井出草平の研究ノート

ゲーム依存はギャンブル依存より強いのか

四国新聞2020年1月21日朝刊で和田秀樹氏は次のように述べている。

特にゲーム依存はギャンブルやアルコール以上に依存性が指摘されている。

香川(訂正, 2020/02/16)四国新聞:ほっとけない「ゲーム依存」=全国初の対策条例 専門医や識者ら評価 尾木氏、社会が責任持つべき 和田氏、親の責任で怖さ教育 樋口氏、身近に捉える一歩(2020年1月21日)
https://www.shikoku-np.co.jp/dg/article.aspx?id=K2020012100000015700

これは本当だろうか?

ギャンブル障害との比較

www.ncbi.nlm.nih.gov

ギャンブル障害は若年成人(18-24 years)で2.6%、すべての成人で1.0%程度と推定される。一方で、インターネットゲーム障害の有病率は若年成人(18-24 years)で1.0%、すべての成人で0.5%程度と推定される。

ギャンブルよりも、ゲームの方が手近にあるものにもかかわらず、有病率が低いことから著者のPrzybylskiらは下記のように結論付けている。

インターネットゲームはギャンブルよりもはるかに中毒性が低い

ゲーム依存者の経過研究

www.ncbi.nlm.nih.gov

以前、こちらのエントリで紹介した研究

2年間安定: 1%
ゲーム依存でなくなる: 2.8%

2年間にわたる調査だが、ゲーム依存が続くのはゲーム依存の1/4程度のようである。

ギャンブル障害の自然経過

ギャンブル障害の自然経過もあまり安定していないという報告がある。

www.ncbi.nlm.nih.gov

11年間のギャンブル障害の自然経過を観察した研究をみると、有病率を見ると1%-5%と安定していたが、構成している人は入れ替わっていたようだ。

4年間の経過を示そう。「無」はギャンブル障害ではないこと、「有」はギャンブル障害であることをいみしている。

表 4年間のギャンブル障害の自然経過

1年目 4年目 人数
427 94.3%
11 2.4%
12 2.6%
3 0.7%

4年間安定: 0.7%
ギャンブル障害でなくなる: 2.6%

ゲーム依存のデータは2年間、ギャンブル障害のデータは4年間(11年間の最初の4年を引用)であるため、期間は同じではないが、安定してはまり続ける人は少なく、自然に治る人も多いという同じような結果であった。

ギャンブル障害の方が研究期間が2年長いので、ギャンブル障害の方が離れにくいのではないかと推測できる。しかし、どちらも、固定的、つまりゲーム障害、ギャンブル障害になったら治らないというのではなく、ほとんどのケースは自然に治っているということである。

考察

ギャンブル障害よりゲーム障害の方が有病率は低くPrzybylskiらの言うように門戸は開かれているにも関わらず、依存症になる人は少ないため、依存性が少ないといえるだろう。自然経過をみると、ゲーム障害もギャンブル障害も自然寛解は多いが、ギャンブル障害の方がやや離れにくい印象がある。しかし、両者ともほとんどのケースは自然に治っていることが確認できる。

ゲーム依存はギャンブル依存より依存性が強いといった和田氏の発言の科学的根拠がないことがわかった。

ゲーム利用者からゲーム依存に発展するのは1.7%

香川のネット・ゲーム条例関連。
条例では、ゲームプレイがゲーム依存に発展することが疑われていないようだが、ゲームをしたからといって、ゲーム依存者にはならいことは、多くの人たちは実感として持っているはずである。
また、実際にエビデンスも存在している。このエビデンスを今日は紹介したい。

www.ncbi.nlm.nih.gov Scharkow M, Festl R, Quandt, Longitudinal patterns of problematic computer game use among adolescents and adults--a 2-year panel study. T.Addiction. 2014 Nov;109(11):1910-7.

ドイツの研究で、調査の対象になっているのは一般人口ではなく、ゲームをプレイしている人たちである。
参加者は14歳から18歳までの合計112人の青少年、19歳から39歳までの363人の成人、40歳以上の427人の成人である(全体で902人)。計3回にわたって計測がされている。

  1. 研究開始時点
  2. 1年後
  3. 2年後

つまり、2年間にわたりゲーム依存の状況について観察した研究である。計測はGASスコア(Gaming Addiction Short Scale)である(下記の文献参照)。

結果

表3を日本語訳した。
GASスコアでゲーム使用に問題がなかった者を問題「無」、ゲーム使用に問題があった者を問題「有」としている。

タイプ 開始時点 1年後 2年後 人数 %
問題無安定 826 91.6
問題有へ変化 13 1.4
2 0.2
問題有安定 9 1
問題無へ変化 2 0.2
22 2.4
一貫せず 16 1.8
1 0.1

結果をまとめると次のようになる。

  • ゲームをプレイしていても、91.6%は依存の問題を抱えない。
  • もともと問題がなかったのに、問題を抱えるのは15名(1.7%)。これがゲーム依存予防の対象者。
  • 安定してゲーム依存であった者は1%。ゲーム依存治療対象者。
  • ゲーム依存ではなくなったもの24名(2.7%)。ゲーム依存であり続ける者より自然に治る人の方が多い。
  • 一時的に依存(1年後時点)だけゲーム依存だったものは16名(1.8%)。こちらも自然に治っている。

従ってゲーム依存の介入対象は以下の人たちであろう。

  • ゲーム依存治療はゲームプレイヤーの1%。
  • ゲーム依存予防は問題有に推移した1.7%。

問題があるのはこの3%程度の人たちである。

ゲームがある限りそれに依存する人はいるし、ゲームがなければゲーム依存も存在しないのは事実だが、ゲームをしている人たちに9割以上はゲーム依存にはならない。

また、この調査はゲームプレイヤーの中での割合であり、ゲームをしない人たちも多いため、ゲームで問題を起こす人たちは一般人口ではもっと少ない。

ゲーム依存の対策をするのであれば、問題が起きそうな3%程度のゲームプレーヤーに対して行うべきである。残りの9割以上の人たちには関係のないことなのだから、一律、時間制限を設けるというのは、対策としてばかげているとしか言えないだろう。

まず必要なのはゲーム依存に関係がある3%の人たちを発見することである。香川の条例ではそのことについて何も書かれていないし、どのように介入をしていくか、といったことも書かれていない。ゲーム依存対策の要点を全く含んでいないと言ってよいだろう。

ゲーム障害対策というのは目くらましのようなもので、ゲームを一律に制限することが本当の目的なのだろう。

参加者の募集

Festl et al.(2013)のデータの二次利用である。
最初のステップでは、4500人のコンピューターゲームユーザーがドイツの代表的なオムニバス調査(n = 50,012)から募集された。2011年にWave1でインタビューした4500人の回答者のうち、約1年後に2190人の回答者が調査に参加し、2013年に902人の回答者がWave 3に参加した。すべての調査は、ドイツの市場調査会社によるコンピューター支援の電話インタビューを使用して実施された。

文献

GASスコア

https://www.tandfonline.com/doi/abs/10.1080/15213260802669458
Lemmens J. S., Valkenburg P. M., Peter J. Development and validation of a game addiction scale for adolescents. Media Psychol 2009; 12: 77-95.

この論文の元データ。

www.ncbi.nlm.nih.gov Festl R., Scharkow M., Quandt T. Problematic computer game use among adolescents, younger and older adults. Addiction 2013; 108: 592-9.

香川県ネット・ゲーム条例、1月20日修正案の変更点

第6回検討委員会(2020年1月20日開催)が開催され、一部案が修正されたようだ。
資料はコンテンツ文化研究会のウェブページからダウンロードできる。

icc-japan.blogspot.com

注目が集まっている18条の時間制限の箇所も変更があった。

  1. 60分/90分時間制限が「スマートフォン等の使用」から「コンピュータゲームの利用」へ変更された。
  2. 保護者は子どもに「ルールを遵守させる」から「ルールを遵守させるよう努める」へ変更された。保護者の努力義務への変更。
  3. スマホ等の利用が午後9/10時までという文言は存続。
  4. 「ネット・ゲーム依存症につながるような」が午後9/10時までの時間制限にはかかっていない。18歳未満いかなる者も午後9/10時までにスマホ等の使用をやめる必要がある。
  5. 保護者に子どものネット・ゲーム依存症の相談義務が追加された。

スマホタブレットは勉強道具としても利用されているので、スマホタブレットなどの使用時間制限には批判があったのかもしれない。
使用時間制限のターゲットは「ゲーム」に絞られたが、スマホ利用が午後9/10時までというの時間制限は存続している。

18条2項の中での条文の一貫性がない

「ネット・ゲーム依存症につながるようなコンピュータゲームの利用」と書かれてあるが、ネット利用が過度であっても、ゲーム以外の使用は制限対象ではないと読める。批判を回避するための場当たり的な変更のためだと思われるが、語句が対応しておらず一貫性がない。

「ネット・ゲーム依存症につながる」のは専門家でも無理だが親にそれを求めている

保護者の責務として「ネット・ゲーム依存症につながる」ものに対応をせよ、と述べているが、「ネット・ゲーム依存症につながる」を判断するのは誰か書かれていない。そのまま読むと保護者にその能力があると仮定されているが、予測は、専門家でも不可能なのではないだろうか。

60分という成績不振との関連を示すものをネット・ゲーム依存症の基準とする問題点

60分という時間の基準がネット・ゲーム依存症へとつながるエビデンスがあるならば、60分は基準になりえるが、成績との関連しか確認されていない(参照)。
スマホ利用が成績悪化は、あくまでも相関関係であって、因果関係ではない。この点を措き、仮に60分を基準にするとしても、それは成績不振の基準にすぎず、「ネット・ゲーム依存症につながる」基準にはならない。
この条例が「ネット・ゲーム依存症につながる」ことを予防したいというならば、どのような状態になれば、「ネット・ゲーム依存症につながる」のかという基準を示すべきである。

「ネット・ゲーム依存症につながるような」の範囲が変更された

第5回案では、「ネット・ゲーム依存症につながるような」は60分まで制限と午後9時まで制限の両方に掛かっていたが、第6回案では「コンピュータゲームの利用」のみに掛かっている。この条例が定める子ども(18歳未満の者)は、仕事であろうと、宿題であろと、受験勉強であろうと、「スマートフォン等の使用」を午後9時もしくは午後10時までに中止しなければならなくなった。

第5回条例検討委員会における素案(1月10日)

(子どものスマートフォン使用等の制限)
第18条 保護者は、子どもにスマートフォン等を使用させるに当たっては、子どもの年齢、各家庭の実情等を考慮の上、その使用に伴う危険性及び過度の使用による弊害等について、子どもと話し合い、使用に関するルールづくり及びその見直しを行うものとする。

2 保護者は、前項の場合においては、子どもが睡眠時間を確保し、規則正しい生活習慣を身に付けられるよう、子どものネット・ゲーム依存症につながるようなスマートフォン等の使用に当たっては、1日当たりの使用時間が60分まで(学校等の休業日にあっては、90分まで)の時間を上限とするとともに、義務教育修了前の子どもについては午後9時までに、それ以外の子どもについては午後10時までに使用をやめるルールを遵守させるものする

第6回条例検討委員会における素案(1月20日

(子どものスマートフォン使用等の制限)
第18条 保護者は、子どもにスマートフォン等を使用させるに当たっては、子どもの年齢、各家庭の実情等を考慮の上、その使用に伴う危険性及び過度の使用による弊害等について、子どもと話し合い、使用に関するルールづくり及びその見直しを行うものとする。

2 保護者は、前項の場合においては、子どもが睡眠時間を確保し、規則正しい生活習慣を身に付けられるよう、子どものネット・ゲーム依存症につながるようなコンピュータゲームの利用に当たっては、1日当たりの利用時聞が60分まで(学校等の休業日にあっては、90分まで)の時間を上限とすること及びスマートフォン等の使用に当たっては、義務教育修了前の子どもについては午後9時までに、それ以外の子どもについては午後10時までに使用をやめることを基準とするとともに、前項のルールを遵守させるよう努めなければならない。

3 保護者は、子どもがネット・ゲーム依存症に陥る危険性があると感じた場合には、速やかに、学校等及びネット・ゲーム依存症対策に関連する業務に従事する者等に相談し、子どもがネット・ゲーム依存症にならないよう努めなければならない。

インターネットゲーム障害の治療

アメリカ精神医学会の診断基準DSM-5に掲載されたインターネットゲーム障害の治療法に関するレビュー。

www.ncbi.nlm.nih.gov

Zajac K, Ginley MK, Chang R, Petry NM. (2017), Treatments for Internet gaming disorder and Internet addiction: A systematic review. Psychol Addict Behav, 31(8): 979-994.

投薬

インターネットゲーム障害に対する投薬は、ブプロピオン(Han et al., 2010; Han et al., 2012; Song et al., 2016)、エスシタロプラム (Song et al., 2016)、メチルフェニデート(Han et al., 2009; Park et al., 2016)、アトモキセチン(Park et al., 2016)が有効な結果を出している。

一般名 効果
ブプロピオン 抗うつ薬/ADHD治療薬
エスシタロプラム 抗うつ薬
メチルフェニデート ADHD治療薬
アトモキセチン ADHD治療薬

インターネットゲーム障害の背景にはうつ病ADHDがあることが指摘されている(Brunborg et al. 2014; Scharkow et al. 2014; Lee et al. 2016)。背景にある精神障害の症状が改善したため、インターネットゲーム障害も改善したと考えられる(参照)。

現在までの投薬ではブプロピオンが好んで選ばれている。韓国の一部研究グループの研究しかないため、この研究グループの好みや製薬会社からの資金提供等の可能性も否定はできないが、ブプロピオンの創薬時期は古く、ジェネリックも発売されているため、製薬会社への利益誘導は否定できるだろう。

ブプロピオンは抗うつ薬に分類されるが、同時にADHD治療薬でもあるという珍しい薬である。また、アルコール依存症などにも有効性を示すエビデンスがあるため、依存症への効果も示唆されている*1。このような特性からブプロピオンが選ばれていると推測される。

また、Han et al. (2012)ではインターネットゲーム障害への教育だけでは効果は十分ではなく、投薬が必要であると考えられている。この研究での対象者は大うつ病であった。うつ病ADHDが背景にある場合には、投薬を積極的に選択したほうがよいということだろう。

認知行動療法など

認知行動療法をベースとした心理療法による介入が多い。最も良い結果を出しているのは、認知行動療法とブプロピオンを併用した介入である(Kim et al., 2012)。しかし、対象者は大うつ病である。認知行動療法抗うつ剤うつ病を改善し、その結果、インターネットゲーム障害が改善したという可能性は高い。インターネットゲーム障害そのものにどの程度有効であったかは不明である。

それは、うつ病が背景にないタイプの介入、認知行動療法単体での介入をみると(Li et al., 2013)、効果が高いとは言えない状態にあることからも言えることである。

少なくとも、集団で行う集団認知行動療法は基本的なカウンセリングと有意差が出ない(Li et al., 2013)ことから、取り立ててよい治療法とは言えないようだ。また集団認知行動療法と集団バーチャルリアリティ療法という先進的な取り組みもあり、集団認知行動療法と同等の効果がみこめるようである(Park et al., 2016)。

その他の介入

家族療法は有効かもしれない(Han et al., 2012)。

日本の文科省事業であるセルフディスカバリーキャンプもエビデンスとしてあげられている。

セルフディスカバリーキャンプはこちらを参照。文科省事業である。
https://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/detail/__icsFiles/afieldfile/2017/03/24/1345322_08.pdf

介入後もほぼ毎日ゲームはしているものの、1日あたりのゲーム時間は68%程度に、週当たりのゲーム時間は62%程度に減少している。悪くない結果である(Sakuma et al., 2017)。
大自然がインターネット依存を癒す的なイメージを持つ人も多いだろうが、治療効果としては転地療法の一種だと捉えるのがおそらく妥当だろう。

MMORPGの中でスピーキング、ライティングコースを行うという韓国の試みも興味深い。インターネットゲーム障害の解決にはならないようだが、学習効果が高かったことがわかった(Kim et al., 2013)。

ブプロピオン投薬(Han et al., 2010)

www.ncbi.nlm.nih.gov

国: 韓国
方法: ブプロピオン
N: 11
期間: 6週間
年齢(SD): 21.5±5.6
研究デザイン: プレ-ポスト比較
IGD包含基準の診断方法: YIAS >50 + gaming >30 hr/wk + 障害またはディストレス
結果変数:ゲーム時間とYIAS
有意な結果: ゲーム時間とYIASの短縮
注記: 健康な対照のサンプルは含まれていない。

コメント:

ディストレスのある患者を対象としているため、抗うつ剤のブプロピオンが選択されたと考えられる。

メチルフェニデート投薬(Han et al., 2009)

www.ncbi.nlm.nih.gov

国: 韓国 方法: メチルフェニデート N: 62 期間: 8週間 年齢(SD): 9.3±2.2 研究デザイン: プレ-ポスト比較 IGD包含基準の診断方法: YIAS >50 + gaming >30 hr/wk + 障害またはディストレス 結果変数:ゲーム時間とYIAS 有意な結果: ゲーム時間とYIASの短縮 注記: すべての参加者はADHD

コメント:

インターネットゲーム依存の背景にADHDが存在するため、ADHDの治療薬であるメチルフェニデートが有効だと考えられる。

ブプロピオン投薬と教育(Han et al., 2012)

www.ncbi.nlm.nih.gov

国: 韓国 方法: ブプロピオン+教育 vs. プラセボ+教育 N: 25/25 期間: 6週間 年齢(SD): 21.2±8.0/19.1±6.2 研究デザイン: プレ-ポスト比較 IGD包含基準の診断方法: YIAS >50 + gaming >30 hr/wk + 障害またはディストレス 結果変数:ゲーム時間とYIAS 有意な結果: プラセボグループと比較してブプロピオングループにおいてゲーム時間とYIASの大幅な短縮 注記: すべての参加者は大うつ病

コメント:

うつ病とインターネットゲーム障害が併存している場合には、教育だけでは十分ではなく抗うつ剤の投与が必要。

アトモキセチンとメチルフェニデート(Park et al., 2016)

www.ncbi.nlm.nih.gov

国: 韓国 方法: アトモキセチンとメチルフェニデート N: 42/44 期間: 12週間 年齢(SD): 17.1±1.0/16.9±1.6 研究デザイン: RCT IGD包含基準の診断方法: DSM-5 結果変数:YIAS 有意な結果: YIASは両方のグループで減少。グループ間で有意差なし。 注記: すべての参加者はADHD

コメント:

ADHDの薬の種類によって効果に違いはない。

ブプロピオン vs.エスシタロプラム(Song et al., 2016)

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

国: 韓国 方法: ブプロピオン/エスシタロプラム/治療なしグループ N: 44/42/33 期間: 6週間 年齢(SD): 20.0±3.6/19.8±4.2/19.6±4.0 研究デザイン: RCT IGD包含基準の診断方法: DSM-5 結果変数:YIAS 有意な結果: YIASはブプロピオン/エスシタロプラムのグループで減少。治療なしグループでは変化なし。エスシタロプラムよりもブプロピオンの方が効果が高い。 注記: 対照群は治療を拒否したグループで無作為割り付けではない。

コメント:

SSRIよりもブプロピオンの方が治療的。抗うつ薬であればよいわけではなく、ブプロピオンの薬理作用が効果的である可能性が示唆される。

認知行動療法をベースとした心理療法

渇望行動介入(Zhang et al., 2016)

www.ncbi.nlm.nih.gov

国: 中国 方法: 渇望行動介入(Craving behavioral intervention) vs. 介入のない対照群 N: 23/17 期間: 6週間 年齢(SD): 21.9±1.8/22.0±1.9 研究デザイン: 非RCT IGD包含基準の診断方法: CIAS≥67 + ゲームプレイ(1〜4の中で最も人気のあるゲームを)14時間/週以上、1年以上。 結果変数:毎週のゲーム(時間)、CIAS 有意な結果: 介入グループのCIASは低く、ゲーム時間は少なくなったが対照群と有意な差はない。

コメント:

渇望行動介入の有効性は実証されず。

集団CBT vs. 基本的なカウンセリング(Li et al., 2013)

https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0190740913002168www.sciencedirect.com

国: 中国 方法: 集団CBT vs. 基本的なカウンセリング N: 14/14 期間: 6週間 年齢(SD): 12〜19歳 研究デザイン: RCT IGD包含基準の診断方法: ゲームプレイ 30時間/週 + OGCAS >35 + YIAS >3 + CIAS≥67 + ディストレスまたは不適応行動 結果変数: YIAS 有意な結果: YIASは両グループで減少。ただし有意差なし。

コメント:

集団CBTの有効性は実証されず。

CBT + ブプロピオン vs. ブプロピオンのみ(Kim et al., 2012)

https://psycnet.apa.org/record/2012-15073-001

国:韓国 方法: CBT + ブプロピオン vs. ブプロピオンのみ N: 32/33 期間: 8週間 年齢(SD): 16.2±1.4/15.9±1.6 研究デザイン: RCT IGD包含基準の診断方法: YIAS> 50 + ゲームプレイ 30時間/週 + ディストレスまたは不適応行動 結果変数: 週あたりのゲーム時間、YIAS 有意な結果: 薬物療法のみのグループよりもCBTを併用したグループが大幅な改善。介入後の4週間のフォローアップでも差が維持された。 注記: すべての参加者は大うつ病

コメント:

CBTは薬物療法と併用すると効果的。

集団CBT vs. 集団バーチャルリアリティ療法(Park et al., 2016)

www.ncbi.nlm.nih.gov

国:韓国 方法: 集団CBT vs. 集団バーチャルリアリティ療法(Virtual Reality group therapy) N: 12/12 期間: 4週間 年齢(SD): 24.2±3.2/23.6±2.7 研究デザイン: RCT IGD包含基準の診断方法: ゲームプレイ 30時間/週 + 生活の破綻 + ディストレスまたは不適応行動 + YIAS> 50 結果変数: YIAS 有意な結果: 両群でYIASは減少。グループ差はない。 注記: 健康な対照のサンプルは含まれていない。

コメント:

集団バーチャルリアリティ療法は集団CBTと同等。

その他の介入

家族療法(Han et al., 2012)

www.ncbi.nlm.nih.gov

国:韓国 方法: 家族療法 N: 15 期間: 3週間 年齢(SD): 14.2±1.5 研究デザイン: プレ-ポスト比較 IGD包含基準の診断方法: 4時間/日以上、30時間/週以上のゲームプレイ + YIAS> 50 + ディストレスまたは行動障害 結果変数: 週のゲーム(時間)、YIAS 有意な結果: ゲーム時間の減少、YIASスコアの減少 注記: 健康な対照のサンプルは含まれていない。

コメント:

家族療法は有効かもしれない。

折衷的な心理療法(Palleson et al., 2015)

www.ncbi.nlm.nih.gov

国:ノルウェー 方法: 折衷的な心理療法(認知行動療法、家族療法、動機づけ面接、ソリューション・フォーカスド) N: 12 期間: 13回 年齢(SD): 15.7(1.3) 研究デザイン: プレ-ポスト比較 IGD包含基準の診断方法: 自記式GASA≥3(すべての項目)、またはPVPスコアが4または5(すべての項目・親報告)アイテム(親レポート) 結果変数: 患者報告GASAおよびPVP、親報告PVP 有意な結果: 親から報告されたPVPが減少したが、患者から報告されたGASAまたはPVPは減少せず。

コメント:

有効性の高そうな心理療法の組み合わせのように思えるが、結果からみると、そうではなかったようだ。動機づけ面接が入っているのはインターネットゲーム障害である本人は治療にあまり乗り気ではない場合が多いからだろう。心理療法に持ち込むのはなかなか大変そうだ。

セルフディスカバリーキャンプ(Sakuma et al., 2017)

www.ncbi.nlm.nih.gov

国: 日本 方法: セルフディスカバリーキャンプ N: 10 期間: 9日間 年齢(SD): 16.2±2.2 研究デザイン: プレ-ポスト比較 IGD包含基準の診断方法: Griffith’s 6 components of addiction(https://www.tandfonline.com/doi/abs/10.1080/14659890500114359)を満たし、臨床面接でDSM-5の基準を満たしたもの。 結果変数: 毎日のゲーム(時間)と毎週のゲーム(時間と日) 有意な結果: 1日当たりのゲームの時間、週当たりのゲーム時間は減少したが、週当たりのゲームプレイ日は減少せず(介入後3か月までの結果)

コメント:

セルフディスカバリーキャンプは自然体験がメインになっているようだ。
併存症は5名がADHD、4名が広汎性発達障害、4名がなしの10名。

MMORPGスピーキング、ライティングコース vs. 一般教育(Kim et al., 2013)

https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0360131512002928www.sciencedirect.com

国: 韓国 方法: MMORPGスピーキング、ライティングコース vs. 一般教育 N: 27/32 期間: 8週間 年齢(SD): 17.4±0.6/17.5±0.6 研究デザイン: プレ-ポスト比較 IGD包含基準の診断方法: Dungeon & Fighterを4時間以上毎日プレイ 結果変数: 1日の平均ゲームプレイ時間 有意な結果: 両群とも減少が見られたが、グループ間で差はない。ライティングとスピーキング能力に関しては対照群よりはるかに向上した。

尺度

YIAS: Young Internet Addiction Scale

K.S. Young,(1996) “Internet addiction: The emergence of a new clinical disorder,” CyberPsychology & Behavior, vol. 1, no. 3, pp. 237-244.

OGCAS: Online Game Cognitive Addiction Scale

Li H., Wang J., Wang L. (2008a). The difference of mental health levels and personality traits between Internet social addition and Internet game addition in college students (in Chinese). Chin. J. Clin. Psychol. 16 413–416.

PVP: Problem Video Game Playing Scale

Tejeiro, R., & Moran, R. B. (2002). Measuring video game pathological playing inadolescents. Addiction, 97, 1601–1606.
http://dx.doi.org/10.1046/j.1360-0443.2002.00218.xTejeiro

CIAS: Chinese Internet Addiction Scale

Chen, S.H., Weng, L.J., Su, Y.J., Wu, H.M., & Yang, P.F. (2003). Development of a Chinese Internet Addiction Scale and Its Psychometric Study. Chinese Journal of Psychology, 45(3), 279–294. https://psycnet.apa.org/record/2004-10292-005

GASA: Gaming Addiction Scale for Adolescents

Lemmens J.S., Valkenburg P.M., Peter J. Development and validation of a game addiction scale for adolescents. Media Psychology. 2009;12:77–95.

*1:アルコール依存症に有効性があるメカニズムは、酒がまずくなる、酒を飲むという欲を押さえることができる。エタノールが分解できなくなり気分が悪くなるといったノックビンなどの抗酒薬とはメカニズムが異なる。

ゲームのし過ぎは “病気”でもゲーム障害でもない

WHOの診断基準にゲーム障害が加わったことで、「ゲームのやりすぎは病気だ」という誤解が蔓延している。

例えば、このNHKの報道である。

www3.nhk.or.jp

ゲームのし過ぎは “病気”
WHO=世界保健機関は2019年、医療機関での診断や治療を必要とするけがや病気などの国際的なリストである「国際疾病分類」に、「ゲーム障害」を新たに加えました。

「ゲームのし過ぎは “病気」という見出しが出ている。精神障害とは何かということをまったく理解できていないとしか言いようがない。

精神障害はMental Disorderの訳

精神障害はMental Disorderの訳である。
「障害」と翻訳する英語が多いため、日本語だけだと理解しにくいので、英語も併記する。

  • 身体障害はDisability, Impairment
  • 病気はSickness, Illness

ではDisorderとは何か。
Orderとは秩序のある状態や常態という意味である。従って、Disorderは秩序が欠けている状態、常態とは異なる状態といった意味である。

うつ病性障害(うつ病)を具体例としてあげよう。

落ち込み
日々の生活でショックなことがあれば人は落ち込む。これは極めて普通のことであり、精神障害とはいわない。

長く深く元に戻らない落ち込み
ただ、落ち込みがあまりに深く長く、長く続き、そうそう普通の状態に戻らないといった場合、精神状態として秩序を欠いていて、常態から逸脱していると捉える。

精神障害の条件は症状的に時間的に「過度であること」が一つの目安となる。

精神障害の3要件

しかし、ただ、症状的に時間的に過度であるだけでは精神障害とはならない。 精神障害の診断基準は3つの要件が求められるので、それを順にみていこう。

症候的妥当性

うつ病性障害の場合9つの症候が該当する。

  1. 抑うつ気分
  2. アンヘドニア(意欲の低下、楽しいという感覚がなくなる)
  3. 体重・食欲の短期間における過度の変化
  4. 不眠・過眠
  5. 焦燥感
  6. 疲労
  7. 罪責感
  8. 決断困難
  9. 希死念慮

この9つのうち1「抑うつ気分」と2「アンヘドニア」のどちらかが該当し、5つの症候が該当する場合、大うつ病性障害の疑いが出る。

精神障害というと、この症候の部分だけクローズアップされる傾向にあるが、あと2つの要件をクリアする必要がある。

社会的機能の低下および、臨床的苦痛

社会生活が送れていないこと、もしくは、精神的肉体的に苦痛があることが要件の一つとなるである。

  • 社会的職業的機能 通学、通勤などの社会生活が送れないなど。
  • 臨床的な苦痛 精神的に辛い、肉体的に苦痛がある。

例えば、就労をしているが、余暇はすべてゲームをしているといったパターン。ゲームのやり過ぎのように見えても、精神障害にはあたらない。 なぜなら、社会生活に致命的な問題を起こしていないからだ。

除外診断

他の精神障害、その他疾患によって引き起こされたことを除外するのが3つ目の要件である。

例えば、ひきこもり状態になって、時間があるのでゲームをしている。周りからみると、ゲームのし過ぎであるし、社会生活も送っていないので、ゲーム障害のように見えるが、原因はひきこもりであるため、ゲーム障害ではない。

逆に、ゲームにはまったことで、日常生活もままならなくなり、学校にも行かなくなったという場合が、ゲーム障害となる。

精神障害の定義

アメリカ精神医学会の診断基準であるDSM-5の精神障害の定義をみてみよう。

精神障害とは、精神機能の基盤となる心理学的、生物学的、または発達過程の機能障害によってもたらされた、個人の認知、情動制御、または行動における臨床的に意味のある障害によって特徴づけられる症候群である(p.20)。

精神障害とは「症候群」であると明確に書かれている。

症候群とは原因不明ながら共通の症候を持つ単位である。病気と症候群の境は曖昧だと言われるが、原因がわかっているか否かで簡単に両者は区別できる。

例えば、以前の診断基準であるDSM-IVに掲載されていた、レット障害(症候群)というものがあるが、診断策定後に、MECP2遺伝子の突然変異によって起こるという原因が明確になったため、現在は精神障害から除外され、いわゆる病気・疾患となった。

病気と症候群は別個の概念であり区別して使うことが必須である。

診断の3要件や病気と症候群の違いを明確に理解して書かれた記事はNHKに限らず書かれていないように思う。取材する記者もゲーム・ネット条例を通そうとしている議員たちも、精神障害の概念を理解できているのだろうか。

精神障害の診断基準にも妥当性のレベルが異なる

精神障害の診断基準に掲載されているものでも「妥当性が高いもの」と「妥当性が高くないもの」に分かれることも留意すべきである。

精神障害の診断基準に掲載されていれば「病気」だと安直に捉えている人が多すぎるように感じる。

精神障害の診断の妥当性は1960年代から行われているが、一つのマイルストーンになるのがEli RobinsとSamuel Guzeが1970年に書いた論文である(以下、Robins-Guze基準と呼ぶ)。

これが現在のアメリカ精神医学会の診断基準であるDSMや、WHOの診断基準であるICDの根本にある*1

1. 症候(臨床的記述)

臨床的に症状と兆候(=症候)が一致していることである。大うつ病性障害(うつ病)の場合、先ほど挙げた9つの症候が該当する。

2. 臨床検査

いくつかの精神障害では生物学的なマーカーは存在しているが大多数の精神障害では生物学的マーカーは存在しない。

3. 除外診断

除外診断はさきほども述べたように診断に現在含まれている。

4. 経過(追跡調査の結果)

同様の経過を辿ること。精神障害・身体疾患とも、最初は同じような形であっても、時間と共に異なった状態になることはあるため、経過が違えば、別のものである可能性がある。

実臨床では、診断時の状態で診断を行い、適宜診断を行うことになっている。異なる経過を辿るようであれば、別の診断名になる。

診断変更でよくあげられる例は、最初は抑うつ時状態で大うつ病性障害にしか見えなかったが、躁状態が後々現れたので、診断が、双極性障害(躁うつ病)に変わった、といもの。

5. 家族歴

精神障害は身体疾患と同じく遺伝が重要な役割を果たす。例えば、双極性障害の場合、両親兄弟姉妹が双極性障害の場合には25倍、統合失調症の場合には19倍リスクが高まる。

精神障害の診断基準に掲載されている診断のすべてがこれらの基準をすべて満たしているわけではない。

Robins-Guze基準を満たしていれば「病気」といった表現をしてもそれほど目くじらを立てる問題ではないかもしれない。原因が判明していないので、厳密には病気ではない。しかし、原因以外の部分に関してかなり強固なエビデンスがあるのであれば、将来的に原因が発見される可能性が比較的高いと判断できるからだ。

しかし、Robins-Guze基準をほとんど満たしていないものに関しては、しっかりと「病気ではない」という必要があるだろう。

ゲーム障害はRobinsとGuze基準をどの程度満たしているか

RobinsとGuze基準とゲーム障害を照らし合わせてみよう。

1. 症候(臨床的記述)

満たしている。

2. 臨床検査

ない。

3. 除外診断

満たしている。

4. 経過

不明。

5. 家族歴

不明。

このように満たしている項目は1と3だけである。
これが、統合失調症双極性障害になると、2以外は満たしているので、病気といった表現がされていても違和感を持つほどではない*2が、ゲーム障害が統合失調症と同じようなものとは到底言い難い。

報道のどこか問題か

  1. 精神障害は病気ではない
    精神障害と病気という概念はまったく別のものである。
    ただ、概念として異なるだけでなく、ゲーム障害は実態として病気とは程遠い。
    病気ではないものを病気だと吹聴することは害悪でしかない。

  2. 除外診断に関心がない
    ゲーム障害によって起こった不調であるか否かという言及がない。

  3. 精神医学の研究の文脈に無関心
    また、ゲーム障害はADHD抑うつ、社交不安などを他の精神障害を基盤として起こることが明らかになっている(参照)。精神医学のゲーム障害の研究は、これらの精神障害とのつながりでゲーム障害を捉えているが、メディアはゲーム障害が他の精神障害との関係して生じることに無関心である。
    ゲームだけに焦点を当てると、ゲームをするとひとりでにゲーム障害が起こるような印象を与えることにつながる。
    ゲーム障害にも背景となる精神障害があり、当然ながら、それらの精神障害の有無によって個人の間でゲーム障害のリスクが異なることを念頭に置くべきである。

  4. 社会、学校、家族の要因に無関心
    不登校を経験した子どもにネット依存が起こりやすい(逆ではない)、両親の関係が悪い家庭でネット依存か起こりやすい、いじめ被害を経験するとネット依存が起こりやすい、家庭教育をしっかりとやっているとネット依存になりにくい、といった社会的要因が明らかとなっている。
    ネット依存のデータであるため、このままゲーム障害にあてはまるかはわからないが、ゲーム障害でも、社会や学校の環境や体験によつてリスクが異なることを念頭に置くべきである。
    ネット依存を問題にする前に、不登校対策、いじめ対策をするべきである。結果として起こることの多いゲーム依存に対策をするよりも、そもそもの問題である不登校やいじめといった既存の社会問題に取り組む方が正しい道である。
    ゲームの取り締まりに気を取られると、不登校やいじめといった問題に目が届かなくなり、子どもたちへの悪影響を引き起こす可能性がある。

文献

www.ncbi.nlm.nih.gov

  • Robins E, Guze SB. (1970): Establishment of diagnostic validity in psychiatric illness: its application to schizophrenia. American Journal of Psychiatry, 126: 107-111.

*1:すべての精神障害がRobins-Guze基準を満たさなかったため、DSM-IIIの編纂者であるロバート・スピッツァーはLongitudinal Evaluation of All Data/LEAD基準と言われ方法論を導入し、現在の精神障害の診断基準はLEAD基準を満たしたものを採用するという形にしている。Robins-Guzeの基準は外的な客観的な基準であったが、LEAD基準は外的な妥当性ではない。専門家が精神障害に関しての情報をできる限り集め、時間をかけて縦断的に評価をするというものである。

*2:これらの精神障害が将来的に別の分類がされると推測はされている。

香川県ネット・ゲーム条例のスマホ時間使用はなぜ60分なのか

記者の方に聞いて「ああそういう理由だったのか」と今日納得したこと。 60分という時間制限は成績と関係しているそうだ。

f:id:iDES:20200116232203p:plain この資料は、コンテンツ文化研究会が公開した「第1回検討委員会(2019年9月19日開催)提出資料」の9ページ目にある。

スマホ利用が60分を超えると学力テストの平均正答率が落ちている。
ゲームが成績を下落させているデータと解釈したために60分制限ということになったようだ。

考察

ネットの長時間利用、ゲームの長時間利用が成績に影響することは以前から指摘がある(Schmitt & Livingston 2015など)。両者に関連があるのは事実であろう。

ただ、以前のエントリでも書いたが、スマホ利用と成績の間に関連があったとしても、それが因果関係とは限らない。逆の因果、疑似相関などの可能性がある。また、他の説明要因があって、思ったほど説明力が強くないかもしれない。

適切な変数を測定して、多変量解析をする、もしくはパネルデータをとるといった手続きをとれば、スマホ利用時間が成績不振にどのくらい説明力を持っているかを明らかにすることができる。仮に(もちろん仮にだが)、スマホ時間規制を主張するのであれば、スマホ利用を制限したら成績が向上したという科学的なデータが揃って、確証が得られてからでもよかったのではないだろうか。

「ゲームと覚醒剤は同じ」大山一郎香川県議

タイトルにあるのは、香川県のネット・ゲーム条例の素案に関わった大山一郎議員の言葉を要約したものである。大山議員は「香川県議会ネット・ゲーム依存症対策議員連盟」の会長であり、県議会議長も務めている(参考)

香川県議の大山一郎議員はゲーム依存について次のように述べている。

この依存症の原因のドーパミンが、最近の研究ではゲームをしたときと覚醒剤を一定量投与したときと同じであるという研究結果まで出てきているわけでございます。昔はテレビゲームとかポータブルゲームとか、親が管理のきく範囲内でのゲームが主流でありましたけれども、現在は、皆様方御存じのとおり、スマートフォンというものが大量に出回っておりまして、このスマートフォンは完全にインターネットと同じ機能を持っておりますので、これを子供たちが持つことによって、その中にオンラインゲームというものが潜んでおりまして、これが依存症の大きな原因になっておりまして、これは今までのゲームではなくて、子供たちがベッドルームまで、自分の寝室まで持っていく。それで依存症になっていって、24時間ずっとオンラインゲームをやる。ですから、昼夜が逆転するとか、それから、暴力性が強くなるとか、依存症でありますから、色々な問題が出てくるわけであります。(p.18) --『国と地方の協議の場(令和元年度第2回)における協議の概要に関する報告書』(http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/kyouginoba/r01/dai2/houkoku.pdf) via https://twitter.com/mishiki/status/1215623180657688576

多くの間違いがあるので、一つ一つ指摘していくと日が暮れるが、今回はドーパミンについて取り上げよう。

ドーパミンは話の「枕」のように置かれているだけで、その後の流れにはあまり関係がない。脳の神経伝達物質の名前をあげれば、それらしく感じる昨今の潮流に乗っかり「枕」としておかれているだけなのだが、ゲームと覚醒剤は同じというのは大きな誤解である。

ゲームとドーパミンの関連を指摘した論文

今回のテーマは中川譲さんからの宿題的にいただいたものだ。少しずつ消化していこうと思う。

大山一郎議員は「最近の研究ではゲームをしたときと覚醒剤を一定量投与したときと同じ」と述べているが、そのような研究は存在しない。

もちろん、ゲームをするとドーパミンが放出されるという論文は存在する。

Koepp et al.(1998)の論文が有名である。線条体ドーパミンが放出されたという報告である。

www.ncbi.nlm.nih.gov (Research Gate)

この論文で述べられていることは意外な結果ではない。
なぜなら、楽しいことをすればだいたいドーパミンは放出されているからで、どちらかといえば、当たり前の結果をちゃんと確認しました系の論文である。

ゲームで放出されるドーパミンの量

そもそもゲームで放出されるドーパミンの量はそれほど気にする量ではない。 ごはんを食べた時に放出されるものに毛が生えたくらいである。Langlois(2011)から図版を引用しよう。

f:id:iDES:20200114150307p:plain

Amphetamine: アンフェタミン
Methamphetamine: メタンェタミン(ヒロポン、スピード)

  • Langlois, M. (2011). “Dopey About Dopamine: Video Games, Drugs & Addiction.”

この文献を引用したMarkeyとFergusonの言い回しであれば「メタンフェタミンよりもペパロニピザを食べる方にはるかに近い」ということである。

Moral Combat: Why the War on Violent Video Games Is Wrong

Moral Combat: Why the War on Violent Video Games Is Wrong

大山議員はゲームと覚醒剤ドーパミンの量が同じと述べていたが、このグラフをみて「同じ」というにはかなり無理があるのではないだろうか。

使用から依存症への飛躍

ドーパミンがゲーム依存症の原因だと述べている科学者はおそらくいないはずである。ゲームによって線条体からドーパミンが放出されるという論文はあるが、ゲームの使用と依存症とは全く質の違う問題である。酒を飲むことと、アルコール依存症になることが別なことと同じである。

この非科学的な結び付けをしたのは、ニコラス・カルダラスのニューヨーク・ポストへの投稿記事らしい(参照, via https://twitter.com/mishiki/status/1215686202440859649)

ドーパミンが放出されるものは山のようにある。「やって楽しいな」と思うことをしている最中にポジトロンスキャンをすれば、だいたいドーパミンが放出されていることが確認される。

大山一郎議員言い方であれば、サッカーをするのも覚醒剤だし、大自然のなかでアウトドアを楽しむのも覚醒剤だし、ショッピングを楽しむのも覚醒剤だし、美味しいごはんを食べるのも覚醒剤と同じである。

青少年のゲーム・スマホドーパミンが放出されるから制限されるのであれば、高齢者の楽しみと化したテレビ視聴でもドーパミンがあふれ出ている。

テレビの有害性

www.ncbi.nlm.nih.gov 25歳以降に1時間テレビを見ると平均余命が21.8分短くなる。6時間以上テレビをみると4.8年早死にする。

友人と会わなかったり、運動をしなかったり、種々の疾患を発病しやすくなる(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25828126)ため、寿命が短くなると考えられている。

www.ncbi.nlm.nih.gov 1日2時間テレビを視聴するたびに、糖尿病を発症する可能性が14%、肥満になる可能性が23%高くなる。

www.ncbi.nlm.nih.gov テレビ視聴と不眠症。18〜25歳の成人423人にインタビューしたところ、1/3がテレビの見過ぎによって不眠症になっていることが判明。

テレビは6時間以上テレビをみると4.8年早死するというデータまで出ている一方で、ゲーム・スマホの有害性は科学的に立証されていない。
ゲーム・スマホの使用制限をするのであれば、実際に害がありそうな高齢者のテレビの長時間視聴を制限する方が先ではないだろうか。

ゲーム依存症の原因はドーパミンなのか

ドーパミンは応報系に関係する。初期段階でのゲームの習慣化とドーパミンが関係していると推測できる。従って、ドーパミンがゲームの習慣化の形成には関わっているだろうが、ゲーム依存の原因ではないことは明白である。

原因という言葉がわかりにくくしているのかもしれない。ゲーム使用とゲームの習慣化の別の現象であることと同じく、ゲームが習慣化とゲーム依存も別の現象である。習慣化から依存へと跳躍させる何か、ゲーム依存の原因であるが、特定の神経伝達物質がここに関与しているという仮説も、データも存在していない。

ゲームの習慣化に関連しているドーパミンを依存の犯人に仕立て上げたい気持ちはわからないではないが、習慣化から依存への跳躍にドーパミンはさほど関連していない。

これは、治療という観点から見ればかなりわかりやすい。

数多くの創薬をしてきた現在の人類にとって、脳内のドーパミンレベルを薬によってコントロールすることは非常に容易なこととなっている。ドーパミンがゲーム依存の原因であるならば、治療は簡単なはずである。しかし、実際に、ドーパミンの放出を押さえる薬でゲーム依存を治療することはできないのだ。

ドーパミンは快感・セロトニンは安心は似非科学

ドーパミンが増えると快感がある、セロトニンが増えると安心するといったことをテレビなどでよく聞くことがあるが、一部を除いて似非科学といっていい。

ドーパミンセロトニン、ノルエピネフリン(ノルアドレナリン)は何かを説明した気にさせてくれる言葉である。「私は幸せ」を脳内神経物質を使って表現すると「私の脳内にセロトニンがあふれかえっている」となる。

脳内神経物質の名前を使っても何かを説明しているわけではない。しかし、「何かを言っている風」なのは、文法的にはこれが「比喩」に相当するからだ。

脳内神経物質によるほとんどの言説は説明ではなく、比喩であることがほとんどである。テレビなので、脳内神経物質の話が出た時に、その説明が脳内神経物質の名前を出さずに説明できる(=比喩)なのか、脳内神経物質なしには説明できないのか、という弁別の仕方をすると、テレビなとでの脳科学系の似非科学を比較的簡単に見分けることができる。

脳内神経物質、それもモノアミン(セロトニンドーパミン、ノルエピネフリン)だけで人間に起こっていることが説明できるほど人間は単純にできてはいないし、脳の構造ははるかに複雑である。

ドーパミン作動薬

ドーパミンを増やす一番簡単な方法はドーパミンの前駆体であるレボドパ(L-ドパ)を直接身体にぶち込むことである。

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ドーパミン作動薬は一般的にパーキンソン病の治療薬として使われることが多い。

では、パーキンソン病の治療薬を飲むと快感が得られるかというと、何も起こらない。何も起こらないどころか副作用の嘔吐や不整脈といった症状だけがでるかもしれない。

ドーパミンで快感が得られるなら、私たちの社会はパーキンソン病治療薬をありとあらゆる手を使って手に入れようという人たちが現れてくるはずである。しかし、実際に、そうなっていないのは、ドパミンを増やしても快感が得られないからである。

ドーパミン拮抗薬

大山一郎議員はゲーム依存ではドーパミンが放出されるので覚醒剤と同じだと述べていた。この言葉が真実であれば、ドーパミン拮抗薬を入れると解決するはずである。

ドーパミン拮抗薬として最も一般的なのは統合失調症の治療に使われるD2阻害薬であろう。

もちろん、D2阻害薬を使ったとしてもパーキンソン病治療薬と同じく副作用しか起こらない。

仮説に則った治療が無効ならば、仮説が誤り

仮説が正しければ、その仮説に従って、治療をすれば治るはずだし、最低でも何らかの変化がなくてはならない。これが理論の実証である。それが行い場合には、理論が間違っていたこととなる。

脳内のドーパミンが放出されるとゲーム依存になるというのが仮説が正しいならば、ドーパミン拮抗薬でゲーム依存は治らなくてはいけない。

ドーパミンが依存症を引き起こしているといったことが正しいのであれば、ドーパミン作動薬か拮抗薬で治療できるはずである。治療できないということは、説明が間違えているのである。