篠原菊紀さんのブログ(参照)で紹介されていた論文。
秋山久美子ほか,2018,「日本におけるギャンブリング障害の障害疑い率とその比較 : 方法論による重みづけを用いた検討」『アディクションと家族』34(1): 75-82.
https://ci.nii.ac.jp/naid/40021753389
「日本のギャンブル依存は突出して多い」という報道がされているそうだ。
この誤った情報を流しているのは久里浜医療センターらしいのだが、どういう形で流されたのかを見てみたい。
尺度による違い有病率の違い
有病率であったり、疑いのある人を調査するときには尺度がとにかく重要である。使用する尺度によって大きく結果が異なってくるからだ。
Williams et al.(2012)では、重みづけをすることで尺度によって生み出される違いについて補正を試みている。
Williamsらは、方法論に関する研究レビューや自らが行った研究結果をもとに、障害疑い率にとくに大きな影響をもたらす要因として「調査の名目」「調査形式」「障害尺度への回答条件(過去l年にギャンプリングをしている人のみ障害尺度に回答する、など)」等を挙げている。Williamsらはさらに、そのような方法論の影響を調整する試みも行っており、世界各地のギャンプリングの障害疑い率を標準化するための、方法論別の重みづけの値を示している。
opus.uleth.ca https://media.runsular.com/me/9de900422a2d28b1.pdf
日本における「疑い率」
秋山らの論文にあるように「疑い率」という表現にとどめておこう。「有病率」というと診断基準があり、構造化面接等の定められた方法によって出されたものである。スクリーニングで出された「疑い率」の中から、診断をして「有病率」を導くというルートを多くの疫学調査が採用していることからも、「疑い率」より「有病率」は数としては少なくなる。
表にある1~3の調査の概要は以下。
1つめの調査は厚生労働省により行われた飲酒に関する質問紙調査であり、アルコール使用障害に関する問いを主としながら、ギャンブリングやインターネット依存についても尋ねている。
2つめは、独立行政法人国立病院機構久里浜医療センターにより実施されたギャンプリング障害に関する調査であり、これは訪問調査員の聞き取りによって回答が得られている。
3つめは、日工組社会安全研究財団により実施された、パチンコ・パチスロ遊技障害に関する全国調査である。パチンコ・パチスロ遊技障害は、ギャンブリング障害の下位概念の1つであるが、先述したように日本のギャンプリング障害の多くを占めると考えられるため、ここでは含めることとした。
SOGS: South Oaks Gambling Screen
さきほどの調査1~3で使用されている尺度について簡単に触れておこう。
SOGSはアメリカのサウスオークス財団が開発したギャンブル依存症のスクリーニングテストである。
日本語版がこちらのページにある。
www.ask.or.jp
PPDS: パチンコ・パチスロ遊技障害尺度
PPDSはパチンコ・パチスロに絞った内容である。競馬や競輪はこの尺度では計測できない。
元論文はこちら。
SOGSとPPDS
秋山らの論文によればSOGSとPPDSは尺度は違うものの、補正するとある程度まで比較ができるようだ。
秋山久美子ほか,2016,「パチンコ・パチスロ遊技障害尺度の作成および信頼性・妥当性の検討」『精神医学』58; 307-316. https://ci.nii.ac.jp/naid/40020789215
久里浜医療センターによるギャンブル依存の調査
厚労省は調査2の久里浜医療センターの調査である。PPDSが使用されている。生涯3.6%(320万人)、一年0.8% (70万人)という値を公表した。
この結果は各新聞で報道されている。
ただ久里浜医療センターが発表した値は、秋山ら(2018)によれば調整をする必要があるようだ。
調整をすると、生涯1.1%、直近1年0.43%となる。
これは全国調査3の直近1年0.42%という結果とほぼ同じとなる。人数にすると実際にギャンブル障害の疑いがあるのは40万人程度である。
久里浜医療センターが発表した値に比べインパクトは小さい。
ちなみにこれも「診断」ではなく「疑い率」であり、実際に病的賭博(DSM-IV)と診断できる人はさらに絞られることになる。
諸外国と比べて日本のギャンブル依存は多いか
日本ではギャンブル依存が多いというのは久里浜医療センターがおそらく確信犯で流している誤った情報である。
朝日新聞では次のように久里浜医療センターの松下幸生副院長は述べている。
また、生涯のうちに一度でも依存症だった疑いのある人は推計3・6%(約320万人)。同じ判定基準で調査した海外の例では、1~2%以下の国が多く、日本は比較的高いという。
調査を担った国立病院機構久里浜医療センターの松下幸生副院長は29日の会見で「電話調査の国が多いなど、調査方法が異なるため比較は難しい」としたうえで、「日本では外国より(パチンコなど)ギャンブルが身近にあり、いつでも利用できるという環境の違いが影響している可能性はある」と指摘した。
https://digital.asahi.com/articles/ASK9Y512YK9YUTFK013.html
これは数値の調整をせずに比較をしたためである。先ほども述べたように3.6%(360万人)は調整をすると1.1%になる。
直近1年の疑い率は日本では0.4%程度である。諸外国は下記の表のような感じのようだ。
0.2%~2%くらいの国が多く、日本の0.4%という値はとびぬけて多いわけではない。
諸外国との比較では、調整後の日本の障害疑い率が諸外国とそれほど大きな差がないこと、とくに直近1年の障害疑い率では、諸外国より低い割合となる可能性を示した。
対策
久里浜医療センターの分析では「外国より(パチンコなど)ギャンブルが身近にあるため」依存状態にある人が多いと述べていた。
しかし、疑い率が変わらないのであれば、この仮説は妥当ではないし、この仮説に基づいて政策決定をするのも誤りである。
確かにパチンコという文化は日本にしか浸透していないかもしれないが、依存になる人が諸外国と変わらないのであれば、パチンコ屋を規制してもあまり意味はない可能性が高い。
秋山ほか(2018)では対策について次のように述べられている。
この結果は、一見すると望ましいことのように思われるが、実際はそうでもないようだ。なぜなら、世界中の障害対策とその効果についてレビューしているWilliamsらが、「最もよく用いられている障害対策は、最も効果が小さいものである」と指摘しているように、対策を実施している諸外国が、必ずしも日本より良い状況にあるとはいえないからである。
規制をすればよいという話ではないようだ。
この辺りの事情はネット・ゲームの規制と通じるものがあるように思われる。
引用されているWilliamsらの論文は以下のもの。
Williams, R.J., West, B.L., & Simpson, R.I. (2012). Prevention of Problem Gambling: A Comprehensive Review of the Evidence, and Identified Best Practices. Report prepared for the Ontario Problem Gambling Research Centre and the Ontario Ministry of Health and Long Term Care. October 1, 2012. https://opus.uleth.ca/handle/10133/3121