井出草平の研究ノート

拒食症の子が映す日本社会のひずみ 10歳前後に自殺を思う

拒食症の子が映す日本社会のひずみ 10歳前後に自殺を思う
朝日新聞1994年12月16日 夕刊

 この外来で診察に当たっている生野照子さん(神戸女学院大教授)は「拒食症になった子供は自殺を望みやすいと考えるのは間違い。たまたま摂食障害という窓を通して、子供たちの苦しみが表に出ていると考えるべきです」と説明する。
 大阪市立大の診療チームは、家族内外の問題についても分析している。四割が友人とのトラブルを経験、六割が学業の問題に悩んでおり、不登校を経験したケースも四割ある。家庭内についても、六割が母子関係に、五割が父子関係に、六割が兄弟姉妹関係に、それぞれ問題を抱えていた。
 十歳前後の子供たちが「生きているのはしんどいなあ」と考える――そんな社会に生きていることを、そろそろ大人も考えた方がいい、と専門家は指摘している。


その通り。ひきこもりや摂食障害になった人がおかしかったのではない。むしろ、一定の確立でそのような人々を生み出す土壌がこの社会にあると考えるべきなのだ。




拒食症の子が映す日本社会のひずみ 10歳前後に自殺を思う【大阪】


 「子供たちは社会の鏡」と言われる。では、各地で相次ぐ「いじめ自殺」に見られるように、子供が自殺を考える社会というと、どんなものが想像できるだろうか? 実は今、私たちの社会が、そんな状態に近づきつつあるのかもしれないと、懸念されている。子供にかかわる医師や学者は、特に敏感な鏡―食べ物が食べられなくなる拒食症の子供たち―をのぞいて見れば、それが分かる、という。(村山知博)
  
 《小学校六年生のA子ちゃん。五年生になったころから、食べ物を受け付けなくなった。「あまり食べていたら太る」。そんな思いがきっかけだった。今では体重が四割も減ってしまい、面影もまったく変わってしまった。
 A子ちゃんはもうすぐ中学生になる。しかし最近、「このまま何も食べずに消えてしまいたい」と思うようになった。消極的とはいえ、自殺を意識し始めたのである》
  ◇  ◇
 実は、このA子ちゃん、実在の人物ではない。といっても、筆者が勝手につくった「お話」でもない。拒食症に悩む小学生の女の子の一典型、なのだ。
 「拒食症や過食症といった摂食障害(食行動異常)の患者の一部は自殺を考えることがある」と専門家たちは指摘してきた。ただ、小学生のように低年齢の患者たちの場合、これまではそうした実態ははっきりしていなかった。
 最近、摂食障害の子供たちの自殺を考える割合が高いことが分かってきた。摂食障害児の治療をする大阪市立大医学部の小児科診療外来チームが、診察した子供たち三十二人(八―十五歳)の相談結果を集計してみたら、四分の一以上が自殺を考えていたのだ。中には、十歳で「死のう」と思いつめた少女もいる。
 たいていはA子ちゃんのように消極的な自殺願望や自殺企図で、家族でさえ気付かないケースが多い。ただ、手首に「ためらい傷」がある子や、精神安定剤睡眠薬を大量に飲んでしまったケースもある。
 この外来で診察に当たっている生野照子さん(神戸女学院大教授)は「拒食症になった子供は自殺を望みやすいと考えるのは間違い。たまたま摂食障害という窓を通して、子供たちの苦しみが表に出ていると考えるべきです」と説明する。
  ◇  ◇
 では、何が子供たちを苦しめているのか?
 大阪市立大の診療チームは、家族内外の問題についても分析している。四割が友人とのトラブルを経験、六割が学業の問題に悩んでおり、不登校を経験したケースも四割ある。家庭内についても、六割が母子関係に、五割が父子関係に、六割が兄弟姉妹関係に、それぞれ問題を抱えていた。
 例えば、ある女子高校生のケース。彼女は、ほ乳瓶のミルクしか口にしない。しかも、母親が与えた場合だけ。彼女の存在が母親の存在証明になっており、彼女も知らず知らずのうち、その役割から離れられないでいるようだ、と診断された。
 こうした子供たちは、まじめな性格であることが多い。学業や友達づきあいに関して特定のイメージを持ち、それから逸脱できないと考えがちで、精神的にがんじがらめになってしまうのだ。
 一方、息抜きの場となるはずの家庭も、多くの場合、親は子育てに一生懸命。こちらも「我が子」に対して特定のイメージを持っていて融通がきかない。結局、まじめな子供たちは、学校にいても家庭に帰っても緊張し続け、疲れ果ててしまうというのだ。
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 十歳前後の子供たちが「生きているのはしんどいなあ」と考える――そんな社会に生きていることを、そろそろ大人も考えた方がいい、と専門家は指摘している。

1994年12月16日 夕刊 2総 002 01436文字