井出草平の研究ノート

衣笠隆幸「「ひきこもり」の症状形成と時代精神-戦後50年の神経症症状の変遷の中で-」

衣笠隆幸,2001,
「「ひきこもり」の症状形成と時代精神-戦後50年の神経症症状の変遷の中で-」
『こころの臨床a la carte』20(2),211-215.


「ひきこもり」と「摂食障害」の関連について述べた記述を含む論文。


衣笠の言う「ひきこもり」とは以下のようなもの。

しかし.最近臨床現場においても,若年成人(特に20歳代前半)の主として男子において,現象的に「ひきこもり」の状態を主特徴とした患者群が多く見られるようになった。そのような患者群を臨床的に観察すると,さまざまなタイプのものが存在していることが明らかになってきている。その中でも,精神病的なものは「ひきこもり」の疾患群から除くのが通例である。さらに「ひきこもり」には,一次的なものと二次的なものがある。「一次的ひきこもり」は,固有のひきこもり群であり.他の神経症的症状は顕著ではなく,「ひきこもり」そのものが主な症状で,その背景に無気力,空虚感などをもっている。「二次的ひきこもり」は,他の神経症的な症状のために「ひきこもり」の状態にあるものを呼んでいる。
 本稿おいては,この「一次的ひきこもり」(以下「ひきこもり」)の問題を論じてみたい。


ここでは、精神障害を原因とするひきこもりは除外されている。つまり、斎藤定義での「ひきこもり」である。

3.現代と「ひきこもり」
「ひきこもり」は,現代の日本にかなり固有のものと言われている。他の先進諸国などを見ても,このような「ひきこもり」のような症状選択,行動選択を取っている患者群は多くはないようである。つまりこれは神経症患者のある個人的な症状選択のタイプの一つであるだけでなく,その症状選択には何か社会の雰囲気や時代の精神を反映しているものであろう。


「ひきこもり」には社会的要因が存在しているという指摘。社会学とは現象の社会的要因について言及する学問であるから、この部分は社会学者の仕事となる。

最初は一部の患者について,笠原がステューデントアパシーや退却神経症という概念によって明らかにしているものである。しかし,90年代になって「ひきこもり」の問題として,かなり多くの若年成人の患者群が見られるようになっている。それはほとんどが男性患者であり,多くの女性患者は80年代からよく見られるようになった摂食障害である。


男は「ひきこもり」に。女は「摂食障害」に。

 このころには,対人恐怖症も重症化した症状を訴えるものが多くなった。つまり思春期妄想症とか自我漏洩症候群といわれた自己臭恐怖症,醜貌恐怖症などである。これらの患者群は,多くほ男性であったが,自己臭恐怖の場合には,女性患者も見られた。これらの患者群は,自己が他者からどのように見られるかという不安が見られるが,その原因が自分の中に存在する醜い他者からいやがられ避けられるというものである。つまり自己が他者に苦痛を与えるようなものを内部に持っているという症状である。これは当時,徐々に社会に対して反旗を示し始めていた若者たちが,権威に対しての挑戦をする中で,自己の攻撃性が他者にどのような苦痛を与えているのかという不安を,カリカチュア的に表しているものでもあろう。


「対人恐怖」に関する記述。対人恐怖とひきこもりとの相違点・共通点に関しては鍋田恭孝(2003)*1を参照のこと。

 3)1980年代から現代
 この時代になると,社会は豊かになり,生活物資は周囲にあふれているようになった。転換症状を主な症状とするとヒステリーや自我漏洩症候群の患者は少なくなり,女性は摂食障害,男性は「ひきこもり」が徐々に見られるようになっている。


1980年代から増えてきたという指摘。

 女性も,明確な女性像を社会が提供することができなくなり,確固とした自己感を得る械会を得ることが困難になっているのではないか。そのような時代の雰囲気を敏感にキャッチして,シニカルでネガとしての摂食障害として,成熟した女性としての身体機能を持つことができない病理的な表現をする人たちが,登場しているように思われる。


「明確な女性像を社会が提供することができなくなり」という指摘。そういう考えもあるのだろう。

 b.「ひきこもり」
「ひきこもり」(一次的)の患者群も1980年代から見られるようになり,1990年代からは多く見られるようになった。彼らのほとんどは男性患者であるが,無気力と虚無感,不鮮明な自己像と,社会的関係を拒み,成人としての職業選択に関する自己像の確立を避けようとしているように見える。多くの患者群はそれに対して葛藤的で,何とか社会参加をしようと努力しているようにみえるが,一部はそのような生活に満足していて,社会的生活を求めようとはしないように見える。なおこれは,かっての対人恐怖症や自我漏洩症候群などと同じ系列の症状形成群かもしれない。


対人恐怖症と同じ系列に「ひきこもり」というものが存在しているのはおそらくその通りだと思う。

彼らが回避し退却しようとしたものは,社会的な期待される成人男子の世界であり,現代社会が提供するメディアなどによる多くの情報と,高度な知識や技術を必要とする無機質で競争の激しい,弱者や敗者を受け入れようとはしない社会の中で成人になることに躊躇している姿である。これは,現代の社会に住む私たちが,特に男性が,心の隅では誰もが持っている不安でもあるであろう。


この論文では、成人恐怖と言い表すことができる説明が「ひきこもり」にも「摂食障害」にもあてられている。

*1:鍋田恭孝,2003,「ひきこもり状態を示す精神障害 「ひきこもり」と不全型神経症−特に対人恐怖症・強迫神経症を中心に」『精神医学』Vol.45 No.3,247-53.