井出草平の研究ノート

ブルデュー『ディスタンクシオン』輪読会第76夜 覚書

旧版p288から。

要約

政治的および道徳的な命令の二重性について論じています。著者は、活動家や政治意識の高い労働者の言葉に現れる、スタイルとトーンの変化や、同じ話の中での二つの表現スタイルの間の永続的な緊張に注目しています。一方には、あらかじめ作られた言い回しや、概念的な普遍性の色合いを与えるが、学んだレッスンのような感じや特有の非現実性を持つ政治的レキシコン(例えば「被雇用者階級の利益に反する」といった表現)があります。これらは、学校の試験のような状況に対処し、社会的地位の属性やクラスの名誉を守る能力を示すために使用されます。一方で、即時的な経験に基づく具体的な言及は、話に現実感、充実感、真実性を与え、同時に普遍化を制限する傾向があります。これらは、トーンの急激な変化によって区切られています。

言語の使用に関する研究について述べています。特に、AEERSの調査に回答した労働者たち(より高学歴で、子どもが高校や私立学校、高等教育機関に通っており、パリ在住でパリの新聞をよく読むなど、自分たちの階級からいくつかの点で異なる)の言語表現に焦点を当てています。これらの労働者たちは、書かれた言語ではさらに顕著に、公式な政治的言説の高尚さや強調を模倣しようとする様子が見られます。例えば、メカニックが「フランスの世界における使命」について語ったり、鉱山労働者が「可哀想なフランス、誰も気にしない」と発言したりする様子が挙げられています。 しかし、教育システムに関する政治的・労働組合的な言説に見られる一般化の試みがある一方で、回答は非常に個別化されています。多くの回答者は、直接的な関連がない個人的な不満を表現しているかのようです。例えば、ある農家は「教師は自分の義務を果たしておらず、休暇のことしか考えていない」と同じフレーズをすべての質問に対して答え、別の回答者は労働時間の無駄遣いについて繰り返し言及し、また別の回答者(タイピストで、夫が車体修理工)は質問の半分に対して答えず、残りの質問には「もはや職業意識がなく、レジャーのことばかり話している」と答えています。

政治的、経済的、文化的に不利な立場にある人々が、特に政治的な問題に関して、自分の意見を持つことやそれを表現する能力を身に付けることの難しさについて述べています。政治団体労働組合がこれらの人々に意見を形成する意欲や手段を提供しようとする教育活動は、一般的な形式主義と具体的な経験への直接的な参照の間で揺れ動いています。この文章は、具体的な状況への注意が信頼を得るために不可欠である一方で、個別のケースを超えて普遍的な問題に取り組むことが集団的な動員のために同じくらい重要であるというジレンマに触れています。

さらに、個人的な問題からより一般的で抽象的な問題へと徐々に移行する政治的な実践の過程が説明されています。例えば、家庭内の道徳的問題(子育て、性生活、家族内の権威など)から、教育機関学生運動に関連するような、実践的な経験から離れた問題へと話題が移り変わります。

特に、1968年の5月の出来事の後のような、既存の思考パターンや基準が問われる危機的状況では、政治的に弱い立場の人々が、彼らにとってまだ不明瞭な政治的問題(例えば学生運動)に対して、自分たちの個人的な価値観や認識スキーム(例えば「お坊ちゃんたち」への倫理的な反感や自由奔放な生活への嫌悪感)を適用し、結果として既存の秩序を守る側に加担するような状況が生じることが指摘されています。

高校での混乱や大学でのデモ、学校内の政治に関する質問が「罠」のように機能する理由について説明しています。これらの質問は、実際には既存の秩序の維持という主要な問題から生じる一連の問題という、本来の文脈でのみ意味を持つとされています。つまり、これらの質問は、自身の政策に関する意見の分布を考慮に入れなければならない人々、特に支配層にのみ関連するものとされています。この文脈では、支配層が「問題を起こす」グループについて持つ問題認識に焦点が当てられ、これらのグループ自体が抱える問題や彼らにとっての問題は無視されていると指摘しています。

政治的、経済的に不利な立場にある人々が、彼らにとって意味があいまいな質問にどのように答えるかを解説しています。彼らは、実際には既存の秩序の維持や転覆に関連する質問に対して答えているわけではなく、自分たちの階級の倫理観から生じる質問に対して答えているとされています。特に、社会的地位が低い小ブルジョアなどは、道徳的な世界観を持ち、政治的な問題に道徳的な怒りを感じる傾向があります。

このグループは、自分たちの社会的地位の低下に対する不満を、道徳的な憤りに変えて表現することが多く、その結果、反動的または革命的保守的な立場を取ることがあります。一方で、社会的地位が上昇中の小ブルジョアは、社会的な秩序が彼らの努力を十分に報酬していないと考え、その秩序に対して不満を持つことがあります。このように、彼らは既存の秩序を支持する限り、自分たちに適切な評価を与えないことに対してのみ批判的になります。このことから、保守主義者は、社会の根本的な秩序に触れない範囲での変更を受け入れることがあり、そのような変更は政治的スペクトラムの両端からの圧力によってもたらされることがあるとされています。

意見の受容者とは

「意見の受容者」とは、政治的、経済的、文化的に不利な立場にある人々、特に政治的な問題に対して自分の意見を持ったり表現したりすることが困難な人々。これらの人々は、政治団体労働組合による教育活動の対象となり、彼らが意見を形成し表現するための支援を受ける「受容者」として言及されている。彼らは、より一般的な政治的議論や専門的なレキシコンに馴染みがないため、意見形成のプロセスにおいて特別な配慮やアプローチが必要とされる対象として考えられている。

レキシコン lexique とは

「学問的な政治用語」(p.288)と翻訳されているが、ここは、レキシコンと翻訳した方が分かりやすいのではないだろうか。レキシコンというテクニカル・タームを入れた方が後々の理解が分かりやすくなるように思う。

「レキシコン」とは、ある言語の語彙(単語)全体を指す言葉で、言語学において、レキシコンはその言語を話す人々が使用するすべての単語と、それらの単語の意味、発音、使用方法などの情報を含んでいる。
この用語は、特定の分野や専門分野に関連する専門用語の集まりを指す場合もあり、政治的レキシコンは政治学や政治的な議論に関連する用語や表現を含んでいる。また、レキシコンは言語の理解やコミュニケーションのための基礎的な要素でもある。

マルクス主義とレキシコン

マルクス経済学レキシコン

www.otsukishoten.co.jp

本レキシコンは、マルクスの経済学にかんする諸著作、遺稿、書簡などのすべてから、経済学の重要な概念や問題点についての理解を深めるのに役立つと思われる叙述を、問題別に系統的に収集・整理し、編集したものである。

フランス語だとこのあたり。

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リセと秩序問題

高校の混乱や大学のデモ、学校の政治問題についての質問は、実際にはもっと大きな問題、つまり社会の既存の秩序をどう維持するかという問題と関連していると述べられている。つまり、こうした質問は一般の人々よりも、社会の支配層や政策を決定する人たちにとって重要である。この文章では、社会の上層部が「問題を起こす」と見なすグループに焦点を当てているが、それらのグループが直面している実際の問題や彼ら自身の視点は無視されがちである。要するに、一部の人々がどのように社会問題を見るかについての話であり、それが実際の問題や異なる視点を見落としている可能性があることを示している。

ジャコバン的厳格主義

あまりどうでもよいことだが、フランスの歴史が少し関係するので、調べてみた。

ブルデューは、「ジャコバン的厳格主義(Jacobin rigourism)」は、特に社会的地位が上昇中の小ブルジョアによく見られる特定の態度や思想だと述べている。ジャコバンフランス革命期に権力を握った政治派閥で、厳格で断固とした政策や価値観を持っていた。この文脈では、「ジャコバン的厳格主義」とは、自分たちの努力や能力が社会によって十分に認められていないと感じる小ブルジョアが、社会的な秩序に対して厳格かつ批判的な態度を取ることを意味している。

これらの人々は、社会の公正さやメリット(実力)に基づいた報酬システムへの不満から、社会的な秩序や体系に対して厳しい目を向け、変化を求めることがある。彼らは、自身の地位向上のために社会的な秩序を改革しようとする意欲が強く、その過程で社会的な秩序や既存の価値観に対する厳格な批判を展開することがある。

つまり、フランス革命以後の混乱、ジャコバン派の分裂と粛清、政策的にはロベスピエールの貧者政策として小土地所有農民の形成する点にひっかけて、現代社会をアナロジカルに描いていると思われる。

下降プチブルの恨み

下降プチブルの恨みについて書かれてある。

下降プチブルは、自分たちの社会的地位の低下に対して恨みを抱いており、彼らは、社会的な秩序が彼らの努力や能力を十分に評価していないと感じており、その結果として自分たちの地位が低下していると考えている。この恨みは、社会的な地位の低下に伴う不満や不安感から生じている。

ブルジョアは通常、努力によって得られる報酬や地位を重視する傾向があり、彼らが感じている社会的な地位の低下は、そのような価値観に対する直接的な脅威となります。彼らは自分たちの努力が報われないと感じ、社会的な秩序や体系に対して不満を抱くようになる。このため、彼らは社会的な地位の低下に対する恨みを表現し、社会的な秩序に対して反動的または革命的保守的な立場を取ることがある。彼らの恨みは、自分たちの社会的な地位を維持したいという願望と、現状に対する不満から生じるものと理解できる。