〜2回
1 or 2 Times
3〜4回
3 or 4 Times
5〜6回
5 or 6 Times
7回かそれ以上
7 or More Times
1 私は楽しみのために他の生徒を狼狽させた。
I upset other students for the fun of it.
2 グループの中で、私は他の生徒をからかった。
In a group, I teased other students.
3 私は他の学生の噂を広めた。
I spread rumors about other students.
4 私は口論や争いをたきつけたり、やり始めた。
I started (instigated) arguments or conflicts.
5 私は他の生徒に嫌がらせを手助けた。
I helped harass other students.
6 私は制度を傷つけたり、叩いたりすると脅した。
I threatened to hurt or hit another student.
7 私は争いのために生徒たちをけしかけた。
I encouraged people to fight.
8 私は他の生徒をからかった。
I teased other students.
9 怒っていたとき、私は誰かに意地悪した。
I was mean to someone when I was angry.

過去30日間にあなたは学校で何回も起こりましたか? How many times did these things happen to you at school in the last 30 days?

全くない
Never
1〜2回
1 or 2 Times
3〜4回
3 or 4 Times
5〜6回
5 or 6 Times
7回かそれ以上
7 or More Times
10 他の生徒にいびられた。
Other students picked on me.
11 他の生徒に「ゲイ」といわれた。
Other students called me “gay.”
12 他の生徒にののしられた。
Other students called me names.
13 他の生徒に叩かれたり、押されたりした。
I got hit and pushed by other students.
14 私は他の学生によって脅しつかれた。
I was threatened by other students.
15 他の生徒に、私の噂を広げたり、私に嘘をついたりされた。
Students spread rumors or told lies about me.
16 私は仲間はずれにされたり、わざとグループから締め出され続けられた。
I was excluded or kept out of a group of friends on purpose.

過去のいじめ体験が青年期に及ぼす影響

いじめの学校時期別の体験と心理尺度の関連を調べた論文。

野中公子・永田俊明、2010
「過去のいじめ体験が青年期に及ぼす影響‐体験の時期と発達の関連」
『九州看護福祉大学紀要』Vol,12,№1,115-124


サンプルの特性から。対象は4年制大学生及び専門学校生399名(男子168名、女子231名)である。

18歳〜27歳を対象とし、回答者は、男41.9%(166人)女58.1%(230人)で合計396人であった。
 “体験ある群”は78.5%(311人)、“体験ない群”は21.5%(85人)であった。
 男子は“体験ある群” 74.7%(124人)“体験ない群” 25.3%(42人)、女子では“体験ある群” 81.3%(187人)“体験ない群” 18.7%(43人)となった。

自尊感情”と“友人関係”に関わる“いじめの影響尺度”の下位尺度6項目とのPearson相関分析を行なった結果、“自尊感情”と精神的強さ(r=.297)に正の相関が、情緒的不適応(r=-.529)、同調傾向(r=-.357)、他者評価への過敏(r=-.336)に負の相関が認められた。“友人関係”においては、情緒的不適応(r=.153)に正の相関が認められた。

(1)小学校以前・小学校:
自尊感情”と“同調傾向”0.006で(p≦0.05)5%の水準で有意差が認められた。小学校以前・小学校時期のいじめ体験の影響“同調傾向”は、その後の“自尊感情”に影響を及ぼすことが言える。“友人関係”は、有意差を認めなかった。小学校以前・小学校時期のいじめ体験は、その後の“友人関係”に影響を及ぼすとは言えない。
(2)中学校:
自尊感情”は、有意差を認めなかった。中学校時期のいじめ体験は、“自尊感情”に影響を及ぼすと言えない。“友人関係”は、“他者評価への過敏”0.0022で(p≦0.05)5%の水準で有意差が認められた。中学校時期のいじめ体験の影響“他者評価への過敏”は、その後の“友人関係”に、影響を及ぼすことが言える。
(3)高校:
自尊感情”と“友人関係”は、有意差を認めなかった。高校時期のいじめ体験は、“自尊感情”と“友人関係”に影響を及ぼすと言えない。
(4)複数時期の体験
自尊感情”は有意差を認めなかった。複数時期のいじめ体験は、“自尊感情”に影響を及ぼすと言えない。“友人関係”は、他者評価への過敏が
0.007で(p≦0.01)1%の水準で有意差が認められた。複数時期のいじめ体験の影響“他者評価への過敏”は、“友人関係”に影響を及ぼすことが
言える。

小学校や小学校以前といった早期にいじめを体験すると、自尊感情は低下し同調傾向が増すが、高校時点だと影響がない。

坂西(2004)は、「いじめ被害経験者は、自己への肯定的な評価が低いという結果が得られた(Callaghan&Joseph,1995)。オーストラリアでも、いじめられる傾向のある生徒は、自尊感情が低いことがわかった(Rigby&Slee,1993)。自尊感情との関係は研究によってわかれ、坂西(2004)18)は、「たとえば、アイルランドのオ・ムーア(O’Moore,2001)の研究が示すように、いじめ被害者同様、いじめ加害者も低い自尊感情をもつという結果を報告するものもあれば、オーストラリアのリグビー(Rigby&Slee,1993)らの調査が示すように自尊感情と関係をもたないとするものもある。」とも言っている。

・坂西友秀,いじめられる青少年の心―発達臨床心理学的考察―,岡本祐子,北大路書房,P41,(2004)

いじめと自尊感情の関連には諸説あるようだ。

(1)友人関係尺度(岡田,1999,2005)42項目:本研究では、青年期の大学生に対人関係のうち最も重要な意味を持つと考えられる友人関係に焦点を当てる。 
(1)いじめの影響尺度42項目:香取(1999)の作成した「いじめの影響尺度」を用いた。いじめ体験の影響を下位尺度(Ⅰ〜Ⅵ)“情緒的不適応”
“同調傾向” “他者評価への過敏”“他者尊重”“精神的強さ” “進路選択への影響”の6つに分類してある。

・岡田努,現代青年に特有な友人関係の取り方と自己愛賚の関連について, 立教大学教職研究,21-31,(1999)
・岡田努,現代青年の友人関係・ライフイベントと自己の発達に関する研究,金沢大学文学部論集行動科学・哲学篇,第25号,P15-32,(2005)
・香取早苗,過去のいじめ体験による心的影響と心の傷の回復方法に関する研究,カウンセリング研究, vol.32,No.1,(1999)

いじめの定義

ダン・オルウェーズは、「ある生徒が、繰り返し、長期にわたって、一人または複数の生徒による拒否的行動にさらされている場合、その生徒はいじめられている」とし、文部科学省は、「当該児童生徒が、一定の人間関係のある者から、心理的・物理的な攻撃を受けたことにより、精神的な苦痛を感じているもの。なお起こった場所は学校の内外を問わない」と定義した(2006)。

ダン・オルウェーズ、松井賚夫・都築幸恵・ 角山剛訳,いじめーこうすれば防げる,川島書店, P65,(1995)
http://www.amazon.co.jp/dp/4761005688/
平成18年度「児童生徒の問題行動に関する調査」の見直しについて,文部科学省,(平成19年)
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/040/shiryo/07052301/002.pdf

Rでオッズを計算する

オッズ比は電卓でもエクセルでも簡単に計算できるので、普段は簡単に済ませるのだけども、大量にオッズ比の計算をすることがあったので、Rスクリプトを覚えがきとして残しておく。
vcd()というパッケージを使う。

d1 <- read.csv("data.csv")
library(vcd)


or01 <- table(d1$"varname01",d1$"varname02")
summary(oddsratio(or01,log=F))

対数オッズ比を計算する場合はlog=Fのオプションをとる。

大阪府公立中学校のいじめ被害実態調査

いじめ被害の実態 : 大阪府公立中学校生徒を対象にした意識・実態調査から
大阪樟蔭女子大学人間科学研究紀要 9, 155-184, 2010-01-31 
http://ci.nii.ac.jp/naid/110007592770

まずは対象。

今回,大阪府下の公立中学校2 校の生徒さんたちの協力を得て,いやがらせ=いじめについての実態調査を実施した。調査票法(自計式調査票法)による集合調査法で行い,490 名中446 名から回答を得た。有効回答率は91.0%であった。


少し長い報告なので、まとめを掲載。

(1)いやがらせ被害の経験率
1.いやがらせの種類別被害率:「冷やかしやからかい,悪口を言われた」が最も多く,以下「たたかれたり,けられたりした」,「仲間はずれや集団で無視をされた」,とつづく。
2. いやがらせ被害の種類別内訳:「冷やかしやからかい,悪口を言われた」が最も多く,以下「たたかれたり,けられたりした」,「仲間はずれや集団で無視をされた」,とつづく。
3.いやがらせ被害経験の有無:「いやがらせ被害経験あり」が52.5%,「いやがらせ被害経験なし」が47.5%で,「いやがらせ被害経験あり」が過半に達している。


(2)最も傷ついたいやがらせ被害経験
1. 最も傷ついたいやがらせの選択数・内訳比・選択比:選択数・内訳比が最も多かった(高かった)のは「冷やかしやからかい,悪口を言われた」,選択比は「仲間はずれや集団で無視をされた」が最も高かった。選択比の2 番目は「冷やかしやからかい,悪口を言われた」であった。
2. 動揺の程度:「とても動揺した」が最も多かった。
3. いやがらせの相手(加害者):「クラスメイト」が最も多かった。
4. 相手(加害者)の人数:「一人」が最も多かった。
5. 場所:「教室」が最も多かった。
6. 継続期間:「1 回だけ」が最も多かった。
7. 対処法:「親に相談」が最も多く,次いで「誰にも相談しなかった」であった。
8. 対処の結果:「いやがらせがなくなった」が8 割強を占めた。
9. いやがらせがなくなった理由:「自然になくなった」が最も多く,次いで「先生が注意してくれた」であった。


(3)いやがらせ被害の男女間比較
1.「冷やかしやからかい,悪口を言われた」:「女子」のほうが被害経験率が高かった。
2.「たたかれたり,けられたりした」:「男子」のほうが被害経験率が高かった。
3.「仲間はずれや集団で無視をされた」:「女子」のほうが被害経験率が高かった。
4.「お金をとられたり,持って来いと言われた」:「男子」のほうが被害経験率が高かった。
5.「持ち物をかくされたり,こわされたり,ぬすまれたりした」:「男子」のほうが被害経験率が高かった(n.s.)。
6.「パソコンや携帯電話で悪口を書き込まれたり,いやなことをされた」:「女子」のほうが被害経験率が高かった。
7.「上の項目以外でいやがらせを受けた」:「女子」のほうが被害経験率が高かった。
8.「いやがらせ被害経験の有無」:「女子」のほうが被害経験率が高かった。
9.「最も傷ついたいやがらせ被害経験」:「たたかれたり,けられたりした」で「男子」,「仲間はずれや集団で無視をされた」で「女子」,「持ち物をかくされたり,こわされた
り,ぬすまれたりした」で「男子」のほうが被害経験率が高かった。
10.「動揺の程度」:「動揺した」の比率は「女子」のほうが高かった。11.「いやがらせの継続期間」:概して,「男子」は「1 回だけ」が多く,いやがらせを「繰り返し受けている」のは「女子」に多い
12. 「何もしないでいやがらせをされるまま」(対処法):「女子」のほうが多かった。
13.「一人でやり返した」(対処法):「男子」のほうが多かった。
14.「親に相談」(対処法):「女子」のほうが多かった。
15.「きょうだいに相談」(対処法):「きょうだいに相談」したのは「女子」のみであった。
16.「友だちに相談」(対処法):「女子」のほうが多かった。
17.「担任の先生に相談」(対処法):「女子」のほうが多かった(n.s.)。
18.「誰にも相談しなかった」(対処法):「女子」のほうが多かった(n.s.)。
19.「いやがらせがなくなった理由」(いやがらせがなくなった場合):「みんなで話し合いをした」では「女子」,「自然になくなった」では「男子」,「いやがらせをする子に抗議
をした」「自分の代わりに他の子がいやがらせを受けた」「友だちがとめてくれた」の3項目では「女子」の比率が高かった。


(4)いやがらせ被害の背景要因
1.「保護者は回答者の話を真剣に聞いてくれる」と「いやがらせ被害経験の有無」との関係:「保護者は回答者の話を真剣に聞いてくれる」場合,「いやがらせ被害経験なし」が多い。
2.「1 番悩んだり心配していること」と「いやがらせ被害経験の有無」との関係:「友人関係」「その他」「母親との関係」に悩んだり心配している場合は「いやがらせ被害経験あり」が多く,「悩みや心配はない」場合と「塾や習い事」「きょうだいとの関係」に悩んだり心配している場合とでは「いやがらせ被害経験なし」が多い。
3.「悩み・心配の有無」と「いやがらせ被害経験の有無」との関係:「悩み・心配がある」場合は「いやがらせ被害経験あり」が多く,「悩み・心配はない」場合は「いやがらせ被害経験なし」が多い。
4.「休み時間や放課後などに多くの友だちより,決まった友だちと一緒にいる」と「いやがらせ被害経験の有無」との関係:「決まった友だちと一緒にいる」と答えた生徒の場合は「いやがらせ被害経験あり」が多く,「いない」と答えた生徒の場合は「いやがらせ被害経験なし」のほうが多かった。


(5)「現在の心理的状況」といやがらせ被害経験の有無
1. 生徒の「現在の心理的状況」:肯定的な心理的状況において比率が最も高いのは「どんな人でも無理なく仲良くできる」で,次いで「将来に希望が持てないときがない」であった。逆に,否定的な心理的状況において比率が最も高いのは「自分に自信が持てないときがある」で,次いで「今の自分に満足していない」であった。
2.「現在の心理的状況」の分布:「心理的損傷やや少ない」(38.6%),「多い」(25.6%),「少ない」(20.6%),「やや多い」(15.2%),の順であった。
3.「現在の心理的状況」のいやがらせ被害経験の「有無」間での比較:「いやがらせ被害経験なし」のグループでは現在の心理的状況が「良好」であり,「いやがらせ被害経験あり」のグループでは「不良」であることが,統計的に立証された。


(6)いやがらせの原因といやがらせへの対応策
1. いやがらせの原因:多いほうから順に,「いやがらせをする人に問題がある」,「いやがらせをされる人に問題がある」,「いやがらせをする子の親のしつけに問題がある」,「学級の生徒全体に問題がある」,「社会全体に問題がある」,「先生や学校の指導に問題がある」,「その他」,となっている。
2. いやがらせへの対応策:多いほうから順に,「先生がいやがらせをする子に注意する」,「学校で話し合いをする」,「家庭でのしつけの見直しをする」及び「社会で許さないというきまりをつくる」,「学校に相談窓口をつくる」及び「学校で道徳などの授業をする」及び「地域で子どもを育てる環境をつくる」,「その他」,となっている。

興味深い事実がいくつか発見されているが着目したいのは2点。
「母親との関係」について最も悩んだり心配している生徒はすべて「いやがらせ被害経験あり」である点だ。片方のセルがゼロなので統計的手法は使えないが、家庭の問題がどういう経路かを通して影響していると示唆される点だ。一方で「父親との関係」に関しては関連が特に見られない。


もう一つはいじめの収束方法である。別の生徒がいじめられたという経過をたどったものと男女をクロス集計表にしたものが下記である。

性別 別の生徒へ 他の経緯 合計
男性 1 85 86
女性 4 99 103
合計 5 184 189
フィッシャーの正確確率有意検定の結果、p-value = 0.3786(95%C: 0.0058-3.0328)という結果。5パーセント水準で有意ではないのだが、信頼区間を見る限りn不足が原因である。サンプルサイズが倍ほどあれば確実に検定は通るだろう。つまり、何が言いたいかというと、いじめが生徒間が回っていくという形態は「女子」に見られるものであることである。そして頻度は3.2%。ないわけではないが、「よくあることではない」。


「いじめに参加しないと私がいじめられる」といったことはよく聞くのだが、それはこのデータの上では稀な現象であるように思われる。別のデータでは別の傾向が出るかもしれないが、それほど頻繁に起こっているわけではないかもしれない。被害者になることを避けるために加害者になるというストーリーは「物語」として非常に面白い。そのことから、一部の社会学者やマスコミがそういったいじめを強調しすぎている可能性は少なからずあるのではないだろうか。

いじめの諸定義

小林英二・三輪壽二,2013,
「いじめ研究の動向 : 定義といじめ対策の視点をめぐって」
茨城大学教育実践研究』(32): 163-174.

文科省は,2006 年に,いじめを,「当該生徒が,一定の人間関係のある者から,心理的・物理的な攻撃を受けたことにより,精神的な苦痛を感じているもの」(文部科学省通知)として,それまでの定義を変更した.

文部科学省. 2013年1月28日現在.「学校におけるいじめ問題に関する基本的認識と取組のポイント」
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/06102402/002.htm

柳田(2011)は,この文科省の新しい定義を肯定的に評価して次のように述べている。「この定義の特徴は,生徒の未熟さによるトラブルや軋轢と深刻な攻撃を区別しないこと,そして,攻撃の特質にかかわりなく当該生徒が苦痛を感じているものすべてをいじめと定義することにある。

以前の定義(1995 年)は,『自分より弱いものに対して一方的に,身体的・心理的な攻撃を継続的に加え,相手が深刻な苦痛を感じているもの』であるが,ここにおける『一方的』『継続的』『深刻』という特質の区別が,『一方的ではない』『継続的ではない』『深刻ではない』,さらに3 つすべてに該当しないのでいじめではないなどの理由によって,いじめ把握を困難にしてきたからである」と述べ,以前の定義のような第三者によるいじめの判断では,それを発見するのは難しいと指摘する。

柳田泰典.2011.「いじめと嗜虐的攻撃に関する研究―内藤朝雄『いじめの社会理論』を中心に―」『長
崎大学教育学部紀要』教育科学75,11-24.

新保(2008)は「この定義ではあまりにも『いじめの境界』が広がり,単に本人が『精神的苦痛を感じている』か否かだけで判断していいのかなど,逆にあいまいさが際だつ」と述べ,いじめの定義が逆にいじめをあいまいなものとしていると指摘している。

新保真紀子.2008.「現代のいじめ―大阪子ども調査を中心に―」『神戸親和大学児童教育学研究』27,24-39.

スウェーデンにおいていじめの研究と対策実践に取り組んでいるダン・オルウェーズ(Olweus,D)(1995)は,いじめを「ある生徒が,繰り返し,長期にわたって,一人または複数の生徒による拒否的行動にさらされている場合,その生徒はいじめられている」と定義している。

ダン・オルウェーズ(Olweus,D).1995.『いじめこうすれば防げる―ノルウェーにおける成功例―』14 頁(川島書店)

森田・清永(1994)は,「いじめとは,同一集団内の相互作用過程において優位にたつ一方が,意識的に,あるいは集合的に,他方にたいして精神的・身体的苦痛をあたえることである」としている。

ミッシェル・エリオット(Elliot,M)(1999)は『いじめと闘う99 の方法』において,「いじめとは,ほかの人間を傷つける目的で攻撃すること」と定義している。その中で「ふつういじめはひとりの児童に対して,一定期間集中的に行われますが,たった一度だけの場合もあります」と述べている。

ミッシェル・エリオット(Elliott,M). 1999.『いじめと闘う99 の方法』9 頁(講談社

神谷(1993)は,「学校の中でほぼ同年齢層の児童・生徒の間で優位にたつ一方が,標的となる他方に対して,心理的または身体的・物理的に,意図的に傷つけたり,害を加えたりする行為」と定義している。

神谷かつ江.1993.「いじめに関する一考察」『東海女子短期大学紀要』19,197-206.

遠藤ら(1997)は,幼児期のいじめを研究する過程で,いじめを「同一集団内で単独又は複数の成員が,人間関係の中で弱い立場に立たされた成員に対して,身体的暴力や危害を加えたり,心理的な苦痛や圧力を感じさせたりすること」と定義した上で,「このような意図的な行為は幼児の場合,一般的には成立しにくいと考えられる。

遠藤良江・和田信行・井上千枝美・河邉貴子.1997.「幼児期の「いじめ問題」をどう考えるかその(1)―幼児はどのようなときに,「いじめられた」と感じるか」『日本保育学会研究論文集』50,594-595.

畠山・山崎(2003)は,過去の諸研究を概観し,いじめの定義には3つの要素が共通していることを指摘している。すなわち,①加害者は複数である,②加害者が被害者に対して長期的かつ繰り返し攻撃的行動や拒否的行動を行う,③被害者が精神的な苦痛を抱く,の3つである。そして,いじめを「ある子どもが,継続的に複数の子どもに攻撃・拒否的行動を受け,精神的苦痛が生じた場合,その子どもはいじめられている」と定義している。

畠山美穂・山崎晃.2003.「幼児の攻撃・拒否的行動と保育者の対応に関する研究:参与観察を通して得られたいじめの実態」『発達心理学研究』14 巻3 号,284-293.

このように,いじめの定義についての諸議論を概観してみると,いじめを定義する際には,6 つの視点があることがわかる。すなわち,(1)加害者の人数,(2)立場の優位性の有無,(3)継続性の有無,(4)加害者側の意図性,(5)攻撃の種類,(6)被害者側の苦痛,である。これらの視点から,

(1)加害者の人数:人数については,いじめを行う側が,単数か複数かということである。文科省の定義(新・旧いずれも)をはじめ,多くの研究者は,人数については明確にしていないが,“加害者は複数”という考え方に立っているように推測される。
(2)立場の優位性の有無:文科省の旧定義や森田・清永の定義では,優位性の有無(人数や権威など)を考えることで,けんか等と区別できるようにしている。ほとんどの研究者が「優位な立場の者がいじめを行う」という特徴を認めている。しかし,文科省の新定義では,これを除外しており,けんかや優位な立場にある者が被害を訴えてもいじめとして認定されることになる。
(3)継続性の有無:以前の文科省やオルウェーズの定義は,繰り返し性,長期性をいじめの要件とし,一過性のものはいじめには含まないとしているのに対し,エリオットは,たった一回の出来事でもいじめに含めるべきであると主張している。この継続性の論点は,多くの研究者の中でも意見が分かれるところである。ただ,文科省の新定義は,継続性の有無を定義から除外し,「いじめは回数ではない」という立場に立っている。
(4)加害者側の意図性:加害者の意図性を重視する定義もあるが,ほとんどは行動レベルで捉えており,たとえ意図的でなくても行動した時点でいじめとしている。
(5)攻撃の種類:ほとんどの研究者が心理的,物理的な攻撃としており、これについては共通認識があると言ってよいだろう。しかし,どのような行為を攻撃とするか,については文科省や研究者がどれだけ列挙しても,現実場面では意見が分かれてしまいがちである。
(6)被害者側の苦痛:被害者が苦痛を感じていることは,全ての研究者や論者がいじめの条件としている。