以前のエントリの続きである。
精神科の選び方1 ガイドライン
精神科の選び方2 血液検査
今回はベンゾジアゼピン系の薬剤についてである。
最近はベンゾジアゼピンの処方がやり玉にあがることが多い。ベンゾジアゼピンとされる薬剤は主に下記の薬剤である。睡眠薬を除き処方頻度の高いものをリストアップした。
エチゾラムはベンゾジアゼピン系ではないが同様の作用を持つため、本稿ではベンゾジアゼピン系の薬剤と同様に扱う。
精神科の選び方としてベンゾジアゼピンを使わない医師を項目に挙げているケースは多々見られる。ネットを検索してもらえば、その種の情報はたくさん出てくるはずである。その理由はベンゾジアゼピンには乱用と依存症があり、長期服薬による副作用が確認されているためである。
ベンゾジアゼピン回避するという方向性は間違いではないが、ベンゾジアゼピンを完全排除した治療は現実的ではない。ベンゾジアゼピンが悪だと決めけるのではなく、どのような状況でベンゾジアゼピンは使うべきなのか、使うべきではないかを見極める必要がある。
有能な医師がベンゾジアゼピンを使わないわけではない。従って、ベンゾジアゼピンを出す医師がダメと決め込むのは得策ではない。ベンゾジアゼピンを目の敵のように扱う論調はむしろ害悪である。
ほんどの薬には副作用があり、望まない効果がある。しかし、他の薬剤で代替がきかず、デメリットに比較してメリットが大きいならば、使う根拠になりうる。ベンゾジアゼピン批判をするだけではなく、ベンゾジアゼピンの正しい使い方を押さえることが必要なのだ。
ガイドラインにおけるベンゾジアゼピンの扱いについてまず確認しよう。
日本 うつ病学会ガイドライン
https://www.secretariat.ne.jp/jsmd/mood_disorder/img/160731.pdf
中等症・重症うつ病
必要に応じて選択される推奨治療
ベンゾジアゼピンの一時的な併用
推奨されない治療
ベンゾジアゼピンによる単剤治療
抗うつ薬以外の薬剤として、軽症に限ったことではないが、ベンゾジアゼピン系抗不安薬の抗うつ薬への併用が治療初期には抗うつ薬単独よりも治療効果が高いことが示されており(Furukawa et al., 2002)、選択肢となりうる。しかし、脱抑制、興奮といった奇異反応の出現に十分注意すべきである他、乱用や依存形成に注意し、安易な長期処方は避けることが望ましい。特にアルコールをはじめとした物質依存の合併・既往のある場合には推奨されない。(p.32)
単剤はNG、併用はOKだが長期使用はNGである。
また依存傾向・既往のある人には処方しないとされている。
2. 不安障害
不安障害の日本語ガイドラインは整備が不十分なので英語で出版されているガイドラインから引用する。
NICE(英国国立医療技術評価機構) ガイドライン
社交不安障害
https://www.nice.org.uk/guidance/cg159/
全般性不安障害・パニック障害
https://www.nice.org.uk/guidance/cg113
World Federation of Biological Psychiatry (WFSBP)ガイドライン
https://www.wfsbp.org/fileadmin/user_upload/Treatment_Guidelines/Bandelow_et_al_01.pdf
NICE(社交不安障害)では「ベンゾジアゼピンも使用されているが、長期使用は推奨されない。」*1とされている。
WFSBPではベンゾジアゼピンは下記のように扱われている。
ベンゾジアゼピン
経口または非経口投与の後、抗不安作用は数分以内に始まる。一般的に、安全面での実績がある。中枢神経系抑制のため、ベンゾジアゼピンは、鎮静、めまい、反応時間の延長と関連するかもしれない。
したがって、認知機能および運転技術に影響がでる。2~3週間または数カ月のベンゾジアゼピンの継続的治療後に、低用量の依存性がかなりの数の患者で生じることがある。ベンゾジアゼピン、アルコールまたはその他の精神活性物質乱用の既往がある患者は、通常、使用をしないか、専門的な治療環境で綿密に監視すべきである。
不安の増加を抑制するために、治療の最初の数週間はベンゾジアゼピンをセロトニン作動薬と併用してもよい。通常は、ベンゾジアゼピンは定期的な投与計画とともに使用すべきである。
短期的苦痛(例えば、飛行機旅行や歯科恐怖症)の治療においてのみ、必要に応じて使用は正当化されるかもしれない。ベンゾジアゼピン類は、急性ストレス障害やうつ病の併存や強迫性障害には有効ではないことに注意すべきである。*2
WFSBPも短期使用はOK、長期使用はNG。また、治療の最初SSRIと併用するのはOKということも書かれてある。NICE(英国国立医療技術評価機構)も内容は同じである。また、先ほど見たうつ病のガイドラインと内容は同じである。ベンゾジアゼピンの使用方法はうつ病でも不安障害でも基本的には同じなのだ。
ただし、不安障害の中でもパニック障害と全般性不安障害に関しては、例外が存在する。WFSBPから引用する。パニック障害では「重度の発作では短時間作用型ベンゾジアゼピンがが必要となることがある」*3と書かれており、パニック発作時にはベンゾジアゼピンは必要とされている。
従って、発作がないのに毎日ベンゾジアゼピンを飲むのはNGである。たまに飲むからベンゾジアゼピンが効く。毎日飲むと耐性がつく。ベンゾジアゼピンが必要な精神疾患であるからこそ、服用方法はより厳格さが求められる。
全般性不安障害は「全般性不安障害の第一選択治療は、SSRI、SNRIおよびプレガバリンである。その他の治療法には、ブスピロンやヒドロキシジンがある。ベンゾジアゼピンは、他の薬物または認知行動療法が無効であった場合にのみ長期治療に使用すべきである」*4とある。
基本的にはガイドラインはの指示通り使うべきである。ただ臨床では必ず例外が存在する。もし、担当の医師が長期的にベンゾジアゼピンを処方している場合には、なぜ必要なのかを医師に聞いた方が良い。長期的な使用は例外であるため、なぜ例外的に処方されているか、という説明があれば、その医師はハズレではない。
不眠症の治療においてベンゾジアゼピンを避けることはかなり難しい。睡眠薬の大半はベンゾジアゼピン系である。比較的新しいゾルピデム(マイスリー)、エスゾピクロン(ルネスタ)などZ系と呼ばれる睡眠薬も、ベンゾジアゼピン受容体に作用する薬である。
ベンゾジアゼピン受容体は、睡眠と関連があるω1受容体と不安と関連があるω2に分かれ、Z系はω1へ選択的に作動する。当初ベンゾジアゼピンのような乱用・依存はないと期待されてきたものの、実際にはベンゾジアゼピンと似たよう副作用が頻度は少ないものの発生している(Hajak ea al. 2003)。
ベンゾジアゼピン受容体と関連がないのは、メラトニン受容体に作用するラメルテオン(ロゼレム)、オレキシン受容体拮抗薬のスボレキサント(ベルソムラ)である。しかしの薬がベンゾジアゼピンやZ系と同様の効果を持つわけではない。ラメルテオンは睡眠リズムを整えるもので目的が異なる。スボレキサントの入眠作用は明らかに弱い。そのため、ベンゾジアゼピンもしくはZ系の処方を止めることは難しいのである。
とはいえ、すべての睡眠薬の処方が正しいとも言いづらい。
睡眠薬以外の方法で不眠に取り組むことが可能であるからだ。
もちろん睡眠薬を入れないと十分な睡眠がとれないケースは多いが、下記の方法を行えば、睡眠薬なしに寝ることも可能なケースもある。
一般向けの行動療法としては次の本がある。
睡眠日記をつけるのが大変という人にはiPhoneのアプリである「Sleep Meister」がよい。
苦労して睡眠日記をつけることに治療効果があるため、睡眠日記をつけることとアプリでお手軽に計測するのと同じではないが、睡眠の状態が客観的に把握できるのであれば、アプリでも構わないようにも思う。
入眠に関しては漸進的筋弛緩法か有効性が確かめられている。
relaxation training
エビデンスに関しては以下の本にまとめられている。
"長期的に"睡眠薬を服用せざるを得ないのであれば、このような非薬理学的アプローチを試すのが正しい順序である。
患者の不眠の訴えに反射的に睡眠薬を出す医師が多いように思う。不眠の訴えに対して薬以外の対処法は無いか医師に聞くと行動療法や筋弛緩法などについて教えてくれたり、本の紹介などをする医師ははハズレではないと思う。しかし、睡眠薬しか出せない医師はハズレだと言ってよい。
マイナー漬け
ベンゾジアゼピンを常用することは「マイナー漬け」と呼ばれている。ベンゾジアゼピンは昔はマイナー・トランキライザーと呼ばれていたため、略してマイナーと呼ぶ慣習がある。
語感からもわかるように「マイナー漬け」は良い意味ではない。薬物療法の失敗例、医師の技量の低さ、患者の薬物依存傾向という意味が含まれている。ただ単に、医師を批判しているだけではないところも重要である。
ベンゾジアゼピンには依存性がある。自身の精神疾患を治すよりも、クリニックにベンゾジアゼピンを貰いにやってくる患者が一定数いるのは事実である。そのような患者にベンゾジアゼピンを止めるというと、その患者はベンゾジアゼピンがもらえる別のクリニックを探してベンゾジアゼピンを飲み続ける。
正確な統計はないが「マイナー漬け」になっている患者も多い。批判されるべきなのは技量の低い医師だけではなく、ベンゾジアゼピンを求める患者も同様である。
日本では問題になっているのはデパス(エチゾラム)である(参照)。アメリカではザナックス(アルプラゾラム)である。Wikipediaの日本語の項目にも少しだけ記述がある(参照)。日本でのアルプラゾラムの先発品はソラナックス、コンスタンという名前である。
ガイドラインにも書かれているように、マイナー漬けになりやすいのは「アルコールをはじめとした物質依存の合併・既往のある場合」である。しかし、物質依存の既往がなくてもベンゾジアゼピンを飲むうちに依存が形成されることもある。患者によってマイナー漬けのリスクは異なるが、リスクが低い場合でもベンゾジアゼピンの長期服薬には十分気を付けるべきである。
所感
以下は個人的に見聞きした範囲での話をまとめているだけなので、あくまでも主観的な内容である。
精神科に罹った知り合いなどの処方を聞いていると、ベンゾジアゼピンがほぼ全員にもれなく処方されている印象がある。うつ病だと、抗うつ剤+ベンゾジアゼピン+睡眠薬という3点セットが定番である。この3点セットがあまり効かない場合は、エビリファイなどの抗精神病薬を付加する医師もいる。うつ病の場合、ガイドラインにも書かれてあるが、効果が不十分であれば、どんどん薬を足していくのではなく、抗うつ剤の変更をするのが標準的な対応だが、抗うつ剤を変えない医師が多い。
医師が抗うつ剤を変えない理由は、患者の病状の変化に無関心か、薬を変えて悪化した時のことが不安という動機くらいしか現在のところ読み取れない。
比率としては前者が個人的に見聞きした範囲では多い。つまり治す気がないとしか思えない医師である。これは患者から聞いた話ではなく、付き添いで同行した際に感じることである。
先の3点セットだが、この組み合わせ自体はそれほどおかしなものではない。うつ病には不眠症が併存し、抗うつ薬によっても不眠は起こる。また、うつ病と不安障害も併存することが多いため、この3種類の薬を処方する機会は多い。しかし、問題なのはベンゾジアゼピンが28日分なら28日分処方され、それがクリニックに通い始めてから途切れず続いている点である。ベンゾジアゼピンは、例外を除いて、毎日飲む薬ではない。
また、気になるのは、同じクリニックに通っている人に処方されている薬を聞いてみると、全く同じであり、かつ、効果が乏しくても薬を変えない医師がいることである。一時期はパキシル+レキソタン+睡眠薬という組み合わせばかり処方している医師が多くいたように思う。レキソタンのところがデパスやソラナックス/コンスタンのパターンもある。最近はパキシルが選択される率が落ちている印象であるが、パキシルを判を押したように処方する医師が残っている。誤解がないように言っておくと、パキシルという薬自体は悪い薬ではなく、すべての患者にパキシルを出していたり、効果が乏しいのに続けるという使い方が間違っているだけである。