井出草平の研究ノート

摂食障害の悩み、どう解消 斎藤学さん(ゴ問ゴ答)

摂食障害の悩み、どう解消 斎藤学さん(ゴ問ゴ答)
朝日新聞 1991年10月22日 朝刊

91年の朝日新聞から。NABAについての紹介。ちなみにNABAの会報誌は「いいかげんに生きよう新聞」という名前。玄田有史が「ちゃんといいかげんに生きよう」と言っていたのを思い出す。

摂食障害というのは、医者とかキャリアガール志願者に多いんですが、彼女たちは、社会的に偉くならきゃいけないけど、男の人からはかわいく見られなきゃいけない、という2つの理想の間で苦しんでいる。


私は、過食や拒食といった行動そのものを治療しようとは考えていません。NABAに顔を出しても、話を聞くだけのことが多い。私が治療者という立場で臨めば、親の目、世間の目、という彼女たちを縛る基準に、新たな拘束が加わるだけだからです。




摂食障害の悩み、どう解消 斎藤学さん(ゴ問ゴ答)


 NABA主宰の精神科医(さいとう・さとる)
 過食症や拒食症など摂食障害に悩む人が、若い女性に増えている。最近は大食と嘔吐(おうと)を繰り返す過食症が目立つ。1人で苦しむことも多い、こうした人たちの自助グループ「日本アノレキシア・ブリミア協会(NABA)」を主宰する、東京都精神医学総合研究所研究員で精神科医斎藤学さん(50)に、病気の背景などを聞いた。
 <1>NABAがどういう活動をしているのか、教えてください。
 毎週1回、夕方の2時間ミーティングを開き、会員の人たちが話をするのが主な活動です。今まで隠してきたこと、過食や嘔吐のことはもちろん、万引きや性体験、たとえば30歳になって男性経験がない、という悩みなども、ここでは普通に語られます。原則として、言いっぱなしで聞きっぱなし。説教めいたことや、議論はしません。ありのままの自分を出しても大丈夫、という安心感を得てほしいからです。
 今年で6年目ですが、87年以降どんどん人が増えて、のべ1000人近くが利用しました。半年ぐらいで顔ぶれががらっと変わり、1回のミーティングに来るのは20人ぐらいです。このほか、会員の投稿をもとに「いいかげんに生きよう新聞」というのを月に1回発行しています。



 <2>なぜ、摂食障害は若い女性に多いのでしょう。男性の患者はいないのですか。
 ひとつには、女性の方が体に対する感覚が鋭敏だからだと思います。スリムであることが美しい、という画一化された価値観が世間にあるので、自分もやせて称賛されたい、と思う。摂食障害というのは、医者とかキャリアガール志願者に多いんですが、彼女たちは、社会的に偉くならきゃいけないけど、男の人からはかわいく見られなきゃいけない、という2つの理想の間で苦しんでいる。これらの理想は、往々にして彼女たちの母親が自分の夢を凝縮して、与えたものなんだけど。
 食べるというのは、彼女たちにとって抑制してきたものであり、一種の自己解放なんです。「食べている間は頭がまっしろになって、何も考えずにすむ」と言いますね。食べれば食べるほど、もっと食べたくなる。でも太るのは嫌だから吐く。そうして自分の体をコントロールする快感を覚える。過食症というのは、アルコール依存などと同じメカニズムをもつ嗜癖(しへき)行動だと考えています。
 男性にないわけではなく、NABAにも、数は少ないですが顔を出しています。スポーツ選手とか歌手志望の子とか、減量の経験から食べることへの快感がインプットされていたり、体への感覚が普通より鋭い人です。


 <3>摂食障害を治療するカギは、何なのでしょうか。
 私は、過食や拒食といった行動そのものを治療しようとは考えていません。NABAに顔を出しても、話を聞くだけのことが多い。私が治療者という立場で臨めば、親の目、世間の目、という彼女たちを縛る基準に、新たな拘束が加わるだけだからです。
 彼女たちに共通するのは、極端に自分に厳しいこと。自分のことが嫌いだと言い、「バカ、ドジ、豚娘」とののしります。だから私は、あなたが今やっていることでむだなことは何もないんだ、と繰り返し言うんです。食べることも、吐くことも、やせたいと思うことも。自然な自分を受け入れなさい、今の自分を認めて自分に気持ちいいことをしなさい、と。彼女たちはね、自分で治りたいと思えば治るはずなんです。


 <4>しかし、治りたい、という気持ちだけならだれもがもっているはず。そう願ってもかなわないから苦しむのではないですか。
 そうでもないですよ。極端なやせ、というのは病気への似姿なんです。彼女たちはサクセス依存症というか、失敗やう回することができない。いったん社会に出ると、もう休めないのです。そんな状態で一番いいのは、病気になることでしょ。彼女たちが、そうなることを必要としていたんです。
 摂食障害は彼女たちの息切れの結果で、それはまた回復へのきっかけでもあります。



 <5>過食症や拒食症で悩む人が増える、というのは、何か社会に対する警告のような気もします。
 摂食障害というのは、60年代の終わりから70年代にかけてアメリカで言われるようになり、西ドイツやフランス、そして日本で問題になってきた。アジアでは今のところ日本だけです。きわめて効率優先の考え方が通る社会で見られるものなのです。
 今の社会というのは、過労死が増えたり、男だって苦しいわけですよ。彼女たちは、とても感受性が鋭いから、炭鉱の坑道で酸欠を知らせるカナリアのように、時代の酸欠を先取りして鳴いているんだともいえます。
 そういうと、ひ弱だという意味だけにとられそうですが、今の男社会が要求する既存の枠組み、たとえば出世競争にはまりこんで生きることでも、男に依存して生きることでもない、第3の生き方ができる可能性をもった人たちだとも言えるんです。
 (聞き手・山脇文子 写真・上田頴人)


 ●記者メモ 簡単に消えぬ「スリム信仰」
 私はどちらかといえばやせている方だが、それでも、あと2キロぐらい体重を落とせたら、とひそかに思っていた。体重を減らせば、減った2キロ分、気持ちも軽くなるような気がするのだ。トレンド雑誌がいくら「太めが流行」と書いても、一度染み付いた「スリム信仰」はそう簡単に消えるものではない。自分を顧みてそう思う。
 摂食障害についての全国的な調査はほとんど実施されておらず、その実数はなかなかつかめない。斎藤さんたちが昨年女子大生300人に聞いたところでは、3%弱に食べて吐く習慣があったそうだ。「食べ出すと止まらないのではないかと思い食べるのが怖い」が60%、「食べた後に後悔する」が50%をそれぞれ超えており、斎藤さんは「一部の女の子だけの奇怪な現象ではない」という。
 NABAの活動は東京中心だが、名古屋にも最近グループができた。親と離れて暮らす必要がある人のために、マンションを借り「NABAハウス」として開き、現在3人がそこで生活している。NABAの連絡先は、東京都世田谷区上北沢4の32の11の707(電話03−3329−0122)。自助グループはこのほか、大阪に「たんぽぽの会」があり、大阪市立大医学部付属病院の小児科が窓口になっている。


00036 1991年10月22日 朝刊 2家 018 02558文字