- 作者: 中野信子
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2016/11/18
- メディア: 新書
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サイコパスについて書いた本だということで読んでみた。
日本ではサイコパス概念は広まっていないので、このような本が読まれるのは良いのではないだろうか。
サイコパス本を比較的読んでいることもあって、内容で特に新しいなと思うところはなかった。サイコパス概念は様々なものを含有しすぎているため、均質性がない。その混沌さがこの本にもそのまま現れていた。
中野本が良くないと言っているわけではなく、サイコパス概念でまとめ本を書くとこのように仕上げるしかないため、サイコパス概念に不満を持っていると言った方が妥当だろう。中野本への不満があるとすれば、自閉スペクトラム症との切り分けができておらず、半分くらいのの事例はおそらく自閉症スペクトラム症だと考えられることだ。
サイコパス概念が混沌としている理由はいくつかあるのだが、代表的なケースとされるテッド・バンディーの存在が大きいのではないかもしれないと最近は思うようになった。Netflixで『殺人鬼との対談: テッド・バンディの場合』というドキュメンタリが見れるのでそちらも見ると面白いかもしれない。
現在ではサイコパスという診断ではなくCallous and unemotional traits(CU特性)という冷淡で共感性が欠如した症候のみを取り出した概念で研究が進んでおり、学術レベルでは、旧来のサイコパス概念は使われない傾向にある。ちなみに中野本は原典に当たっていないと思われる引用が多いため、引用される研究が最新のものまで含めることができておらず、CU特性の研究への言及はなかった。
中野本のには下記のように書かれていたが誤りである。
今日の精神医学において世界標準とされている『精神障害の診断と統計マニュアル』の最新版(DSM5)には、サイコパスという記述がありません。精神医学ではサイコパスというカテゴリーではなく、「反社会性パーソナリティ障害」という診断基準になります。(p.5)
DSM-5でサイコパスに相当するのは、素行障害のサブタイプの「冷淡さ-共感の欠如」である。
おそらくCU特性までキャッチアップができていないのだろう。
ちなみに、サイコパス概念を広めにとると、後悔または罪責感の欠如、自分の振る舞いを気にしない、感情の浅薄さまたは欠如などのサブタイプもサイコパスに該当する。
サークルクラッシャー
サイコパスはほとんどが男性で、女性は圧倒的に少ないとされています。しかし、わずかながら私たちの日常生活の中でも、サイコパスではないかと疑われるケースはあります。 若者の間で「オタサーの姫」「サークルクラッシャー」と名付けられるタイプの人がいます。「オタサー」とは、漫画研究会やアニメ同好会のようなオタク系サークルを意味します。こうしたサークルには、奥手で女の子と話すのが苦手な男の子が集うものですが、童貞の男の子がいかにも好きそうな、一見清楚で汚れのなさそうに見える女の子が入ってくることがよくあります。男女比が極端なので自然とモテやすくなる。それが「オタサーの姫」です。(p.192)
精神医学がベースにある人間からすると、サークル・クラッシャーは境界性パーソナリティー障害(BPD)である。BPDの診断域はそれほど広くないので、安全に表現すると、境界性パーソナリティ構造(カーンバーグ)である。DSM-IV的表現するとB群パーソナリティ障害である。
サークル・クラッシャーまでサイコパスを拡張するのは原義から外れすぎているし、最近のCU特性に特化した研究動向とも一致しないように思うので、この辺りは同意しかねるところか。
パーソナリティかサイコパスか
なお、女性のサイコパスが少ない理由について、ロバート・へアとポール・バビアクは以下のように推測しています。精神科医は、自己中心性、利己性、無責任さ、人を騙すといった特徴が見られる人聞に対して、男性であれば「サイコパス」と診断するが、女性の場合には「演劇性パーソナリティ障害」や「自己愛性パーソナリティ障害」「境界性パーソナリティ障害」など、異なった診断を下してしまっているのではないか。また、「サイコパスはタフで支配的で攻撃的だ」「女性はそういう存在ではない」という先入観が、女性のサイコパスを見落とさせるのだ、とも指摘しています。(p.195)
この議論は裏返せば、男性のサイコパスとされている人の中には男性の境界性パーソナリティ障害がいるということなる。この点は非常に重要かもしれない。ただ、あくまでも精神医学的に、だが。
ヘアとバビアクの記述だが、こちらもサイコパス概念が広いために、どうとでもいえてしまうところがあるが、パーソナリティ障害とCU特性は併存することあれば、併存しないこともある、と考えた方が理論的に矛盾なく整理ができる気がする。
やや過度に不満を書いてしまった気もするが、サイコパスの一般的な入門書としては、中野本は比較的良い出来なのではないかと思った。この本を読んでから他の本を読むと理解が深まるだろう。