井出草平の研究ノート

「ゲームと覚醒剤は同じ」大山一郎香川県議

タイトルにあるのは、香川県のネット・ゲーム条例の素案に関わった大山一郎議員の言葉を要約したものである。大山議員は「香川県議会ネット・ゲーム依存症対策議員連盟」の会長であり、県議会議長も務めている(参考)

香川県議の大山一郎議員はゲーム依存について次のように述べている。

この依存症の原因のドーパミンが、最近の研究ではゲームをしたときと覚醒剤を一定量投与したときと同じであるという研究結果まで出てきているわけでございます。昔はテレビゲームとかポータブルゲームとか、親が管理のきく範囲内でのゲームが主流でありましたけれども、現在は、皆様方御存じのとおり、スマートフォンというものが大量に出回っておりまして、このスマートフォンは完全にインターネットと同じ機能を持っておりますので、これを子供たちが持つことによって、その中にオンラインゲームというものが潜んでおりまして、これが依存症の大きな原因になっておりまして、これは今までのゲームではなくて、子供たちがベッドルームまで、自分の寝室まで持っていく。それで依存症になっていって、24時間ずっとオンラインゲームをやる。ですから、昼夜が逆転するとか、それから、暴力性が強くなるとか、依存症でありますから、色々な問題が出てくるわけであります。(p.18) --『国と地方の協議の場(令和元年度第2回)における協議の概要に関する報告書』(http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/kyouginoba/r01/dai2/houkoku.pdf) via https://twitter.com/mishiki/status/1215623180657688576

多くの間違いがあるので、一つ一つ指摘していくと日が暮れるが、今回はドーパミンについて取り上げよう。

ドーパミンは話の「枕」のように置かれているだけで、その後の流れにはあまり関係がない。脳の神経伝達物質の名前をあげれば、それらしく感じる昨今の潮流に乗っかり「枕」としておかれているだけなのだが、ゲームと覚醒剤は同じというのは大きな誤解である。

ゲームとドーパミンの関連を指摘した論文

今回のテーマは中川譲さんからの宿題的にいただいたものだ。少しずつ消化していこうと思う。

大山一郎議員は「最近の研究ではゲームをしたときと覚醒剤を一定量投与したときと同じ」と述べているが、そのような研究は存在しない。

もちろん、ゲームをするとドーパミンが放出されるという論文は存在する。

Koepp et al.(1998)の論文が有名である。線条体ドーパミンが放出されたという報告である。

www.ncbi.nlm.nih.gov (Research Gate)

この論文で述べられていることは意外な結果ではない。
なぜなら、楽しいことをすればだいたいドーパミンは放出されているからで、どちらかといえば、当たり前の結果をちゃんと確認しました系の論文である。

ゲームで放出されるドーパミンの量

そもそもゲームで放出されるドーパミンの量はそれほど気にする量ではない。 ごはんを食べた時に放出されるものに毛が生えたくらいである。Langlois(2011)から図版を引用しよう。

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Amphetamine: アンフェタミン
Methamphetamine: メタンェタミン(ヒロポン、スピード)

  • Langlois, M. (2011). “Dopey About Dopamine: Video Games, Drugs & Addiction.”

この文献を引用したMarkeyとFergusonの言い回しであれば「メタンフェタミンよりもペパロニピザを食べる方にはるかに近い」ということである。

Moral Combat: Why the War on Violent Video Games Is Wrong

Moral Combat: Why the War on Violent Video Games Is Wrong

大山議員はゲームと覚醒剤ドーパミンの量が同じと述べていたが、このグラフをみて「同じ」というにはかなり無理があるのではないだろうか。

使用から依存症への飛躍

ドーパミンがゲーム依存症の原因だと述べている科学者はおそらくいないはずである。ゲームによって線条体からドーパミンが放出されるという論文はあるが、ゲームの使用と依存症とは全く質の違う問題である。酒を飲むことと、アルコール依存症になることが別なことと同じである。

この非科学的な結び付けをしたのは、ニコラス・カルダラスのニューヨーク・ポストへの投稿記事らしい(参照, via https://twitter.com/mishiki/status/1215686202440859649)

ドーパミンが放出されるものは山のようにある。「やって楽しいな」と思うことをしている最中にポジトロンスキャンをすれば、だいたいドーパミンが放出されていることが確認される。

大山一郎議員言い方であれば、サッカーをするのも覚醒剤だし、大自然のなかでアウトドアを楽しむのも覚醒剤だし、ショッピングを楽しむのも覚醒剤だし、美味しいごはんを食べるのも覚醒剤と同じである。

青少年のゲーム・スマホドーパミンが放出されるから制限されるのであれば、高齢者の楽しみと化したテレビ視聴でもドーパミンがあふれ出ている。

テレビの有害性

www.ncbi.nlm.nih.gov 25歳以降に1時間テレビを見ると平均余命が21.8分短くなる。6時間以上テレビをみると4.8年早死にする。

友人と会わなかったり、運動をしなかったり、種々の疾患を発病しやすくなる(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25828126)ため、寿命が短くなると考えられている。

www.ncbi.nlm.nih.gov 1日2時間テレビを視聴するたびに、糖尿病を発症する可能性が14%、肥満になる可能性が23%高くなる。

www.ncbi.nlm.nih.gov テレビ視聴と不眠症。18〜25歳の成人423人にインタビューしたところ、1/3がテレビの見過ぎによって不眠症になっていることが判明。

テレビは6時間以上テレビをみると4.8年早死するというデータまで出ている一方で、ゲーム・スマホの有害性は科学的に立証されていない。
ゲーム・スマホの使用制限をするのであれば、実際に害がありそうな高齢者のテレビの長時間視聴を制限する方が先ではないだろうか。

ゲーム依存症の原因はドーパミンなのか

ドーパミンは応報系に関係する。初期段階でのゲームの習慣化とドーパミンが関係していると推測できる。従って、ドーパミンがゲームの習慣化の形成には関わっているだろうが、ゲーム依存の原因ではないことは明白である。

原因という言葉がわかりにくくしているのかもしれない。ゲーム使用とゲームの習慣化の別の現象であることと同じく、ゲームが習慣化とゲーム依存も別の現象である。習慣化から依存へと跳躍させる何か、ゲーム依存の原因であるが、特定の神経伝達物質がここに関与しているという仮説も、データも存在していない。

ゲームの習慣化に関連しているドーパミンを依存の犯人に仕立て上げたい気持ちはわからないではないが、習慣化から依存への跳躍にドーパミンはさほど関連していない。

これは、治療という観点から見ればかなりわかりやすい。

数多くの創薬をしてきた現在の人類にとって、脳内のドーパミンレベルを薬によってコントロールすることは非常に容易なこととなっている。ドーパミンがゲーム依存の原因であるならば、治療は簡単なはずである。しかし、実際に、ドーパミンの放出を押さえる薬でゲーム依存を治療することはできないのだ。

ドーパミンは快感・セロトニンは安心は似非科学

ドーパミンが増えると快感がある、セロトニンが増えると安心するといったことをテレビなどでよく聞くことがあるが、一部を除いて似非科学といっていい。

ドーパミンセロトニン、ノルエピネフリン(ノルアドレナリン)は何かを説明した気にさせてくれる言葉である。「私は幸せ」を脳内神経物質を使って表現すると「私の脳内にセロトニンがあふれかえっている」となる。

脳内神経物質の名前を使っても何かを説明しているわけではない。しかし、「何かを言っている風」なのは、文法的にはこれが「比喩」に相当するからだ。

脳内神経物質によるほとんどの言説は説明ではなく、比喩であることがほとんどである。テレビなので、脳内神経物質の話が出た時に、その説明が脳内神経物質の名前を出さずに説明できる(=比喩)なのか、脳内神経物質なしには説明できないのか、という弁別の仕方をすると、テレビなとでの脳科学系の似非科学を比較的簡単に見分けることができる。

脳内神経物質、それもモノアミン(セロトニンドーパミン、ノルエピネフリン)だけで人間に起こっていることが説明できるほど人間は単純にできてはいないし、脳の構造ははるかに複雑である。

ドーパミン作動薬

ドーパミンを増やす一番簡単な方法はドーパミンの前駆体であるレボドパ(L-ドパ)を直接身体にぶち込むことである。

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ドーパミン作動薬は一般的にパーキンソン病の治療薬として使われることが多い。

では、パーキンソン病の治療薬を飲むと快感が得られるかというと、何も起こらない。何も起こらないどころか副作用の嘔吐や不整脈といった症状だけがでるかもしれない。

ドーパミンで快感が得られるなら、私たちの社会はパーキンソン病治療薬をありとあらゆる手を使って手に入れようという人たちが現れてくるはずである。しかし、実際に、そうなっていないのは、ドパミンを増やしても快感が得られないからである。

ドーパミン拮抗薬

大山一郎議員はゲーム依存ではドーパミンが放出されるので覚醒剤と同じだと述べていた。この言葉が真実であれば、ドーパミン拮抗薬を入れると解決するはずである。

ドーパミン拮抗薬として最も一般的なのは統合失調症の治療に使われるD2阻害薬であろう。

もちろん、D2阻害薬を使ったとしてもパーキンソン病治療薬と同じく副作用しか起こらない。

仮説に則った治療が無効ならば、仮説が誤り

仮説が正しければ、その仮説に従って、治療をすれば治るはずだし、最低でも何らかの変化がなくてはならない。これが理論の実証である。それが行い場合には、理論が間違っていたこととなる。

脳内のドーパミンが放出されるとゲーム依存になるというのが仮説が正しいならば、ドーパミン拮抗薬でゲーム依存は治らなくてはいけない。

ドーパミンが依存症を引き起こしているといったことが正しいのであれば、ドーパミン作動薬か拮抗薬で治療できるはずである。治療できないということは、説明が間違えているのである。