ゲームのし過ぎは “病気”でもゲーム障害でもない

WHOの診断基準にゲーム障害が加わったことで、「ゲームのやりすぎは病気だ」という誤解が蔓延している。

例えば、このNHKの報道である。

www3.nhk.or.jp

ゲームのし過ぎは “病気”
WHO=世界保健機関は2019年、医療機関での診断や治療を必要とするけがや病気などの国際的なリストである「国際疾病分類」に、「ゲーム障害」を新たに加えました。

「ゲームのし過ぎは “病気」という見出しが出ている。精神障害とは何かということをまったく理解できていないとしか言いようがない。

精神障害はMental Disorderの訳

精神障害はMental Disorderの訳である。
「障害」と翻訳する英語が多いため、日本語だけだと理解しにくいので、英語も併記する。

  • 身体障害はDisability, Impairment
  • 病気はSickness, Illness

ではDisorderとは何か。
Orderとは秩序のある状態や常態という意味である。従って、Disorderは秩序が欠けている状態、常態とは異なる状態といった意味である。

うつ病性障害(うつ病)を具体例としてあげよう。

落ち込み
日々の生活でショックなことがあれば人は落ち込む。これは極めて普通のことであり、精神障害とはいわない。

長く深く元に戻らない落ち込み
ただ、落ち込みがあまりに深く長く、長く続き、そうそう普通の状態に戻らないといった場合、精神状態として秩序を欠いていて、常態から逸脱していると捉える。

精神障害の条件は症状的に時間的に「過度であること」が一つの目安となる。

精神障害の3要件

しかし、ただ、症状的に時間的に過度であるだけでは精神障害とはならない。 精神障害の診断基準は3つの要件が求められるので、それを順にみていこう。

症候的妥当性

うつ病性障害の場合9つの症候が該当する。

  1. 抑うつ気分
  2. アンヘドニア(意欲の低下、楽しいという感覚がなくなる)
  3. 体重・食欲の短期間における過度の変化
  4. 不眠・過眠
  5. 焦燥感
  6. 疲労
  7. 罪責感
  8. 決断困難
  9. 希死念慮

この9つのうち1「抑うつ気分」と2「アンヘドニア」のどちらかが該当し、5つの症候が該当する場合、大うつ病性障害の疑いが出る。

精神障害というと、この症候の部分だけクローズアップされる傾向にあるが、あと2つの要件をクリアする必要がある。

社会的機能の低下および、臨床的苦痛

社会生活が送れていないこと、もしくは、精神的肉体的に苦痛があることが要件の一つとなるである。

  • 社会的職業的機能 通学、通勤などの社会生活が送れないなど。
  • 臨床的な苦痛 精神的に辛い、肉体的に苦痛がある。

例えば、就労をしているが、余暇はすべてゲームをしているといったパターン。ゲームのやり過ぎのように見えても、精神障害にはあたらない。 なぜなら、社会生活に致命的な問題を起こしていないからだ。

除外診断

他の精神障害、その他疾患によって引き起こされたことを除外するのが3つ目の要件である。

例えば、ひきこもり状態になって、時間があるのでゲームをしている。周りからみると、ゲームのし過ぎであるし、社会生活も送っていないので、ゲーム障害のように見えるが、原因はひきこもりであるため、ゲーム障害ではない。

逆に、ゲームにはまったことで、日常生活もままならなくなり、学校にも行かなくなったという場合が、ゲーム障害となる。

精神障害の定義

アメリカ精神医学会の診断基準であるDSM-5の精神障害の定義をみてみよう。

精神障害とは、精神機能の基盤となる心理学的、生物学的、または発達過程の機能障害によってもたらされた、個人の認知、情動制御、または行動における臨床的に意味のある障害によって特徴づけられる症候群である(p.20)。

精神障害とは「症候群」であると明確に書かれている。

症候群とは原因不明ながら共通の症候を持つ単位である。病気と症候群の境は曖昧だと言われるが、原因がわかっているか否かで簡単に両者は区別できる。

例えば、以前の診断基準であるDSM-IVに掲載されていた、レット障害(症候群)というものがあるが、診断策定後に、MECP2遺伝子の突然変異によって起こるという原因が明確になったため、現在は精神障害から除外され、いわゆる病気・疾患となった。

病気と症候群は別個の概念であり区別して使うことが必須である。

診断の3要件や病気と症候群の違いを明確に理解して書かれた記事はNHKに限らず書かれていないように思う。取材する記者もゲーム・ネット条例を通そうとしている議員たちも、精神障害の概念を理解できているのだろうか。

精神障害の診断基準にも妥当性のレベルが異なる

精神障害の診断基準に掲載されているものでも「妥当性が高いもの」と「妥当性が高くないもの」に分かれることも留意すべきである。

精神障害の診断基準に掲載されていれば「病気」だと安直に捉えている人が多すぎるように感じる。

精神障害の診断の妥当性は1960年代から行われているが、一つのマイルストーンになるのがEli RobinsとSamuel Guzeが1970年に書いた論文である(以下、Robins-Guze基準と呼ぶ)。

これが現在のアメリカ精神医学会の診断基準であるDSMや、WHOの診断基準であるICDの根本にある*1

1. 症候(臨床的記述)

臨床的に症状と兆候(=症候)が一致していることである。大うつ病性障害(うつ病)の場合、先ほど挙げた9つの症候が該当する。

2. 臨床検査

いくつかの精神障害では生物学的なマーカーは存在しているが大多数の精神障害では生物学的マーカーは存在しない。

3. 除外診断

除外診断はさきほども述べたように診断に現在含まれている。

4. 経過(追跡調査の結果)

同様の経過を辿ること。精神障害・身体疾患とも、最初は同じような形であっても、時間と共に異なった状態になることはあるため、経過が違えば、別のものである可能性がある。

実臨床では、診断時の状態で診断を行い、適宜診断を行うことになっている。異なる経過を辿るようであれば、別の診断名になる。

診断変更でよくあげられる例は、最初は抑うつ時状態で大うつ病性障害にしか見えなかったが、躁状態が後々現れたので、診断が、双極性障害(躁うつ病)に変わった、といもの。

5. 家族歴

精神障害は身体疾患と同じく遺伝が重要な役割を果たす。例えば、双極性障害の場合、両親兄弟姉妹が双極性障害の場合には25倍、統合失調症の場合には19倍リスクが高まる。

精神障害の診断基準に掲載されている診断のすべてがこれらの基準をすべて満たしているわけではない。

Robins-Guze基準を満たしていれば「病気」といった表現をしてもそれほど目くじらを立てる問題ではないかもしれない。原因が判明していないので、厳密には病気ではない。しかし、原因以外の部分に関してかなり強固なエビデンスがあるのであれば、将来的に原因が発見される可能性が比較的高いと判断できるからだ。

しかし、Robins-Guze基準をほとんど満たしていないものに関しては、しっかりと「病気ではない」という必要があるだろう。

ゲーム障害はRobinsとGuze基準をどの程度満たしているか

RobinsとGuze基準とゲーム障害を照らし合わせてみよう。

1. 症候(臨床的記述)

満たしている。

2. 臨床検査

ない。

3. 除外診断

満たしている。

4. 経過

不明。

5. 家族歴

不明。

このように満たしている項目は1と3だけである。
これが、統合失調症双極性障害になると、2以外は満たしているので、病気といった表現がされていても違和感を持つほどではない*2が、ゲーム障害が統合失調症と同じようなものとは到底言い難い。

報道のどこか問題か

  1. 精神障害は病気ではない
    精神障害と病気という概念はまったく別のものである。
    ただ、概念として異なるだけでなく、ゲーム障害は実態として病気とは程遠い。
    病気ではないものを病気だと吹聴することは害悪でしかない。

  2. 除外診断に関心がない
    ゲーム障害によって起こった不調であるか否かという言及がない。

  3. 精神医学の研究の文脈に無関心
    また、ゲーム障害はADHD抑うつ、社交不安などを他の精神障害を基盤として起こることが明らかになっている(参照)。精神医学のゲーム障害の研究は、これらの精神障害とのつながりでゲーム障害を捉えているが、メディアはゲーム障害が他の精神障害との関係して生じることに無関心である。
    ゲームだけに焦点を当てると、ゲームをするとひとりでにゲーム障害が起こるような印象を与えることにつながる。
    ゲーム障害にも背景となる精神障害があり、当然ながら、それらの精神障害の有無によって個人の間でゲーム障害のリスクが異なることを念頭に置くべきである。

  4. 社会、学校、家族の要因に無関心
    不登校を経験した子どもにネット依存が起こりやすい(逆ではない)、両親の関係が悪い家庭でネット依存か起こりやすい、いじめ被害を経験するとネット依存が起こりやすい、家庭教育をしっかりとやっているとネット依存になりにくい、といった社会的要因が明らかとなっている。
    ネット依存のデータであるため、このままゲーム障害にあてはまるかはわからないが、ゲーム障害でも、社会や学校の環境や体験によつてリスクが異なることを念頭に置くべきである。
    ネット依存を問題にする前に、不登校対策、いじめ対策をするべきである。結果として起こることの多いゲーム依存に対策をするよりも、そもそもの問題である不登校やいじめといった既存の社会問題に取り組む方が正しい道である。
    ゲームの取り締まりに気を取られると、不登校やいじめといった問題に目が届かなくなり、子どもたちへの悪影響を引き起こす可能性がある。

文献

www.ncbi.nlm.nih.gov

  • Robins E, Guze SB. (1970): Establishment of diagnostic validity in psychiatric illness: its application to schizophrenia. American Journal of Psychiatry, 126: 107-111.

*1:すべての精神障害がRobins-Guze基準を満たさなかったため、DSM-IIIの編纂者であるロバート・スピッツァーはLongitudinal Evaluation of All Data/LEAD基準と言われ方法論を導入し、現在の精神障害の診断基準はLEAD基準を満たしたものを採用するという形にしている。Robins-Guzeの基準は外的な客観的な基準であったが、LEAD基準は外的な妥当性ではない。専門家が精神障害に関しての情報をできる限り集め、時間をかけて縦断的に評価をするというものである。

*2:これらの精神障害が将来的に別の分類がされると推測はされている。