日本における「インターネット依存」調査のメタ分析

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  • 小寺敦之(2014)日本における「インターネット依存」調査のメタ分析.情報通信学会誌31(4): 51-59.

日本の学術研究における「インターネット依存」の用語の使い方、位置づけをレビューした論文。

海外の論文でも用語の統一がなされていないという問題がある。

「インターネット依存」に類する概念にどのような語が充てられているのかについて探る。例えば、海外ではInternet Addictionの語が多く充てられているが、Internet Dependence Lin & Tsai,2001)やInternet Addiction Disorder(Wang,2001)、あるいはより広範な意味を込めてPathological Internet Use(Davis,2001; Morahan-Martin & Schumacher,2000) やProblematic Internet Use(Davis et al,2002; Caplan,2002)という語が充てられることもある。

それは日本でも同様であるようだ。

「インターネット依存」の語に対して与えられている意味は多彩であり、日本でも定義の問題は克服されているとは言えそうにない。
一方、半数を超える28編では「インターネット依存」に関する説明が一切なく、これが自明のものと扱われていた。先述した抽象的な定義を含め、「インターネット依存」という言葉のみが拡散している状況が指摘できよう

また、調査の対象者が大学生の研究が多い。これは海外でも同様の傾向がある。大学の授業の受講者を対象にしたり、大学で参加者を募集しているためである。

サンプルが若者に偏っていること、ネガティブな要因との関連が主要な調査テーマであることは、「インターネット依存」が若者の現象であることやネガティブな因果を有することを意味するわけではない。これらのアプローチが多いということは、これら以外のアプローチがほとんど採られていないことと同義であり、「インターネット依存」を若者やネガティブな要因と結びつける知見のみが産出される可能性が高いことを意味する。「インターネット依存」がネガティブな因果を有した若者の病理であるという結論に与する根拠は今のところ見出せていないのである。

対象者が「若者」だけに絞られると、問題があるのは「若者」だけ、と結論づけられがちだが、他のグループを調査していない限り、言及できないはずだ。しかし、若者問題であると調査以前に既に決まっているかのようである。

「インターネット依存」に関する研究は現在も増加傾向にある。だが、本稿で指摘したように、「インターネット依存」には、未だそれがどのようなものであるかという統一的な定義がない。それにもかかわらず、「インターネット依存」は危惧すべき病理であるという認識のもとで指標が作られ、調査が行われ、議論が展開され続けている。

香川県の条例と同じ問題が日本の学術研究にも存在していることを指摘している。