井出草平の研究ノート

社会に合わせようとするから、社会と合わせられなくなっている

ひきこもりについての論考。「ひきこもり」は社会へ適応しないのではなく、適応しようとするために逆に適応できない状態に陥っているという内容。非常に的確で興味深い論文。

加藤弘通,2006,
「ひきこもりの青年にとって働くということ--社会に向き合って生きようとする姿」 (特集 若者が働くということ--発達心理学的な視点から)
『発達』27(108),28〜34

 つまり、誇大な夢を語った。「意味がない」と退けたりすることには、それなりの意味があるのです。例えば、「意味がない」と貰うAさんは、「アルバイトが続かないこと」について次のようた話します。

 アルバイトすること自体はそれなりに楽しいし、その日その日は充実している。でもそれ にハマって、周りから頼りにされればされるほど、「このままじやあ、タメだ」という思いが強くなってくる。「このままじゃあ、またルートからはずれちゃう、終わっちゃうって。もちろん、自分が就職していくための一つのステップとして、それをしてるっていうのは分かってる。だけど、この仕事が、将来の仕事にどうつながりているのか分からないし、自分が何をやりたいのかも分からない。そんなことを考えているうちに、「やる意味がない」、「終わっちやうし、「やばいしって思いがどんどん弘くなってバイトに行けなくなる。「何かしなきゃしって思うけど、でも何もできない・・・。


 「ルートからはずれ」てしまうことへの恐れ、つまり、「普通の人たちと同じように、ちゃんと就職したい」という思いが、却ってアルバイトを断ったり、辞めたりすることにつながっているということです。同じようなことは、周囲から見ると誇大とも思える夢を語るBさんにも言えます。Bさんは後白、自分のパイロットになるという夢について次のようなことを語りました。

 (パイロットになるなんて)そんなの無理だってことは分かってた。で、あのときの自分は、(周りから)「バイトしろ」って言われて、バイトしたら、「せっかく見つかったバイトなんだから辞めるな」って言われて。言葉は悪いんだけど、そういう風に習われると、なんか自分が『お前はそういうことしかできないんだから、それにしがみついとけ』って言われてるみたいで、頑張れば、頑張るほど、誰も言わないけど『お前はそれでいい』みたい思われてる気がして、それで『自分はもっとできるぞ』って。正社員の話の時も、「そんなチャンス滅多にないぞしって言われると、『自分みたいな(ひきこもってた)奴にはチャンスない』って言われてるみたいで、『そんなことないぞ』って、だから(叶わないと)分かってて、そんな夢を言ってて、でも言わないと自分がダメみたいで……、まあ実際ダメなんすけどね。


 彼らにしてみれば、ひきこもることによって、「下がってしまった自分の評価を取り戻したい」、あるいは「遅れた分を取り戻したい」という思いが強いからこそ、仕事を断ったり、辞めたりしてしまっているような一面があるということです。つまり、「ちゃんとやりたいし、「社会的に評価されるようをことをしたいしという気持ちが強いがゆえに、最初の一歩が踏み出せなかったり、踏み出したとしても続かなかったり、また周囲からすると、誇大に見える夢を語ったり、無茶な仕事に親いたりすると考えられます。
 「もたもたしてられない」と言って高収入の職にこだわったCさんは、「自分は年をくっているしということを頻りに口にしました。そして、この「年をくっている」には『就ける職がなくなるので、早く職に就かなければならない』と『同年代の人たちと同じくらい稼げる職に就かなければならない』という二つの思いがあったようです。そして、いずれにも「他の人たちと同じようにやりたい」という強い思いを理解することができます。
 このように考えるなら、ひきこもりの人たちに対するイメージは、先に見た世間一般の人たちがもつイメージから反転します。すなわち、「社会に合わせようとしない存在」から「(過剰に)社会に合わせようとするがゆえに、社会と合わせられなくなっている存在」へとです。