井出草平の研究ノート

医療観察法における広汎性発達障害と診断変更

いわゆる医療観察法の対象者に広汎性発達障害が含まれているということを読んだので、少しそのことを調べることにしてみた。
ちなみに、どこで知ったのかというと、afcpさんのエントリー


afcpさんのエントリーからもリンクがついているように、厚生労働省から心神喪失者等医療観察法による入院対象者の状況がホームページに掲載されている。広汎性発達障害は下記の表に「F8 心理的発達の障害」に含まれている。また、このデータはH23.12.31現在のもので医療観察法施行後の実績ではない。

   医療観察法の入院対象者の状況 疾病別(主)、男女別内訳 男性 女性 合計
F0  症状性を含む器質性精神障害 11名 2名 13名
F1  精神作用物質使用による精神および行動の障害 34名 5名 39名
F2  統合失調症、統合失調型障害および妄想性障害 425名 107名 532名
F3  気分(感情)障害 14名 13名 27名
F4  神経症性障害、ストレス関連障害および身体表現性障害 2名 1名 3名
F6  成人のパーソナリティおよび行動の障害 3名 5名 8名
F7  精神遅滞[知的障害] 5名 2名 7名
F8  心理的発達の障害 12名 0名 12名
G4  挿間性及び発作性障害(てんかん) 1名 0名 1名


F8には、「F80 会話および言語の特異的発達障害」(表出性言語障害など)であったり、「F81 学力の特異的発達障害」(読字障害などの学習障害)が含まれているので、F8だからといって広汎性発達障害だと断定する訳にもいかない。もちろん学習障害の鑑定結果が裁判ででるケースはほとんど想定できないのだけれども。


とりあえず、読んだのが以下の論文。

来住由樹ほか,2010,
「入院医療における社会復帰促進に関する研究」
平成21年度車生労働科学研究費補助金(こころの健康科学研究事業) 平成21年度 分担研究報告書,59-81.


診断変更や重複診断について書かれた報告書論文だ。
この論文は「平成21年7月15日までの間に指定医療機関に入院したすべての対象者968人について、審判(鑑定)時の診断と入院後の診断、および重複(従)診断の有無とその内容について全数調査した」(62)というものである。この論文・および報告書を通してF8は広汎性発達障害として扱われている。

審判時と指定入院医療時の診断を比較すると、統合失調症が816件から747件へと減少しており、広汎性発達障害が1件から26件へ、人格瞳害が7件から23件へ、精神遅滞が10件から22件へ、器質性精神障害が19件から28件へ、物質関連障害が51件から60件へ、と増加していた。(63)

広汎性発達障害主診断が1人→26人に変更されている。人格障害の増加も気になる(というか一般的な医療観察法の議論の争点はそちら)が、ここでは広汎性発達障害についての記述を拾っていくことにしよう。
この段階で2つ気になる点がある。

1つ目は、鑑定時の主診断が広汎性発達障害であった者は1名でる点である。主診断が広汎性発達障害である場合には医療観察法の対象にはなりにくいようである。
2つ目は、鑑定時に統合失調症とされていて、その後に主診断変更がされたケースが非常に多いということである。


では、広汎性発達障害への診断変更はどのカテゴリーからされているのか。論文にある表2〜11から表を作ったものが以下である。


診断
F2 統合失調症 23
F4 神経症・ストレス関連障害
F7 精神遅滞


鑑定時のもともとの診断はほとんどは統合失調症であったことがわかる。鑑定時に広汎性発達障害であるにもかかわらず統合失調症とされるケースは23名(26名中)と多く、広汎性発達障害への主診断の変更の原因の多くは、鑑定時に統合失調症と誤診断をしていることに求められそうだ。
また、主診断が広汎性発達障害医療観察法の対象になった者は1名であることから、指定医療機関への入院をしており、広汎性発達障害と診断される者が存在するのも、鑑定時に統合失調症と誤診断されることに多くの原因が求められる。


次に検討するのは重複診断と主診断の変更について検討した表である。

この表は、重複診断と主診断の変更があったかをクロス表にしたものだ。この調査は指定医療機関に入院した968人を対象としている。一番左にあげられているのが全体の統計である。この4つのセルを足すと967になるので、情報がとれていない欠損は1名である。広汎性発達障害については762名が対象になっているので、欠損は206名ということになる。


この表からは主診断として広汎性発達障害の診断名がついている者だけではなく、医療観察法の対象といる者の中で広汎性発達障害が関連する者の数がわかる。広汎性発達障害の「あり」の2つのセルを足せばいいので48人である。医療観察法の対象者の中で広汎性発達障害の者は、欠損を無視して計算すると5.0%、情報がとれているものであれば6.3%になる。おおよそ20人に1人程度である。


鑑定時の主診断が広汎性発達障害の者が1名であったことは先述したが、このデータによれば鑑定時に広汎性発達障害であると診断されている者は36名である。主診断だけ見ていると1名とかなり少数であるが、鑑定時に主診断とは別に広汎性発達障害でもある判断されているものが35名いたことがわかる。どうやら、裁判の鑑定において広汎性発達障害の診断が含まれるケースに対して医療観察法が適用されるのは稀なことではなさそうである。


この鑑定時の35名と主診断の変更がされた25名の重複障害が知りたいところだが、その点については資料がなく不明である。
ちなみに、DSM-IVでは基本的には、統合失調症と広汎性発達障害は重複診断できない。例外として、あらかじめ広汎性発達障害の診断があり、その後に統合失調症による陽性症状が1ヶ月続く場合のみ統合失調症の追加診断が可能である。統合失調症と広汎性発達障害の併存が医療観察法でどのように取り扱われているかは、この論文からは読み取れない。


以上の点をまとめると以下の4点が指摘できるだろう。

  1. 精神鑑定時の主診断が広汎性発達障害の場合には、医療観察法の対象になることは例外的(1名/968名)である。
  2. 精神鑑定時の重複(従)診断が広汎性発達障害の場合は、医療観察法の対象となっており、その頻度も稀ではない(35名/968名)。
  3. 広汎性発達障害への主診断の変更は、鑑定時に統合失調症と誤診断されたことに原因の多くが求められる。
  4. 広汎性発達障害と診断される者が医療観察法の対象となっている原因も鑑定時の誤診断に原因が求められる。

以下は話の大筋には関係ないが、重要だと思われるデータをあげておこうと思う。
指定医療機関における重複診断についてみてみる。指定医療機関での主診断であるので広汎性発達障害の母数は26名である。

重複の有無(F8)
あり なし
12 14


割合的にはおよそ半分程度である。広汎性発達障害のみが14名で、他の診断も重複してつく者が12名である。広汎性発達障害の主診断を持つ者の半数は、他の精神障害を併せ持たずに指定医療機関に入院していることになる。


次に広汎性発達障害のサブ・カテゴリーについてみよう。

F84.5は「アスペルガー症候群」、F84.9は「広汎性発達障害、特定不能のもの」を意味している。DSM-IVの場合は2歳の段階での知能レベルが自閉性障害との鑑別として用いられる、つまり精神遅滞でありつつアスペルガー障害でもあるということがありうるが、ICD-10では「明らかな言語遅滞が存在するとき」はアスペルガー症候群ではないとされているので、アスペルガー症候群とコードされている8名は精神遅滞を伴わない高機能群であると推測できる。


アスペルガー症候群より多くカウントされている「F84.9広汎性発達障害、特定不能のもの」は十分な情報が得られなかったり、サブカテゴリーの診断基準に矛盾するものがあった場合にコードされる。この報告書ではどのようなばあいに特定不能群になるかというと以下のような説明がされている。

また広汎性発達障害では、正確な発育歴が得にくいこともあり、特定不能の広汎性発達障害の診断に留まるものが多かった。(70-71)

正確な発育歴が得にくいことが特定不能群を増やす結果となっていると説明されている。


最後に、指定医療機関ごとの主診断について分析されているところでは広汎性発達障害に関連した指摘がされている。

さらに指定入院医療機関ごとの主診断の分布をみると、頻度が全ての医療機関で多い統合失調症気分障害では分布に偏りはないものの、特に広汎性発達障害では0%の施設から10%の施設まであり、また物質関連障害では、0%から22%と医療機関ごとに重複診断の頻度の差異が大きかった。(71-72)


「これらの疾患は、標準的な診断のあり方を共有する必要があると考えられた」(76)と報告書では考えられている。広汎性発達障害の診断を行う、行いすぎる、全く行わないといったように施設ごとの方針が異なっていることかが指摘されている。このあたりは、まぁたぶんあるだろうと想像できそうなことである。