井出草平の研究ノート

フィリップ・アリエス『<子供>の誕生』#26 メモ

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1. 『正直な少年』が描く「輝かしい幼年時代」

1.1 著作の基本情報

  • 書名:『正直な少年、あるいは貴族をその身分にふさわしい徳、学問、あらゆる鍛錬へと正しく導く技法』
  • 著者:ド・グルナイユ(François de Grenaille, 1616頃–1680)、従士にしてシャトーニエ卿
  • 出版年:1643年
  • 先行作:すでに『正直な娘(L'Honneste Fille)』(1639年)を著していた。
  • 性格:単なる礼儀作法書ではなく、「幼年期の始まりから青年期に至るまで」を体系的に扱い、親や教育者向けに書かれた教育学書

1.2 「子どもは輝かしい」――逆説的主張

  • 当時、幼年時代は「弱く、愚かで、軽蔑すべき状態」と見なされていた。
  • ド・グルナイユはこれに反論し、幼年時代こそ「比類なく輝かしい」 と主張。
  • この主張の根拠は以下の通り。

1.3 輝かしさの神学的根拠(1)――キリストの幼年時代

  • 「幼年時代が輝かしいのは、キリストの幼年時代ゆえ」
  • 論理:キリスト(神)が人間として生まれたとき、あえて「幼子」の姿をとった。もし幼年時代が本質的に汚れた無価値な状態なら、神がそれを選ぶはずがない。したがって、「幼子であること」は神ご自身が選び取った聖なる状態である。
  • 聖ベルナール(クレルヴォーのベルナルドゥス、1090–1153)の解釈も引用される。キリストは人間の本性を取っただけでなく、あえて「幼子」という身分にまで身を落とされた。その点において、最初のアダムよりも低きものとなられた――これはキリストの謙遜(へりくだり)の極致を示す。
  • さらに福音書のイエスの言葉「幼子たちをわたしのところに来させなさい。妨げてはならない」(マルコ10:14)も念頭に置かれている。

1.4 輝かしさの神学的根拠(2)――聖なる幼子たちの列挙

ド・グルナイユは「幼くとも聖なる存在でありうる」ことを示すために、聖書と歴史から例を積み上げる。

  • 聖無垢者たち:幼子殉教者。ヘロデ王による幼児虐殺の犠牲者。
  • 偶像を拒んだ聖なる幼子殉教者たち
  • トゥールの聖グレゴリウス(Grégoire de Tours, 538–594)が伝えるユダヤ人の幼子:キリスト教に改宗したため、父親に炉で焼き殺されそうになった。幼子の信仰の強さを示す逸話。
  • 日本の「幼きルイ」:1622年(元和8年)、長崎の大殉教で処刑された小笠原ルイス(ルドヴィコ玄蕃)(当時12歳)。信仰を捨てることを拒み、大人顔負けの毅然とした態度で殉教した。イエズス会の報告書簡を通じてヨーロッパに伝えられた。
  • 少年十字軍(1212年):フランスやドイツで少年少女たちが「無垢な自分たちがエルサレムへ行けば、海が割れて道ができる」と信じて集団移動した事件。教皇インノケンティウス3世(在位1198–1216)の時代に起きた。参加者の多くは途中で命を落とすか、奴隷商人に売られた。

1.5 子ども観の逆説――軽蔑の強調は重要性の裏返し

  • 幼年時代の「軽蔑すべき側面」が強調されるようになったのは、古典主義的精神や理性的要求の結果であると同時に、子どもが家庭や家族感情の中で占める重要性が増したことへの反動でもある。
  • 大人たちが「子どもじみた振る舞い」に苛立ちを見せるようになったこと自体が、もはや子どもを無視できなくなったことの証拠である。
  • 真面目な精神や不機嫌な精神の持ち主たちが子どもに示す悪感情は、彼らの目に「幼年時代にあまりにも大きな重要性が与えられている」と映っていたことの証左にほかならない。

1.6 中世の武勲詩・騎士物語の子ども――「小さな騎士」の例

  • 武勲詩や騎士物語(アマディス物語群など)には、子どもが騎士さながらに振る舞う場面がある。
  • ド・グルナイユはこれを「子どもにも徳と理性が備わっている」証拠とする。
  • 皇帝コンラートの皇后のために決闘裁判で「名うての剣闘士」と戦った子どもの事例を引く。
  • 「物語がルノーやタンクレードに与える以上のものを、真実の歴史がこの小さきアキレスに与えている」と評する。

1.7 子どもは天使に倣うもの――守護天使の比喩

  • 「幼子を育てるのに忌避感を抱くべきではない。そうすることは、ただ天使たちに倣っているに過ぎない」
  • ここで言う「天使」は、キリスト教の守護天使の概念に基づく。
  • 幼子の姿をした天使が聖アウグスティヌスを導いたという伝説が念頭に置かれている(海辺で貝殻を使って海の水を穴に注ごうとする幼子の有名なエピソード)。
  • クピド(キューピッド)と天使の違い

    項目 クピド キリスト教の天使
    出自 ギリシャ・ローマ神話。愛の女神ウェヌスの子 ユダヤ・キリスト教の伝統。神に仕える霊的存在
    役割 恋の矢を射る。気まぐれで時に残酷 神の意志を伝える、人間を守護する、神を賛美する
    属性 弓矢、恋の炎、目隠し 楽器、花、果物など
    性質 異教の神格。道徳とは無縁 無垢、純潔、聖性の象徴
  • 見た目は「翼の生えた幼子」で似ているが、中身はまったく別物。ド・グルナイユが念頭に置いているのは、あくまで守護天使であり、「弱い者を見守り導く聖なる役割」のほうに力点がある。

1.8 子どもの無垢と神の無謬性――「きわめて近い」の意味

  • ド・グルナイユは「子どもの無垢さが神の無謬性(impeccabilité)にきわめて近い」と述べる。
  • これは同一視ではない。「罪とは無縁である」という表面的な状態の類似を最大限に称えるレトリック。
  • 子どもは「理性の力を用いる能力が最も低いと思われるときにこそ、その生はまったく理性的であるように思われる」という逆説が示される。
  • 情念も悪徳もない状態が、結果として「罪を犯さない」状態を生み、それが神の「罪を犯しえない」状態に類似している、という論理。

1.9 ゲルソンとの対比――「自慰の罪」の黙殺

  • 15世紀の神学者ジャン・ジェルソン(Jean Gerson, 1363–1429)は、子どもにも「自慰の罪(peccatum mollicei)」があることを正面から認め、教育や告解の場で監督・矯正すべきだと考えていた。
  • 一方、ド・グルナイユ(1642年)はこの問題にまったく触れない。意図的に黙殺している。
  • 理由:「子どもには恥知らずや肉の罪がある」という考えは、「幼年時代は男の愚かしさに過ぎず、悪しきものだ」と主張する論敵側の武器になってしまうから。彼は子どもを高く評価したいので、そのイメージを損なう問題を回避した。
  • その結果として、子どもを無性で無垢な存在と見なす近代的な「子ども観」に一歩近づいている、と歴史家アリエスは評価している。

インノケンティウス3世の表記について

表記 評価
ラテン語 Innocentius III
フランス語(原文) Innocent III
英語 Pope Innocent III
正しい日本語訳 インノケンティウス3世(またはインノセント3世)
誤った日本語訳 ノセント三世(「イン」の脱落による誤記・誤訳)
語源 ラテン語 innocens(無垢な人、罪なき人)。in-(否定)+ nocens(害をなす者)

2. 新しい教育思想の担い手たち――ポール=ロワイヤルとその周辺

2.1 サン=シラン(Saint-Cyran, 1581–1643)

  • 本名:ジャン・デュヴェルジェ・ド・オランヌ(Jean Duvergier de Hauranne)
  • 17世紀フランスのカトリック神学者・司祭。ジャンセニスムの実質的創始者・精神的指導者。
  • オランダの神学者ヤンセン(コルネリウス・ヤンセニウス)の厳格な恩寵論をフランスで広めた。理論面の創始者がヤンセンなら、サン=シランはそれを霊性と実践に実装した人物。
  • ポール=ロワイヤル修道院の精神的指導者となり、修道女や「隠者たち」を指導。
  • リシュリュー枢機卿と対立し、1638年に投獄された(ヴァンセンヌ牢獄)。
  • 幼年時代への高い理念:キリストが幼子たちを抱きしめて祝福したことに倣い、子どもを「一種の敬意にまで至る慈愛」をもって遇した。子どもの中に「無垢と聖霊が宿っている」と見なし、教育という仕事を「骨の折れる屈辱的なもの」と軽蔑する風潮に抗して、「著名な人々」を教育に従事させた。

2.2 ジャクリーヌ・パスカル(Jacqueline Pascal, 1625–1661)

  • 哲学者ブレーズ・パスカル(『パンセ』の著者)の年子の妹
  • 幼くして詩作の才能を発揮し、13歳でフランス王妃アンヌ・ドートリッシュの御前で詩を朗読、リシュリュー枢機卿から絶賛された。
  • 兄と同様ポール=ロワイヤルに深く共鳴し、1652年(27歳)で修道女となる(修道名:サント=ユーフェミー)。
  • 修道院内で寄宿生(小さな女の子たち)の教育を担当し、規則を整備。「ポール=ロワイヤルの小さな寄宿生のための規則」を執筆。
  • 彼女の言葉:「常に子どもたちを守り導くことはかくも重要であるため、従順によってその義務を課せられたならば、他のすべての義務よりもこれを優先せねばならず、さらには、それが霊的な事柄に関わるものであっても、私たち個人の満足よりもこれを優先せねばならない。」
  • 意味:「子どもを守り導くこと」が霊的修養よりも優先されるべき「神から課された義務」であると宣言。教育を修道生活の中心的使命にまで高めた表現
  • 兄ブレーズの『パンセ』執筆に霊的影響を与えたとされる。

2.3 ヴァレ(Varet)とクステル(Coustel)

  • ヴァレ:『子どものキリスト教教育について』(1666年)の著者。「子どもの教育は、この世で最も重要なことの一つである」と明言。
  • クステル:『子どもの教育の規則』(1687年)の著者。子どもを愛し、理性的な大人が抱く嫌悪感に打ち勝つべきだと説いた。「子どもの外見は弱さに過ぎないが、未来を見据え、信仰によって行動するなら、その評価は一変する。子どもの向こうに『良き為政者』『良き司祭』『大いなる領主』を見よ」と述べる。
  • さらに「いまだ洗礼の無垢を保つ魂は、イエス・キリストの住まいである」とし、神が天使たちに命じて子どもたちに付き添わせていることを模範として示す。

2.4 ジャンセニスム的教育観の位置づけ

  • これらの言葉は「単なる孤立した言葉ではなく、イエズス会、オラトリオ会、ジャンセニストのいずれにおいても一般に認められた真の教説」であった。
  • 「幼年時代の弱さを無垢と結びつけ、その無垢を神の純粋さの真の反映と見なし、教育を諸責務の第一に置く」という道徳的概念が、17世紀末の教育学文献を支配するようになった。

3. 「絶え間ない見守り」――監視の教育原理

3.1 「子どもを決して一人きりにしない」原則

  • この原則は15世紀の修道院経験に由来するが、実際に適用されるようになったのは17世紀
  • 一部の修道士や「衒学者」だけでなく、広く一般にその必要性が認識された。
  • 「鳥かご」の比喩:「鳥かごの入り口は、できるかぎりすべて閉ざさねばならない……生きるため、そして健やかに過ごすために、いくらか開かれた格子を残しておく。それは、ナイチンゲールに歌わせ、オウムに言葉を覚えさせるためにされていることである」
  • 当時はこれが「細やかな配慮」と見なされ、イエズス会でもポール=ロワイヤルでも「子どもの心理をよりよく知る」ことが重視された。

3.2 ジャクリーヌ・パスカルの「見守り」の心得

  • 「子どもを完璧に見守らねばならない。健康であれ病んでいようとも、いかなる場所でも決して一人きりにしてはならない」
  • ただし「この絶え間ない見守りは、やさしさと、ある種の信頼感をもってなされねばならない。愛されているのだと、ただ寄り添うために一緒にいるのだと子どもたちに信じさせる。そうすれば、子どもたちはこの見守りを恐れるよりも、むしろ愛するようになる」
  • ポイント:単なる監禁や抑圧ではなく、「愛情の表現」としての見守りが理想とされた。

3.3 コレージュの悪評と「小さな寄宿施設」の理想

  • 当時のコレージュは「生徒の多すぎる場所」として長らく悪評が高かった。
  • クステル:「若者たちはそうした場所に足を踏み入れるやいなや、神と人々の前で愛らしいものにしていた無垢、素朴さ、慎み深さをすぐさま失ってしまう」
  • しかし、ただ一人の家庭教師に委ねるのも、当世の社交的な慣習からためらいがあった。
  • 理想とされた形:「五、六人の子どもを一人か二人の教養ある立派な人物のもとに置く」――すでにエラスムスにも見られる考え方。
  • 現実には、この厳格な「見守り」原則が文字通り適用されたのは、イエズス会の寄宿学校、ポール=ロワイヤルの学校、個人の寄宿施設といった、ごく一部の非常に裕福な家庭の子どもたちに限られた。

3.4 監視の両義性――「保護」と「管理」

観点 内容
当時の価値観での「良い面」 それまで放置・軽蔑されていた子どもを安全に保護し、道徳的に守る画期的な考え方。愛情の表現として理想化された。
現代の目から見た「問題の面」 「鳥かご」の比喩が示すように、子どもの自由や自発性を奪い、大人の望む型にはめ込む管理主義の側面。限られた上流階級の子どもしか恩恵を受けられなかった。
  • 歴史的に見れば、これは「子ども時代は特別に保護されるべき無垢な期間」という新しい子ども観の到達点であると同時に、近代的な学校規律と管理体制の始まりでもあった。

3.5 ミシェル・フーコー(Michel Foucault, 1926–1984)との関連

  • フーコーは主著 『監獄の誕生――監視と処罰』(1975年)で、学校を軍隊・工場・監獄と並ぶ「規律・訓練型権力」の主要装置として分析した。
  • 「司牧権力(pastorat)」:羊飼いが一匹一匹の羊を知り、その救済に責任を負うように、教師は子どもを「絶えず見守り、一人も見捨てない」ことで救いへ導く。ジャクリーヌ・パスカルの「愛されていると感じさせる見守り」は、内面化されるやさしい権力の萌芽。
  • 「鳥かご」は「パノプティコン」の先触れ:一望監視施設(パノプティコン)が刑務所モデルとして提唱される以前に、教育現場で「理想的な監視のかたち」が模索されていた。人間を「調教(dressage)」の対象と見るまなざし。
  • 「無垢」概念と権力の関係:フーコーは「子どもは無垢な存在だ」という言説そのものが、「ゆえに子どもを監視し、堕落から守り、教育しなければならない」という権力のテクノロジーを正当化していると分析。「無垢」という知が、「監視」という権力を呼び込んだ
  • 17世紀の「見守り」は、「保護」と「支配」が分かちがたく結びついた瞬間であった。

4. 17世紀の寄宿学校で教えられていたこと

4.1 教育カリキュラムの全体像

分野 内容
宗教と道徳(教育の核心) 公教要理(カテキスム)の暗唱、聖書の読み聞かせ、聖人伝、道徳教育(無垢の維持と悪徳の防止)、定期的な告解と良心の検討
ラテン語と古典(エリート教育の中核) ラテン語文法の徹底暗記、キケロを模範とした作文と弁論術、上級課程ではギリシア語
読み・書き・算(初等段階) 母国語(フランス語)の読み書き、算術。ただしラテン語に比べ重視度は低い
礼儀作法と社交術 身分にふさわしい立居振舞、会話の作法、食事の作法。「ラテン語より重要なのが人々との会話術」と明言される
実技・鍛錬(貴族向け) ダンス、乗馬、フェンシング(剣術)、音楽、絵画

4.2 天体(天文学)教育

  • イエズス会のコレージュ:哲学課程(上位学年)の「自然哲学」として体系的に教えられた。アリストテレス『天体論(De Caelo)』やイエズス会士クラヴィウスの注解書が教科書。天動説が主流だが、数学的計算として地動説に触れることもあった。
  • ポール=ロワイヤル:聖書解釈の一部として、天地創造の秩序を賛美する文脈で扱われた。ブレーズ・パスカルの影響で数学・物理学への関心はあったが、天文学の独立したカリキュラムは目立たない。
  • 貴族の子弟:教養ある紳士(honnête homme)の常識として、天球や惑星の基礎知識が求められた。暦や占星術との結びつきもあり、高位の身分ほど必要とされた。

4.3 ホメロスと『イリアス』――学ばれてはいたが、検閲つき

  • ポール=ロワイヤル:慎重な態度。フランス語訳で読ませ、神話の「危険な箇所」はカットまたは教師の注釈つき。ギリシア語原典で読むのはごく一部の上級生のみ。
  • イエズス会:より積極的・体系的。『研究規定』(Ratio Studiorum, 1599)にホメロスの名が明記され、ギリシア語韻文の模範として読まれた。ただし道徳的な「浄化版(expurgatus)」が使用された。
  • 教育現場でのジレンマ:「詩の元祖」「古代の天才」として尊敬される一方、「偽りの偶像」「アキレウスの激情は正義ではない」「英雄たちの放埒は若者の魂を腐らせる」と危険視された。「毒を盛るように、慎重に、薬を混ぜて」読まれていた。

4.4 教育実践の本質

  • 17世紀の寄宿教育は、「神の無垢を帯びた子どもを、悪徳と危険に満ちた世間から守りながら、いかに立派で敬虔な大人(よき為政者・よき司祭・よき領主)へと仕立て上げるか」という一点に収斂するシステム。
  • 現代の「教科書中心の勉強」より、はるかに全人格的な管理と形成に重点が置かれていた。
  • 自由時間がほとんど存在せず、すべての時間割が教師の「まなざし」のもとに置かれていた。

5. 絵画におけるギリシア神話受容――教育より早かった「異教の復活」

5.1 なぜ絵画の世界では早かったのか

  • 宮廷や大貴族という、教会の検閲から相対的に自由な観衆のために描かれた。
  • 「教養」を権力の誇示として求めるパトロンたちが、神話画を求めた。

5.2 時代ごとの展開

時代 特徴 代表的作品
古代 ギリシア壺絵・ローマ壁画で神話が主要画題
中世 異教排除によりほぼ途絶。占星術の惑星擬人像として残存
ルネサンス(15〜16世紀) 決定的復活。等身大の異教の女神が独立主題に ボッティチェッリ『ヴィーナスの誕生』(1485年頃)、ティツィアーノ『バッカスとアリアドネ』
17世紀(バロック・古典主義) 宮殿装飾の必須言語として定着。学校でホメロスが検閲されていた同じ時代に、宮殿の天井では神々が饗宴 ルーベンス『マリー・ド・メディシスの生涯』連作、プッサンの神話画
18世紀(ロココ) 神話を口実に官能的・世俗的な恋愛遊戯を描写 ブーシェ、フラゴナール
18世紀末〜19世紀(新古典主義) ホメロスが「神格化」される。英雄的倫理と市民の徳の手本 ダヴィッド『パトロクロスの葬儀』、アングル『ホメロス礼賛』

5.3 教育との落差

  • 教育現場で「毒」として検閲されていたホメロスとギリシア神話が、絵画の世界ではすでに15世紀から「洗練された教養のシンボル」として復活し、17世紀には宮殿装飾の中心的言語となっていた。

6. 本日の議論全体を貫くテーマ

6.1 「子ども観」の大きな転換

  • 中世〜16世紀:子どもを「小さな大人」と見なし、性的・卑猥な話題から隔離しない。
  • 16世紀末〜17世紀:子どもの無垢を核とする新しい道徳概念が成立。「守るべき純粋な存在」としての子ども。

6.2 17世紀の子ども賛美を支えた三つの柱(ド・グルナイユを例として)

  1. 文筆上の戦略:教育書を正当化し、読者(親・教育者)に「子どもには教育を施す価値がある」と納得させるため。
  2. 文明批判:大人社会の虚飾・計算高い理性への対抗として、子どもの純粋さを持ち上げる。
  3. 神学的裏付け:キリストの幼年時代を盾に、幼子の無垢を聖なるものとして権威づける。

6.3 「無垢」がもたらした管理的まなざし――フーコーの視点

  • 子どもは無垢だからこそ守らねばならない → 絶え間ない監視と管理の正当化。
  • 「保護」のまなざしと「支配」のまなざしが不可分に結びついたのが17世紀。
  • それはのちの近代学校システムの原型となった。

6.4 絵画と教育の非対称性

  • 教育現場では慎重に検閲されたギリシア神話が、絵画の世界でははるかに自由に、華やかに受容されていた。この落差は、「誰のために、何を目的として」子ども/教養を定義するかの違いを浮き彫りにする。

ホメロスの浄化版(expurgated Homer)

1. 「ホメロス浄化版」の現存状況

観点 詳細
完全な「削除・改変版」としての版 ホメロス作品全体を対象とした「公式な浄化版」は、テレンティウスやウェルギリウスほど多く確認されない。これは、ホメロスがラテン語教育の中心教材ではなく、学校で本文を体系的に読まれる頻度が比較的限られていたことと関係している。
要約版・翻案版・アンソロジーとしての現存 教育現場で用いられた「浄化」は、全文の削除・改変版というより、要約版、翻案版、道徳的注解付き選集として現存している場合が多い。イエズス会学校ではギリシア語教育の一部としてホメロスが扱われたが、不適切とみなされる箇所を省略したり、抜粋教材を利用したりする形が一般的であったと考えられる。

2. 現存する具体的な例

(1)イエズス会関連の教材

イエズス会の『研究規定』(Ratio Studiorum, 1599年)では、ギリシア語教育のなかでホメロスを扱うことが想定されていた。ただし、ホメロスは全文版よりも、ギリシア語詩文選、chrestomathy、学校用抜粋集、注解付き教材などを通して読まれることが多かったと考えられる。

(2)アンヌ・ダキエ版とその周辺

アンヌ・ダキエ(Anne Dacier, 1647–1720)は、フランス古典主義時代を代表する古典学者・翻訳者であり、ホメロスのフランス語散文訳を出版した。ダキエによる『イリアス』仏訳は1711年、『オデュッセイア』仏訳は1716年に刊行されている。

ダキエ自身はホメロス本文を大幅に削除・改変したわけではないが、翻訳には長い序文と注釈が付され、異教的要素や神話的要素を道徳的・文献学的に理解するための枠組みが与えられている。その意味で、ダキエ版は「削除版」というより、古典を教育的・道徳的に読めるようにするための注解付き版として位置づけられる。

■ ダキエ版のデジタルアーカイブ

『イリアス』フランス語訳
『オデュッセイア』フランス語訳(1716年、全3巻)

(3)青少年向け翻案の伝統

17世紀末から18世紀にかけて、ホメロス的世界を道徳的・教育的に再構成した作品が広く読まれるようになった。

代表例として挙げられるのが、フェヌロンの『テレマックの冒険(Les Aventures de Télémaque)』である。これは厳密にはホメロスの直接翻案ではないが、『オデュッセイア』の世界を背景に、テレマコスとメントールの旅を通じて政治・道徳・教育を語る作品であり、ホメロス的世界を青少年向けに再構成した代表的作品といえる。

19世紀になると、チャールズ・ラム(Charles Lamb)の『ユリシーズの冒険(The Adventures of Ulysses, 1808)』のように、子どもや若者向けに書かれたホメロス翻案が出版されるようになる。

■ チャールズ・ラム版のデジタルアーカイブ

■ フェヌロン『テレマックの冒険』のデジタルアーカイブ

3. ウェルギリウスやテレンティウスとの違い

テレンティウスや、ラテン語教育の中核だったウェルギリウスと比較すると、ホメロスの「浄化」には次のような特徴がある。

比較項目 テレンティウス/ウェルギリウス ホメロス
読まれた頻度 ラテン語学習の根幹として広く読まれた 主としてギリシア語学習者に読まれ、翻案や母語訳で補われることも多かった
浄化の形態 「ad usum Delphini」版など、道徳的に改変された学校用版が実際に印刷された 全文削除版は少なく、抜粋・翻案・注解による間接的な浄化が中心
現存する証拠 「ad usum Delphini」と明記された校訂版が多数現存 抜粋教材、注解付き翻訳、18〜19世紀の翻案版が中心

■ 教育用古典の校訂版(ad usum Delphini)

ad usum Delphini は、ルイ14世の王太子教育用に編まれたラテン古典叢書である。

■ ポール=ロワイヤル系の「清潔な」テレンティウス版

ポール=ロワイヤル系の浄化版としては、ル・メストル・ド・サシ(Louis-Isaac Lemaistre de Sacy)がサン=トーバン名義で刊行した1647年のテレンティウス仏訳が知られている。

書名は次のような形で伝えられている。

Les Comédies de Térence traduites en françois, avec le latin à côté, et rendues très honnêtes en y changeant fort peu de chose

これは、卑俗・性的・不適切とみなされる箇所を、できるだけ少ない変更によって「上品」で教育的なものに改めた版である。

4. まとめ

  • ホメロスの「公式な全文浄化版」は、テレンティウスやウェルギリウスほど多くは確認されない。
  • その背景には、ホメロスがラテン語教育の中心教材ではなく、主としてギリシア語教育の範囲で読まれていたことがある。
  • 一方で、抜粋集・翻案版・注解付き版という形での「機能的浄化版」は広く存在した。
  • ダキエ版は、削除や改変ではなく、注解と序文によってホメロスを道徳的・文献学的に理解させる役割を果たした。
  • フェヌロン『テレマックの冒険』やラム『ユリシーズの冒険』は、ホメロス的世界を青少年向け・教育向けに再構成した翻案作品として重要である。
  • テレンティウスやウェルギリウスでは、学校教育向けに明示的な「浄化版」が作られたのに対し、ホメロスでは、注解・抜粋・翻案による間接的な浄化が中心であった。