井出草平の研究ノート

脳所見過剰重視症候群

ci.nii.ac.jp

Brain Overclaim Syndrome という言葉がある(Morse 2007)。日本語に訳すのであれば「脳所見過剰重視症候群」となろう。「脳至上主義」という言葉をあてることも可能である。
「Syndrome 症候群」といっても,通常の意味での病名や症候群名ではない。脳の所見に基づき考察する者がしばしば陥る症候群である。「考察する者」とは,医学者であっても,裁判官であっても,一般市民であってもよい。現代においては,いかなる者もこの症候群に陥りやすい。
脳 Brain の所見が過剰重視 Overclaim されるとは,脳機能に基づく説明を,その本来的な適用範囲を超えて拡大することを指す。
前記の通り,あらゆる精神活動は脳の活動の現れである以上,いかなる精神活動においても,それに対応する脳の活動が存在するのは当然である。ということはすなわち,標準から逸脱したいかなる精神活動においても,それに対応する標準から逸脱した脳の活動が存在するのもまた当然である。結局のところ,ある行動について,それを脳機能の異常で説明することは,行動の描写を脳活動の描写に言い換えたもの以上のものではない。
にもかかわらず,犯行が脳機能のレベルで説明されると,悪いのは脳であって本人ではないかのような主張がなされがちである。米国では,陪審員のみならず裁判官の判断も被告人に脳の所見があると責任減免の方向に作用することを示唆する研究がある(Aspinwall ら 2012)。裁判官がかかる安易ともいえる判断に傾くことは問題といえるが,一般市民が「脳に所見があるならそれは病気」と判断することは十分に考えられ,脳至上主義は法廷では深刻な問題である。

  • Aspinwall, L., Brown, T. R. & Tabery, J.:The Double-Edged Sword:Does biomechanism increase or decrease judgeʼs sentencing of psychopaths? Science, 337:846-849, 2012.