井出草平の研究ノート

読書会の補足


上山和樹id:ueyamakzk)さん、chiki(id:seijotcp)さん、私(井出)の3人で行った『「ニート」って言うな!』の本田パートの読書会。


http://d.hatena.ne.jp/seijotcp/20060317(読書会)
http://d.hatena.ne.jp/seijotcp/20060319/p2(chikiさんによる補足)
http://d.hatena.ne.jp/ueyamakzk/20060330(上山さんによる付随エントリ)


もう一度、読書会のログを読んでみたら、自分の発言部分で何が言いたいのかよく分からない所があった。

例えば、低学歴だと就職機会が失われるという規則性が見られるからといっても、低学歴者がつくべき仕事が必ずしも不足しているとは限らない。なぜなら、先進国では高学歴化という現象が起こっていて、低学歴者が減っているからです。つまり、仕事の数が減っていたとしても、低学歴者の就く仕事が不足しているとは限らない。スウェーデンの計量論文でそのような趣旨の論文を見たことがあります。その論文では、低学歴者の職はむしろ90年代になって増えていると主張していました。ただ、社会の構造変化(例えば不景気)には、学歴を持たないものは非常に脆弱であるという結果が出ていました。スウェーデンと日本はよく似た次期に不景気を抱えていましたし、高学歴化も似ているので、日本でも同様のことが起こっている可能性はあります。


ここで、言ってるスウェーデンの論文とはEuropean Sociological Reviewに掲載された以下の論文。

Rune Åberg, 2003,
Unemployment Persistency, Over-Education and the Employment Chances of the Less Educated.
European Sociological Review 19(2): 199-216.


参照:昔まとめたものとかRune Åbergについて


何を言わんとしていたかというと、90年代になって低学歴者は職を失った。これは間違いない。しかし、それは脱工業化社会が主張する単純労働の第三世界への移動が原因となって単純労働が減少したわけでもなく、熟練の解体理論によるものでもない。


理由は不景気があったからである。不景気のインパクトを除けば、低学歴者の雇用は減少していないと考えられる。つまり、90年代に不景気がなければ、低学歴者が就職しにくいということはなかったのである。


90年代に低学歴者が失業したのは、不景気によって、高学歴の者が職を奪い取ってしまっているからである。不景気のような大きなインパクトのある時には、低学歴者は脆弱となる。しかし、そのことは低学歴者にとっての仕事が減少していることは別の問題である。


ということで、低学歴者の失業率が高いというデータのみで議論をするのではなくて、本当に低学歴者の仕事が減少しているのかをみないといけませんね、ということが言いたかったこと。90年代というと日本もスウェーデンと同じく継続的な不景気を経験していたので、そのことが原因で低学歴者の雇用が減少していると仮説が立てられるんじゃないだろうか。


フォローできてないので、日本で同様の仮説を立てた論文があるかは知らない。知っている人がいればご一報ください。



追記:
移民についてのコメントがつけられているので、追記。


スウェーデン労働人口の20%弱は移民もしくは移民二世なので、低学歴者のつく職業に移民が当てられていることは想像に難くない。ただ、この論文は「スウェーデン人の仕事が移民に取られて社会問題になっています」という話ではない。従って、移民のことを想定することはさしあたりあまり意味がない。


高学歴化という現象が起こる(=低学歴者が減る)一方で、第三世界などへの単純労働の流出などによって低学歴者がつくとされている雇用も減っている。つまり、雇用数も減っている一方で、そこにつく低学歴者も減っているのである。


さて、そこで、どちらの現象がより減っているかいうことを考えなければならない。スウェーデンの統計をみていると、低学歴者の就職状況は悪い。だから、低学歴者は就職が難しくなったのかというと、実はそうではないのだというのがこの論文の意図している所である。


つまり、低学歴であるということは、不景気というインパクトに脆弱であって、90年代の不景気で、最も不利益(失業)を被った。しかし、90年代に不景気がなければどうなっていたかというと、実は、以前よりも就職しにくくなった訳ではないということが実証的に示されている。


ここ10年ほどの日本の統計をみると、やはりスウェーデンと同じく低学歴者の雇用状況が著しく悪い。これが構造的に「低学歴だと就職できない」という社会になってしまっているのか、それとも、不景気というインパクトによって、一時的に不利益を被っているのか。


読書会での発言では、この論点を伝えきることが出来ていなかった。


低学歴者の雇用状況が悪かったというデータでもって、彼らが就職しにくい社会になってしまったのだと言ってしまうのは、不正確である。90年代から去年辺りまで、日本は不景気であったのだから、不景気のインパクトを考えた上で、その不景気による短期的なものか、構造的な変化(長期的なもの)かを確認する必要がある。