オープンダイアローグのエビデンス
オープンダイアローグはエビデンスが弱いと言われる。
また、オープンダイアローグはエビデンスを作るのに向いていないとも言われる。
では、介入の科学的エビデンスを作るにはどのようにすればよいか? ということを考えてみた。
確かに薬物療法の介入研究などと比較すれば、難しいのはおそらく間違い。しかし、他の心理療法と比較して効果測定が難しいのかというと、それほど大きな違いはないように思える。オープンダイアローグのエビデンスの作り方のプランというよりも、心理療法の介入研究全般にあてはまることなので、タイトルをなど全体の筋立てを変えてみた。
効果検証とは
一般に言われる心理療法の介入のエビデンスとは何か、ということを最初に確認しておいた方が話がわかりやすくなるだろう。
一言で言えば「平均値の差の検定」である。
「平均値の差の検定」と心理療法の効果の検証については『一事例の実験デザイン―ケーススタディの基本と応用』でデビット・H・バーローらは次のように述べている。
事例を個別に取り上げるとあるクライエントは改善していて、別のクライエントでは悪化していることを指摘した。それを統計的に平均値を出してしまうと、おたがいに相殺されてしまい、全体は無効の結果になってしまう
臨床家にとって「これは有効な技法だ」と感じるものがあるとする。実際に、良くなった患者も複数いる。これを検証しようとすると、実際にはまったく効いていない患者もいるし、中には悪化している患者もいたりする。加算して平均をとるとゼロになるので、その心理療法は有効ではない、という結論となる。
『フロイト先生のウソ (文春文庫)』ではロルフデーゲンは次のように少しセンセーショナルに書いている。
結論を先に述べれば、プラセポ効果を上回る効果のある心理療法はただの一つも存在しない。
ロルフデーゲンの言っていること正しい。バーローらの言及の方がより客観的ではあるものの。
「検証」=「平均値」と捉えために「介入は失敗した」という結論になる。
しかし、それだけで話を終えていいのだろうか。
カウンターカルチャーで終わらせないために
エビデンスが出せないなら、エビデンスをむしろ出さなくていい、マイナー路線で行く、専門家集団から認められなくてもいい、カウンター・カルチャーでいい、というスタンスにでいる人もいる。エビデンスがない状態でオープンダイアローグに賛同するというのは、将来性にかける、技法に魅了されるという点ももちろん大きい動機だが、精神医療福祉の現状の不満・不具合の受け入れ先、もう少し正確に言えば、ガス抜きになっている側面が大きいとみている。
専門家集団からオープンダイアローグが冷遇されている最も大きな理由はエビデンス・レベルの低い報告しかないからである。もちろん、統合失調症への伝統的な物の見方も関連しているが、説得をするには科学的なエビデンスが不可欠である。カウンターカルチャーで終わらせないならば、エビデンスの積み重ねがこれから必要になってくるのではないか、と考えている。
効果の検証とは
誰に対しても有効な万能薬のようなものは存在しない。何にでも効く薬として売られているものは、だいたいは詐欺商品であり、逆に信用がならない。
精神科領域でも同じことが言えるが、これは他の医学分野でも同様である。例えば、ある抗がん剤はAさんには効いたが、Bさんには効かなかったということがある。現在では遺伝子検査をして、特定の抗がん剤の有効性があるかを調べる研究が盛んである。DNAを採取すれば、100%わかるわけではないが、総当たり方式で薬を入れるよりも、優先順位をつけて治療ができるので、臨床的に有用である。
NNT(Number Needed to Treat)という指標がある。抗うつ剤の場合は5~8とされることが多い。数字は小さい方がよくて、2であれば2人の患者があればどちらかに有効性があることを意味している。つまり、抗うつ剤の5~8というのは5人に1人から8人に1人くらいの有効性だということだ。効かなければ、あきらめるのではなく、別の抗うつ剤にスイッチをする。このNNTが心理療法の場合、正確には計算できない上に、間違いなく薬物療法より悪い値となる。
ただNNTも平均値である。NNTがたとえ20、つまり20人に1人しか効かないであっても、有効性があるのであれば、無意味とは言えない。有効性があること自体に意味があるし、他の方法でうまくいっていない人に効いたのであれば、なおさらのこと、価値がある。NNTが20くらいになると、平均値の差の検定では統計学的に有意な結果を得ることはかなり難しい。
有用性と平均値とは必ずしも両立しないし、平均値ばかり見ていると、真の価値を見逃すことがしばしばあるのだ。
介入方法の検証の方法が「平均値の差の検定」だけである続ける限りは、心理療法の介入効果を示すのは非常に難儀なものであり続ける。
『FACTFULNESS(ファクトフルネス) 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣』を書いたハンス・ロスリングは「わたしは平均が大好きだ」だと言っているが、僕はロスリングほど平均値が好きにはなれない。もちろん平均値や分布(特に正規分布)がなければ、使える統計技法は限定されてしまうし、それこそ僕は毎日平均の計算ばかり(計算しているのは統計パッケージだが)しているのたが、それでも、平均値の抱える問題に日々苦しめられている。平均値によって隠されてしまうものが出てこないように、いかに分析をするか、ということにかなり神経を使っているのが実情である。
2つ指針
「平均値の差の検定」をしないならばどうするのか。おそらく2つの方法がある。
A.一事例研究/少数事例研究
一つ回答は、ケースを平均で比較するのではなく、ケース内で平均の比較を行うというデビット・H・バーローらの方針である。ややこしい書き方になるが、平均値の差の検定をバーローらが行っていないわけではない。心理療法の有効性が確かめられるような形で、平均値の差の検定を利用しているというのが正確な表現かもしれない。
- 作者: マイケル・ハーセン,デーヴィド・H.バーロー
- 出版社/メーカー: 二瓶社
- 発売日: 1997/12/01
- メディア: 単行本
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本のタイトルからもわかるように一事例研究の方法をバーローらが書いた本だ。
バーローは行動療法家であるので、この本ではABAやABACAといった実験の方法論が書かれている。心理療法という括りではオープンダイアローグとは同じだが、違いもある。ABAデザインであれば、ほとんどの心理療法で使えるが、ABACAデザインの場合、Cの条件付けができるかは、心理療法によって異なるので、オープンダイアローグでは実施できない可能性もある。この本の通りにオープンダイアローグを含めどのような心理療法でも使えるわけではないが、基本的な方針の一つにはなりうるはずだ。
バーローらの本には書かれていないが、2名以上の少数事例のケースを扱う場合には、マルチレベルデータ(もしくはパネルデータ)として分析することになるだろう。
B.条件の検証
もう一つの指針は条件を明らかにするというものである。
抗がん剤の有効性のDNA検査に比べると抗うつ剤の同様の研究はあまり進んでいるとは言えない。実用的なレベルになっているのは、患者の属性項目による抗うつ剤の効き方の違いの研究である。
英文での抗うつ薬の研究は2000年に入ったころから、この薬剤は誰に効きやすいのか?という検討を行う研究が増えた。例えば、高齢者にはどの抗うつ薬が有効なのか、女性に有効性の高い薬剤は何か、未成年ならばどの薬が副作用が起こりにくいか、といったような研究である。現在、発売されている抗うつ剤が誰に効きやすいかという論文は、かなり調べられていて、だいたい分かっている。
抗うつ剤のNNTが5~8と先ほど書いたが、これらの研究を踏まえれば、ある程度は改善することができる。
しかし、よく考えると、この研究動向は少し妙である。
そもそも、実験デザインとは対象者は均質なグループという仮定の下で行うものだったからだ。
RCTはオースティン・B・ヒルの行ったストレプトマイシンの研究からスタートしており、医学の中で発展したものである。ヒルは臨床研究を行う際には、実験心理学の実験デザインを参考にしている。
実験心理学の実験デザインは、人間は均質なものだという仮定に立ち、人間全般に均質性のあるものを本来は計測するものが多い。実験心理学の研究を読んだことがある人であればわかるが、被験者はその辺から適当に集めているものが多い。社会学ではランダム・サンプリングが他分野からすると驚くほど強調されるが、その真逆の考え方に立っていると言えよう。ランダム・サンプリングはしないが、ランダマイズとブラインド(盲検化)はするのだ。「適当」という言葉を使ったが、手抜きという意味ではない。人間の本質が変わらず、変わらない部分を実験で明らかにするから、ランダム・サンプリングは不要なのである。
古典的な実験心理学では、盲検化だけで十分である。しかし、その実験デザインを、均質性が欠ける対象の検討をする医学の臨床研究に持ち込んだのがRCTなのだ。それをさらに個々の患者の異質性の高い精神医学分野に持ち込むと、RCTの難易度は格段に上がることとなった。
RCTの裏技
介入研究では、メタ・アナリシスやガイドラインの二次研究を除いて一時研究では、RCT(ランダム化比較試験)が最もエビデンス・レベルが高いとされているし、それは間違っているわけではない。
しかし、対象の均質性が十分に保証されていない分野でのRCTは困難を極める。そこで裏技が使われ始めた。
裏技はいくつかパターンがある。例えば対人関係療法(IPT)では対人関係にコンフリクトがあるグループに有効性が高いので、アメリカ在住のラテン系の女性を多くしてRCTを実施している研究がある。これは有効性のあるグループで検証に多く参加してもらうという裏技の一例だ。
ドイツでは精神分析のRCTを行っている研究者たちが存在するが、他の心理療法に比較して介入期間が長い。2年あまりの長期で実施するのが普通である。精神分析には時間がかかるというのは事実だから、理論的に説明はつけられるが、長期間の介入をすれば技法の種類は問わずとも改善した可能性は少なくない。こちらは長期に介入するという裏技だ。
薬物療法のRCTでも裏技は存在する。フルオキセチンやセルトラリンなどで顕著だが、一般的にSSRIは男性より女性の方が有効性が高い性質がある。その性質を利用して、検証を行う際には、女性を多して研究が実施されている。論文を読む際には、性別は割と重要である。もともと、男性より女性の方がうつ病は約2倍多く、研究への参加募集をかけると、女性の方が多く集まるのは不自然ではない。ただ、研究者が女性によく効く薬であることを承知していて、女性を中心に研究への参加を勧誘をしている側面はおそらくあるはずだ。
ここまでの状況を生んでいる伝統的なRCTを続ける理由があるべきだと個人的には考えていはいない。正確に言えば、均質ではないということを前提として、RCTを行った方が現実的なのではないか、均質性をコントロールする計量モデルを組み込んだRCTをした方がよいのではないか、と考えている。
臨床で知りたいことは何か
例えば、65歳の男性のうつ病患者が目の前にいて、抗うつ剤を投薬をしなければならないとする。現在研究では、この患者の場合、年齢と性別から考えて、第一選択はデュロキセチンである。高齢者のうつ病のエビデンスはデュロキセチンがとびぬけて高く、次点でパロキセチン、オプショナルな選択としてミルタザピン、あとのSSRIなどはプラセボと同等の効果しか認められていないので、投薬の優先順位は低い。
未成年のうつ病の場合も同様である。副作用のアクチベーションに気を付けなればならない。アクチベーションを最も起こさないのはフルオキセチンである。次点でエスシタロプラムである。あとのSSRIや三環系抗うつ薬は、リスク/ベネフィットの観点から投薬は慎重にする必要がある。
このようなことを考えてみると、臨床家の知りたいことは、1) 手技の有効性とともに2) 有効性/有害性が発揮される条件だと言えよう。
臨床では治したもの勝ちと言っていいだろう。有効性が100%でなくても、有効なグループの条件がわかっていれば、対処ができる。それ以外の患者には他の方法であたる。つまり「条件」がわかることは非常に臨床に役に立つのである。
RCTはRCTであっても条件付きの(conditional)の方がより正確性が高く実用的だと言える。統計手技としてプリミティブな方法は先ほど紹介した男女や年齢でわけて行うRCTである。もう少し計量技術の高いものを取り入れる場合、RCTの中に異質性の計測を行い、多変量解析を組み込む。男女も差異の推定だが、患者のもつ性質は性別以外にも多々あり、これらの条件を多変量解析で統制することによって、介入法のより純粋な効果を推定することができる。
エビデンスレベルの低い研究と多変量分析のミックスデザイン
RCTをするのは大変だ。例えば、新しくICD-11で導入されたゲーム障害の研究をするには、まずゲーム障害害外来を開く必要がある。専門外来を開くとゲーム障害の患者さんたちが集まってくる。協力してくれる人もいれば、協力してくれない人もいるので、外来を開けばよいというものではなく、患者集めに数年かかる。スタートするまでに、がんばっても5年くらいは最短でかかるのではないだろうか。もちろん、多額の資金と人員も必要となる。
より難易度が低いのがオープン・トライアル、ケースコントロール研究、そして観察研究である。
社会学・経済学などの分野では社会現象を扱うので実験ができない。それらの分野では、実験を行う理数系の分野、心理学、医学などとは別の統計手法が開発されてきた。実験ができれば最も良い。しかし、社会現象で実験はできない。
そこで、あの手この手を使って、特定の変数・現象の効果の推定を行ってきた結果、多くの技法の蓄積を持つようになった。それら手技を実験デザインにも応用すると、伝統的な方法よりも正確な結果が得ることがてきる。RCTに匹敵する客観性には届かないものの、かなりの改善が期待できるはずである。
多変量解析の導入は、均質性のない精神疾患の解析にも向いている。ゲーム障害の研究をする際には、ゲーム障害の人ばかり集めなければならないと書いたが、実際に外来に来院する人たちは様樣な精神疾患を抱えている。様々な精神疾患の人が混じるデータであっても、薬物療法の有効性や、心理療法の有効性を特定することができる。つまり、まったく実験のデザインをしていないデータでも分析はできるということである。
複雑な要因をどのように統制するか
セイラックとアーンキル本の前書きで翻訳者の斎藤さんが書いているのは次のようなものだ。
(RCTは)精神療法や対話療法のように、複数の要因が複雑に関与する手法の検証にはそもそも不向き
複数の要因が複雑に関与している状況を読み解くのは実験デザインには不向きなのは確かである。条件を変えて何度も実験ができるならば、可能である。例えば、ヴィネット調査を実験デザインに変更すれば、短期間に同一の対象者に条件を変えて実験ができるが、テーマが非常に限られてしまう。臨床の介入の場合、同日に複数、条件を変えて計測することは不可能である。
従って、複数の要因をコントロールする研究デザインを組み込むことが現実的な選択肢になる。オープンダイアローグがどのように患者を変容させていくか、その他の要因がどのように変容させるか、本で読んだ知識以上のものは僕にはないし、実際にやったこともないので、よくわからないのだが、臨床家であれば、ある程度のパターンに気づくはずである。その条件を見つけ出す。つまり仮説を立てる作業からまず始める。
研究デザインは実験ではなく、オープントライアル/観察研究が比較的現実可能性が高い。観察研究では、時系列分析であったり、パネルデータ分析を行い、オープンダイアローグとその他の要因についての効果を推定する作業を行う。オープントライアルの場合は、完全に統制できるわけではないが、オープンダイアローグの効果も推定できる。RCTにはない、オープンダイアローグの阻害要因と促進要因、つまり有効性の条件を特定することもできる利点もある。
倫理的な問題
臨床研究で問題となることの一つは倫理の問題である。効果のある技法と効果の無い技法を比較する実験デザインでは、効果のない技法を引き当てた患者は、ハズレくじを引いたことになる。くじくらいであればいいが、生死がかかった疾患となると、ハズレくじでは済まない。仮にRCTをするとしても、対象疾患はケアが無くても大きな問題を起こさないものや後からリカバーできるものという条件が整わなければやるべきではないだろう。
多変量解析を組み込んだ実験デザインだとコントロールができるため、有効だと思われる治療 vs.無効の治療(プラセボ)という設定をしなくてもよい、というのは利点の一つと言えるかもしれない。例えば、オープンダイアローグ vs. 認知行動療法を比較して、それぞれを受けた人がどのような変化をしていくか、というデザインでもよい。
認知行動療法の有効性はかなり多くの分野で確かめられており、研究に参加する患者に大きな不利益はない場合が多い。実験デザインでは非劣等性試験と呼ばれるものに相当する。しかし、単に効果だけを計測するのではなく、阻害要因と促進要因を計測していれば、非劣等性試験以上のインプリケーションがある。例えば、効果のあり方がことなった、有効性のある部分が異なった、という結果でもOKである。臨床に参考になる情報なるだろう。
上手く調査を組めば、オープンダイアローグの有効な対象や、他の心理療法にはない有効性(オープンダイアローグのみが有効なもの)を明らかにできる可能性は十分にあるのではないかと思う。これは他の心理技法に関しても同じである。