井出草平の研究ノート

強迫的性行動症(Compulsive sexual behaviour disorder)

ナンシー・ペトリーのレビューから強迫的性行動症について。

www.ncbi.nlm.nih.gov

性行動過剰障害(Hypersexual Disorder)、性依存症(Sex Addiction)という用語もある。強迫的性行動症は、性的行動、性的指向、オンラインまたはオフラインでの性的活動、人間関係の破綻から性犯罪に至るまでを含む。

性行動過剰障害患者のほとんどが男性であるという小規模な臨床サンプルがある。DSM-IVのI軸障害の生涯併存率は83%(Black et al. 1997))と100%(Raymond et al. 2003)であった。

  • Black DW, Kehrberg LLD, Flumerfelt DL, Schlosser SS. Characteristics of 36 subjects reporting compulsive sexual behavior. Am J Psychiatry (1997) 154(2):243–9.10.1176/ajp.154.2.243 https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/9016275

  • Raymond NC, Coleman E, Miner MH. Psychiatric comorbidity and compulsive/impulsive traits in compulsive sexual behavior. Compr Psychiatry (2003) 44(5):370–80.10.1016/S0010-440X(03)00110-X https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/14505297

いずれかの不安障害は96%(Raymond et al. 2003)、気分障害は71%(Raymond et al. 2003)、物質使用障害は71%(Raymond et al. 2003)、性機能障害は46%(Raymond et al. 2003)、パーソナリティ障害は46%(Raymond et al. 2003)、衝動制御障害は38%(Raymond et al. 2003)、強迫性障害は14%(Raymond et al. 2003)である。反社会的パーソナリティ障害および境界性パーソナリティ障害の割合は低かった。メタアナリシスでは性行動過剰障害と抑うつ症状との間に中程度の正の相関関係(r = 0.34)が認められた(Schultz et al. 2014)。

  • Schultz K, Hook JN, Davis DE, Penberthy JK, Reid RC. Nonparaphilic hypersexual behavior and depressive symptoms: a meta-analytic review of the literature. J Sex Marital Ther (2014) 40(6):477–87.10.1080/0092623X.2013.772551 https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/24168778

ナンシー・ペトリーは下記のように述べている。

様々な精神疾患が性行動過剰障害と同時発生する頻度が高いことを考慮すると、性行動過剰障害の全ての個人を対象に、これらの疾患について適切に評価し、治療でそれらに取り組むことが必須である。直感に反し、ある種の精神病理との比較的強い関連がある(例えば、性行動過剰障害と抑うつ、社会不安、性機能障害)。一方で、他の疾患とは弱い関連しかないのは意外である(例えば、性行動過剰障害とより重度の人格障害および双極性障害)。これは、性行動過剰障害の症候から離れて診断と治療に焦点を当てる必要があることを強調しておく。

雑感

臨床サンプルでは大きく偏りがあり、病理性の高いグループだろうから、一般化するのは慎重であるべきだろう。性行動が過剰であっても、他の精神障害が顕著でない限り、生活は破綻しないケースは多いのではないだろうか。最近、スキャンダルになったアンジャッシュの渡部さんは性依存症ではないかと言われていたが、社会的機能が保持されているため、もちろん該当しない。仕事が満足にできないほど、性行動に夢中であれば、社会的機能の障害となるが、そうではなかったので、診断をすることはできない。また、再三指摘されていることだが、性行動の概念が広すぎるため、どの部分を拾うかによって大きく結論が変わってくるだろう。タイガー・ウッズで有名になったセックス依存から、自慰行為がやめられないといったものや、痴漢や性暴力がやめられないといった犯罪行為まで幅広く、対象者の均質性が全くないようにように思う。
ICDでは伝統的に過剰性欲に関する診断がされてきたが、DSM-5は過剰性欲については認めていない。DSMとICDは同調して改訂されているが、違いがあるところは、ICDの方が過激であり、DSM保守的である傾向にある。DSMアメリカでのコンセンサスをとるが、ICDは世界でのコンセンサスを取らなければならないので、百家争鳴になっている箇所がある。ICD-11では異常性欲は強迫的性行動症(Compulsive sexual behaviour disorder)として概念が再構築されている。強迫性障害から独立する新しい概念といえば「ため込み症(hoarding disorders)」が近年の代表例だが、ICDの素案(Link)を見る限り、矛盾点がそのまま放置された診断名のように感じる。