「ひきこもりガイドライン」を作る際の元になった報告書から2つ。どちらもひきこもりガイドラインの主任研究者であった伊藤順一郎が主任研究者を努めているもの。
平成12(2000)年度 厚生労働科学研究費補助金『地域精神保健活動における介入のあり方に関する研究』 その1、その2(PDF)
研究目的:
本研究は、「社会的ひきこもり」等の新たな精神保健関連の問題にとりくむにあたって、精神保健福祉センター、保健所、市町村保健センター等でおこなうべき地域精神保健活動について明確にすることにある。そのため、全国調査、ガイドライン作成、モデルとなる研修の実施、モデル地区での介入の実施、介入の効果判定といった一連の活動をおこなう。これらを通じて、「社会的ひきこもり」に対して実現可能で効果的な精神保健活動のモデルを作り上げようとするものである。
研究方法:
研究は最低3年間にわたっておこなう。初年度は現状についての情報収集とガイドライン暫定版を作成する。2年度以降は、研修を含んだモデル事業を実施しその効果についての実証研究をおこなう。その上で「社会的ひきこもり」に対する精神保健活動のモデルを提案する。(平成12年度)①現状についての情報を収集・検討するために、ヒアリングおよび文献による分析等をおこなう「研究会」を定期的に開催した。「研究会」では、研究協力者の参加を得て、「社会的ひきこもり」等の精神保健活動の実態、社会問題化した事例の検討、診断の問題、先進的に行われている取り組みの報告、活用できる社会資源についての調査報告、人権を含めた法的問題についての検討、行政等のシステムの必要なあり方についての検討などをおこなった。②本年度は主任研究者・分担研究者が協働で「研究会」に参集し、情報交換をするとともに、「ガイドライン」の作成をおこなった。まず伊藤は、研究会の運営をおこなうとともに、研究協力者と連携しつつ、ガイドライン作成作業のマネジメントをおこなった。池原は、「社会的ひきこもり」等を呈するものに対する精神保健サービスを提供する上での法的問題の整理をした。益子は、伊藤と連携しつつ、精神保健福祉センターを中心とした介入モデルの作成をおこなった。金は、女性センター、青少年相談センターなど、「社会的ひきこもり」等に関与しうる地域の資源の利用可能性について今年度は事例を中心に検討をした。
結果と考察:
平成12年8月から平成13年2月のあいだに、分担研究者・研究協力者の協力を得て、計6回の研究会を開催した。各回のテーマは以下のとおりである。第1回:「事例化」してしまったケースとその対応について(1)佐賀県精神保健福祉センター 藤林 武史 氏ひきこもりケースに対する精神保健活動山梨県精神保健福祉センター 近藤 直司 氏第2回:「事例化」してしまったケースとその対応について(2)新潟県精神保健福祉センター 後藤 雅博 氏「社会的ひきこもり」への家族療法による関与:システムズアプローチ研究所・コミュニケーションケアセンター 吉川 悟 氏第3回:PTSDの観点から見た社会的ひきこもり者への援助国立精神・神経センター精神保健研究所 金 吉晴 氏不登校・社会的ひきこもりへの関わり 〜横浜市青少年相談センターの活動〜横浜市青少年相談センター 原 敏明 氏「フリースペース わたげの会」の活動についてフリースペース わたげ 秋田 敦子 氏第4回:診療所臨床・システムズコンサルテーションにおける「社会的ひきこもり」湖南クリニック 楢林理一郎 氏地域サポートシステムにおける精神科医の役割-精神科医の役割の変化と神話に左右されない姿勢の維持-東海大学医学部精神科 狩野 力八郎 氏第5回:「社会的ひきこもり」者への介入にまつわる法的問題東京アドボカシー法律事務所 池原 毅和 氏保健所・精神保健福祉センターを対象にした全国調査の結果から青少年健康センター 倉本 英彦 氏第6回:精神保健福祉センターにおける社会的ひきこもり者への介入マニュアル(試用版)について多摩総合精神保健福祉センター 益子 茂 氏地域精神保健福祉活動におけるひきこもり等への介入のガイドライン(暫定版)について国立精神・神経センター精神保健研究所 伊藤 順一郎この間の議論をもとに、主任研究者のもとに作業グループを作り、「10代・20代を中心とした「社会的ひきこもり」をめぐる地域精神保健活動のガイドライン(暫定版) ―精神保健福祉センター・保健所・市町村でどのように対応するか・援助するか-」を作成した。ガイドラインは、市町村の新人の保健婦でも理解できることを目標に、実際の面接における技術にまで踏み込んで作成した。ガイドラインの大項目と概略は以下のとおりである。Ⅰ.「ひきこもり」の概念「ひきこもり」が生じてしまう背景は多彩であり、一つの原因に帰属させることは出来ない。つねに、生物―心理―社会的な多面的な把握が必要である。精神病のような明確な生物学的基盤のないところに生じる「社会的ひきこもり」は、明確な医学的診断とは言えず、ひとつの社会的状況を呈する人々の状態を指す言葉と考えて良い。Ⅱ.問題の把握に関する基本的態度問題把握においては、① 生物学的な要因が濃厚で薬物療法の適用になるか② 暴力や危険な行為のために緊急の対応が必要な状況にあるかという、2つの面からの検討は常に必要である。①にあてはまる場合は精神科医療機関の受診を考慮に入れるべきであり、また②にあてはまる場合は援助者が孤立することなく、多機関との緊密な連携のもとに緊急時対応に備えることが必要である。Ⅲ.援助をすすめるときの原則Ⅳ.援助上の具体的な技法について
結論:
ひきつづいて、翌年2001年度の報告書。
平成13(2001)年度 厚生労働科学研究費補助金『地域精神保健活動における介入のあり方に関する研究』 その1、その2(PDF)
研究目的:
本研究は、「社会的ひきこもり」等の新たな精神保健関連の問題にとりくむにあたって、精神保健福祉センター、保健所、市町村保健センター等でおこなうべき地域精神保健活動について明確にすることにある。そのため、全国調査、ガイドライン作成、モデルとなる研修の実施、モデル地区での介入の実施、介入の効果判定といった一連の活動をおこなう。これらを通じて、「社会的ひきこもり」に対して実現可能で効果的な精神保健活動のモデルを作り上げようとするものである。
研究方法:
研究は最低3年間にわたっておこなう。初年度は現状についての情報収集とガイドライン暫定版を作成する。2年度以降は、研修を含んだモデル事業を実施しその効果についての実証研究をおこなう。その上で「社会的ひきこもり」に対する精神保健活動のモデルを提案する。第2年目である平成13年度の研究は以下のとおり。《東京都多摩地区・横浜市の相談機関に対する、アンケート調査》東京都多摩地区・横浜市の相談機関14施設に、「社会的ひきこもり(ガイドライン定義)」を主訴として来談、相談継続中の事例を対象とし、家族にアンケート調査を実施した。調査の目的は、「社会的ひきこもり」の本人および家族の状況を把握するとともに、支援の提供による相談者の負担軽減や、「社会的ひきこもり」状況の改善を追跡調査していく上でのベースラインとなる情報を得ることである。* 対象:ガイドラインの定義に基づき作成された基準に沿い、相談担当者によって『社会的ひきこもり』を主訴に来談している事例と判断されたもので、相談担当者から研究の概要・プライバシーの保護などに関するインフォームドコンセントがなされ、文書による調査協力の同意を得られたもの。* 調査尺度:①FAD(Family Assessment Device)「問題解決」「意志疎通」「役割」「情緒的反応」「情緒的関与」「行動統制」の6つの機能次元から、家族の健康度を評価する。②GHQ-12(全般的精神健康度)③対処可能感尺度④家族困難度⑤家族問診表⑥基礎情報《「ガイドライン」に基づく研修の実施》「ガイドライン」に基づく「社会的ひきこもり」事例への援助方法を地域精神保健機関に伝達するため、平成13年度3回、平成14年度1回の研修を企画し、これを実施した。研修の対象者は全国の精神保健福祉センターの職員、および研究対象地区である、東京都多摩地区の保健所、横浜市の青少年相談センター、児童相談所の職員である。以下のような内容で、実践的な取り組みに生かされるものとした。なお、研修は平成14年度も1回予定されているため、その分も記載した。会場:日本青年館(東京都新宿区霞岳町)第1回 9月24日(金)* 午前テーマ:「社会的ひきこもり」援助の原則ガイドラインの説明(伊藤順一郎)ひきこもりの概念について(近藤 直司)地域での活動からの声(秋田 敦子)* 午後ワークショップ本人との面接の基本(その1)(近藤 直司 + 後藤 雅博)家族の心理教育的グループ (その1)( 伊藤順一郎 +原 敏明)第2回 12月14日(金)* 午前テーマ:危機状況への介入危機状況のアセスメント(狩野 力八郎)危機状況での具体的な対応(藤林 武史)危機介入と資源 (金 吉晴 + 加茂 登志子)法的な立場からのコメント(池原 毅和)* 午後:ワークショップ本人との面接の基本(その2)(近藤 直司 +狩野 力八郎 )家族の心理教育的グループ (その2)(後藤 雅博 + 伊藤順一郎 +原 敏明)第3回 3月1日(金)* 午前テーマ:社会再参加へのネットワーク地域精神保健システムにおけるとりくみ(後藤 雅博)クリニックの臨床家の取り組み(楢林 理一郎)地域での活動からの声(秋田 敦子)* 午後ワークショップ家族面接の基本(その1)(吉川 悟 + 楢林 理一郎)本人のSSTグループ(その1)(有泉加奈絵(山梨県精神保健福祉センター) + 後藤 雅博)本人の声・家族の声 (その1)(秋田 敦子 + 原 敏明 + 伊藤順一郎:本人・家族 当事者が語る)第4回 6月14日(金)* 午前テーマ:事例検討(研修参加者の事例)近藤 直司 + 楢林 理一郎狩野 力八郎 + 後藤 雅博吉川 悟 + 伊藤 順一郎* 午後ワークショップ家族面接の基本(その2)(吉川 悟 + 狩野力八郎)本人のSSTグループ(その2)(有泉加奈絵 + 後藤 雅博)本人の声・家族の声 (その2)(秋田 敦子 + 原 敏明 + 伊藤順一郎:本人・家族 当事者が語る)《分担研究者・研究協力者の研究活動》本年度の分担研究者の研究課題は以下のとおりであった。* 池原毅和:社会的ひきこもりに関する法的問題の整備* 益子 茂:精神保健福祉センターにおける社会的ひきこもり青年を対象にしたグループ活動の試み* 金 吉晴:社会的ひきこもりの頻度に関する調査また、研究協力者の研究として、以下のものが実施された。* 原 敏明:青少年相談センターにおける社会的ひきこもりに対する援助活動* 秋田敦子:社会的ひきこもりをていしている青年の共同生活のこころみ〜共同生活のなかで培われる快適さ* 後藤雅博:地域における家族教室の試み* 倉本英彦:ひきこもりに対する社会参加活動の試み〜小グループによる清掃アルバイト実践* 狩野力八郎・近藤直司:ひきこもりケース本人への援助のあり方について* 近藤直司・後藤雅博:ひきこもり青年を対象としたSST(社会生活技能訓練)を利用した援助のあり方
結果と考察:
《東京都多摩地区・横浜市の相談機関に対する、アンケート調査》調査の結果、対象となったひきこもり本人の性別は男性が圧倒的に多く、他の調査などと同一の結果であった。相談経路は電話相談である場合が多く、社会的ひきこもり事例が相談機関にアクセスし、相談を継続していく機会となる電話相談への応対が重要であることが示唆された。また、医学的診断が確認されている事例は少ないが、強迫的な行為が出現している事例は全体の2割程度と多かった。強迫行為の出現とひきこもりの程度には関連が見られ、強迫行為が存在する場合はそれに対応した援助の必要性が示唆された。他の問題行動としては、家族との関係を左右する支配的な言動のある事例も少なくなかった。家族関係という側面では、何らかの家族拒否が見られる事例も半数を越えた。他方、触法行為や非行のある事例は少なかった。社会的ひきこもりの家族は、家族機能の健康度が低下しており、精神的健康度の低下が見られた。特に本人の年齢が高い場合、家族との関係において支配的態度が見られる場合、本人が家族に対して拒否的である場合には家族機能の低下や家族の精神的健康度の低下が顕著になると考えられた。こうしたことから、社会的ひきこもりの家族の負担を軽減するための援助の必要性が改めて確認された。また、本人の示す問題行動や、家族が本人との関係をどのように感じているのかという側面にも注目しつつ、家族を援助していくことの必要性が示された。なお、この対象者に対して「ガイドライン」に基づく援助活動が実施されているが、その転機については平成14年度の研究課題となる。《「ガイドライン」に基づく研修の実施》研修を実施した結果として、第1回45名、第2回59名、第3回54名の参加が得られた。参加者は全国の精神保健福祉センターに及んでいた。研修直後のアンケート調査ではおおむね良好な反応がうかがわれた。しかし、この研修の成果が実践に及んでいるかは現時点ではよくわからない。平成14年度には全国の精神保健福祉センターおよび保健所に対して社会的ひきこもり事例に対する取り組みの再調査を予定しており、それにより平成12年度の時点からどの程度の変化がもたらされているかが判明する。
結論:
本年度の研究実施内容から明確になったことは以下の2点である。* 社会的ひきこもり事例の相談機関へのアクセスは電話相談が多いことや、家族による相談が相当数あるなどの特徴を見せている。また、家族の健康度は低下しており、家族が支援を必要としている実態が明らかにされた。「ガイドライン」がめざしている、家族支援も含めた心理社会的支援は今後とも必要である。* 精神保健福祉担当者が、社会的ひきこもり事例への取り組みにたいして、その方針の立て方やノウハウのレベルで、研修などの学習の機会を多く求めていることが明らかになった。地域における精神保健福祉システムを充実するためにはこのような研修の機会を継続的に供給することが重要である。
これらの報告書の他に、「平成14(2002)年度」、「平成12〜14年」の総括研究書がある。
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