加野芳正「不登校問題の社会学に向けて」

加野芳正,2001,
「不登校問題の社会学に向けて」
『教育社会学研究』68,5-23.


不登校問題を社会学的に研究するための先行研究の整理がなされている論文。まず、「不登校」データの信用性について書かれている。

保坂は特定の市を事例として,各学校で毎月各学級担任が記入した月例報告書(長期欠席児童生徒報告書)の再分析を行い,この調査による「不登校」は,『学校基本調査報告書』の「学校ぎらい」と比較すると,小学校で約2倍,中学校で1.2〜1。5倍という結果であったという(保坂 2000,29頁)。こうした調査結果を裏付けてくれるのが,都道府県による著しいデータの偏りである。参考までに1999年度のデータで,長期欠席に占める「不登校」の割合を検証してみると’,小学校ではもっとも高いのが青森県で52.7%,もっとも低いのが長崎県で22.0%,中学校ではもっとも高い青森県で89.9%,もっとも低い愛媛県では48.6%となっている。滝川は都市別の長欠率を内訳別に比較して,わが国の公衆衛生や医療水準の均質性を考えた場合,ちょっと説明しにくい隔差があると指摘しているが(門・高田・滝川1998,27頁),それは県を単位としたデータでも同様である。こうした結果をふまえて,保坂は,「学校ぎらい」のデータだけをとらえることの無意味さを指摘し,長期欠席全体のほうが不登校の実態に近いので,今後年間30日以上の長期欠席者全体の数字に注目することを提案したいという(保坂 2000,58−59頁)。


ただ、長期間休んだだけでは「不登校」にはならない。現在では「不登校」を理由にしなければ「不登校」にはならない。集計の段階で、実際は「不登校」なのにもかかわらず、長欠者として扱われている所が大きく、都道府県によってかなりのばらつきがあるという指摘。


おそらく、実際の「不登校」は文部科学省の示すデータよりも多いのだろう。


ちなみに文部科学省の「不登校」の定義は以下。

何らかの心理的,情緒的,身体的あるいは社会的要因・背景により,登校しないあるいはしたくともできない状況にあるため年間30日以上欠席した者のうち,病気や経済的な理由による者を除いたもの(文部科学省『不登校への対応について』


文部科学省は1997年までは「学校ぎらい」を不登校の定義に使用していたが,1998年以降は「不登校」に項目名を変更している*1

参照されているのは、この本。




しかし,見方を変えれば,いつの時代にあってもかなりの割合で不登校(長期欠席者)が存在したこと,1960年代から1970年代にかけての時代こそが、学齢期の児童生徒がみんなこぞって登校したという点で特異であったとの解釈も可能であろう。


ただ、考えられるのは70年代以前の長欠者と70年以後の長欠者は「質的に」異なるということだ。70年以前には働かないと一家がやっていけないという理由などから長欠をしていたケースがそれなりにあっただろうと推測できるが、70年以降はそのような種類の長欠ではない。


この視点では、「不登校」が持つ固有の問題点が失われてしまうのではないかと思われる。

今日では多少古いが,小泉英二は,1.神経症的登校拒否,2.精神障害によるもの,3.怠学鱒鼠 4.積極的,意図的登校拒否,5.一過性の登校拒否,の五つのタイプに分輝している。(中略)「登校刺激を与えるな」であり,「とにかく受容しろ」ということである。それは神経症的なタイプの不登校児には有効かもしれない。しかし,他方で怠学傾向の子どもにとっては,登校刺激こそが不登校を防ぐ有効な手段でもある。専門家が念頭に置くような,欲求に対する抑制が過度に利いた息切れ型の不登校は,豊かさのなかで常に欲求を満たされてきた,今日の平均的な「長欠」生徒の実状からかなり離れているからである(毛利1994,60頁)。


これは非常に重要な指摘だ。


毛利氏の論文は以下。


教育のパラドックス パラドックスの教育

教育のパラドックス パラドックスの教育

*1:97年までは「その理由」で長期欠席とされていた児童が不登校にカウントされることになり,97年→98年には不登校児童の数は2万2千人ほど増加することになっている