井出草平の研究ノート

アルコール依存症にバクロフェンを投与した飲酒は抑制できたが、ギャンブル障害が増長したケース

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ギャンブル障害の治療を希望した32歳男性のケースを紹介する。彼はアルコール使用障害とギャンブル障害を含む複合的な依存性障害を有していた。バクロフェンの大量投与で治療後、重症のギャンブル障害を発症した。最大用量はアルコール依存症に処方された160mg/dayであった。Naranjoアルゴリズムによると、スコアは+7であり、ギャンブルの問題はおそらくバクロフェンに起因すると結論づけられる。

依存症の治療に役立つと言われていするバクロフェンについてのケース報告。

プロフィール

32歳男性がギャンブル障害の治療のために来院した。彼は嗜癖性障害、特に行動嗜癖を専門とする当科に通院していた。嗜癖性障害以外に特に内科的・精神科的既往は確認されなかった。本症発症以前は定期的な治療を受けていなかった。10年間家業に携わっていたが、5年前に資金難で事業を売却せざるを得なくなった。それ以来、就職が困難な状況にあった。父親がアルコール依存症であったことから、嗜癖性障害の家系であることが判明しました。
本人は、衝動性、ほとんど考えなしに行動する傾向、内外の刺激に対して、その反応の否定的な結果を顧みずに無計画に反応することを述べた。DSM-5 I軸の精神障害は認められなかった。しかし、当院受診の1ヶ月前にオランザピンによる治療が行われていた。この治療薬は不安と衝動性のために適応外処方されたが、患者は鎮静作用に耐え難い副作用を訴えた。
彼はアルコール嗜癖を呈していた。青年期から飲酒を始め、兄の死後、24歳で渇望とコントロール不能を伴う日常的な飲酒が出現した。 入院してバクロフェンを導入する以前は、毎日飲酒しており、常に6単位以上飲んでいたというから、月30日の大量飲酒日(HDD)があった。平均摂取量は1日20標準単位であった。入院中にバクロフェンを処方したところ、平均飲酒量は4単位と大幅に減少し、飲酒は月に1〜2回まで、初診日の前月にHDDが1回でもあれば、飲酒するようになった。

初診の前に飲んでいた薬

  • バクロフェン120mg/日
  • ゾピクロン:1/日
  • オキサゼパム 150mg/日
  • オランザピン:5mg/日

初診後の薬物治療

  • バクロフェン:10mgを3日おきにゆっくり漸減
  • バクロフェン停止後:ナルメフェン18mg/日
  • ゾピクロン:1/日
  • オキサゼパム 100mg/日

バクロフェンの投薬プロトコル

バクロフェンは、当時フランスで認可されていたアルコール使用障害に対するすべての治療法(アカンプロサート、ナルトレキソン)が失敗した後に、適応外で処方された。バクロフェンは、「一時的な使用推奨」のガイドラインに従って、ゆっくり増量させるプロトコルとして処方されました。10mg/日/週を15週間かけて最大量である160mg/日まで増量。160mg/日程度が維持されたのは、アルコール渇望を抑えることが目的であったからである。

転帰

バクロフェンによるアルコール渇望と消費の減少を説明した。アルコール消費量の減少は75%程度と顕著であり、頻度も減少し、1日の消費量はなくなった。薬物は指示通りに服用され、誤用はなかったが、彼は、日が進むにつれて増大する多幸感の効果を経験し、「まるで酔っぱらっているようだ」と述べた。
金銭的な問題をきっかけにギャンブル障害が出現。28歳から33歳の間に、ギャンブルに夢中になることが多い、苦痛を感じているときにギャンブルをすることが多い、負けを追いかけることがある、という3つの基準を満たした。しかし、バクロフェン160mg/日処方直後からギャンブル障害基準(DSM5)をすべて満たした。アルコールへの渇望が減るとともにギャンブルへの渇望が強まった。ギャンブルへの欲求は、アルコールへの欲求が減少するにつれて増加した。この時点から、彼はギャンブルを止めることも制限することもできなくなり、毎日9から10/10の間の渇望を感じると述べた。借金や家賃、請求書があるにもかかわらず、お金の90%から100%をギャンブルに費やしていたと述べた。彼は「お金がポケットに穴をあけるmoney burns a hole in his pocket」または「指の間をすり抜けていくruns through his fingers」と言っている。彼は、ダメージを受けているにもかかわらず、ギャンブルに感覚と正の強化を求め、それが唯一の喜びの源となった。また、金銭的、法的な被害、例えば、自分のビジネスからお金を盗んだり、ギャンブル障害による家族への被害も記述されている。

多幸感はバクロフェンで報告されるのは珍しくない。GABAアゴニストという薬理作用から見ても頻繁に起こることうることである。ベンゾジアゼピンやチエノトリアゾロジアゼピンもGABAアゴニストであり、類似した作用が現れることがある。分かりやすく言えばデパスが起こす多幸感と同種のものである。

鑑別診断

ギャンブル障害の主な鑑別診断は、躁病エピソードである。さらに、バクロフェンは躁病の症状を誘発することがある[19]。ギャンブル障害は躁病エピソードでは説明できない。自尊心の高揚、睡眠欲求の低下、観念の飛翔、精神運動量の増加や焦燥感など、躁病の症状は見られなかった。

  • 19.Geoffroy PA, Auffret M, Deheul S et al. . Baclofen-induced manic symptoms: case report and systematic review. Psychosomatics 2014;55:326–32. 10.1016/j.psym.2014.02.003

フォローアップ

バクロフェン治療を減量、中止することにした。バクロフェンはアルコール渇望を大きく減退させたが、バクロフェンの大量投与はギャンブル障害の出現と重症化に重なった。ギャンブル障害の被害は甚大で、経済的、家族的な事情に関わり、精神的苦痛を与えていた。バクロフェンが抑制力を低下させ、嗜癖が別の嗜癖に移り変わること(switching addictions)や病的なギャンブルを助長していたのではないかと推測された。
オピオイド拮抗薬はアルコール依存症の治療薬として承認されており、ナルメフェンは最近フランスでアルコール消費量削減のために承認された。さらに、文献上では、オピオイド拮抗薬、すなわちナルトレキソンとナルメフェンのギャンブル障害における使用を支持する研究もある22 23。 アルコールへの渇望と消費を抑えるためにナルメフェン治療を導入し、さらにギャンブルへの渇望を治療し、ギャンブルをコントロールできるようにした。ギャンブルをコントロールすることが目的であった。
バクロフェンを徐々に漸減することでギャンブルへの渇望が減り、ナルメフェン導入1ヵ月後には、ギャンブルへの渇望の最大値が10分の4〜5程度となり、初めて会ったときにつけた渇望の半分以下となったと説明しています。彼は、ギャンブルをコントロールできるようになったと感じており、アルコールの消費量も増えていないと述べている。
オキサゼパムの投与量を減らし、アルコール離脱管理後にゆっくりと漸減させた。 オランザピンは、患者がこの治療による鎮静効果を述べていたことと、患者がI軸障害を呈していなかったことから、中止された。

Naranjo's criteria

バクロフェンの因果関係はNaranjoの基準に従って評価することができる[25]。

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  • 25.Naranjo CA, Busto U, Sellers EM et al. . A method for estimating the probability of adverse drug reactions. Clin Pharmacol Ther 1981;30:239–45. 10.1038/clpt.1981.154

低用量バクロフェン

Terrierら[26]は、健康な男性被験者を対象に、バクロフェン投与量(20mg vs.50mg)が強化学習に及ぼす影響を検討した。彼らは、低用量のバクロフェンがドーパミンニューロンの阻害、ドーパミンレベルの上昇を引き起こし、その結果、ギャンブル課題における強化学習を促進することを見出した。彼らは、お金を獲得する確率が最も高いことと関連する正しい象徴をしばしば選択した。しかし、50mg/dayでは差が見られなかった。これは、Cruzら[27] が提唱した、バクロフェンの用量増加によるドーパミン活性の双方向制御のモデルに対応する。 低用量のバクロフェンは、GABAニューロンの活性を優先的に抑制することになる。逆に、高用量のバクロフェンはドーパミンニューロンの発火を抑制し、腹側線条体のNAcへの神経伝達物質放出を減少させることになる[27]。

  • 26.Terrier J, Ort A, Yvon C et al. . Bi-directional effect of increasing doses of baclofen on reinforcement learning. Front Behav Neurosci 2011;5:40 10.3389/fnbeh.2011.00040
  • 27.Cruz HG, Ivanova T, Lunn ML et al. . Bi-directional effects of GABA(B) receptor agonists on the mesolimbic dopamine system. Nat Neurosci 2004;7:153–9. 10.1038/nn1181

低用量と高容量では働き方が違いますよ、という話。論文中に登場する、ナルトレキソンでも同様のことが起こる。

Terrierらの研究では低用量のバクロフェンは報酬関連学習の効率を強化するということなので、ギャンブル障害云々ではなく、勉学の効率を向上させる、いわゆるスマドラ的な使い方ができるという方に力点が置かれている気がするが、まだ読んでいないので、よくわからない。

先行研究におけるバクロフェンの副作用

よく説明されているものがあげられている。

文献上では鎮静作用[6]、深い昏睡と呼吸抑制[7][8]、混乱、せん妄または発作[9]などの有害作用が報告されている。しかし、この治療法の安全性のレベルは、慢性疾患への使用において不確かであり、特に複数の依存性障害を持つ複雑な患者における結果についての情報はほとんど見当たらない。

  • 6.Rolland B, Labreuche J, Duhamel A et al. . Baclofen for alcohol dependence: relationships between baclofen and alcohol dosing and the occurrence of major sedation. Eur Neuropsychopharmacol 2015;10:1631–6. 10.1016/j.euroneuro.2015.05.008
  • 7.Kiel LB, Hoegberg LC, Jansen T et al. . A nationwide register-based survey of baclofen toxicity. Basic Clin Pharmacol Toxicol 2015;116:452–6. 10.1111/bcpt.12344
  • 8.Leung NY, Whyte IM, Isbister GK. Baclofen overdose: defining the spectrum of toxicity. Emerg Med Australas 2006;18:77–82. 10.1111/j.1742-6723.2006.00805.x
  • 9.Rolland B, Deheul S, Danel T et al. . A case of de novo seizures following a probable interaction of high-dose baclofen with alcohol. Alcohol Alcohol 2012;47:577–80. 10.1093/alcalc/ags076

結論

高容量バクロフェン投与が「嗜癖が別の嗜癖に移り変わること」(switching addictions)を引き起こしたと結論づけられており、バクロフェンを投与する時には別の嗜癖が前景に来ることがあるので注意するということで臨床的には問題はなさそうである。

ただ、バクロフェンの薬理作用を踏まえるとかなり怪しいように思われる。そもそもswitching addictionsだという根拠がなく、バクロフェンによって起こされた別の現象であるように読み取れるため、スイッチングと位置付けるのは誤りのように思われる。また、依存症や嗜癖に関係するGABAとドーパミンの作用機序で、バクロフェンがギャンブル障害を増長させることは理論的には説明しづらい。

鑑別診断で除外された「躁」の可能性を除外するべきではなかったのかもしれない。典型的な躁ではない、不完全な躁状態がバクロフェンで生じたと理解する方が個人的には種々の事象を矛盾なく理解できるように思えた。

Drugbank

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バクロフェンの正確な作用機序は不明である。バクロフェンは、シナプス前後の神経細胞に発現するγ-アミノ酪酸(GABA)受容体のβサブユニットに対するアゴニストである。GABAB受容体に結合すると、神経細胞内にカリウム流入し、神経膜の過分極とシナプス前神経端末でのカルシウム流入の減少が引き起こされる。その結果、シナプス神経細胞の活動電位閾値到達率が低下し、筋紡錘を支配するシナプス後運動神経細胞の活動電位が低下する。バクロフェンは、電位依存性カルシウムチャネルに作用する可能性があるが、その臨床的意義は不明である。

Gamma-aminobutyric acid type B receptor subunit 2

Agonist

C-X-C chemokine receptor type 4

Allosteric modulator

C-X-Cケモカイン受容体のアロステリックモジュレーターである。

Gamma-aminobutyric acid type B receptor subunit 1

Agonist