井出草平の研究ノート

近視と近業のメタアナリシス

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

データの選択

1989年から2014年までに発表された関連論文のメタアナリシス。近業とは、読書、勉強、執筆、宿題、テレビ、テレビゲームなど、作業距離の短い活動の総和と定義されている。近視、近視の発生または進行をアウトカム指標とし、共変量として近業活動を報告した研究が含まれている。18歳以上の被験者を登録した研究は除外。無作為化比較試験は1件のみで他の研究はすべて観察研究。

分析法

ランダム効果モデルまたは固定効果モデル(5件未満の研究が含まれている場合)を用いてプールしてある。

先行研究の状況

クロスセクショナルデータの研究は15件あり、10件が近業と近視の関係を支持し、5件は関連がないとしている。コホート研究は6件あり、2件が近業と近視の関係を支持し、4件は関連がないとしている。プロスペクティブ研究における近視の進行と近業の研究は6件あり、2件は支持しており、4件は関連がないとしている。

結果

プールされたオッズ比は1.14(95%CI:1.08-1.20)であり、近業と近視が関連していることが示唆された。しかし、ニアワークの定義は研究によって異なっており、これが不均一性の原因かもしれない。

f:id:iDES:20200730212116p:plain 図2. 近所作業と近視の有病率との関連を報告した研究のフォレストプロット(オッズ比)

近接作業が週に1時間増えるごとに2%増加した(OR:1.02;95%CI =1.01-1.03;I2 =42.8%)。

f:id:iDES:20200730212145p:plain 図5. 近業(ディオプター時間/週当たり)と近視の有病率(オッズ比)

近視に関連する近業

関連が確認されたのは読書である。テレビの視聴、コンピュータやビデオゲームのプレイ、勉強に費やした時間は、近視と有意な関連はなかった。 f:id:iDES:20200730212247p:plain

テレビやゲームは無関連だということになったのではなく、不均一性(heterogeneity)を見る限り、計測方法に問題やその統一性に問題がありそうな感じではある。

ここの結果だけは以前のエントリで取り上げたことがある。 ides.hatenablog.com

議論

若年性近視は一般的に6~8歳で発症し、欧米の子どもでは15~16歳まで年間約0.50D、アジアの子どもでは年間約1Dの進行率で進行する。東アジアの親たちは子どもの学業成績に注意を払うが、欧米の親たちは子どもたちの体育(physical education)や課外活動に熱心なので、こういった差がでているのではないか、と筆者たちは分析をしている。

シンガポールでは、小学校レベルでの個別指導の追加授業との関連性も報告されているそうだ。

  • Saw SM, Wu HM, Seet B, Wong TY, Yap E, Chia KS, et al. Academic achievement, close up work parameters, and myopia in Singapore military conscripts. Br J Ophthalmol. 2001 Jul;85(7):855–60. pmid:11423462 http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/11423462

台湾では、学業成績の向上のためほとんどの子どもが放課後に個人指導教室(塾)に通わせられている。個別指導の教室で過ごす時間が増えると、宿題や関連するペーパーワークに費やす時間が増える可能性が考えられる。平日(月曜から金曜)の放課後に個別指導教室で1日4時間(距離33cm)の近業を行った場合、近視になる確率は120%と増加する。

雑感

この研究ではテレビやゲームは無関連で、読書に関連がみられたという結果であるため、ゲームと近視を結びつけるエビデンスにはならない。この研究を使ってゲームは近視に悪いと書いている記事もあるが、間違いである。

doctork1991.com

結論ありきで論文の内容をねじ曲げる(のか本文をちゃんと読んでいない)輩が沸いてくるのはどうにかならないものだろうか。眼科医らしいが仕事が適当すぎやしないだろうか。

読書に効果があり、勉強に効果がみられないという結果と筆者たちの議論は一致していない。筆者たちは東アジアの親の勉強への熱情が東アジアで高い近視率につながっていると、ほぼ決め打ちで議論を展開しているが、データは勉強ではなく読書が近視につながっているというものだった。

これは筆者たちが間違っているというわけではないだろう。東アジアの子どもたちが本を読みすぎているためではなく、勉強をしすぎているのため、近視が増加したという方が仮説としては妥当性があるし、社会的状況とも齟齬を来さない。では、なぜデータとの齟齬があるのだろうか。

例えば、読書もするし勉強もする真面目グループと読書はせず勉強は言われるので仕方なくするグループの2つのグループがあると仮定する。勉強をいやいやしているグループも学校に通っている限りは、勉強時間はそれにりに多い。この2つの変数を回帰分析に投入すると、勉強が本来持つ効果が読書に吸われる形になるので、勉強と近視には関連がないという結果になる。

筆者らは台湾の塾の話まで持ち出して勉強によって近視が増加していると述べているのだから、近視の本丸は勉強のしすぎなのだろう。こういった主張=仮説にあわせた形でのデータの取り方、分析の方法をした方がよいだろう。現在のデータの収集法、分析法では、読書が必要以上に悪いものだと解釈されているのではないだろうか。

全般的な分析の方法として、この論文の用いている方法論だと研究数の多いクロスセクショナルデータの研究に重み付けがされ、よりエビデンスレベルが高いとされているコホート研究が軽視されることになる。コホートだけのメタアナリシスをした方が信頼できるように思うのだが、どうなのだろうか。

近視は、世界保健機関(WHO)が策定したVision 2020の5つの緊急優先事項の1つだと本文に書いてあった。Vision 2020は治療・予防可能な失明を避けることが目標なので、当然、近視対策も対象になるのだろう。
https://apps.who.int/iris/handle/10665/206523