井出草平の研究ノート

MAP(最小平均偏相関)

探索的因子分析において因子数を決定する基準として使われるMAPについて。

MAP:Minimum Average Partial correlationであり、日本語だと最小平均偏相関になる。
Velicerによつて開発された方法である。

link.springer.com

因子数を決める基準はどれが適切かという議論は比較的多くされているようだ。

下記の論文ではMAPについて次のように書かれている。

http://www.glmj.org/archives/articles/Pearson_v39n1.pdf

試験1では、VelicerのMAPはある程度良好であった;しかし、PA-R、BICLRTほどではありませんが、BICPA-Rと同様に、変動率が小さい場合には過小評価される可能性があった。また、過小評価はBICPA-Rよりも変動率に影響をうける。その傾向は研究2でより厳しく、この知見はZwickとVelicer(1986)のそれと類似していた。 したがって、MAPを用いている研究者は、特に変動因子比が低い場合には、この方法が示唆するよりも1つまたは2つ多い因子を用いたモデルを試した方が良いかもしれません。一般的な統計パッケージではMAPも並行分析も標準的な選択肢ではないため、これらのいずれか外部ツールを使うことになる。分析者は代わりに共通因子並行分析を試みるべきである。

この論文ではAICの結果が良かったとされている。
少なくとも、AIC>BICであるのは確かなようだ。

ともあれRを用いたMAPの出し方を書いておこう。
psychパッケージのVSS()で計算することができる。

personality-project.org

psychパッケージでのMAPの求め方

library(psych)
data(bfi)
d1 <- bfi[1:25]

IPIP-NEOのデータを使用する。IPIP-NEOの詳細はこちら 5因子5問ずつのデータを使うので1~25列目までをd1に格納した。

res01<-vss(d1)
print(res01,digits =4) 

偏相関の値がわりと同じような数値になりやすいため、小数点以下を4桁に調整してみた。

VSSはどれが提案されたのかがちゃんと文章で出るようになっている。

The Velicer MAP achieves a minimum of 0.0148 with 5 factors

ということで5因子が提案されたようだ。

追記:

MAP基準の推定方法を指定できるようだ。

vss(data, fm="minres")  #最小残差法
vss(data, fm="mle") #最尤法
vss(data, fm="pc") #主成分

www.rdocumentation.org

Mplusで探索的因子分析を行う

Rでの方法はこちらを参照。

ides.hatenablog.com

データはRのpsychパッケージに含まれるものを利用するので、作成方法は下部に記載する。 (追記: 2021/12/06) データの内容についてはこちらを参照。

Mplusのコード

TITLE:
    Exploratory Factor Analysis by Mplus, using IPIP-NEO data.

DATA:
    FILE = "bfi.dat";

VARIABLE:
    NAMES = A1-A5 C1-C5 E1-E5 N1-N5 gender education age;
    USEVARIABLES = A1-A5 C1-C5 E1-E5 N1-N5;
    MISSING = .;

ANALYSIS:
    TYPE = EFA 3 6;
    ESTIMATOR = ML;
    ROTATION = oblimin;
    PARALLEL = 50;

PLOT:
   TYPE = plot2;

OUTPUT:
    residual;

DATA:
データを置いた場所を指定する。日本語のフォルダ内に入れない方が良い。データのエンコードUTF-8にしておこう。

VARIABLE:
今回使うのはA1からN5の25個のデータ。

ANALYSIS:
EFAとはExploratory Factor Analysisの省略。
3 6となっているのは、3因子モデルから6因子モデルを検討するという意味。
推定法はML、回転はオブリミオン回転を指定している。回転を指定しない場合のデフォルト値はオブリミオン回転なので、指定はしなくてもよい。
PARALLELは平行分析のサンプリング数。この数を大きくすると、計算が長くなるのでほどほどにしておこう。Mplusのマニュアルでは50回と例示されてある*1が、 Finch & Bolin(2017)では1000という例示がある(p.177)のでマシンパワーがあれば大きい数字でもよいのだろう。

PLOT:
スクリープロットの出力を指定。

まず因子数を決めることから始める。 とはいっても、このデータの妥当な因子数はよくわからない。

ガットマン基準

RESULTS FOR EXPLORATORY FACTOR ANALYSIS


           EIGENVALUES FOR SAMPLE CORRELATION MATRIX
                  1             2             3             4             5
              ________      ________      ________      ________      ________
                4.729         2.581         2.019         1.468         0.979

固有値1を超えるのは4因子モデルである。5因子モデルになると0.979と1を切るため、固有値を1以上とするガットマン基準からは4因子モデルが提案される。

モデル改善の検定

モデルのフィッティングを見てみよう。

SUMMARY OF MODEL FIT INFORMATION


                                  Degrees of
     Model           Chi-Square    Freedom     P-Value

     3-factor          2794.270       133       0.0000
     4-factor          1376.733       116       0.0000
     5-factor           903.210       100       0.0000
     6-factor           649.008        85       0.0000

                                               Degrees of
     Models Compared              Chi-Square    Freedom     P-Value

     3-factor against 4-factor      1417.537        17       0.0000
     4-factor against 5-factor       473.523        16       0.0000
     5-factor against 6-factor       254.203        15       0.0000

Models Comparedのところをみると、モデルが改善されたかがわかる。改善しなくなったところで打ち止めをするのが通常である。具体的にはカイ二乗検定のP値をみる。例えば、6因子モデルのP値が0.360とかになっていると、モデルが改善していないとして、一つ前の5因子モデルを採用する。

ただ、実際には6因子モデルも0.000なので、5→6因子モデルにすることによってフィッティングは改善していることになっている。

追記(2021/12/05)
Bengt O. Muthenは下記の記述があった。 http://www.statmodel.com/discussion/messages/8/26371.html?1539133417

このような矛盾したメッセージは、実際のデータでもよく起こる。なぜなら、データは、ある数の因子を持つ完全な因子モデルを表していない可能性があるからである。例えば、m個の因子があっても、いくつかの残差相関がある場合がある。この場合、カイ二乗はmよりも多くの因子を持つべきだとでますが、これは本当のモデルではない。これは、いくつかの因子が2つの有意な負荷量しか持たないことでよく現れる。残差相関が存在するかどうかを確認するために、修正指数を見てほしい。一般的には、平行分析の方がこの問題に強いかもしれないが、これが徹底的に研究されているかどうかはわからない。そしてもちろん、どのような解決策がトピックの理論とどのように関連しているかを確認する必要がある。

MAP

Velicer(1976)のMinimum Average Partial(MAP)はMplusのオプションには含まれないようだ*2

MAPの値を出せるのは、服部先生の「忍者はっとりくん」、清水先生のHAD、RのpsychパッケージにあるVSS()関数のようだ。MAPのデータが必要な時には別のプログラムが必要である。

BIC

Model BIC
3-factor 184190.261
4-factor 182907.658
5-factor 182561.134
6-factor 182425.992

BICは小さいほうがフィッティングがよいとされている。微妙に数値が現象して行っているが、6因子が最も小さく、値も劇的に改善しているとも言いづらいため、あまり参考にはならなさそうである。

ちなみに、BICはプロマックス回転では出力されない。

スクリープロット

下の図はスクリープロットと平行分析の図である。

f:id:iDES:20190712174514p:plain

スクリープロットは推移がなだらかになる前までの数値を採用するので、4因子モデルが良さそうである。

平行分析

黒色の斜め横点線より上側の因子数を採用する方法である。清水先生のブログでちゃんと説明されているのでま詳しい解説はそちらで。

このデータの場合は4因子モデルが支持されている。

結論

基準を総合すると4因子モデルがよさそうである。
このデータはNEOなのでもともとは5因子モデルのデータであったはずなのだが、統計量は4因子モデルを指示している。

データ作成 追記: 2021/12/06

Rで作成する。

データ呼び出し

library("psych")
data(bfi)
df1 <- bfi

実数型に変数型を変更

df1$A1<-as.numeric(df1$A1)
df1$A2<-as.numeric(df1$A2)
df1$A3<-as.numeric(df1$A3)
df1$A4<-as.numeric(df1$A4)
df1$A5<-as.numeric(df1$A5)
df1$C1<-as.numeric(df1$C1)
df1$C2<-as.numeric(df1$C2)
df1$C3<-as.numeric(df1$C3)
df1$C4<-as.numeric(df1$C4)
df1$C5<-as.numeric(df1$C5)
df1$E1<-as.numeric(df1$E1)
df1$E2<-as.numeric(df1$E2)
df1$E3<-as.numeric(df1$E3)
df1$E4<-as.numeric(df1$E4)
df1$E5<-as.numeric(df1$E5)
df1$N1<-as.numeric(df1$N1)
df1$N2<-as.numeric(df1$N2)
df1$N3<-as.numeric(df1$N3)
df1$N4<-as.numeric(df1$N4)
df1$N5<-as.numeric(df1$N5)
df1$O1<-as.numeric(df1$O1)
df1$O1<-as.numeric(df1$gender)
df1$O1<-as.numeric(df1$education)
df1$O1<-as.numeric(df1$age)

この作業はMplusAutomation()がnumericでないとうけつけないため。

Mplusデータの書き出し

library(MplusAutomation)
variable.names(df1) # 変数名を書き出し
prepareMplusData(df1, filename="bfi.dat", overwrite=T)

ユースケ・サンタマリアのうつ病

ユースケ・サンタマリアはある時期、うつ病であったようだ。

文庫版でユースケ・サンタマリアのインタビューが追加されている。他のインタビューに答えている人はうつ病かよくわからないが、ユースケ・サンタマリアに関しては比較的重症のうつ病であったようだ。

ユースケ 病院に行くと異常なしで、「じゃあストレスだ」って心療内科とかに行かされるわけですよ。そうすると、欝じゃないのにそういうとこに行くことになっちゃった人って、先生からいろいろ言われたときに芝居しちゃうっていうか、そっちに引きずられちゃうんですよ。先生が僕の目とかじっと見ながらしゃべってるんだけど、ちょっと目線をキョドらせてみたりとか(笑)。人間のわけわかんないところなんだけど、その場に乗っかっちゃう。
吉田 なぜか期待に応えようとしちゃうわけですね(笑)。
ユースケ そう。で、やっぱり「ちょっと欝の気があるね」って抗欝剤とか出されちゃって、知り合いにその薬を見せたら「絶対に飲まないほうがいい。こんなもん飲んだらホントに病気になっちゃうよ」って言われて。だから飲んでないんだけど、そんな薬でこの症状が治まるんなら飲もうかな、みたいな。藁にもすがるような思いで、占い師みたいな人に診てもらったりね。宗教に走る人の気持ちがちょっとわかったというか。「わかります。誰でもそうなりますよ」とか言われると信じちゃうんだから。弱ってると信じちゃうんですよね。だからちょっと高い授業料を払って。で、ホントに悪かったのは五年ぐらいです、ゲロゲロで。

占い師には見てもらったが、抗うつ剤は飲まなかったらしい。

実際のところはわからないが、抗うつ剤を入れていたら、簡単に治っていたように思う。抗うつ剤を入れるとずっと飲まないといけないというのは誤りで、うつ病がなおっていれば、比較的簡単に抜くことができる。

ずっと抗うつ薬を飲んでいる人というのは、うつ病が治っていないから飲んでいるだけにすぎない。惰性で飲んでいる人もいるとは思うが。

抗うつ剤を飲んだら「ホントに病気になっちゃうよ」というのは、原因と結果が逆転している。病気だから薬を飲むのである。

抗うつ剤への抵抗はまだまだ大きいようだ。

うつ状態にあるときのエピソード。

ユースケ でも、その頃って周りみんな元気だから、「どうしたの?ユースケさん!美味い寿司屋あるから行こうよ!」って、とにかく俺を元気づけたいから。「気分悪いから寿司なんて一番食えないんだよ」って話なんだけど、でもそれ言うと向こうが「ああ・・・そう」みたいな感じで二度と連絡ないですから。「せっかく人が元気づけようとしてやってるのに断りやがった」「後輩のくせに」とか思われちゃう。俺は飯が食えないし、人と会ったりするテンションじゃないんだよ、動けないんだもん。
吉田 「そんなときは美味しい御飯食べれば元気が出るよ」と言われでも・・・。
ユースケ そう、「肉行こう肉!」みたいな。それが一番食えないのに。

よくある話。

宮本輝「パニック障害がもたらしたもの」

パニック障害になった有名人の一人として宮本輝がいる。

宮本輝のエッセイに「パニック障害がもたらしたもの」というものがある。

いのちの姿 完全版 (集英社文庫)

いのちの姿 完全版 (集英社文庫)

宮本輝パニック発作を初めて経験した時は次のように書かれてある。

もうじき淀駅に着くというころ、私は自分がいつもの自分とは違うことに気づいた。自分が自分でないような、神経の焦点が合っていないような、理由もなくかすかな恐怖感が心のなかでかすかに波立っているような、そんな感覚がつづいたあと、私は不意に全身が地の底に沈んでいきそうになって、慌てて電車の座席に両手を突いて支えた。
電車は何の支障もなく走りつづけている。何等かの事故が起こったのではなく、異変が生じたのはこの自分なのだとすぐにわかった。
その途端、どうにも抑えようのない、耐えられないほどの不安と恐怖がせりあがってきた。視界が白っぽかった。
自分にいったい何事が生じたのか、さっぱりわからなくて、とにかくいっときも早く電車から降りたいと思っているうちに、眩暈(めまい)と耳鳴りがして、不安感はさらに強まり、動悸(どうき)が頭の芯にまで響き始めた。全身から血の気が引き、掌が汗で濡れていくのも感じた。

電車の中でパニック発作を初めて経験したようだ。

翌日、私は会社の近くにある病院で診てもらった。
(中略)
「何か悩み事はない?」
「借金がありますねェ。秋に結婚するんですが、その費用を使い込んで、結婚相手にばれんうちに穴埋めしようと思って、きのう競馬場に行こうとしてたんです」

なかなかいい感じのクズっぷりである。

ここで終わると宮本輝をディすってるるようにも読めるので、一応全体の骨子を述べると、パニック障害になってサラリーマンが続けられなくなり、小説家になるしかないと考えた。必死に頑張って小説を仕上げて、世の中に評価されるようになったという感じの流れである。パニック障害があるから小説家として大成したという良い?話。

ひきこもりと暴力・犯罪

川崎の事件、元農水省事務次官による長男の刺殺事件を受けて、ひきこもりと暴力の関係性があるのではないかと考える人が多いようで、メディアの取材等も来ているので、少しまとめてみようと思う。

ひきこもりというものを有名にした一つは新潟少女監禁事件(wikipedia)である。事件が発覚した時に犯人である佐藤宣行の年齢は39歳であり、長期間ひきこもり状態にあったようである。ひきこもりと暴力・犯罪の問題はこの問題が社会問題化した当初から関心が持たれていた。

調査結果から見えること

ひきこもりの調査で暴力にいて質問したものがいくつかあるため、まずはそのデータを整理してみたい。

まず内閣府の若年(~39歳)ひきこもり調査(2010)では下記のような結果になっている*1。ランダムサンプリングであるため、日本全国の平均値が知ることができる調査である。

質問番号 質問文 ひきこもり 非ひきこもり
Q28-13 家族を殴ったり蹴ったり
してしまうことがある
5.1% 2.2%
Q28-14 壁や窓を蹴ったりたたいたり
してしまうことがある
10.2% 6.2%
Q28-15 食器などを投げて壊すことがある 8.5% 0.9%
Q28-16 大声を上げて怒鳴り
散らすことがある
8.5% 10.2%

これらの項目すべてが家庭内暴力にあるが、最も気になるのは対人暴力であろう。結果は5.1%である。この調査の一般人口(ひきこもり以外)の一般人口の対人暴力がどのくらいかという正確な値はわからない(対象者がウソをつくので正確な値は把握できない)が、だいたい倍近い結果となっている。

次に40~64歳を調査した内閣府のひきこもり(2019)調査*2見てみよう。

質問番号 質問文 ひきこもり 非ひきこもり
Q36-13 家族を殴ったり蹴ったり
してしまうことがある
4.3% 1.0%
Q36-14 壁や窓を蹴ったりたたいたり
してしまうことがある
8.5% 3.1%
Q36-15 食器などを投げて壊すことがある 4.3% 0.8%
Q36-16 大声を上げて怒鳴り
散らすことがある
19.1% 7.3%

似たような結果だが、ひきこもり群で大声を上げて怒鳴り散らすことがあるの割合が高くなっている。 対人暴力は4.3%と若年調査(~39歳)と大差がない値が出ている。

家族外への暴力の噴出

家族外の暴力を聞いている調査は知っている中では大分県の調査*3だけである。

これまであった問題行動では、家族用アンケートで「社会参加ができないこと以外に深刻な問題がない」が23人(41%)、「家族以外の暴力がある」0人であった反面、「家族への暴力」7人(13%)、「家庭内で物を壊す」12人(21%)と家族内の問題も少なくなかった。家族の調整や家庭内暴力に対する対応等の支援も必要である。

割合
家庭内暴力(対人) 12.5%
家庭内暴力(対物) 21.4%
家庭外への暴力 0%

家族以外の暴力は確認できなかった。

この調査はランダムサンプリングした一般人口を基にしたものではなく、相談機関を対象したものである*4。対象機関以下のものである。

内閣府の調査に比べて家庭内暴力の値が高い。おそらく相談機関で票を集めたためであろう。というのは、比較的深刻なケース(家庭内暴力があるなども含め)が相談機関に集まりやすいからである。

それでも、家庭外へ暴力が噴出することは確認できなかったようである。

少なくとも一般の犯罪率よりは低いというくらいは断言できそうである。

ひきこりはありふれた現象である

以前シノドスで書いたが、ひきこもりを経験したか、現在ひきこもり状態にある人は10人に1人いる。

現在、ひきこもり状態にある若者は1.6%であり、経験がある若者8.4%を合わせると9.7%なる(注2)。およそ10人に1人の若者が、過去にひきこもり経験があるか、現在ひきこもりであるということになる。現在ひきこもり状態にある若者は100人に1~2人程度であるが、経験者も含めると10人に1人という割合になる。少なくとも日本において、ひきこもりは決して稀な現象ではないのである。

f:id:iDES:20190605164952p:plain

自宅にいることが多いため、あまり目立たないが、ひきこもりは日本にあふれるほど多くいるのだ。ひきこもり経験も自ら進んで話す話題でもないため、耳にすることも少ないかもしれないが、特別な現象ではない。日本人の10人に1人に起きていることであれば、ひきこもりを特殊な集団として取り上げる意味はほとんどない。

自閉スペクトラム症と犯罪

全例把握できているわけではないが、メディアで報道される目立つ事件で、ひきこもり状態にあるものの犯罪は、知る限りすべて自閉スペクトラム症の疑いがある。最近起こった事件については別ブログのエントリを参照のこと。

ひきこりと犯罪についてのまとめ

  1. ひきこもり状態にある者が犯罪を犯すことはあるが、珍しい。調査でも確認できていない。
  2. ひきこもりはありふれた現象であり、異質で特別な集団と扱うのは誤り。
  3. ひきこもりによる犯罪は、ひきこもりの中の自閉スペクトラム症の疑いがあるグループに見られる。
  4. ひきこもりは一様なグループではなく、その中に犯罪との親和性が高いサブグループがあり、そのサブグループに対して対応をすべきである。
  5. そのサブグループとして現在判明しているのは自閉スペクトラム症の疑いがあるグループである。

*1:https://www8.cao.go.jp/youth/kenkyu/hikikomori/pdf_gaiyo_index.html

*2:https://www8.cao.go.jp/youth/kenkyu/life/h30/pdf-index.html

*3:大分県精神保健福祉センター、2004、『ひきこもりの実態調査報告書』

*4:調査の対象になったのは、保健所14カ所・市町村57カ所・福祉事務所(県・市)17カ所・児童相談所2カ所医療機関(精神科・心療内科)56カ所・教育事務所6カ所・高等学校57カ所・警察(フレンドリーサポートセンター)・フリースクール2カ所・精神保健福祉センター・教育センター各1カ所(調査対象機関209施設)

フロイトはヒッピーである

フロイト先生のウソ (文春文庫)

フロイト先生のウソ (文春文庫)

フロイトは話のフックであって、この本にはフロイトそのものは少ししか登場しない。原題は"Lexikon der Psycho-Irrtümer"で『心理学の間違い事典』といったような意味である。とはいえ、原著にも日本語版と同じフロイトの写真が使われているので、『フロイト先生のウソ』という日本語タイトルもそれほど違和感はない。

内容は、フロイトから後の学説・臨床技法を科学的根拠を持って批評していくという内容である。
一般的信じられている心理学関係の事項が章ごとに取り上げられている。

心理療法

心理療法について一言で要旨を述べるとするなら、心理療法の効果は平均的にはない、といったことだ。

結論を先に述べれば、プラセポ効果を上回る効果のある心理療法はただの一つも存在しない。(p.16)

欧米も同じだが、心理療法への過度な期待が存在する。

一応、この文章を正確に言えば、心理療法が無駄なのではなく、効果があれば、逆効果にもなるので、平均すると効果はゼロかむしろマイナスになる、ということだ。

心理療法への過度な期待があるように思える。心理療法は適切な時に、適切な人が、適切なアプローチで行えば有効であるもので、誰にでも有効ということではない。

しかし、こうした過大な期待は科学的認識からかけ離れている。数十年間に及ぶ寸実証的データに基づく心理療法研究」の結果明らかになったのは、「心理療法精神障害に対して恐ろしいほど(おそらくは完全に)無力であるだけでなく、最悪の場合には治療するどころか精神障害を引き起こす場合さえある」という事実だった。(p.22 カッコ内はの社会精神医学者アスムス・フィンツェンの言葉)

薬を忌避して心理療法を課題評価することにも触れられている。

これは、マンハイム精神保健中央研究所のマティアス・C・アンガーマイヤー教授を中心とする研究グループがおこなったアンケート調査の結果からも明らかである。アンケートの内容は、「精神分裂病うつ病、不安神経症のそれぞれについて、最も適切と恩われる治療法を選んでください」というものだった。 結果はきわめて明白だった。半数をはるかに上回る数の回答者が心理療法を選んだのである。重い精神疾患である精神分裂病についても結果は同じだった。精神分裂病の治療法として向精神薬を選んだ人は、20パーセントに過ぎなかった。対照的に、薬物療法を断固拒否した人は40パーセントに及んだ。これに対して、心理療法を拒絶した人は10パーセントだった。精神疾患の種類とは無関係に、一般的にこの傾向が見られた。
心理療法を選んだほとんどの人が、「心理療法は資格を持った専門家によっておこなわれるので信頼できる」、「治療者との話し合いの機会が持てるのがよい」、という理由を挙げた。「精神障害の『根』に迫ることによって根本的な治療効果を上げることができるのは心理療法(だけ)だしとする意見も多かった。回答者の3分の2が、「分裂病クラスの精神疾患でも心理療法によって改善する可能性が充分ある」という意見だった。心理療法のプロでも、ここまで言い切る人はまずいない。
「このような誤ったイメージーー患者(未来の患者も含めて)も同じイメージを抱いているに違いないーーが、欲求不満と失望を招いている」とアンガーマイヤー教授らは結論づけている。精神科の患者は投薬治療に抵抗を覚える。医者は薬を出すだけのおざなりな治療しかしてくれない。「唯一の救い」である心理療法をどうしてやってくれないんだ、と不満に感じる。しかし一方、重い精神疾患の患者が心理療法に希望を託しても、こんなはずではなかったと失望するはずである。向精神薬の発明によって初めて多くの精神病患者が非人間的な閉鎖病棟から解放されたという事実は、人々の意識にまだ浸透していないようである。(pp.25-6)

多くの精神疾患に対して有効なのは薬物療法である。ECT(電気痙攣療法)もいくつかの疾患で有効性が確かめられている。これはエビデンスの蓄積によって議論余地がないほど明らかなことである。

しかし、世の中には心理療法への過度な期待がある。その原因は心身二元論にある。哲学を勉強していると心身二元論の議論はある程度常識的なものである。心身二元論的なデカルトに対する反駁などに登場するものだ。

この要するに薬は身体に対応しており、心理療法は心に対応しているという誤解である。そもそも身体と精神は明確に分かれているものではないが、哲学の思考の訓練が少し必要なため、脳に関して述べるのが説明の近道ではないかと個人的には考えている。

うつ病の各症状とMRIの画像研究で判明したのが以下の図である。(Stal 2008=2010: 517)

f:id:iDES:20190531044819p:plain

精神の不調は脳の障害であって、脳の機能を正常化する薬物によって正常化できるという説明の方法である。十分な説明かと言われると、ざっくりしすぎだが、直観的にはわかりやすいように思う。

自尊心

「自尊心」も一般に信じられている迷信の一つである。

自分自身に対して肯定的な感情を抱かせると、子どもの学習能力は著しく向上する。「開放的な」教師や教育者の大半はおそらくそう信じていることだろう。特にアメリカでは、70年代以来これが国の教育方針とされてきた。従来の競争や成績主義や基礎知識に代わって、「自己受容」、「自尊意識」、「感情の豊かさ」といったヒッピー的価値観がカリキュラムに盛り込まれるようになったのである。(p.250)

ヒッピー的価値観という表現は新鮮である。日本ではあまりヒッピーという概念を使わないため、一瞬、ピンとこなかったが、自尊感情まわりの話は確かに言われてみればヒッピー文化である。日本ではヒッピーと呼ばれる人はいないため、標準的な教育への異議申し立てをする人々が該当する。ヒッピーと同じく左翼的な考え結びついているように思う。

世界的に有名な心理学者であるスタンフォード大学のアルパート・バンデュラも、最近の著書のなかで、「自尊一意識はその人の目標とも成果とも無関係である」と述べている。親の働きかけによって子どもの学力を向上させることは、場合によってはもちろん可能である。しかし、親がすべきことは子どもの自尊意識を高めてやることではない。子どもの学力を向上させる唯一の方法はむしろ、勉強や成績や学校の大事さをきちんと子どもに分からせることである。(p.252)

自己愛が高いことは必ずしも良いことではない。自己愛が極度にあることは、精神医学では自己愛性パーソナリティー障害として扱う。誇大な感覚を持っていることが主な症候だが、他人を自己の賞賛のために利用したり、共感が欠如していたり、周囲の人を大変困らせる存在である。

自己愛は自身の能力を課題に評価することと関連がある。自己愛の度合いを増やしたとしても、無用な自信をつけるだけである。成績であれば、自身の能力に比較して、テストの点が悪かったとしても、テストが悪い、自分の能力はテストなどでは測れない、といった批判をすることで、自己肯定をして終わる。

自尊意識を高めれば何もかもうまくいくという説は、その根拠を一つ一つ覆されていった。ドーズは、委員会への報告書のなかで次のように述べている。「自尊意識を高めることが児童虐待を防止する効果的手段になることを示す手がかりは何もない」少女の望まない妊娠も、自尊意識の低さとは無関係である。この問題は従来、自分に自信の持てないティーンエージャーが劣等感を隠すために性的に暴走するためと考えられてきた。しかし実際には、十代の性行動と自尊意識とのあいだに関連があるとすれば、それは、自信度の非常に高い少年が早くから頻繁に性実渉をおこなうという点である。(p.255)

10代で妊娠・結婚、そして離婚をするパターンは日本にもある現象である。 彼らの自尊心が低いかというと、必ずしもそうではない。

自己愛が高い者は学校の勉強から脱落しがちである。成績が客観的に提示されるテストに向かい続けている場合には、言い訳をしても限界がある。そのため、勉強とは異なる路線で戦おうとする。ニーチェ的に言えば権力への意思、およびその概念に付随する議論である。ウィリスの『ハマータウンの野郎ども』のような価値の転換が行われるのだ。

自尊心が満たされない文化空間(学校・成績)では他者に勝てそうにないため、別の次元の文化空間で勝負をする、ということだ。高い自尊心は保ったままに、である。

たいていの心理学の教科書にも、「高い自尊意識の持ち主は成功する」とか、「ポジティブな自己評価の欠如こそ、人格障害を見分けるのに最適のサインである」とか書かれている。
しかし、残念だがこうしたパラ色の見方は間違いだ、とフォレスト大学(アメリカ)の心理学者マーク・R・リアリーは言う。「過去30年間にわたる、1万3585例の調査・実験例からそれは明らかだ」と彼は1999年に発表された著書のなかで述べている。アメリカの著名な心理学者ロイ・F・バウマイスターも、「自尊意識が何より大事だという熱狂的な主張は空想やたわごとのレベルだ、と失望を込めて言わざるを得ない。自尊意識の影響は小さくかっ限定的で、しかもそもそもそれはポジティブなものではない」という否定的な意見をインターネット上で公表している。カーネギー・メロン大学の心理学者ロビン・M・ドーズも同意見である。「高い自尊意識が望ましい行動につながることを科学的に示した例はこれまで一つもない。同様に、自分自身に対するネガティブな感情が望ましくない行動につながるなどということも、まったく証明されてはいない」(p.244)

このあたりは自己愛を良いものとして扱う心理学と偏った自己愛は精神疾患であるとする精神医学との違いであろう。言うまでもなく、健康的であるのは、自己愛や自尊感情が適度にある状態である。

瞑想

最近、瞑想がブームである。マインドフルネスという言葉で表現されることもある。グーグルが研修で取り入れることで有名にもなった。しかし、瞑想には期待するほどの効果はないことは無いことは既に明らかになっていることである。

ホームズが取り上げている28例の実験で、瞑想者の心拍数がうたた寝している素人のそれを下回ったものは一例もない。これに対して、素人の心拍数が瞑想者のそれをかなり下回っていたものは4例ある。皮膚電気反応でリラックス度を測定した実験で、「単に目を閉じて休息しているよりも、膜想したほうが心の平静が得られる」という結果が出た例は一つもなかった。血圧、筋肉の緊張、皮膚温、血流、酸素消費量、ホルモン分泌量(レニン、アルドステロン、ノルアドレナリンなど〉を調べても、瞑想の旗色は悪かった。どの数値を取っても、瞑想と単純な休息のリラックス度は同じか、あるいは単純な休息のほうが勝っていたのである。(p.297)

グーグルに代表される西海岸の文化は「ヒッピー文化」である。ヒッピー文化を支持する人はフロイトが好きなのかもしれないと検索すると、わりとたくさん引っかかった。ヒッピーの人は下記のフロイトの文章が好きなのだそうだ。印象的だったので、引用しておこう。

“Unexpressed emotion will never die. They are buried alive and will come forth later in uglier ways.”
「抑圧された感情は決してなくならないだろう。それらは埋没しても生き続け、後々、より醜悪な形となって現れるだろう」

仏教の文脈で読み替えると、醜悪な形として現れるものはカルマである。
そこから「瞑想でカルマを解放」といった発想が出てくるのは、非常に自然である。
フロイトの無意識は仏教の阿頼耶識(あらやしき)の概念との共通点が多く、フロイトとヒッピーの好きな仏教や瞑想はつながっていておかしくはない。

日本では、Gigazineが瞑想・マインドフルネスへの批判を比較的取り扱っている。

マインドフルネス・瞑想について調べると、推進したい人たちの本ばかりでてくるため、情報に偏りが出てくる。日本語でマインドフルネスのエビデンスの無さを読めるのは良いことだろう。

誤解のないように言っておくと、瞑想には効果がないと言ってわけではなく、一定の効果は存在する。効果が全くなければ、忘れ去られていたものであろうし、現在まで続くことはなかっただろう。しかし、習得コストが高く、その割にはあまり有効性が無いということである。

左脳と右脳

ヒッピー運動や学生運動の影響を受けて、今度は次第に右脳が優位に立つようになった。「わが国の教育は、左脳の得意分野である無味乾燥で理性的な能力ばかりを評価している」といった批判の声があちこちで上がった。右脳の埋もれた才能を掘り起こして伸ばすことが大事だとされ、右脳は抑圧された創造的・直感的な人間性が宿る場所として持ち上げられた。「右脳は、残忍な西欧文明に対立するものとして、搾取された創造的な東洋人のシンボルとなった」とオーストラリアの心理学者マイケル・C・カーバリスは説明している。ソフトで感情細やかな女性的な面は右脳に宿るとされ、一方、嫌われ者のハードな男性的特徴は左脳に割り当てられた。(pp.354-5)

こちらも二元論的な発想である。理性と感情を二分して、男性と女性にそれぞれ振り分ける考え方や、西洋人とアジア人(オリエンタリズム)に振り分ける考え方、そして、右脳と左脳に振り分ける考え方である。詰め込み教育と反詰め込み教育というバリエーションもある。

この本はフロイトの名前が名前がついているが、フロイトよりもヒッピー文化が一貫して登場する。全体を通して読むとヒッピー文化の源流の一つにフロイトの学説があるということになる。ならばもう少し踏み込めば、フロイトはヒッピーの元祖だったという解釈はなりたつのではないか、と思った。

精神科の選び方3 ベンゾジアゼピン

以前のエントリの続きである。
精神科の選び方1 ガイドライン
精神科の選び方2 血液検査

今回はベンゾジアゼピン系の薬剤についてである。

最近はベンゾジアゼピンの処方がやり玉にあがることが多い。ベンゾジアゼピンとされる薬剤は主に下記の薬剤である。睡眠薬を除き処方頻度の高いものをリストアップした。

エチゾラムベンゾジアゼピン系ではないが同様の作用を持つため、本稿ではベンゾジアゼピン系の薬剤と同様に扱う。

精神科の選び方としてベンゾジアゼピンを使わない医師を項目に挙げているケースは多々見られる。ネットを検索してもらえば、その種の情報はたくさん出てくるはずである。その理由はベンゾジアゼピンには乱用と依存症があり、長期服薬による副作用が確認されているためである。

ベンゾジアゼピン回避するという方向性は間違いではないが、ベンゾジアゼピンを完全排除した治療は現実的ではない。ベンゾジアゼピンが悪だと決めけるのではなく、どのような状況でベンゾジアゼピンは使うべきなのか、使うべきではないかを見極める必要がある。

有能な医師がベンゾジアゼピンを使わないわけではない。従って、ベンゾジアゼピンを出す医師がダメと決め込むのは得策ではない。ベンゾジアゼピンを目の敵のように扱う論調はむしろ害悪である。

ほんどの薬には副作用があり、望まない効果がある。しかし、他の薬剤で代替がきかず、デメリットに比較してメリットが大きいならば、使う根拠になりうる。ベンゾジアゼピン批判をするだけではなく、ベンゾジアゼピンの正しい使い方を押さえることが必要なのだ。

ガイドラインでの扱い

ガイドラインにおけるベンゾジアゼピンの扱いについてまず確認しよう。

1. うつ病

日本 うつ病学会ガイドライン  https://www.secretariat.ne.jp/jsmd/mood_disorder/img/160731.pdf

中等症・重症うつ病
必要に応じて選択される推奨治療
ベンゾジアゼピンの一時的な併用

推奨されない治療
ベンゾジアゼピンによる単剤治療

抗うつ薬以外の薬剤として、軽症に限ったことではないが、ベンゾジアゼピン抗不安薬抗うつ薬への併用が治療初期には抗うつ薬単独よりも治療効果が高いことが示されており(Furukawa et al., 2002)、選択肢となりうる。しかし、脱抑制、興奮といった奇異反応の出現に十分注意すべきである他、乱用や依存形成に注意し、安易な長期処方は避けることが望ましい。特にアルコールをはじめとした物質依存の合併・既往のある場合には推奨されない。(p.32)

単剤はNG、併用はOKだが長期使用はNGである。 また依存傾向・既往のある人には処方しないとされている。

2. 不安障害

不安障害の日本語ガイドラインは整備が不十分なので英語で出版されているガイドラインから引用する。

NICE(英国国立医療技術評価機構) ガイドライン
社交不安障害
https://www.nice.org.uk/guidance/cg159/

全般性不安障害パニック障害
https://www.nice.org.uk/guidance/cg113

World Federation of Biological Psychiatry (WFSBP)ガイドライン
https://www.wfsbp.org/fileadmin/user_upload/Treatment_Guidelines/Bandelow_et_al_01.pdf

NICE(社交不安障害)では「ベンゾジアゼピンも使用されているが、長期使用は推奨されない。」*1とされている。

WFSBPではベンゾジアゼピンは下記のように扱われている。

ベンゾジアゼピン 経口または非経口投与の後、抗不安作用は数分以内に始まる。一般的に、安全面での実績がある。中枢神経系抑制のため、ベンゾジアゼピンは、鎮静、めまい、反応時間の延長と関連するかもしれない。
したがって、認知機能および運転技術に影響がでる。2~3週間または数カ月のベンゾジアゼピンの継続的治療後に、低用量の依存性がかなりの数の患者で生じることがある。ベンゾジアゼピン、アルコールまたはその他の精神活性物質乱用の既往がある患者は、通常、使用をしないか、専門的な治療環境で綿密に監視すべきである。
不安の増加を抑制するために、治療の最初の数週間はベンゾジアゼピンセロトニン作動薬と併用してもよい。通常は、ベンゾジアゼピンは定期的な投与計画とともに使用すべきである。 短期的苦痛(例えば、飛行機旅行や歯科恐怖症)の治療においてのみ、必要に応じて使用は正当化されるかもしれない。ベンゾジアゼピン類は、急性ストレス障害うつ病の併存や強迫性障害には有効ではないことに注意すべきである。*2

WFSBPも短期使用はOK、長期使用はNG。また、治療の最初SSRIと併用するのはOKということも書かれてある。NICE(英国国立医療技術評価機構)も内容は同じである。また、先ほど見たうつ病ガイドラインと内容は同じである。ベンゾジアゼピンの使用方法はうつ病でも不安障害でも基本的には同じなのだ。

ただし、不安障害の中でもパニック障害全般性不安障害に関しては、例外が存在する。WFSBPから引用する。パニック障害では「重度の発作では短時間作用型ベンゾジアゼピンがが必要となることがある」*3と書かれており、パニック発作時にはベンゾジアゼピンは必要とされている。

従って、発作がないのに毎日ベンゾジアゼピンを飲むのはNGである。たまに飲むからベンゾジアゼピンが効く。毎日飲むと耐性がつく。ベンゾジアゼピンが必要な精神疾患であるからこそ、服用方法はより厳格さが求められる。

全般性不安障害は「全般性不安障害の第一選択治療は、SSRISNRIおよびプレガバリンである。その他の治療法には、ブスピロンやヒドロキシジンがある。ベンゾジアゼピンは、他の薬物または認知行動療法が無効であった場合にのみ長期治療に使用すべきである」*4とある。

基本的にはガイドラインはの指示通り使うべきである。ただ臨床では必ず例外が存在する。もし、担当の医師が長期的にベンゾジアゼピンを処方している場合には、なぜ必要なのかを医師に聞いた方が良い。長期的な使用は例外であるため、なぜ例外的に処方されているか、という説明があれば、その医師はハズレではない。

睡眠薬

不眠症の治療においてベンゾジアゼピンを避けることはかなり難しい。睡眠薬の大半はベンゾジアゼピン系である。比較的新しいゾルピデム(マイスリー)、エスゾピクロン(ルネスタ)などZ系と呼ばれる睡眠薬も、ベンゾジアゼピン受容体に作用する薬である。

ベンゾジアゼピン受容体は、睡眠と関連があるω1受容体と不安と関連があるω2に分かれ、Z系はω1へ選択的に作動する。当初ベンゾジアゼピンのような乱用・依存はないと期待されてきたものの、実際にはベンゾジアゼピンと似たよう副作用が頻度は少ないものの発生している(Hajak ea al. 2003)。

ベンゾジアゼピン受容体と関連がないのは、メラトニン受容体に作用するラメルテオン(ロゼレム)、オレキシン受容体拮抗薬のスボレキサント(ベルソムラ)である。しかしの薬がベンゾジアゼピンやZ系と同様の効果を持つわけではない。ラメルテオンは睡眠リズムを整えるもので目的が異なる。スボレキサントの入眠作用は明らかに弱い。そのため、ベンゾジアゼピンもしくはZ系の処方を止めることは難しいのである。

とはいえ、すべての睡眠薬の処方が正しいとも言いづらい。
睡眠薬以外の方法で不眠に取り組むことが可能であるからだ。 もちろん睡眠薬を入れないと十分な睡眠がとれないケースは多いが、下記の方法を行えば、睡眠薬なしに寝ることも可能なケースもある。

一般向けの行動療法としては次の本がある。

睡眠日記をつけるのが大変という人にはiPhoneのアプリである「Sleep Meister」がよい。

Sleep Meister - 睡眠サイクルアラームLite

Sleep Meister - 睡眠サイクルアラームLite

  • Naoya Araki
  • ヘルスケア/フィットネス
  • 無料

苦労して睡眠日記をつけることに治療効果があるため、睡眠日記をつけることとアプリでお手軽に計測するのと同じではないが、睡眠の状態が客観的に把握できるのであれば、アプリでも構わないようにも思う。

入眠に関しては漸進的筋弛緩法か有効性が確かめられている。


relaxation training

エビデンスに関しては以下の本にまとめられている。

睡眠障害に対する認知行動療法:行動睡眠医学的アプローチへの招待

睡眠障害に対する認知行動療法:行動睡眠医学的アプローチへの招待

"長期的に"睡眠薬を服用せざるを得ないのであれば、このような非薬理学的アプローチを試すのが正しい順序である。

患者の不眠の訴えに反射的に睡眠薬を出す医師が多いように思う。不眠の訴えに対して薬以外の対処法は無いか医師に聞くと行動療法や筋弛緩法などについて教えてくれたり、本の紹介などをする医師ははハズレではないと思う。しかし、睡眠薬しか出せない医師はハズレだと言ってよい。

マイナー漬け

ベンゾジアゼピンを常用することは「マイナー漬け」と呼ばれている。ベンゾジアゼピンは昔はマイナー・トランキライザーと呼ばれていたため、略してマイナーと呼ぶ慣習がある。

語感からもわかるように「マイナー漬け」は良い意味ではない。薬物療法の失敗例、医師の技量の低さ、患者の薬物依存傾向という意味が含まれている。ただ単に、医師を批判しているだけではないところも重要である。

ベンゾジアゼピンには依存性がある。自身の精神疾患を治すよりも、クリニックにベンゾジアゼピンを貰いにやってくる患者が一定数いるのは事実である。そのような患者にベンゾジアゼピンを止めるというと、その患者はベンゾジアゼピンがもらえる別のクリニックを探してベンゾジアゼピンを飲み続ける。

正確な統計はないが「マイナー漬け」になっている患者も多い。批判されるべきなのは技量の低い医師だけではなく、ベンゾジアゼピンを求める患者も同様である。

日本では問題になっているのはデパス(エチゾラム)である(参照)。アメリカではザナックス(アルプラゾラム)である。Wikipediaの日本語の項目にも少しだけ記述がある(参照)。日本でのアルプラゾラムの先発品はソラナックス、コンスタンという名前である。

ガイドラインにも書かれているように、マイナー漬けになりやすいのは「アルコールをはじめとした物質依存の合併・既往のある場合」である。しかし、物質依存の既往がなくてもベンゾジアゼピンを飲むうちに依存が形成されることもある。患者によってマイナー漬けのリスクは異なるが、リスクが低い場合でもベンゾジアゼピンの長期服薬には十分気を付けるべきである。

所感

以下は個人的に見聞きした範囲での話をまとめているだけなので、あくまでも主観的な内容である。

精神科に罹った知り合いなどの処方を聞いていると、ベンゾジアゼピンがほぼ全員にもれなく処方されている印象がある。うつ病だと、抗うつ剤ベンゾジアゼピン睡眠薬という3点セットが定番である。この3点セットがあまり効かない場合は、エビリファイなどの抗精神病薬を付加する医師もいる。うつ病の場合、ガイドラインにも書かれてあるが、効果が不十分であれば、どんどん薬を足していくのではなく、抗うつ剤の変更をするのが標準的な対応だが、抗うつ剤を変えない医師が多い。

医師が抗うつ剤を変えない理由は、患者の病状の変化に無関心か、薬を変えて悪化した時のことが不安という動機くらいしか現在のところ読み取れない。 比率としては前者が個人的に見聞きした範囲では多い。つまり治す気がないとしか思えない医師である。これは患者から聞いた話ではなく、付き添いで同行した際に感じることである。

先の3点セットだが、この組み合わせ自体はそれほどおかしなものではない。うつ病には不眠症が併存し、抗うつ薬によっても不眠は起こる。また、うつ病と不安障害も併存することが多いため、この3種類の薬を処方する機会は多い。しかし、問題なのはベンゾジアゼピンが28日分なら28日分処方され、それがクリニックに通い始めてから途切れず続いている点である。ベンゾジアゼピンは、例外を除いて、毎日飲む薬ではない。

また、気になるのは、同じクリニックに通っている人に処方されている薬を聞いてみると、全く同じであり、かつ、効果が乏しくても薬を変えない医師がいることである。一時期はパキシルレキソタン睡眠薬という組み合わせばかり処方している医師が多くいたように思う。レキソタンのところがデパスソラナックス/コンスタンのパターンもある。最近はパキシルが選択される率が落ちている印象であるが、パキシルを判を押したように処方する医師が残っている。誤解がないように言っておくと、パキシルという薬自体は悪い薬ではなく、すべての患者にパキシルを出していたり、効果が乏しいのに続けるという使い方が間違っているだけである。

*1:Benzodiazepines have also been used, but their long- term use is actively discouraged.

*2:Benzodiazepines. The anxiolytic effect starts within minutes after oral or parenteral application. In general, they have a good record of safety. Due to CNS depression, benzodiazepine treatment may be associated with sedation, dizziness, and prolonged reaction time. Accordingly, cognitive functions and driving skills are affected. After a couple of weeks or months of continuous treatment with benzodiazepines, low-dose dependency may occur in a substantial number of patients. Patients with a history of benzodiazepine, alcohol or other psychoactive substance abuse should generally be excluded from treatment, or be closely monitored in specialized care settings. Benzodiazepines may also be used in combination with serotonergic medications during the first weeks of treatment to suppress increased anxiety. In general, benzodiazepines should be used with a regular dosing regimen. Only in the treatment of short-term distress (e.g., air travel or dental phobia), p.r.n. (when necessary) use may be justified. One should be aware that benzodiazepines were not found to be effective in acute stress disorder and in conditions with depression comorbidity, or OCD.

*3:In severe attacks, short-acting benzodiazepine may be needed

*4:The first-line treatments for GAD are SSRIs, SNRIs and pregabalin. Other treatment options include buspirone and hydroxyzine. Benzodiazepines should only be used for long-term treatment when other drugs or CBT have failed.