井出草平の研究ノート

広汎性発達障害・アスペルガー障害の疫学調査のレビュー

Fombonne E., 2006,
Epidemiology of autistic disorder and other pervasive developmental disorders.
J Clin Psychiatry. 2006 Dec;67(12)
本文:http://psychiatrist.com/supplenet/v66s10/v66s1001.pdf (PDF)


Eric Fombonneによる広汎性発達障害疫学調査のレビュー。Fombonneによると、最近になって広汎性発達障害疫学調査が高い値を示しているのは、広汎性発達障害が増えたのではなく、調査法上の問題だという。特に広汎性発達障害の定義と識別の方法が変わったからだという。つまり、幅広く数えるように定義し、識別していけば高い値の疫学調査の値が得られる。


Fombonne自身の主張は広汎性発達障害は1万人あたり60人あたりが妥当であると主張している。


以下で、論文中の表2つ図1つを翻訳して解説。


表1 近年におけるアスペルガー障害の調査
自閉性障害(自閉症) アスペルガー障害
人数 1万人あたりの有病者 人数 1万人あたりの有病者 自閉性障害/アスペルガー障害 比率
Sponheim and Skjeldail(1998) 32 4.9 2 0.3 16.0
Kadesjo et al. (1999) 6 72.6 4 48.4 1.5
Powell et al.(2000) 54 16 3.4
Baird et al. (2000) 45 30.8 5 3.1 9.9
Chakrabarti and Fombonne (2001) 26 16.8 13 8.4 2.0
合計 16.3 40 4.1
人数とは実際に調査で診断が下りた人数 数字が大きいとアスペルガー障害を低率で取っていることになる
各調査の文献情報*1


Fombonneの論文には診断基準については詳しく載っていなかったので、後日診断基準を加えて表を作成し直す予定。
各調査の設計によってアスペルガー障害の有病率は大きく違っている。「自閉性障害/アスペルガー障害 比率」は、自閉性障害はアスペルガー障害の何倍あるか?という数字なので、この数字が大きいと、アスペルガー障害を低率で取っていることになる。Sponheim and Skjeldail(1998)ではアスペルガー障害を極めて希な障害として扱っている。Chakrabarti and Fombonne(2001)はDSMに従った診断なので、国際基準で診断するとこのあたりの数値が出て来るのではないかと思われる。Kadesjo et al. (1999) はアスペルガー障害のみならず、広汎性発達障害全体で非常に高い値を出している。今のところ最も高い値を出している調査なのではないかと思われるが、この調査を読んだことがないので、分析はまた後日。


自閉性障害の診断基準ごとの有病率は以下の論文を参照。


この論文は39,216人を母集団にした調査であり、4つの診断基準によって有病率が計算されている。カナーによる自閉性障害の診断基準では2.3人(1万人あたり)、ICD-10DSM-IVの診断基準では6.1人(1万人あたり)、ICD-10自閉症スペクトラムの診断基準では7.6人(1万人あたり)という結果が出ている。


以下の表は広汎性発達障害の中での診断割合である。



アスペルガー障害」という名前は非常に有名であるために、世の中には非常に多くのアスペルガー障害の人がいるという誤解が広まっているが、診断名としてはどちらかといえば希なものである。1万人に数人程度というのが妥当な数である。Fombonne(2005)では1万人あたり2.6人、Chakrabarti et al.(2001)では1万人あたり8.4人である。精神障害の中でも多いといわれる統合失調症の有病率は1%程度(つまり10000人に100人程度)*2であるが、この統合失調症よりもアスペルガー障害が多いように宣伝するのは単なる事実誤認である。そもそもそんな高い値を出している疫学調査は存在しない。


また、社会的認知が進んでいないからアスペルガー障害は発見されていないと言われることもあるが、疫学調査では専門家が対象に直接当たっているので、一般の人たちに知識がないというのは関係がない。社会的認知が進めばもっともっと増えていくだろう、というのも誤りである。


以下は広汎性発達障害全体の疫学調査


表2 調査設計が有病率へ与える影響について
調査 場所 調査サンプル(人) 調査対象年齢(歳) 方法 広汎性発達障害の有病率(1万人あたり)
イギリス
Baird et al 2000 サウスイーストテムズ 16,235 7 Early screening and follow-up identification 57.9
Chakrabarti and Fombonne 2001 スタフォード 15,500 2.5-6.5 Intense screening and assessment 62.6
Fombonne et al. 2001 イングランドウェールズ 10,438 5-16 Household survey of psychiatric disorders 26.1
Taylor et al. 1999 ノーステムズ 490,000 0-16 Administrative records 10.1
アメリカ
Bertrand et al. 2001 ニュージャージー 8,896 3-10 Multiple sources of ascertainment 67
Department of Developmental Services 1999 カルフォルニア 3,215,000 4-9 Educational services 15
Sturmey and Vernon 2001 テキサス 3,564,577 6-18 Educational services 16
Hillman et al. 2000 ミズーリ 5-9 Educational services 4.8
各調査の文献情報*3


こちらの疫学調査の比較でも、各調査によって値が大きく違っていることが確認される。Fombonneの論文には診断基準については詳しく載っていなかったので、後日診断基準を加えて表を作成し直す予定。診断基準によって疫学調査の値が大きく違ってくるので、調査方法・診断方法を精査する必要がある。

*1:Sponheim E, Skjeldal O. Autism and related disorders: epidemiologicalfindings in a Norwegian study using ICD-10 diagnostic criteria.Journal of Autism and Developmental Disorders, 1998, Jun;28(3):217-27
Kadesjo B, Gillberg C, Hagberg B. Autism and Asperger syndrome inseven-year-old children: a total population study. J Autism Dev Disord1999;29
Powell J, Edwards A, Edwards M, et al. Changes in the incidence ofchildhood autism and other autistic spectrum disorders in preschoolchildren from two areas in the West Midlands, UK. Dev Med Child Neurol 2000;42
Baird G, Charman T, Baron-Cohen S, et al. A screening instrument forautism at 18 months of age: a 6 year follow-up study. J Am Acad Child Adolesc Psychiatry 2000;39
Chakrabarti S, Fombonne E. Pervasive developmental disorders inpreschool children. JAMA 2001;285

*2:DSM-IV-TRでの成人有病率は0.5〜1.5%

*3:Baird G, Charman T, Baron-Cohen S, et al. A screening instrument forautism at 18 months of age: a 6 year follow-up study. J Am Acad Child Adolesc Psychiatry 2000;39
Chakrabarti S, Fombonne E. Pervasive developmental disorders inpreschool children. JAMA 2001;285
Fombonne E, Simmons H, Ford T, et al. Prevalence of pervasive develop-mental disorders in the British nationwide survey of child mental health. J Am Acad Child Adolesc Psychiatry 2001;40
Taylor B, Miller E, Farrington CP, et al. Autism and measles, mumps,and rubella vaccine: no epidemiological evidence for a causal association.Lancet 1999;353
Bertrand J, Mars A, Boyle C, et al. Prevalence of autism in a UnitedStates population: the Brick Township, New Jersey, investigation. Pediatrics 2001;108
Department of Developmental Services. Changes in the population of persons with autism and pervasive developmental disorders in California’s Developmental Services System: 1987 through 1998. A report to the Legislature March 1, 1999.
Sturmey P, Vernon J. Administrative prevalence of autism in theTexas school system [letter]. J Am Acad Child Adolesc Psychiatry2001;40
Hillman R, Kanafani N, Takahashi T, et al. Prevalence of autism inMissouri: changing trends and the effect of a comprehensive State autism project. Mo Med 2000;97