久里浜医療センターはちっとも科学的研究をしないという批判に応えてなのか、最近、久里浜から基礎研究の論文がいくつか出ている。今回は10月に出版されたIGDT-10というインターネット・ゲーム障害(DSM-5)についての論文を取り上げる。
- Mihara, S., Osaki, Y., Kinjo, A., Matsuzaki, T., Nakayama, H., Kitayuguchi, T., Harada, T., & Higuchi, S. (2022). Validation of the Ten-Item Internet Gaming Disorder Test (IGDT-10) based on the clinical diagnosis of IGD in Japan. Journal of Behavioral Addictions. https://doi.org/10.1556/2006.2022.00070
以前GAMES-testの論文がおかしいと指摘したことがあったが、この論文も相当におかしい。
その一つは尺度を修正しているところである。
原版は「全くなかったnever」「ときどきあったsometimes」「よくあったoften」の3件法で、「よくあった」の時だけ該当するという設計だったが、久里浜修正版は「ときどきあった」「よくあった」の場合に該当するという設計に変えられている。
要は「時々あった」という3段階の真ん中もカウントされる設計に変えたのだ。
その結果、多くの人がインターネット・ゲーム障害に該当することになり、男性16.2%、女性6.3%と盛りに持った結果が出ている。
久里浜の冴えわたる"盛りの技術"がみられる論文に仕上がっている。
ちなみに、原版通りに計測すると、男性は2.2%、女性は1.3%であったらしい。こちらの数字は今まで他国で行われてきた調査と大差のない数字である。
https://journals.sagepub.com/doi/full/10.1177/0004867420962851
ゴールデンスタンダードは韓国のグループが開発したSCI-IGDらしい。
DSM-5 IGDの診断を検討するにあたっては、インターネットゲーム障害に対する構造化臨床面接(SCI-IGD)日本語版を用いた(Koo, Han, Park, & Kwon, 2017)。これはIGDのための短い面接手段であり,その妥当性と信頼性は韓国の青年を使用して確認されている。
修正についての詳細。
本研究では、日本語版IGDT-10の2種類の採点条件について検討した。1つ目は、原著研究で提案された、各項目が3つの選択肢のうち「よく」選択された場合に肯定と判定する条件(「原版」と呼ぶ)である(Király et al.、2017)。同様に、項目9と10は、2つの回答のうち1つが肯定的であれば肯定的と判定した。もう一つは、各項目が「よくある」「ときどきある」のどちらかが選択された場合に陽性と判定する修正条件である(「修正版」と呼ぶ)。SCI-IGDの結果とその後のパネルディスカッションによるIGDの診断をゴールドスタンダードとして、これら2つのバージョンの感度、特異度、陽性・陰性予測値、診断精度を算出した。
IGDT-10の各項目の感度、特異度、陽性予測値(PPV)、陰性予測値を修正版と原版で検討した(表2、表3)。また、両表には、両版の自己報告調査に基づく各基準の支持率に関する情報も含まれている。修正版では、ほとんどの項目で感度が75%から100%であった。しかし、悪影響に関する項目では感度が低く、問題があってもゲームを続けることの感度は62.5%、悪影響の感度は39.2%と低いものであった。各項目の特異度は、73%(コントロールの喪失)から92%(他の活動をあきらめる)の間で、没頭(51%)を除いて、項目間で安定していた。一方、原版の各項目の感度は、引きこもり(60.0%)を除いて、0%から33%とかなり低かった。否定的な結果については、原版では非IGD群だけでなくIGD群でも肯定的な事例は見られなかった。また、各項目の特異度は82%からほぼ100%とかなり高い値であった。
有病率。
表6は、修正日本版とオリジナル日本版の結果から、日本の若年層におけるIGDの可能性が高い人の割合を男女別に示したものである。男性では16.2%(95%信頼区間、14.7-17.7%)、女性では6.3%(3.5-7.3%)、全体では11.3%(10.4-12.2%)と推定された。日本版オリジナルでカットオフを5として推定すると、男性2.2%(1.5-2.8%)、女性1.3%(0.8-1.8%)、全体で1.8%(1.3-2.2%)に相当する。
雑感
この論文はGAMES-testの副産物だと思われる。
https://kurihama.hosp.go.jp/hospital/screening/games-test.html
原版の感度特異度がうまくいっていないようにみえる理由はいくつか考えられる。
第1に、インターネット・ゲーム障害と診断した者はIDGT-10の意図通りに答えていないということである。アルコール依存症を模倣した9項目のインターネット・ゲーム障害には問題があると他の論文でも指摘がされている。今回、原版で感度0%だった「友人に会ったり、以前に楽しんでいた趣味や遊びをすることよりも、ゲームの方を選んだ」という項目は、そもそも友人が少ない、趣味がゲームしかないという子どもが多いため、反応性が悪い項目とされていた。この点は久里浜というより、インターネット・ゲーム障害の診断基準の出来が悪いのが原因である。
第2に、インターネット・ゲーム障害に満たない者を診断した場合が考えられる。こちらは診断過程が明らかではないので、疑いを超えない。
第3に、健常対象群の置き方が適切か否かという点が考えられる。この種の尺度で弁別したいのは、長時間ゲームをしており社会的に何の問題もない群と、ゲームをやりすぎて問題が生じている群である。
この論文は対象者を住民台帳からランダムサンプリングしている。この方法は、有病率などを算出する時には正しい方法だが、尺度の性能を確かめる時には間違った方法である。この点は明記されているので、原因の一つだと指摘できるだろう。
3件法でうまくいかないが、2件法の方がうまくいった、というのが本論文の主たる主張の一つだが、計測学的にそんなことは起きない。また、その結果として、男性16.2%がインターネット・ゲーム障害だなんて結論がでているわけだから、どこかがおかしいと考えるべきである。
レビュアーもこんな論文を通すべきではなく、上に書いた3点を指摘すべきだったであろう。とはいえ、このJournal of Behavioral Addictionsという雑誌は、樋口先生の身内の雑誌なので、体裁さえ整っていれば掲載されるのでろう。