井出草平の研究ノート

スマートフォン画面使用時間の直接測定:人口統計学的特性および睡眠との関連性

直線的悪化仮説(Linear Decline Hypothesis)

直線的悪化仮説とは、スマートフォンの利用時間が長くなるほど、睡眠時間や睡眠の質が直線的に低下するという仮説である。この仮説では、適度な使用による「安全な範囲」や利益は存在せず、使用量の増加に伴い一方向的に悪影響が強まるとされる。多くの公衆衛生上のガイドラインで「スクリーンタイムは少ないほど良い」と推奨される理論的根拠の一つである。

「直線的悪化仮説」を支持する論文は、さほど多くない。その一因は、研究で用いられる分析手法にあると考えられる。

例えば、2016年に発表されたある論文では、スマートフォン使用と睡眠の関連性を明らかにするため、重回帰分析が採用された。この研究は同分野では初期のものであり、まずは両者の基本的な関係性の有無を検証する段階にあったため、この手法の選択は妥当であったと言える。

しかし、重回帰分析は変数間の線形関係(直線的な関係)を前提とする分析手法である。そのため、「一定時間を超えると影響が急増する」といった非線形な関係性を捉えることは原理的にできない。

したがって、この論文の結果は、スマートフォン使用と睡眠の関係性が本質的に直線的であることを証明したのではなく、むしろ「重回帰分析という手法の制約上、直線的な関係性しか見出せなかった」と解釈するのが適切である。結論は、分析手法によって規定された側面が強いと言えるだろう。

journals.plos.org

  • Christensen, M. A., Bettencourt, L., Kaye, L., Moturu, S. T., Nguyen, K. T., Olgin, J. E., Pletcher, M. J., & Marcus, G. M. (2016). Direct Measurements of Smartphone Screen-Time: Relationships with Demographics and Sleep. PLOS ONE, 11(11), e0165331. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0165331

研究の目的

この研究の目的は、客観的に測定されたスマートフォンのスクリーンタイムと、同じく客観的に測定された睡眠の質との関連性を調査することである。自己申告に頼らないデータを用いることで、より正確な関係性を明らかにすることを目指した。

研究方法

  • 対象者: 米国在住の成人653人。
  • データ収集:
    1. スマートフォン利用状況: 参加者のスマートフォンに、バックグラウンドでスクリーンタイム(画面がオンになっている時間)を1分間隔で記録するカスタムアプリ「PhoneLog」を30日間インストールさせ、客観的な利用データを収集した。
    2. 睡眠データ: 参加者の一部(n=53)には、手首装着型のアクチグラフ(活動量計)を30日間装着してもらい、総睡眠時間、睡眠効率(ベッドにいた時間のうち実際に眠っていた時間の割合)、入眠潜時(寝付くまでの時間)といった客観的な睡眠指標を測定した。
    3. 人口統計学的データ: 参加者の年齢、性別、人種・民族、社会経済的地位などの情報をアンケートで収集した。

分析法

収集されたデータに対し、以下の統計分析が実施された。

  • 記述統計: スマートフォンの総スクリーンタイム、1時間あたりのスクリーンタイム、睡眠指標の平均値や中央値などを算出し、全体の傾向を把握した。
  • 重回帰分析: スマートフォンのスクリーンタイム(独立変数)と、睡眠指標(従属変数)との関連性を分析した。この際、年齢、人種、社会経済的地位といった、睡眠に影響を与えうる他の要因(交絡因子)の影響を統計的に調整した。具体的には、スクリーンタイムが1単位増加するごとに、各睡眠指標がどれだけ変化するかを評価した。特に、「就寝時間中(bedtime window)」のスクリーンタイムが睡眠に与える影響を重点的に分析した。

結果と結論

分析の結果、スマートフォンの総スクリーンタイムが長いほど、総睡眠時間が有意に短く睡眠効率も低いという関連が確認された。特に、就寝時間帯のスクリーンタイムが長いほど、入眠が遅れ、睡眠の質が低下する傾向が強く見られた。