- Yang, Y., Husain, L., & Huang, Y. (2024). China’s position and competitiveness in the global antibiotic value chain: Implications for global health. Globalization and Health, 20(1), 87. https://doi.org/10.1186/s12992-024-01089-x
本論文は、抗生物質(本稿では抗菌薬のうちHS分類で把握できる「抗生物質成分(原薬・バルク・主要原料を含む)」と「抗生物質製剤」)の国際的な供給網が一部の国に集中しているという問題意識から、中国がグローバル・バリューチェーンのどこに位置し、どの程度の競争力を持つのかを、長期の貿易データで定量的に示すことを目的とする。COVID-19以降、医薬品の供給網再編(リショアリング等)や、パンデミック条約のような国際枠組みにおける「公平で強靭な供給」の議論が強まるなか、中国の位置づけを把握することが不可欠だ、というのが出発点である。
方法として、International Trade Center(ITC)の貿易データを用い、2002〜2021年の輸出入動向を分析する。加えて、主要輸出国間の貿易ネットワーク分析(輸出額と取引相手国の関係)と、Balassaの顕示比較優位(RCA)指数により、中国および主要国の比較優位(競争力)を評価する。RCAは1を超えると比較優位、1未満は比較劣位と解釈されるが、非対称性や小国バイアスなど限界も明示される。
主要結果の第1は、中国の「上流(原薬・原料)」での突出である。中国の抗生物質成分の世界輸出シェアは2002年の9.0%から2021年に44.5%へ急伸し、最大の輸出国になった。一方、抗生物質製剤の輸出シェアは2002年0.5%→2021年6.5%へ拡大したが、順位は第7位で、比較優位の面ではなお弱い。輸出額全体でも、中国の抗生物質輸出は2002年7.7億ドルから2021年54.6億ドルへ増加し、抗生物質成分では一貫して純輸出(黒字)で、貿易黒字は2002年4.7億ドル→2021年38.6億ドルへ拡大した。
第2は、依存関係が「中国→世界」だけでなく「中国→特定市場」「特定国→中国」にも成り立つ点である。抗生物質成分の輸出先としてインドが常に最大で、中国の輸出の約3分の1がインド向けであり、しかもインドが輸入する抗生物質成分(価値ベース)の82.7%が中国由来とされる。つまり、インドの製剤生産(あるいは原薬調達)を通じた“間接的な中国依存”も含め、供給網の結節点としての中国の重みが大きい。他方で、取引相手国数はインド等と大きく変わらず、輸出市場が集中し、競争も存在することが示唆される。
第3は、「下流(製剤)」の伸長は見えるが、短期的には上流優位が続くという見立てである。RCAでみると、中国の抗生物質製剤は一貫して1未満で比較劣位だが、2007年の0.13から2021年0.43へ改善している。これに対し抗生物質成分はRCAが1.5を超える強い比較優位が続き、上流での国際競争力が顕著である。ただし相対指数(成分と製剤の優位差)は2006年18.16→2021年6.90へ縮小しており、長期的には製剤側へ比重が移る可能性を示す。製剤の輸出先も、従来の途上国中心・分散的構造を保ちつつ、欧州(2021年17.9%)・北米(同13.1%)の重要性が増す。米国向けは2016〜2018年以降に伸び、COVID-19期にピークを迎えた可能性が議論される。ペニシリン等の一部カテゴリでは、日本向けが2015年以降に急伸し、2018年に2,352万ドルに達した、という具体例も示される。
考察では、COVID-19が供給網の偏在を可視化し、米国・インドなどが国内生産促進のインセンティブを導入していることを踏まえ、供給網の再編は短期には進みにくいが、中長期には中国の輸出に逆風となり得ると述べる。そのため中国側には、①独自の技術革新(次世代抗菌薬を含む)②品質・国際認証の強化③国際競争力の底上げ④輸出市場の多角化、などが政策課題として提示される。
同時に本論文は、抗生物質へのアクセス不足がとくにLMICsで深刻であり、世界の死亡に与える影響はAMRそのものより大きい可能性すらある、という問題設定を繰り返し強調する。その観点から、中国の巨大な製造能力とコスト優位、科学技術の進展は、将来の「公平な抗生物質アクセス」を設計する上で不可避の構成要素であり、排除や単純な脱中国だけではなく、国際協調(パンデミック条約交渉を含む)の中でどう位置づけるかが問われる、という含意で締めくくられる。
限界としては、分析が主として貿易「金額」に依拠しており、数量・単価、抗生物質の種類ごとの価格形成や市場差を十分に捉えきれない可能性、また中国の輸出単価が欧米主要国より低いことなどが挙げられる。従って、今後は品目別・品質別(規制当局認証の有無等)に、供給網の脆弱性とアクセスへの影響を精緻化する余地がある。