「ゲームと覚醒剤は同じ」と主張する精神科医の岡田尊司の誤りを正す

香川県のネット・ゲーム規制条例を強く推し進める大山一郎香川県議が「ゲームと覚醒剤は同じ」という趣旨の発言を行っていることを以前にエントリした。今回はその元ネタである。

岡田尊司さんは「ゲーム脳」を引き継ぐ『脳内汚染』でも有名な精神科医・作家である。
ゲームに限らず、さまざまな間違えた情報を拡散する迷惑な人なのだが、ゲームに関しても同じである。大山県議が「ゲームと覚醒剤は同じ」と岡田さんと同じことを言っていることから見ても、岡田さんのこの本の影響は大きかったと考えられる。岡田さんの本にはいくつか大きな間違いがあるのだが、その中でも本の主軸になっている研究が大きく間違っているのである。該当箇所を引用する。

PET(陽電子放射断層撮影)という測定法を用いて、テレビゲームをするときに、脳内で何が起きているかを、世界で初めて報告した。8人の男性ボランティアが50分間ゲームを行ったとき、ゲーム開始前とプレイ後で比べると、脳内の線条体と呼ばれる領域で、ドーパミンの放出が2.0倍に増えていたのである。ちなみに、同論文に引用されているデータでは、覚醒剤アンフェタミン)(0.2mg/kg)を静脈注射したときのドーパミンの放出増加は、2.3倍であり、ゲームを50分間プレイすることによって生じたドーパミンの放出増加2.0倍は、それにほぼ匹敵するものであった。

わずか五十分間のゲームが、覚醒剤の静脈注射静脈注射にも匹敵する状態を脳内に引き起こしていたのである。

岡田さんが紹介している論文は有名な論文である。ゲームプレイによって脳内の線条体ドーパミンの放出が確認されたというKoepp et al.(1998)である。

www.ncbi.nlm.nih.gov

岡田さんの真意はよくわからない。論文がちゃんと読めていないか、そもそも脳神経の研究に精通していないか、意図的にゲームの害を喧伝しているのか。わからないが、とりあえず、間違っていることは確かだ。

この論文の誤読?を根拠として『インターネット・ゲーム依存症』という本ではゲームは覚醒剤と同じという表現が何度も出てくる。

覚醒剤と大差がないくらい危険な「麻薬」を、子どもに知らずに与えていたのである。

このような語り口でゲームの害が何度も語られる。

本エントリでは岡田さんの間違いを指摘しつつ、該当の論文をきっちりと理解できるように解説を加えていきたい。

ポジトロン断層撮影(PET)と[11C]RAC

この研究はポジトロン断層撮影(PET)を用いて行われている。ドーパミンはPETを撮影するだけでは計測できないので、^{11} Craclopride-binding potential(ブログでは上付文字が書けないので以下[11C]RACと記載。)という放射性薬剤を使用する。[11C]RACドパミンD2受容体(D2R)に結合し、ドーパミンD2受容体密度を評価できる。

日本語だとこちらに簡単ではあるが解説がされている。
パーキンソン病と類似の病気でのポジトロン断層撮影(PET)

PETの結果

線条体[11C]RAC-binding potential([11C]RAC受容体結合能) はゲーム中に腹側線条体で低下している。

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線条体の背面(dorsal)のL(Left)とR(Right)、前面(ventral)のL(Left)とR(Right)、最も下にあるのは対照群として計測されている小脳(cerebellum)の値である。〇印のbaselineがゲームをしていないとき、×印のactivationがゲームをしている時である。線条体では4方向とも、[11C]RAC受容体結合能の減少がみられている。対照群の小脳ではほとんど変化がみられていない。

ゲームプレイが線条体におけるドーパミンの放出を促していることが確認できる。

ここまでがこの研究から明確に言い切れることである。

そのあとに考察がある。前面の線条体における[11C]RAC受容体結合能の減少が13%という結果であった。筆者たちはBreier et al.(1997)の結果からドパミンレベルが少なくとも2倍は増加していると推測している。

岡田さんは「ドーパミンの放出が2.0倍に増えていた」と書いてあるが、この論文にはそのような記述はない。原文ではsuggest(示唆)という用語が使われている。細かいことかもしれないが、論文では「少なくとも2倍」(at least a twofold)という表現がされていて、2.0倍というような直接計測された結果のように小数点を入れることは岡田さんの作為的な創作である*1

この論文は「少なくとも2倍増加したことが示唆される」といった回りくどい言い方をしているのだろうか。その理由は簡単である。この論文はドーパミンの放出量など計測していないからである。

微小透析法

[11C]RAC-PETの測定値はドーパミンの増加量を測定する方法ではない。岡田さんはこのあたりの事情に無知なのかもしれない。ドーパミンの測定をするには微小透析法を行う必要がある。

微小透析法

微小透析法はどのような形で行われるかはChefer et al.(2009)で図示されているので引用する。

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透析膜で作られたチューブで区切られた流入および流出チューブで構成される微小透析プローブ(A)を脳内の特定の領域に外科的に埋め込む(B)。拡大図(C)。

微小透析法プローブというのはラットの頭の中に指している管(物質が透過できる膜でできた管)である。例えば以下のようなものである。

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要するに脳内でドーパミンレベルが上昇しているかどうかを確かめるには、ヒトの脳に金属製の管であるプローブを差し込む必要があるので実施は不可能である。ヒトへの微小透析法の使用はPetersen et al.(1992a; 1992b)などがあるが、皮膚のヒススタミンが対象で非侵襲的なものである。

[11C]RACを使用してドーパミン受容体密度の評価はできたとしても、細胞外のドーパミンレベルの評価はできない。食事・セックス・薬物に関しては動物実験で再現ができる(参照)。しかし、ゲームはヒトにしか理解できないので、動物実験ドーパミンレベルの計測はできない。

動物がビデオ・テレビゲームができるようになるか、微小透析法以外の方法で直接ドーパミンレベルの測定ができる技術が発明されれば事情は変わってくるが、人間にしかできないゲームプレイで起こる脳内の神経伝達物質の変化を測定することは、不可能なのである。

したがって、推測をするのが現時点でできることの精いっぱいなのである。岡田さん誤解は措いておき、推定の精度は正確なのか、ということは気になる点である。

[11C]RAC受容体結合能の減少率からドーパミンレベルの推定は可能か

結果から言うと「できない」。

Breier et al.(1997)のアカゲザルのデータを念のため掲載しておこう。

まず、線条体細胞外のドーパミンレベルの数値である。

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確認しておきたいのは、一番右端の数値+1365.2(±485.0)である。平均値ではあるが、アンフェタミンの投与で13.7倍程度ドーパミンレベルが増加している。

次に[11C]RAC受容体結合比の減少率である。

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2匹目のサルの4列目%baselineをみると、アンフェタミンが0.2%投入されたのにもかかわらず、プラスの値になっているので、ドーパミンレベルが落ちている可能性がある。この表を見ているだけでも不安定さがあることがわかる。

実際に推定が可能か否かを統計学的な検討で明らかにしてみたい。線条体細胞外ドーパミンレベルと[11C]RAC受容体結合比の数値をまとめると以下のような表になる。

0.2mg/kg投与時

サル ドーパミンレベル [11C]RAC
1 632.2 -17.5
2 1006.9 4.9
3 116.5 -19.2
4 84.1 -10.1

0.4mg/kg投与時

ドーパミンレベル [11C]RAC
1 1820.5 -33.3
2 2470.7 -7.8
3 881.3 -25.5
4 288.5 -18.4

分析

相関係数を計算して、RAC受容体結合能の減少率から線条体細胞外ドーパミンレベルの推定ができるか検討する。計算に使用する統計パッケージはRである。

最初に0.2mgについて計算する。

dopamine2 <- c(632.2,1006.9,116.5,84.1)
RAC2 <- c(-17.5,4.9,-19.2,-10.1)
cor.test(dopamine2, RAC2)
plot(dopamine2,RAC2)

相関係数: 0.6891535
95%信頼区間: -0.8053390 / 0.9927235

相関係数は比較的高いが、95%信頼区間が0をまたいでいるため、RAC受容体結合能の減少率から線条体細胞外ドーパミンレベルの推定ができないことを意味している。

プロットも示しておこう。

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規則性のなさが確認できるだろう。

次に0.4mgについて計算する。

dopamine4 <- c(1820.5,2470.7,881.3,288.5)
RAC4 <- c(-33.3,-7.8,-25.5,-18.4)
cor.test(dopamine4, RAC4)
plot(dopamine4,RAC4)

相関係数: 0.2654364 95%信頼区間: -0.9338941 / 0.9772258

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こちらも同様の結果である。

結論

[11C]RACを用いたポジトロン断層撮影はドーパミンD2受容体密度の評価はできるが、細胞外のドーパミンレベルの評価はできない。両者はある程度関連があるが[11C]RAC受容体結合能の数値から線条体細胞外のドーパミンレベルを推定するのは統計解析の結果、できないことが分かった。

このため、論文でも「少なくとも2倍」に増加したと「示唆」されたという回りくどい言い回しになっているのである。一方で、アンフェタミン0.4mg/kg投与でドーパミンレベルは、13.7倍(+1365.2%)まで上がっていることが引用されている文献で判明している。

岡田さんの紹介の誤りをまとめよう。

  1. ドーパミンの放出が2.0倍に増えていた。 [11C]RACを用いたPETで評価できるのはドーパミンD2受容体密度であって、ドーパミンの放出の値ではない。

  2. 覚醒剤アンフェタミン)のドーパミンの放出増加は、2.3倍、ゲームの2.0倍は、それにほぼ匹敵するもの。 同上。

  3. 覚醒剤の静脈注射にも匹敵する状態を脳内に引き起こしていた。 ゲームは少なくとも2倍以上、アンフェタミンドーパミンレベル上昇は13.7倍(+1365.2%)であり、明らかにアンフェタミンによるドーパミンレベルの上昇値の方が高い。このことは岡田さんが引用している文献の中に書かれてある。都合が悪いのか、引用されず、真逆の結論が創作されている。

文献

*1:Thus, the 13% reduction in [11C]RAC-binding potential in the ventral striatum reported here suggests at least a twofold increase in levels of extracellular dopamine. Computer simulations have shown that this magnitude of change should be detectable with [11C]RAC-PET