井出草平の研究ノート

ゲームはスポーツより有害なのか

最近、ハフポスに掲載された依存症の記事が少し気になっている。
スポーツに打ち込んでいて依存症になった人のうち10%はスポーツをやめたことで発症、22%はもともとの依存症傾向が悪化したという調査結果が示されていたからだ。

www.huffingtonpost.jp

「ARTS」が実施した緊急アンケートでは、スポーツに打ち込んだ経験のある依存症者の10%が、「スポーツを辞めたことがきっかけで依存症を発症した」と答えている。
回復途中のアルコール、薬物、ギャンブル、ゲーム依存症者のうち、スポーツに打ち込んだ経験のある295人が回答。スポーツを辞めたことが、自身の依存症に影響があったかを選択式で尋ねた。結果は次の通りだった。

「スポーツを辞めたことがきっかけで依存症を発症した」:30人(10%)
「もともと依存傾向や依存症であったが量や頻度が増えた」:64人(22%)
「特に影響はなかった」:201人(68%)


スポーツを辞めた時の心境を選んでもらうと、「ぽっかりと心に穴が空いたようだった」(15%)、「やることがなくなった」(23%)「目標を見失った」(8%)。「ホッとした」(28%)という人もいた。

スポーツは適度にすることは健康につながるのだろうが、やり過ぎると身体、精神にもあまりよくないのだ。

樋口進「ゲームはスポーツより有害」

ゲームの有害性を説く人たちはスポーツが健康の象徴のような取り上げ方をしていることが多い。例えば、久里浜医療センターの樋口進さんである。

www.nikkei.com

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久里浜医療センター院長 樋口進氏
スポーツとは生活に与える影響のレベルが全く違う。サッカー少年が勉強しない話はあるが、サッカーを注意したら親をなぐった話は聞かない。ゲームでは現実に問題が起きていて、我々の病院でも受診を待っている人がものすごくいる。

依存症の専門家なのに、スポーツによる依存や精神の問題に疎いのはご愛敬。

どちらにせよ、極端な主張というのはだいたい間違っているものである。
スポーツにしろ、ゲームにしろ、人生に喜びをもたらしてくれることもあるだろうが、生活に悪影響を及ぼすこともある。
要は、付き合い方であり、バランスを考えていくことが詰まるところ何に関しても大事、ということなのだろう。

精神障害の神経イメージング研究

www.ncbi.nlm.nih.gov

全脳機能神経イメージング研究のメタアナリシス。参加者11,221人(患者5,493人、対照5,728人)を対象とした251件の論文から283件の試験を対象としている。

対象となった精神障害

精神病性障害と非精神病性障害の違い

図4A

精神病性障害では、前中帯状皮質、前補運動野、左前頭前皮質が背外側前頭前野の中ほどから前頭前皮質に向かって後方に伸びている異常な活性化を示していた。

精神病性障害では、右前島皮質、前頭前野、右頭頂間溝に異常な活性化を示していた。

図4B

過活動(Hypoactivation)の領域は、精神病性障害、非精神病性障害を比較しても有意な違いはなかった。精神病性障害に特異的な過活動は、再び左外側前頭前野クラスターに出現している。

図4C

右前島/前頭前野皮質(赤)に共通の機能障害がある。

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精神病性障害と非精神病性障害における脳活性化のパターン。A)精神病性障害患者では、前中帯状体/前補運動野と左前頭前野に異常な活性化がみられた(青)。非精神病性障害では、右前頭前野/前頭前野と右頭頂間溝に異常な活性化(黄色)が認められた。B) 精神病性障害と非精神病性障害の別個の解析では、左中背側前頭前皮質から下前頭回/接合部、前頭前皮質における低活動(Hypoactivation)が精神病性障害を特徴づけた(青)。また、右前部島皮質/前頭前野皮質では、両障害のクラスの過活動が出現した(非精神病性障害=黄色)。過活動の対照では、有意な全脳活性化は認められなかった。C) 精神病性障害と非精神病性障害にまたがる低活性化の組み合わせにより、右前島/前頭前野皮質(赤)に共通の機能障害が認められた。

低活動の分析

統合失調症で左前頭前野left prefrontal cortexの低活動がみられるようだ。

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精神障害別の低活動の確率。ボクセルワイズ解析では、精神病性障害の患者では左前頭前野で顕著な低活性化が認められた。低活動のボクセルあたりの確率を抽出すると、統合失調症は非精神病性障害(物質使用障害を除く)群よりも低活動であつたが、有意差はなかった。

ゲームをすると脳細胞が死滅・萎縮すると主張する人たちが引用する論文には何が書いてあるのか

鈴木裕美(香川大学医学部助教)

鈴木裕美さんは「過剰なドーパミン放出が報酬系を壊し、神経を死滅させる」と述べている。

観音寺市議会の合田隆胤議員のページ(参照)で紹介。

一応、注釈を入れておくと、報酬系が壊れる?のはダウンレギュレーション仮説であり、神経を死滅させるは神経変異仮説である。鈴木裕美さんは別のものをごちゃごちゃに理解しているようだ。鈴木裕美さんはつっこみどころが満載なので、また後日エントリーを入れたい。

香川県教育委員会「ネット・ゲーム依存予防対策学習シート」

また、香川県教育委員会「ネット・ゲーム依存予防対策学習シート」(参照)では下記の写真が使われている。

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この画像は久里浜医療センターの樋口進さんもよく引用している画像である(参照)。 この脳萎縮が起こるとして画像が引用されているYaoらによる論文はどういった内容なのだろうか。

Yaoらによる論文

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

  • Yao, Yuan-Wei, Lu Liu, Shan-Shan Ma, Xin-Hui Shi, Nan Zhou, Jin-Tao Zhang, and Marc N. Potenza. 2017. “Functional and Structural Neural Alterations in Internet Gaming Disorder: A Systematic Review and Meta-Analysis.” Neuroscience and Biobehavioral Reviews 83 (December): 313–24.

インターネットゲーム障害の脳画像研究である。インターネットゲーム障害のグループは健常対照群に比較して灰白質(特に両側前帯状皮質)の減少がみられた。

灰白質とは

ja.wikipedia.org

灰白質とは中枢神経系の神経細胞の細胞体が存在している部位であって、体積の減少ということは、神経細胞の減少を意味している。

論文の解釈

灰白質の減少は、インターネットゲーム障害や他の依存症だけに起こることではない。
うつ病や不安症など一般的な精神障害でも生じるため、精神障害全体で生じるものという認識が正しい。下記の論文などに詳しい。

www.ncbi.nlm.nih.gov

灰白質の減少が起こる可能性としては以下の3つのものが考えられる。

  1. ゲーム障害によって生じる。
  2. ゲーム障害のリスクとしてADHDうつ病、不安症などが挙げられており、それらの精神障害によって先んじて生じている。灰白質の減少によって衝動性や意思決定などが正しく行えないため、ゲーム障害になりやすい可能性の示唆。
  3. 同時に併存する精神障害によって灰白質が減少している。

Yaoらゲームによって脳が萎縮した(灰白質の体積の減少)などと書かれていない。
ゲームばかりしているという行動面ではなく、脳における神経変異を指摘するというのが第一の主張である。第二の主張は両側前帯状皮質がバイオマーカーになるのではないかというものだ。

英語で書かれた脳画像の論文は読むのが難しい。鈴木裕美さんや樋口進さんも、元論文を読んでいないように思えるし、読んで理解できるのかも怪しい節がある。引用をするなら原著の主張から外れない程度に自説に近づけて紹介するものだが、そういう配慮がまったくみられないのだ。
真相はよくわからないが、内容は理解できていなくても「ゲームをすると脳細胞が死滅・萎縮する」という自説の補強のために切り貼りしているのは明らかだ。

以下、少々専門的になるが、論文を要約しておく。

ゲーム障害における機能的・構造的神経変化

fMRI研究

インターネットゲーム障害と健常対照群の比較をして高い活性化がみられたのは以下のもの。

  • 両側前帯状皮質(ACC: Anterior Cingulate Cortex)
  • 帯状皮質(PCC: Posterior Cingulate Cortex)
  • 楔前部(Precuneus)
  • 尾状部(Caudate)
  • 後下前頭回(Posterior Inferior Frontal Gyrus)
  • 背外側前頭前野(DLPFC: Dorsolateral Prefrontal Cortex)
  • 右中後頭皮質(Right Middle Occipital Cortex)

活性化が低かったのは以下のもの。

  • 下前頭回(Left Anterior Inferior Frontal Gyrus)
  • 右中心前回(Right Precentral Gyrus)
  • 後中心前回(Post-Central Gyrus)
  • 右後島皮質(Right Posterior Insula)を含む大きなクラスタ

VBM(Voxel Based Morphometry)研究

Voxel-based morphometryは、頭部Magnetic resonance imaging (MRI)を半自動的に処理し、脳全体を細かなボクセル単位(1-8mm立方程度)で統計解析し、様々な精神神経疾患の患者における脳体積の減少や増加、あるいは健常ヒトにおける様々な精神機能や行動パターンなどと関連した脳形態特徴などを同定する https://bsd.neuroinf.jp/wiki/Voxel_Based_Morphometry

VBM(Voxel-based morphometry)研究では、インターネットゲーム障害と健常対照群と比較して減少していた灰白質体積が減少は下記のもの。

これらの領域ではインターネットゲーム障害群の活性化が高く、灰白質の体積が低下していた。

f:id:iDES:20200717120324j:plain 上段AがfMRIによる活性化の図
中断BがVBM研究による灰白質の減少を示した図

他の要因との関連

fMRI研究では年齢と有意に関連する脳領域はなかった。VBM研究では両側補足運動野の灰白質体積変化は年齢と負の関係があり、両側前帯状皮質、補足運動野、右眼窩前頭皮質灰白質体積変化は男性被験者の割合と負の関係があった。
両側前帯状皮質は男性の方が少ないという結果であったようだ。

議論

両側前帯状皮質がバイオマーカーになりうる

2つの主要なメタアナリシスの結果は両側前帯状皮質(anterior cingulate cortex)との関連を示唆しており、健常対照群にくらべてインターネットゲーム障害では機能的亢進と灰白質減少の両方が示されている。両側前帯状皮質は渇望(Ko et al.,2013b; Liu et al.,2017)、感情調節(Etkin et al.,2011)、意思決定(Kennerley et al.,2006)を含む複数のプロセスに決定的に関与している。

ACCは精神障害全体のバイオマーカー

また、この領域が精神疾患全体に共通のバイオマーカーとして機能する可能性があるという最近の診断的メタアナリシス(Goodkind et al., 2015;McTeague et al., 2017)が存在している。

www.ncbi.nlm.nih.gov

統合失調症双極性障害うつ病嗜癖強迫性障害、不安症の6つのVBM研究がされている。診断ごとに違いはほとんどなく、灰白質の減少がみられた。

www.ncbi.nlm.nih.gov

精神障害では灰白質の減少はよく起こることであって、依存症やゲーム障害に限ったことではないということである。

まだよくわからないこと。

ホット/コールド実行機能 Hot and cool executive functionについて。

「コールド」と「ホット」の実行機能は概念的に区別される。コールド実行機能は、機械的な高次認知操作(例:ワーキングメモリ)を指し、ホット実行機能は感情的な認識と社会的知覚(例:社会的認知)による認知能力である。 https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4742532/

ACCの活動亢進が依存や嗜癖的行動に関係しているのかが検討されている。

サブメタ解析ではさらに、ACCの活動亢進は主にIGDにおける報酬およびコールド実行機能を検討した研究に関連していることが示唆された。報酬機能のサブメタ解析では、報酬を期待したり受け取ったりする際の視交叉前頭前野および帯状前頭の活動亢進は、嗜癖性行動が報酬に関連する神経回路の過剰活動と関連していることを示唆する衝動性理論をある程度支持するものである(Bjork et al., 2012; Luijtenet al., 2017)。 しかし、依存症に関連した報酬と非依存症に関連した報酬は、神経の変化の特徴的なパターンと関連している可能性があることに留意すべきである(Luijten et al., 2017)。研究数が限られているため、IGDではまだこの問題を扱うことはできない。

整合的な結果は得られているが、まだよくわからないという研究進度のようだ。

「【ひきこもり支援】必要な“鉄の3か条”見えてきたヒント」(クローズアップ現代)

www.nhk.jp

山梨中北保健所 芦沢茂喜さん

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引き出し屋に頼んだ結果

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お金で何とかならないことも多い、という認識の欠如が欠けているのだろう。
それだけ困っていたのだと同情する向きもあるが、ひきこもり問題から逃げていなければ、金で解決しようという発想にはならない。
ひきこもりに限らず、人生をかけてやっていることをお金を払って誰かに任せようなんと普通は思わないだろうし、ちゃんと自分でやり遂げたいと思うのが人間だと思う。

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引き出し屋に頼むと、以前より、親子関係がより一層こじれるので、打つ手がほぼなくなるのがつらいところ。

成功例

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最後に、親が態度を変えたことで成功した例が紹介されていた。
芦沢茂喜さんが支援の重要ポイントをしっかり語っているのが印象的な特集で、とてもよい作品に仕上がったのではないだろうか。

日本においてはゲームの使用時間と視力悪化には関係がみいだせない

学校で行う視力測定データ(学校保健統計調査)を用いた研究。

journal.nichigan.or.jp

  • 枩田亨二・ 横山連,2014,「政府統計による小学生の視力不良の経年推移と関係因子の解析」『日本眼科学会雑誌』 118: 104-110.

対象

学校保健統計調査における統計データを用い,小学生の裸眼視力不良者割合の経年推移について検討した.この調査は毎年4月~6 月に実施される大規模なものであり,2012年度の場合,身長体重などの発育状態調査は全国小学生の4.9%抽出270,720人,視力などの健康状態調査は23.4%抽出1,333,838人を対象としている.

結果

年度ごとに行ったすべての単回帰分析において,身長と視力不良との間には高身長の県ほど視力不良者が多い正の関係(p<0.01)が認められた.この回帰関係は説明変数から日照時間を除いて重回帰分析を行った場合でも明瞭に認められたが,日照時間を含めた重回帰分析では身長と視力不良との聞に有意の関係は認められなかった.一方,日照時間と視力不良との間には単回帰分析, 重回帰分析ともに4つの対象年度のすべてで日照時間が長い県ほど視力不良者が少ない負の関係が認められた(単回帰p<0.01, 重回帰p<0.05). これに対し,学習時間,テレビゲーム時間,睡眠時間は,2010年度に睡眠時間が負の関係を示した(単回帰p<0.05,重回帰p<0.01)ことを除くと, 視力不良と有意の関係を認めなかった(表2).

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感想

47都道府県のマクロデータでの単/重回帰分析を行われている。 分析は単年度ごとにされているようだ。
この分析でも、他の分析でも結果は変わらないとは思うが、経年データがあるのであれば、パネルデータとして扱うのが望ましい。単年度ごとに分析をしてしまうと47ケースの分析だが、経年要素を含めると47都道府県×年数のケースで分析を行えるので、より望ましい。ただ、時系列・タイムシリーズデータは「変化」をみる分析で、この研究の目的とは使い方が異なる。他にとれる選択肢は、すべて年次のデータをプールして解析することではないかと思う。

「性同一性障害」は病気なのか? 厚労省に当事者クレーム→削除の影にみられる複雑な事情(BuzzFeed News)

https://www.buzzfeed.com/jp/naokoiwanaga/gid-tg-mhlw https://www.buzzfeed.com/jp/naokoiwanaga/gid-tg-mhlw

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「しかし、医療的対応を求める方も多く、医療により心身の状態が改善する方も多いため、医療が必要な状態として取り扱うことが必要なことは確かです。それにもかからず、健康保険の適用がなく、自費で多額の費用を払わなければならない状況があり、健康保険の適用を求めてきました」
「このときに『趣味で手術しているなら自費でよいでしょ』と言われるため、『疾患です』と主張することになります。このことを丁寧に説明していくことが重要と考えています」

性同一性障害に障害(Disorder)という言葉を使うか、違和(Dysphoria)を使うかは表現上は大きな問題にはなるが、学術的な些末な問題である。 DSMに掲載されるということは、精神障害である。つまり、Mental Disordersの一つなのだから、表現を変えたところでDisorderである。

本質的な問題はDSMに掲載するか否か、LGBT関連の事柄を診断基準に掲載するか否かである。
こちらは意見の分かれるところであろう。

ところで、精神障害(Mental Disorder)は病気・疾病(Illness)ではない。これが割と重要である。
うつ「病」や躁うつ「病」など病気の「病」を使う慣例があるため、混同されることが多いが、精神障害は全て「病気」ではない。

このあたり、用語の使い訳が不十分なところがある。
それは、疾病(Illness)と疾患(Disorder/Condition)が混同されて使われているところである。
Mental Disordersは精神障害精神疾患という2つの翻訳がある。これは日本語の表現であって、指し示すのはどちらもMental Disordersである。
疾患と疾病という日本語はよく似ているので、混同されて使われることが多いが、疾患は疾病は異なる状態のものを指すし、疾患は病気ではない。

つまり、性同一性障害が診断基準に掲載され、精神疾患と位置づけられていたとしても、疾病/病気ではない。

1)LGBT関連のものを診断基準に乗せることの是非と、2)精神障害が病気だという誤解を分けて議論する必要があるだろう。