井出草平の研究ノート

韓国ひきこもり事情--青年未来センターによるひきこもり支援事業

ひきこもり問題の深刻化と社会的影響の拡大を受け、韓国政府は対策に本格的に乗り出し始めている。2023年9月には、政府の主要な青年政策パッケージである「青年福祉5大課題」の一つとして、「孤立・隠遁青年支援方案」が公式に策定・発表された。この方案に基づき、具体的な支援の受け皿として、2024年8月から保健福祉部の主導により、「青年未来センター(청년미래센터)」を通じたワンストップ型の相談・支援窓口のモデル事業が一部地域で開始されている 。

https://www.shinkim.com/newsletter/2024/GA/2024_vol267/links/2024_vol267_304.pdf


NABO Focus 第85号 ― 孤立・隠遁青年 支援事業の現状と考慮事項

発行日:2024年12月26日
著者:国会予算政策処 予算分析室 社会行政事業評価課 朴勝民 分析官
発行元:国会予算政策処 NABO Focus 第85号


議論の背景:孤立・隠遁青年の社会的問題化

  • 孤立・隠遁青年とは、社会活動が少なく人的支援体制が乏しい青年を指す。
    • 「孤立」は、緊急時に助けを求められる人的支援体制が欠如している状態。
    • 「隠遁」は、居住空間に閉じこもりほとんど外出しない状態¹。
  • 激しい競争社会の中で、就職や対人関係に苦しみ、自ら孤立・隠遁に陥る青年が増加。
  • COVID-19の影響で対面コミュニケーションが困難になり、社会的関係のセーフティネットが脆弱化。
  • 一部では外出を避け、ゴミをため込むケースもある²。
  • 政府は2024年8月から、孤立・隠遁青年向けワンストップ相談窓口(青⻘年未来センター)を試行的に運営。
  • 本稿では、最新の実態調査結果、政府の支援政策・事業を整理し、今後の政策的考慮事項を提案する。

¹ 関係府省合同「孤立・隠遁青年支援方策」(2023年12月13日)
² 聯合ニュース「『部屋から出ない』…増加する孤立・隠遁青年」(2024年6月16日)


孤立・隠遁青年の現状および発生要因

[表1] 孤立・隠遁青年と一般青年の比較

指標 孤立・隠遁青年 一般青年
過去2週間に家族・親戚との交流なし 16.8% 1.5%
過去2週間に友人・知人との交流なし 28.7% 0.9%
人生満足度(10点満点) 3.7点 6.7点
自殺を考えたことがある 75.4%¹ 2.3%

¹ 回答者8,436名中約6,360名(うち自殺未遂経験者は26.7%)
出典:保健福祉部「2023年 孤立・隠遁青年実態調査」(2023年12月13日)

  • 孤立・隠遁青年(19-34歳)は最大54万人と推計。
    • 「2022年青年生活実態調査」(国務調整室)および統計庁の社会調査で青年回答者中5%に危機兆候を検出。
    • 全青年(約1,000万人、’21年)に適用すると約54万人に相当。
  • 孤立・隠遁青年は社会的関係が希薄で、人生満足度や精神健康水準が低い。
    • 人生満足度は一般青年の約半分。

青年孤立・隠遁の社会的コスト

  • 孤立・隠遁青年問題による社会的コストは、1人当たり年2,200万円、総額7.5兆円に達するという試算³。
    • 経済活動「休止」による経済コスト:7兆2,560億円
    • 生活保護・失業給付等の政策コスト:2,080億円
    • 医療・健康コスト:293億円

³ 青年財団「青年孤立の社会的コスト試算結果」(2023年9月)

  • 「休止」人口(20-39歳)は、’22年:62.2万人 → ’23年:64.4万人 → ’24年10月:70.8万人⁵

⁴ 病気・育児・家事等特別理由なく一時的に休む者
⁵ 統計庁 国家統計ポータル(KOSIS)


孤立・隠遁青年支援政策の現状

  • 青年層は従来、最も身体的に健康で経済活動が盛んな時期と捉えられ、福祉支援の対象とは見なされにくかったが、近年は経済活動の停滞や孤独死問題を背景に政策的関心が高まる。

① 国会での法案審議

  • 「脆弱青年自立支援及び保護に関する法案」(金成元議員)
  • 「青年基本法一部改正法案」(李受真議員)
  • 「危機青年支援特別法案」(趙承煥議員)
  • 「危機青年支援に関する法案」(金美愛議員)
  • 「脆弱層青年自立支援に関する法案」(趙恩熙議員) など

② 支援ニーズと希望

  • 主な孤立・隠遁要因:就職失敗(24.1%)、対人関係(23.5%)、家族関係(12.4%)、健康問題(12.4%)
  • 脱孤立希望:80.8%が現状脱却を希望
    • 67.2%が民間機関などへの相談経験あり
    • 56%は「助けを受けた経験なし」と回答
    • 支援を得られない理由:情報不足(28.5%)、費用負担(11.9%)、支援機関不在(10.5%)

[表2] 孤立・隠遁青年実態調査 主な結果

区分 主な内容
主に行う活動 OTT等の動画視聴(23.2%)、オンライン活動(15.6%)など、低コストかつ時間を要する活動に依存
孤立・隠遁理由 就職失敗(24.1%)、対人関係(23.5%)、家族関係(12.4%)、健康問題(12.4%)
回復意欲 80.8%が現状脱却を希望
- 67.2%が実際に支援を試行
- 56%が「助けた経験なし」
最も望む支援 経済支援(88.7%)、就業・職業経験(82.2%)、一人でできる活動(81.7%)、日常生活回復(80.7%)、独立空間(78.9%)

出典:保健福祉部「2023年 孤立・隠遁青年実態調査」(2023年12月13日)

③ 政府の「青年福祉5大課題」への位置付け

  • 2023年9月策定の「青年福祉5大課題」の一つとして「孤立・隠遁青年支援方策」を提示(2023年12月)。
  • 目的:健康な社会参加による社会活力の向上、発掘・支援体制の制度化など

④ 関係府省の主な事業

省庁 事業名 主な支援内容
福祉部 孤立・隠遁青年支援試行事業 ワンストップ相談窓口(青年未来センター)の設置・モデル整備(試行:仁川、蔚山、忠北、全北)
雇用部 青年成長プロジェクト 6ヶ月以上失業の就職断念青年を対象に早期介入、就職後フォローを実施
雇用部 青年挑戦支援事業 就職断念青年向けカスタマイズプログラムによる就職意欲・参加促進
文体部 文化ケアプログラム 孤立傾向が強い青年向け社会関係形成の文化プログラム提供
教育部 学生向け統合支援 児童期からの早期発見・多機関連携による統合支援体制構築
女性家族部 孤立・隠遁青少年ワンストップ支援 9~19歳青少年の訪問相談・訪問学習など若年層向け包括支援プログラム

出典:保健福祉部ほか各府省

地方自治体による先行事例

  • ソウル、京畿、大邱、光州などは政府発表以前から独自に実態調査を実施し、自治体青年センターを拠点に支援を推進。

日本の隠遁型ひきこもり事例

  • 日本でも引き籠り支援を続けるが解決には至らず中高年層にも拡大⁸⁹。
    • 2015年(15-39歳)54.1万人(1.57%) → 2018年(40-64歳)61.3万人(1.45%) → 2022年(15-69歳)146万人(2.05%、2.02%)
    • 近年では「8050問題」(80代親が50代ひきこもり子を扶養)も顕在化。

⁸ 支援体制構築・自立相談・住居形成・サポーター派遣など
⁹ 金成雅 ほか「脆弱層青年の範囲と支援に関する研究」(2021年12月、韓国保健社会研究院)


政策的考慮事項

  1. 支援対象の具体化と省庁・自治体間の統一性向上

    • 約54万人と推計される孤立・隠遁青年の多様性を踏まえ、自治体条例ごとに異なる定義や要件(年齢、就労状況、社会関係)を社会的合意で標準化し、必要に応じて法的根拠を整備する。
    • 例:
      • ソウル市(社会的孤立青年): 19-39歳、社会参加困難 or 居宅で外部と断絶状態
      • 京畿道(隠遁型ひきこもり): 一定期間自室に閉じこもり社会活動困難
      • 大邱市(社会的孤立青年): 19-39歳、限定的関係、1年以上の長期未就業など
  2. 青年未来センターの安定的運営と成功事例の発掘

    • 2024年8月開設の4拠点(定員32名中25名配置・78.1%充足)では、初期相談は活発だが、継続支援体制の整備が不十分。
    • センター運営の安定化、克服者の参画、雇用部等他施策との連携強化で成功事例を創出する必要あり。

[表4] 青年初期相談実績(2024年12月時点)

区分 仁川 蔚山 忠北 全北
当初計画 80 80 80 80 320
相談実績 295 74 133 73 575

出典:保健福祉部(2024年12月)

  1. 長期的予防・回復支援体制の構築
    • 発掘された青年に対し、①初期相談による状況判定、②個別支援計画の策定、③日常生活管理による健康回復、④社会・職業参加を通じた社会的つながり・自立支援の四段階プロセスを確立する必要がある。
    • 競争社会の副産物である孤立・隠遁を中長期的に防ぐには、失敗経験を包摂し再起を支援する社会的風土づくりも重要。

発行所:国会予算政策処
発行人:国会予算政策処長 池東河
担当:予算分析室 社会行政事業評価課
問合せ:02-6788-3740